最終章:法廷のピエロと、完全なる終焉(裁判編)
静まり返った法廷に、ひどく見苦しい怒号が響き渡っていた。
「ち、違う! 俺は盛岡大学の学生会会長で、青森のヤクザの血を引く男だぞ! あんな女のストーカーなんかするわけがないだろうが!」
被告人席で顔を真っ赤にして喚き散らしているのは、『サンダーファイヤー杦山』こと杦山幸太だった。彼は今、櫛田茉莉子に対する執拗なストーカー行為、名誉毀損、暴行、そして『和田彩子』という架空の人物を使った詐欺教唆などの重罪で訴訟を起こされ、絶体絶命の窮地に立たされていた。
「あれはただのサークルのノリだ! パクリ癖のある生意気な後輩を『指導』してやっただけだ! だいたい俺の極上のエンタメ小説をバカにして、俺を誘惑してきたあいつが悪いんだ!」
杦山は己のプライドを守るため、支離滅裂な言い訳を繰り返した。自分が被害者であるかのように振る舞い、茉莉子を貶める醜悪な虚言を並べ立てる。
しかし、傍聴席の最前列で腕を組んで座る兄・弘樹の瞳は、路傍の石を見るように冷ややかだった。
「……吠えれば吠えるほど、自分が道化になっていることにすら気づかないか。知能の低い猿だ」
弘樹が裏方として完璧に揃え、弁護士チームに託した証拠の刃は、杦山の見苦しい言い訳を一切の容赦なく切り刻んでいく。原告側の弁護士が、法廷の大型モニターに次々と決定的な証拠を映し出した。
杦山が永沢綾たちを操って茉莉子を社会的に孤立させていた通信記録、他人のファンレターを隠蔽したメールログ、そして「和田彩子事件(テレクラ強要)」を裏で指揮し、嘲笑していたチャット履歴の全貌である。
「さらに、被告は原告を『パクリ癖がある』と吹聴していましたが、これも完全な虚偽です」
弁護士は冷徹に告げ、次の証拠を展開した。
「被告が『極上のエンタメ』と自称して発行していた同人誌は、海外の有名テーブルトークRPGである『Dungeons & Dragons』や『Tunnels & Trolls』の世界観や設定をそっくりそのまま盗用した【完全な丸パクリ】であることが証明されています。他者の著作権を侵害していたのは、被告自身なのです」
「なっ……! それはオマージュだ! インスパイアだ!!」
「いいえ。そして被告は、この盗作本と、自身が書いた『サークル会誌』を原告に無理やり売りつけようとし、拒否されたことで逆恨みによる犯行に及びました。……裁判長、その動機を決定づける強要未遂のログと、被告が激高する原因となった会誌の文章を提出します」
大型モニターに、杦山が執筆した痛々しい『部長コラム』のテキストが大写しになった。
> 《悩みを相談してきた舎弟に男の戦いを見せるため、ゲームセンターへ連れて行った。俺の熱い背中を見せるために。……しかし、バーチャファイターで三人目のCPUに負け、舎弟から『サンダーさん、弱いですね』と言われてしまった。》
「ぷっ……」
厳粛なはずの法廷の傍聴席から、こらえきれない失笑が漏れた。
ヤクザの威光をちらつかせて恐怖で支配していた男の、あまりにもダサすぎる敗北。この致命的に恥ずかしい武勇伝と丸パクリの同人誌を無理やり買わせようとして茉莉子に拒絶されたことが、すべての嫌がらせの発端(逆恨み)だったのだ。
「こ、これはハッキングだ! でっち上げの証拠だ!!」
顔を真っ赤にして絶叫する杦山に対し、弁護士は無慈悲に宣告した。
「被告人が使用していたプロバイダからの開示情報および、押収されたサーバーのタイムスタンプと完全に一致しております。偽造は不可能です」
ヤクザの次男という虚勢も、学生会会長という権力も、法と完璧な電子証拠の前では、ただの紙切れ以下の価値しかなかった。底の浅いプライドを公衆の面前で粉々に打ち砕かれた杦山は、ついに言葉を失い、その場に無様にへたり込んだ。
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数ヶ月後、下された判決は圧倒的だった。
裁判所は杦山の見苦しい言い訳を一切退け、彼に「全責任」があることを認定。茉莉子が受けた数年間の精神的苦痛とデビュー遅延に対する、莫大な損害賠償の支払いを命じたのである。
さらに、警察と裁判所から杦山に対し、**『ストーカー規制法に基づく極めて厳格な接近禁止命令』**が下された。茉莉子の半径数キロ以内に近づくことはおろか、ネット上での一切の接触も禁じられ、一度でも破れば即座に刑務所送りとなる絶対的な首輪である。
そして、この裁判がもたらした「社会的な死」は、杦山一人にとどまらなかった。
彼に扇動され、一緒になって茉莉子を攻撃していた永沢綾、大橋水妃、亜妃子姉妹、そして『和田彩子』を演じた手駒の女たち。彼女たち全員が、裁判記録において「悪質なストーカー集団の共犯者」として明確に認定されたのだ。
「ストーカー集団」という公的な烙印を押された彼女たちの社会生活は、完全に崩壊した。
就職活動や職場、そして同人界隈でもその事実は瞬く間に広まり、誰一人として彼女たちに近づく者はいなくなった。彼女たちもまた、接近禁止の対象として、二度と茉莉子の人生に触れることすら許されない存在へと転落したのである。
すべてが終わった裁判所の外。
見苦しく泣き喚きながら賠償金の重圧に潰されていく『サンダーファイヤー杦山』を一瞥し、弘樹は隣を歩く妹に優しく声をかけた。
「……これで、お前を縛る鎖はすべて消え去った。もう誰もお前を邪魔できない」
「ありがとう、お兄ちゃん」
茉莉子の顔には、数年ぶりに、雲一つない澄み切った笑顔が咲いていた。
ヤクザの威光を借りて群れた悪党たちは、法と証拠の前に惨めに散った。圧倒的な完全勝利と安全を手に入れた茉莉子は、もう誰の目も気にすることなく、ただ純粋に、自らの手で美しい物語を紡ぎ続けていくのだった。




