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第13話 辺境伯の婚約相談

その日の夜、アルノーが珍しく私室ではなく誓約庫へ来た。


「相談がある」


 机に置かれたのは古い婚約契約書だった。十年前、王都の大公家と結ばれた政治婚約の仮契約。正式押印は保留のまま、何度も更新期限だけが延ばされている。


「この紙が残っている限り、王都は私へ好きな花嫁を押しつけられる」


「期限を延ばした署名が不自然です」


 私は契約書へ触れた。浮かぶ文字は、当時の仮契約に必要だった後見署名が欠けたまま放置されていることを示していた。


「正式婚約ではありません。辺境伯は自由です」


 アルノーの視線が私へ向く。


「そうか」


 それだけ言って、彼はしばらく黙った。誓約庫の暖炉が小さく鳴る。


「安心した顔、しないんですね」


「今した」


 表情はほとんど変わらない。けれど、わずかに肩の力が抜けたのがわかった。


「私が押しつけられたくないのは婚約そのものじゃない」


「では?」


「誰が隣に立つかを、王都に決められることだ」


 その言葉の意味を、私はその場では深く考えないようにした。考えてしまえば、暖炉の熱より顔が熱くなってしまいそうだったから。


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