第29話 名前のまんまの人だな
「ふぅ……」
「柄にもなく緊張してるの?」
「そりゃそうだよ。今日は、ほとんどの席が関係者席だからね……」
「そういや、報道も入れたんだろ?」
「んー、配給会社の意向でね。宣伝にもなるから、ありがたいけどさ」
「なんか、横取りされた気分?」
未彩は、僕を下から覗き込むように見てくるので、「そんなことないよ」と返事をした。返事としては、悪くないだろうが、未彩が言ったとおり、出来上がったものを配給会社に横取りされた気持ちなのは、隠しておかないといけない。
「やぁやぁ、如月くん。今回は、素晴らしい映画の企画をしてくれてありがとうね!」
「いえ、原作がとてもよかったので……」
「いやいや、君ほどのカリスマ性のある主演がいるから、映画が華やいだんだよ!」
お金になるからと、声をかけてきたと思わせるような発言をしているのは、今回の配給会社の担当だ。かなり高圧的な感じがして、僕はあまり好きじゃない。そっと、離れようとしても、どういうわけかついてくるので、ニコっと笑いかけたあと、「監督と話がありますので、失礼します!」と、きっぱりと側を離れた。未彩も一緒についてきたところをみると、あまりいい感情は持っていないようだ。
「あのおっさん、歌舞伎のこと、バカにするんだぜ? それが、芸能に関係する仕事をしてるヤツの言葉かって、腹が立ったんだよな。絶対、なんかあっても、断ってやる!」
「最近、歌舞伎もテレビで特集されることもあるもんね。映画になったりさ。そういうの、わからない人だとしたら、先見の明がない人なんだろうね」
「湊の人気にあやかった感じか……、感じ悪い」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。この業界もいろんな人がいるから。みんながみんな、あんな人ではないからね」
「小園さん」
「愚痴は程々に」と小園に声をかけられ、社長に僕らを呼んでくるように言われたらしい。
「今回の配給に当たっては、配給会社の社長直々に話をもらったことだから、実動がどうであれ、あまり気にしないでおいてよ。いつ、どうなるかは、わからないからさ」
小園に愚痴を言っていたことへの釘を刺され、僕らは案内されるがままについていった。
「入ります」と声をかけ、部屋の中にはいると、40代くらいの女性が、社長と談笑していた。
「あぁ、湊と霜月くん」
社長に呼ばれて、近くに向かうと、女性はとても丁寧に挨拶をしてくれた。どうやら、さっきの配給会社の社長だったようだ。
「初めまして、高月力と申します」
「……リキさん。初めまして。今回、映画の配給に関わっていただき、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、素晴らしい作品を世に出すお手伝いをさせていただいて。あなたのファンからも熱烈にお願いされたしね? 如月くんが主演だから、お金になる!という発想で、私はお声がけしたわけではないことだけは、あなたに伝えたかったのよ」
「えっ?」
高月の言葉は、今さっき、担当から言われたことと真逆のことで、驚いてしまった。今更取り繕っても仕方がないが、芸能界は人気商売である限り、旬のアイドルとして、僕はお金になることを自覚している。下心がないとは言い切れないが、僕は、高月という女性は、とても格好の良い人だと思えた。
「驚いているようね。簡単な話よ。あなたのところの社長とは、飲み友達なの。あなたの話をチラッと話を聞いてね。今が旬なあなたが、誰かの用意したものではなく、自身が見つけ出した物語を形にしたって聞いて、すごくわくわくしたの。もちろん、先に映像もメイキングも見させてもらったうえで、今回の契約になったのだけど……。如月くんのことは、小さい頃から知っているわ。あなたの成功を願っていた一人のファンとしても、今の成功はとても嬉しいもの」
ふふっと笑う高月に、僕は自然と頭を下げた。
「一緒にお仕事ができること、嬉しく思います」
「いいとこどりのような形になってしまったけど、ますますの活躍を期待しているわ! もちろん、霜月くんもね! 私、あなたのファンでもあるのよ。映画の撮影が終わったってことは、興行に戻るのでしょ?」
僕にばかり話しかけていた高月が、今度は未彩へと視線を向け、ニコニコと話しかけている。まさか、自身にも「ファンだ」なんて言われると思っていなかった未彩は、一瞬の戸惑いもあったようで、一拍置いたのち、「次の興行から参加することになっていて、稽古が始まってます」と返答していた。僕のわがままで、未彩も映画に参加することになったので、自身の舞台をひとつ他の人へ回したらしい。申し訳ない気持ちになったが、無言で僕の背中をポンポンと叩いてくる未彩は、僕の気遣いは不要だそうだ。
「今日の試写会も楽しみにしていたの。二人とこんなに間近でお話ができるなんて……。持つべきものは、飲み友達ね!」
「……力さん。そのくらいにしておいて」
「わかりました。如月くん、霜月くん。この映画は、必ずヒットすると思うわ。これからもたくさんの人から注目されることになる。二人とも頑張ってね! ずっと、応援しているわ!」
「もちろんです。ありがとうございます」
僕と未彩は高月に頭を下げて、部屋をあとにした。小園に言われ、そろそろ舞台挨拶の時間となったのだ。
「なぁ、高月さんさ、いい人だったな」
「そうだね。契約をしたってことは、お金が発生するから、下心はもちろん、利益もきっちり計算の内だろうけど……、それでも、好感が持てる人だった。やっぱり、上に立つ人って、あぁいう人がなるのかな?」
「高月さんなら、根っからの映画好きがこうじて、社長にまでのぼりつめたんだよ」
「えっ? 小園さんは知っているの?」
「社長とは、学生の頃からの友人だったと思うよ。ヒナトくんのお父さんも一緒に芸能界へ引っ張っていったのは、高月さんだって話も聞いたことがある。そのころは、自主映画の監督なんかやってたし、スタッフが足りないから、現場では、なんでもできちゃうんだよね。たぶん、月影さんとも親交があったと思うよ」
「そうなんだ」
「……パワフルだとは思ってたけど……、本当、名前のまんまの人だな」
「そうだね。名前といえば、生まれるのが男の子だと思われてたから、『力』しか用意されていなくて、そのままつけられたらしいよ」
「なんか、不憫な気がする」
「そうでもないんじゃない。高月さんは、名前はとても気に入っているって、公言しているからね」
「……やっぱり、パワフルな女性だね」
「俺らも負けてられないな」
未彩とお互いに「頑張ろう」と言い合って、舞台挨拶へと向かった。そこには、すでに、月影もルナたちもおり、僕らを待っていたようだった。




