## 第3章:反撃の兆しと、水面下の攻防
地元で「終わってる」と嘲笑されていた櫛田家。だが兄の弘樹は、退学という事実を強靭なバネに変え、狂気じみた執念で独学で英語とIT技術を叩き込んでいた。現在の彼は、海外のクライアントを相手にシステム構築を請け負う凄腕のプログラマーとして暗躍し、すでに億単位の資産を築き上げていた。彼が家から出ないのは、資産目当ての有象無象を近づけないための「ニートの隠れ蓑」に過ぎなかった。
そして茉莉子もまた、すべてを奪われた暗闇の中で「文学の修羅」と化していた。泣き叫ぶ暇があるなら、一行でも多く物語を紡ぐ。そんな執念が、ついに外の世界の扉をこじ開けた。ホームページに書き溜めていた作品がネット上で爆発的な評価を集め、大手出版社からのプロデビューが決定したのだ。
このニュースに綾や亜妃子は「発狂」し、茉莉子のホームページを執拗に荒らすサイバー攻撃へと打って出た。だが、弘樹にとって素人の攻撃など児戯に等しかった。彼はハッキング経路を逆探知し、主犯二人の個人情報を完全に炙り出した。
デジタル空間での嫌がらせが通用しないことに焦った亜妃子は、自身の従兄であり元彼でもある半藤正英を「刺客」として差し向けた。正英は大手総合商社に勤めるエリートで、顔立ちも甘く整っている。出版界の交流会で偶然を装って接触した彼は、二枚舌を駆使して不慣れな茉莉子を巧みに口説き落とした。
「初めまして。君のデビュー作、本当に素晴らしかった。独自のSF設定と、言葉の端々から伝わる力強さに惹き込まれました。君のような才能ある人が、今まで一人で抱え込んでいたなんて信じられない。これからは、俺が君の一番の理解者になるよ」
交際からプロポーズへと至るまでの間、亜妃子や綾の影は一切見せなかった。
そして、取り消しが極めて困難な「結納」の儀式の日。ホテルのラウンジで二人きりになった瞬間、正英の顔から仮面が滑り落ちた。
「実は俺、亜妃子の従兄なんだよね。綾ちゃんとも親友だし。でも安心してよ、君の敵じゃない。結婚したら、君のペンネームは俺たち『家族ユニット』のものだ。子供ができたら一人で執筆するのは大変だろう? だから君はゆっくり休んでいい。俺たちが君の名義で、代わりに書いて『サポート』してあげるから」
茉莉子の心臓が跳ねた。
「嘘……」
「嘘じゃないよ。もう結納も済んだし、うちの商社の上司や親族にも報告済みだ。今さら婚約破棄なんてしたら、君の家族が社会的にどうなるか分かるよね? 君のお兄さん、高校中退の引きこもりニートだっけ? ま、せいぜい俺たちエリートの言う通りに大人しくしてなよ」
「結婚したら、君のペンネームは俺たち『家族ユニット』のものだ。子供ができたら執筆は休んで、俺たちが君の名義で代わりに書いてあげるから」
それは、茉莉子の才能と実績を合法的に搾取し、妊娠を口実に絶筆させるという悍ましい乗っ取り計画だった。正英は「もう逃げられない。せいぜい俺たちエリートの言う通りに大人しくしてなよ」と嘲笑った。
だが同時刻。弘樹は冷たいモニターの前で、正英のスマートフォンをハッキングして傍受した『ある音声』の録音データを再生していた。
「……随分と、下劣な台本を書くじゃないか」
弘樹はすべての証拠データをUSBメモリに移行していく。彼の狙いは最初から、相手が最も逃げられない最大の処刑場――『結婚式』という晴れ舞台だった。




