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パクラー 取り替えられない物語  作者: スズシロ


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6/10

追記 深淵の観察日記と「ヘイト小説」の真実

凄腕ハッカーである弘樹が暴き出した永沢綾の隠しサイトには、茉莉子への執拗な攻撃のログが刻まれていた。そこには茉莉子のオリジナルキャラクターを無残に貶める「ヘイト小説」が大量にアップロードされており、綾は自身の加害行為を正当化するために、歪んだ『大義名分』を掲げていた。




> 《茉莉子だって、昔あのジャンプの看板ヒロインのヘイト小説書いてたじゃん。あいつがメジャーキャラを叩くのは良くて、私が茉莉子のキャラを叩くのはダメなわけ? 痛い目見て当然でしょw》




その書き込みを一瞥し、弘樹は鼻で冷たく嗤った。


「馬鹿め。お前たちがやっている泥遊びと、妹の『分析』を一緒にするな」




弘樹の脳裏には、十代の頃の妹の姿があった。当時、物語の作り手として誠実であろうとした茉莉子が題材にしたのは、超メジャー作品『NARUTO』のヒロイン、サクラだった。


しかし、茉莉子が書いていたのは、綾たちのような感情的な悪口ではない。それは「キャラクターの造形の甘さ」と、そこから生じる「物語の不自然な描写」に対する、恐ろしいほど冷徹な解剖(分析)だった。




「なぜこの場面で彼女はこういう行動をとるのか。それはキャラクターの芯がブレているからであり、結果として物語全体の動線に致命的なノイズを生んでいる」




それは、巨大な看板作品という「巨人」に対し、一人のクリエイターとして論理的なロジックで立ち向かった孤独な批評であった。巨大な出版社や作品からすれば、一人の少女の批評など痛くも痒くもない。


対して、綾がやったことはどうだ。




綾は、茉莉子の過去を都合のいい『免罪符』として切り取り、「自分は道徳的に上に立っている」という歪んだ優越感に浸った。そして大橋亜妃子をはじめとする同人ウォッチャーを扇動し、徒党を組んだのだ。


巨大ジャンルに個人で挑んだ茉莉子に対し、綾は閉鎖サイトという安全圏から、集団モブを率いて、まだ後ろ盾のない無防備な個人である茉莉子を袋叩きにしたのである。




この陰湿な集団リンチによるダメージは計り知れなかった。毎日更新されるヘイト小説と嘲笑は、純粋に物語を紡ぐことしか知らなかった茉莉子の心を深く抉り、結果として彼女のプロデビューを数年も遅らせる致命的な傷となった。




---





「……そして三つ目。これが最も重要です」




密室となった親族用の控室。弘樹はテーブルの上に分厚いファイルの束を叩きつけた。ハッキングで抜き出した永沢綾の『隠しサイト』の全データだ。




「なっ……それ、どうして……!」




綾の顔から血の気が引いた。弘樹の氷のような視線が、加害の自覚なく被害者ロールに依存してきた綾と恭子を射抜く。




「妹が十代の頃に書いたものは、巨大な看板作品に対する純粋な『分析と批評』だ。だが、あなたたちがやったことは違う。安全な閉鎖サイトから集団を率いて、たった一人の個人を袋叩きにする『集団リンチ』だ。あなたたちの卑劣な暴力のせいで、妹の人生と尊厳がどれだけ破壊されたか、考えたこともなかったか?」




「わ、私は……っ! 茉莉子が、私の人生をパクったんじゃない!!」




逃げ場を失った綾は、ヒステリックに叫び声を上げた。彼女が最後にすがりついたのは、サイトで信者たちに吹聴していた、あの極まりない妄想だった。


「茉莉子の主人公は全部、私への憧れで書かれたパクリなのよ! 私はあいつのミューズなんだから!!」




弘樹は深く、冷たい溜息を吐き、プロジェクターに一つの画面を映し出した。それは、茉莉子が中学生時代から積み上げてきた**『PC版履歴と作成日時のタイムスタンプ』**だった。




「よく見ろ。タイムスタンプが証明する通り、妹はお前の存在を知る前からこの主人公を書き上げている。お前をモデルにする物理的な時間は存在しない。……さらに、お前は自分のサイトで『私がモデルだ』と吹聴しながら、同時に妹の小説を勝手に改悪し、ヘイト小説を大量生産していたな」




弘樹は画面を次々と展開していく。


「自分が美しく完璧なモデルだと言い張る一方で、そのキャラを醜く改悪し、叩いて喜ぶ。これのどこが『ミューズ』だ? お前のやっていることは、劣等感に塗れた泥棒が、宝石の輝きを妬んで泥を塗りたくっているだけの『改悪常習』だ」




「あ、あぁ……ちが、私は……」




「何より致命的なのは、お前が『私がモデルだ』と自称してしまったことだ。これにより、お前自身が『妹の著作物を意図的に改変した』という【著作者人格権の侵害】を自白したことに他ならない」




自分を高く見せるためについた「ミューズ気取り」の虚言が、皮肉にも自らの首を絞める最強の法的証拠へとすりかえられた。綾は糸が切れた操り人形のように床へ崩れ落ちた。




---




「綾ちゃんは被害者なのよ! 彼女の小説は、傷ついた心を癒やすための正当なセラピーだったんだから!」




別室での協議の場。大橋恭子(亜妃子)は、綾の「保護者」という立場にすがりつくように叫んだ。彼女は、綾の陰湿なヘイト小説を「トラウマを昇華するセラピー」だと全肯定し、扇動してきた共犯者だ。




「他者の尊厳を泥で汚し、集団で叩き潰すことが『セラピー』だと? 虫唾が走るな」




弘樹は再びタイムスタンプを指し示した。


「この記録が証明している通り、妹はお前たちが『パクられた』と騒ぎ立てるより遥か昔に、この作品を書き上げている。つまり、お前たちが主張する大義名分は、何一つ存在しない完全な妄想だ。お前はただ、才能を嫉妬で叩き潰したかった綾の免罪符として利用され、いじめに悦に浸っていただけの卑劣な犯罪者だ」




亜妃子が「理解ある編集者」を気取って書き込んでいたログが次々と暴かれる。


「他人の著作物を無断で改悪し、名誉を毀損する。これがセラピーで許されると本気で思っていたのか? すでに今後の虚偽発信を禁じる法的命令と、莫大な損害賠償の請求に動いている。お前の薄っぺらい自己満足の代償は、法律と社会的な死で支払ってもらう」




「あ、ああ……嘘よ……私が、犯罪者……?」




亜妃子の顔から血の気が引いた。彼女が築き上げてきた「大手」としての地位も、「優しい編集者」という自己評価も、すべてが【加害の自覚がない卑劣な共犯者】の証拠として固定された。彼女は両手で顔を覆い、無様に泣き崩れるしかなかった。




---





結婚式での告発から数日後。永沢綾の「隠しサイト」跡地には、【裁判所の命令による差止(サイト閉鎖)】という法的措置の文面が表示されていた。




界隈の大手であった亜妃子が完全に音信不通になった事実を知り、信者ウォッチャーたちは一気に血の気を引かせた。


「サイトのログ、全部相手の弁護士に握られてるって!」


「IPアドレスごと!? 私、就職活動中なのに!」




自分たちも「法的裁き」の対象になると悟った瞬間、信者たちは見事なまでの「手の平返し」を始めた。昨日まで綾に同調していた連中が、一斉にバッシングを開始したのだ。




「私は最初から綾はおかしいと思ってた!」


「亜妃子さんに脅されて書き込まされてただけなんです! 私たちも被害者です!」




自らの保身のためにすべての罪を綾ひとりに擦りつけようと足掻く信者たち。だが、弘樹には通用しない。彼は醜い責任転嫁の書き込みを冷ややかに見つめながら、次なる内容証明郵便の発送リストを淡々と作成していく。




すべてを失った永沢綾は、たった一人で絶望のどん底にいた。


「被害者」という大義名分も、「理解ある編集者」も、そして自分を肯定してくれた「信者の群れ」も。彼女が他者を攻撃するために築き上げた泥の城は、あっけなく崩れ去った。信じていた群れから真っ先に見捨てられ、裏切られ、ありとあらゆる法的責任をたった一人で背負うことになったのだ。




純粋に物語を紡ぎ続けた茉莉子が、光の当たる場所へ歩み出していく一方で。


徒党を組んで他者の才能を叩き潰そうとした悪役たちは、自らが作った泥濘の中で、互いを裏切り合いながら永遠に沈んでいくのだった。

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