第22話 ……プロに任せるって言ったじゃん
「今から、緋月とクリステルさんのシーン入ります! 光希くんも入っていってください!」
ホテルのラウンジで正装をしてピアノを弾くシーンの撮影だ。
ここは、響の友人であるクリステルことミヅキの出番で、次の撮影があるミヅキのため、先撮りしすることになっている。
基本的に、緋月役の僕と光希役の未彩、響役のルナは、常駐しているので、他の役者の合間に撮影することが多い。主演であっても、自主企画的な位置の映画撮影のため、他の役者のスケジュールに合わせての撮影になっていた。
特にミヅキは次の準主演映画が決まっているのと、大人の事情も相まって、早い段階での撮影となった。
「ミヅキさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします! 如月さんとは、2度目の合わせですね?」
「そうですね。撮影現場は、もう慣れましたか?」
「はい。とても、雰囲気の良い現場ですから」
撮影準備が整うまで、ミヅキと少し話をする。とても明るく元気な人だなという印象で、少ない時間でも話す機会は多い。今度の映画では、準主役の位置のオーディションに参加しているらしく、今回の撮影は実績作りと次の映画の監督からの依頼を受けてのオーディションの一つだった。
「湊!」
「何ですか? 監督」
「始めるけど、準備はいいか?」
「ピアノを弾く振りは任せてください! 完璧につっきーから指導を受けたので、いい感じで、抜いてくださいね!」
「……三日月か。任せておけ! 音は頼んであるから」
僕は、ピアノの前に向かい、未彩はチェロを弾く体制になっている。ピアノを弾き終えてから、クリステルと話す部分である。伊織役の女優のスタンバイも終わったようで、「よーい……、アクション!」と声がかかる。
「今日のあなたは素敵な婦人だ。大事に大事にされてきたんだね。あなたにぴったりの曲を贈るよ」
ピアノに優しく語り掛け、鍵盤に手を置く。何度も何度も練習した曲は、それなりに形となった。初めて本格的にピアノを弾いたが、今日、この日、報われることを願った。ただ、ここでのシーンは、プロの音にすり替えることになっているので、気楽に弾く振りをするだけでいい。実際にピアノは弾くので、未彩と視線を合わせて弾き始める。
……音は使われないんだから、練習通り。未彩との合わせはちゃんとできていたんだから、大丈夫。
チェロ経験のある未彩は、音を使っても問題ないという判断だったが、僕が未熟なので、音はカットになることを伝えられていた。音が使われないなら、二人で、最高の演奏をこの場限りでしようと伝えてある。
……意外と、ピアノを弾くって気持ちいいんだよね。決められた楽譜を追っていく感じが、とても好きだ。
「あの……」
「えっと、はい。あの、何か?」
「とても素晴らしかったです。私、今日……、約束をすっぽかされちゃって……落ち込んでいたんですけど、あなたのピアノが聞けてよかったわ。私、歌手を目指しているの。伊織よ。また、会えると嬉しいわ」
「僕は、南条緋月。音大の学生です」
「そう。また、どこかで緋月くんとは会えそうな気がするわ。今日は素敵な演奏をありがとう。もう少し、あなたの演奏を聞いていたいけど、時間がきたわ。また、どこかで」
伊織役の女優とのやり取りを終え、今度は、未彩の光希が、悪がらみしてくる。未彩とは、何度か撮影をしたが、学校でのやり取りとさほど変わらない絡み方をしてくるので、未彩本人を意識しないように僕は務める。
「よぉよぉ、緋月さんよぉ? あの美人さんとは知り合い?」
「いや、知らない。僕らより年上なようだけど……会ったこと、あったかなぁ?」
「まぁ、音楽で繋がっているようだし、どこかですれ違ったことくらいあったかもなぁ。俺はともかく……」
「南条だからな。さぁ、続きを弾こうか」
「あぁ、そうだな。それより、さっきのリスト、良かった」
未彩が台本にない、ウィンクをアドリブで入れて来るので、どうやら、ピアノが上手に弾けていたようだ。
ピアノを弾き終え、ふぅっと一息入れたときから、話しかけられる。
「……あの、ヒヅキさんですか?」
「そうですが、あなたは?」
「響のルームメイトです」
少し不安そうにしながら、話しかけてくる響のルームメイトであるクリステルに、僕は視線を向けた。ここから、クリステルと緋月との会話が続いていく。
掛け合いをしていく中、話すテンポもちょうどよく、聞きやすい言葉である。
……さすがだな。準主役のオーディションを受かるだけある。
僕は、クリステルを見ながら、その向こうにいるミヅキを見ていた。役者として、本業であるミヅキは、演技もとても自然体だ。凛と比べるとかなり失礼にあたるが、本当に、クリステルという人物が存在しているようであった。
「カッ!」
ちょうど、場面が切り替わるところで、監督からオーケーが出たようだ。長丁場の撮りだったため、一発で撮れたことに、ホッとした。
「……はぁ……、緊張した」
「長かったからね。1シーンが」
「普通は、もっと細切れで撮るんですけどね?」
僕と未彩、ミヅキの三人が、監督からカットの声が出たことで、少しホッとした表情で話ていた。今は、撮影した映像の確認のための時間だ。
「見に行くか?」
「そうだね。ミヅキさんも行く?」
「私が行ってもいいんでしょうか?」
「もちろんだよ。監督が撮った映像を見るのも、勉強になるから。一緒に行こう」
三人で、映像確認をしている月影の元へ向かう。月影がかなり難しい表情をしているのだが、撮り直しなるのだかと不安になる。
「なぁ、どう思う?」
「これは、かなりいい映像になったと思いますよ」
「差し替えなしでいいか?」
「はい、良いと思います。プロの方にも聞いてもらいましょう。仕事がなくなってしまったら、やっぱり、問題になりますか?」
「そのあたりは、大丈夫だ。湊は、全曲弾けるわけじゃないから」
「……何の話をしているんですか?」
月影と助監督と話をしているところへ、僕は話しかける。僕が近くに来ていることもわかっていたようで、もう1度、さっき撮ったばかりの映像の確認をすることになった。
「このままの音を使おうと思ってるんだが、湊はどう思う?」
「……プロに任せるって言ったじゃん」
「湊の出来がよかったんだから、自分をほめるべきだろ?」
「……ありがとう」
監督との話し合いの結果、ピアノとチェロの音は、そのまま採用となり、僕も未彩も肩を竦める。そんな僕らを見て、「よかったですね!」とミヅキが言った。
映像事態も満足のいくものだったようで、撮り直しはなしとなり、別のシーンの撮影となった。
「ミヅキさんは、ここでクラックアップとなります。少し早いですが、お疲れさまでした」
監督からの説明に、ミヅキが挨拶をする。シーンとしては多くないため、先撮りを終え、次の現場へ向かうことになる。
「ミヅキさん、お疲れ様」
「如月君も。残りの撮影、頑張ってください!」
「ありがとうございます。ミヅキさんも、次の作品、頑張ってくださいね!」
握手のため、僕は、ミヅキに手を差し伸べると、一瞬驚いた表情をしたあと、しっかり手を握ってくれ、「頑張ります!」と現場を去っていく。
スケジュール的な関係で、先撮りをしたものは多い。今、ここに残っているのは、この映画のメインとなる役者だけとなった。
ミヅキの後ろ姿を見送りながら、僕はこれからメインとなる撮影が始まるのだと気合を入れ直した。




