後日談 呪詛の連鎖と、冷徹なる処方箋
### 後日談:毒の小瓶と冷徹なる処方箋
集団リンチや結婚式での乗っ取り計画という幾多の悪意を乗り越え、ついにプロ作家としての道を歩み始めた**櫛田茉莉子**。
しかし、プロの世界の重圧と「仕事運」への不安から、彼女はふと立ち寄った占いの館で『水綺』と名乗る女性占い師に出会ってしまう。水綺は優しく安心感のある言葉で茉莉子に寄り添い、仕事の悩みを聞き出した。そして、心を整えるためだと言って『フラワーレメディ』なる小瓶を彼女に勧めた。
最初は月に一度の相談だった。しかし、そのレメディを服用し始めてから、茉莉子の様子は確実に狂い始めた。
常に強い眠気とだるさがつきまとい、キーボードに向かっても文字が打てない。意味もなく不安に襲われて涙が溢れる。気が弱くなった茉莉子は「水綺先生に視てもらわなければ」という強迫観念に囚われ、鑑定と新しいレメディに依存するようになっていった。
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しかし、純粋な観察眼と論理的思考を持つ茉莉子は、ある日ふと「不自然な事実」に自ら気がついた。
「……おかしい。先生の所に通えば通うほど、逆に調子が悪くなっている」
不信感を抱いた茉莉子が占いの館へ通うのをやめると、水綺から異常な頻度でメッセージが届くようになった。
《鑑定させてほしい》《どうしてもお金が入り用なの》
その縋り付くような金の無心に底知れぬ恐怖を抱いた茉莉子は、ひそかに専門家である『精神科医』の診察を受けることにした。茉莉子の話を聞いた精神科医の表情は険しいものだった。
「フラワーレメディ自体は、医学的な効果のない『偽薬』に過ぎません。問題なのは、成分に海外製の未認未認可ハーブが含まれている可能性、そして何より依存を仕向けて高額な金を巻き上げる手口です。これは典型的な霊感商法だ。すぐに警察へ行き、立件した方がいい」
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完全に目が覚めた茉莉子は、続く勧誘に対し「精神科医から立件を勧められている」とそれとなく匂わせた。その瞬間、電話口で水綺がヒステリックに本性を現した。
「はあ!? なにそれ、ふざけないでよ!! だいたい、あんたが綾ちゃんや亜妃子をあんな目に遭わせたからいけないんでしょ! だから私が代わりに罰を与えてやってるんじゃない!!」
受話器越しに飛び出した『綾』と『亜妃子』の名前。
水綺の本名は**「大橋水妃」**。あの結婚式で完膚なきまでに叩き潰された同人大手・大橋亜妃子の実の姉だったのだ。彼女は妹や永沢綾に情報を流し、裏で茉莉子への嫌がらせを共有していたのである。
イヤガラセの内容には、茉莉子へ向かって影で真言を唱えたり子どものやるようなおまじないで呪詛を行ったりすることも含まれていた。水妃はそのことも口を滑らせた。
当然ながら、茉莉子はその日のうちにすべてを兄の弘樹に相談した。
「……なるほど。ゴキブリは一匹見つけたら百匹いると思えとはよく言ったものだな」
妹から受け取った小瓶とメッセージ履歴を確認した弘樹の瞳には、絶対零度の殺意が宿っていた。
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数日後。占いの館で搾取を待ち構えていた水妃の前に、弘樹が音もなく現れた。
彼は精神科医による「医学的見地からの診断書」と、自らハッキングで暴き出した水妃の裏金の通信ログをテーブルに叩きつけた。
「櫛田茉莉子の兄だ。妹が世話になったな。この小瓶を成分分析させた結果、砂糖水に未認可の睡眠導入成分が混入されていた。悩める人間に毒を飲ませて精神を衰弱させ、金を巻き上げる……お前のような寄生虫は万死に値する。大橋水妃、お前は人の皮を被った女狐の糞だ」
弘樹はガタガタと震える水妃に、冷徹な選択を突きつけた。
「選択肢は二つだ。警察に霊感商法と詐欺、薬機法違反で立件され実名報道されるか。それとも――この合意書にサインするかだ」
弘樹が突きつけたのは、水妃、亜妃子、そして永沢綾の一族郎党全員が、**『今後一切、櫛田茉莉子にいかなる手段においても接触・干渉しない』**という絶対確約の条件だった。そこには、彼女たちの残された僅かな人生の自由すらも縛り付ける莫大な違約金条項が記されていた。
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水妃は泣き崩れながら、その最凶の呪縛が記された合意書にサインをするしかなかった。占い師に偽装した悪意の罠は、精神科医という本物の専門家と、裏方である兄の冷徹なハッキングによって完膚なきまでに粉砕されたのだ。
数週間後、体内の毒素が抜けた茉莉子は、元の静かで芯の強い瞳を取り戻していた。
「……お兄ちゃん、ごめんなさい。私、どうかしてた」
「気にするな。プロの世界は魑魅魍魎だ。変な虫がついたら、裏方が何度でも駆除してやる」
弘樹が不敵に笑うと、茉莉子は小さく頷き、再び自らの意志でキーボードに向かい始めた。
彼女にもう、怪しげな占いも、偽物の安心感も必要ない。毒の抜けた澄んだ空気の中で、茉莉子は誰にも邪魔されることなく、自分自身の物語を紡ぎ続けるのだった。




