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パクラー 取り替えられない物語  作者: スズシロ


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8/10

追記 嫉妬の黒幕と、暴かれた奪略の痕跡

深夜。複数のモニターが放つ青白い光が、閉め切った自室を冷たく照らしている。




「……なるほど。ただの頭の弱い同人女たちだけで、あれほど周到に『和田彩子』の罠を張れたことには違和感があったが。糸を引いていた『黒幕』がいたというわけか」




弘樹はモニターを見つめ、冷酷な笑みを浮かべた。永沢綾の隠しサイトや裏アカウントの通信ログを極限まで遡り、解析の果てに辿り着いたのは、茉莉子が大学一年生の時に所属していた同人サークル「千客万来」の元部長――『杦山幸太すぎやま こうた』という男の存在だった。




ログを読み解くにつれ、妹の大学時代を地獄に叩き落とした陰謀の全貌が浮かび上がってくる。




事の発端は、サークルに入部したばかりの茉莉子に、中田という狂信的なオタクが執着したことだった。歓迎コンパで急性アルコール中毒になるまで飲み、自分の胸にカミソリで茉莉子のイニシャルを刻むような異常者。そのストーカー行為から茉莉子を救い出し、看病を手伝ってくれた布袋という青年に茉莉子が惹かれ、交際を始めたのはごく自然な流れだった。




だが、サークル部長であった杦山は、これを機に茉莉子を「男を狂わせるビッチだ」と決めつけ、粘着質で異常な攻撃を開始した。




弘樹が手に入れたデータには、杦山が主導した卑劣な行為の数々が記録されていた。


年に六回発行される部誌で、圧倒的な実力を見せつけていた茉莉子の小説。そこへ寄せられた読者からの感想や応援の手紙を、杦山は部長の権限ですべて強奪し、隠蔽していた。その裏では永沢綾たちを部室に引き入れ、茉莉子の小説を無断で改悪して笑いものにするという暴挙を繰り返していたのだ。




「理由は単純だな。自分が持っていない小説の技術、圧倒的な世界観、飾るべき受賞実績を持つ妹への、底なしの嫉妬だ」




弘樹は軽蔑を込めて呟いた。


杦山の狂気はとどまる所を知らない。彼は茉莉子の中学時代の友人である高橋愛に接触し、彼女の過去の逆恨みを利用して、茉莉子の親を騙して実家から過去の小説ノートを強奪した。




杦山の滑稽さはここから頂点に達する。彼は奪ったノートに書かれていた「小中学生時代の落書き」を見て、それを現在の茉莉子の実力だと本気で勘違いしたのだ。「なんだ、やっぱり大したことない」と見くびった杦山は、綾をそそり立てて受賞作を「パクリ」に仕立て上げ、自らもその嘘を界隈に広め続けた。




掲示板に残された、己の虚栄心を満たすためだけの薄汚い捏造ログ。


さらには綾の手駒を使い、大がかりな詐欺事件を裏で画策し、茉莉子の自転車に風俗のチラシを突っ込むなどの陰湿な嫌がらせを続けた。そればかりか、柔道黒帯であることを笠に着て、茉莉子の恋人であった布袋を呼び出し、一方的に殴りつけるという傷害事件まで起こしていた。




「他人のファンレターを盗み、親を騙してノートを強奪し、暴行を働き、組織的に風俗へ叩き落とそうとする。……もはや嫌がらせの範疇じゃない。凶悪犯罪のフルコースだ」




弘樹のタイピング速度が、怒りと共に跳ね上がる。


読者の手紙を奪われ、過去のノートを失い、母と喧嘩になり、それでも決してペンを折らずに一人で耐え抜いた妹の孤独を思うと、腸が煮えくり返るようだった。




「お前が妹を見くびって突きつけた泥の代償は、すべて自分に返ってくるぞ、杦山」




杦山が綾たちと交わしていた共謀の履歴、暴行を自慢する書き込み、ファンレターの隠蔽を指示したメール。それらすべてを、弘樹は逃れようのない証拠として保全した。




---




「……どうりで、妹への風評被害が学内だけでなく、近隣のアルバイト先にまで行き届いていたわけだ」




ハッキングしたデータの海を泳いでいた弘樹は、M大学における包囲網の「異常な規模」の理由を突き止め、冷たい息を吐いた。




黒幕・杦山幸太は、単なるサークル部長ではなかった。彼はM大学の『学生会会長』に君臨し、さらには複数のサークルを掛け持ちする学内の絶対的な権力者だったのだ。




ログを解析していくと、彼の痛々しくも凶悪な実態が浮き彫りになる。


杦山は自らを『サンダーファイヤー杦山』と名乗り、プロレス狂であることを公言しては大学構内で取り巻きを相手に周囲を威圧していた。彼には誰も逆らえない絶対的な恐怖の背景があった。




杦山は、暴力団の血を引く男だった。




事あるごとにその影をちらつかせる男が、自らのプライドを満たすためだけに茉莉子を標的にしたのだ。学生もおろか大学周辺の店舗すら、杦山に睨まれることを恐れた。だからこそ茉莉子はどこへ行っても雇ってもらえず、孤立無援の極限状態へと追い込まれた。その権力があったからこそ、あのような大がかりな詐欺犯罪を成立させることができたのである。




「なるほど。自分をマフィアの首領か何かだと思い込んでいるらしい。ひどく滑稽な三文芝居だ」




弘樹の瞳には、一切の動揺もなかった。


何十億という金が動き、国家レベルのセキュリティが交差するサイバー空間で戦ってきた彼にとって、地方大学でヤクザの威光を借りてプロレスごっこをしている男など、路傍の石に等しい。




「暴力と恐怖で妹の尊厳を奪い、偽りの大義名分で泥を塗った罪。お前の得意な『物理的な脅し』が一切通用しない土俵で、その虚飾のすべてを剥ぎ取ってやる」




学生会長の権限を悪用した通信記録、同級生を脅迫していたログ、そして詐欺犯罪を主導した決定的な証拠。それらすべてが、弘樹の手によって一つのフォルダにまとめられていく。




---




弘樹の口から、呆れ果てたような乾いた笑いが漏れた。


「……なるほど。永沢綾がパクリ魔なら、こいつのやっていることは強盗だな」




彼は杦山が部長時代に発行していたという同人誌とサークル会誌のデータを発見していた。杦山が「極上のエンタメだ」と豪語して出したファンタジー小説。だが、それが海外の有名テーブルトークRPGの世界観や設定をそっくりそのまま抜き出した「丸パクリ」であることは、弘樹の目には明白だった。




自分こそが他人の褌で相撲を取る泥棒であるにも関わらず、真のオリジナルを生み出す妹を嘲笑していたのだ。永沢綾とまったく同じ、劣等感に塗れた滑稽な認知の歪みがそこにあった。




さらに弘樹を失笑させたのは、会誌に掲載された杦山の「武勇伝」だった。




《悩みを相談してきた舎弟に男の戦いを見せてやる! と説教し、ゲームセンターへ連れて行った。俺の熱い背中を見せるために》




「……で、その戦いとやらを見せつけるためにプレイした『バーチャファイター』で、たった三人目のCPUにボコボコに負け、舎弟から『サンダーさん、弱いですね』と呆れられた、と」




弘樹は冷たい声で読み上げた。


自分の説教の素晴らしさと、その直後のあまりにもダサすぎる敗北。それを美談のように書き連ねる杦山の自己顕示欲は、完全に常軌を逸している。




そして、この致命的にダサい本こそが、杦山が茉莉子に対する憎悪を爆発させた直接の引き金だった。杦山はこのゴミのような本を茉莉子に無理やり売りつけようとしたのだ。


しかし、物語の不自然さを冷徹に見抜く才能を持ち、純粋なオリジナルを書き続けていた茉莉子にとって、そんなパクリ小説とイキり武勇伝の詰め合わせなど、一円の価値もない紙屑だった。




茉莉子は当然のごとく購入を拒否した。その真っ当な拒絶を、杦山は「自分の威光と作品をバカにされた」と逆恨みしたのである。




「妹の才能への嫉妬だけじゃない。自分の薄っぺらさを無意識に見透かされたような気がして、発狂したというわけか。……サンダーファイヤー杦山。お前のその虚仮威しのプライド、跡形もなく粉砕してやる」




丸パクリの同人誌データ、バーチャファイターで負けた恥ずかしい会誌、ヤクザの威光をちらかせた強要未遂のログ。




後に弘樹が法的手段を用いて杦山を社会的に処刑する際、弁護士からの恐ろしい通告と共に、これらの「恥ずべき真実」をすべて突きつけられた時、プライドだけで生きてきたこの男はどんな無様な悲鳴を上げるだろうか。




弘樹は、妹を苦しめた滑稽な男の全記録を、静かに、そして完璧にロックして保存した。

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