第21話 ……もう、弾けるとか、ズルくない?
「おはようございます」
小園にマンションから送迎してもらったが、それでも、現場には1番目に着いたと思っていた。扉の向こうからは、話し声が聞こえてきたので、声をかけて部屋へ入っていく。そこには、すでに、月影と社長が何やら話し込んでいた。
「おう、湊か。毎朝、一番乗りお疲れさん!」
「いえ、僕はピアノの練習がありますから。監督や社長こそ、早くないですか?」
「……あぁ、うん。そうだな」
「月影さん、さっきの話」
「わかった。湊に話しておくよ」
「お願いします」と社長が部屋から出て行くので、僕は月影の方を見た。頭を掻きながら、「こういうのは、アイツの方が得意なんだよな」とごちた。
「何かあったんですか?」
「あぁ、撮影の中で、2ヵ所、コンサートホールのようなところで、ピアノを弾くシーンがあるだろう?」
「えぇ、そうですね。それが、何か?」
「……湊には悪いんだけど」
「何ですか? 神妙な面持ちで」
「ピアノを弾いてほしんだ」
「ピアノを弾くって……、普通のことですよね?」
「いや、湊たちの代わりにプロが弾くことになるって話はしてたと思うけど……」
「あぁ! 本当にピアノのリサイタルをするってことですか?」
申し訳なさそうに月影は、僕に告げたが、元々、自分でも弾きたかったのだ。首を横に振り笑いかけた。
「監督、僕、本当は最低1曲、もしくは、2曲は自分で弾きたいと思っていたんです。そのために、毎日、練習しているんです。弾かせてください」
「湊……。そうか」
こちらを見ながら申し訳なさそうにしている月影に笑いかける。周りをよく見ている月影が、今の僕の状況を知らないはずはない。だからこそ、これ以上の負担はかけたくないと考えてくれていたのだろう。
「湊なら、そういってくれると思っていた。負担になることばかりで、本当にすまない」
「監督が気にすることじゃないですよ。僕も、この映画が出来上がることが、楽しみなんですから」
「……ピアノ、弾いたことすらなかったんだろ?」
「ねこふんじゃったなら弾けますよ。年の離れた弟に弾いていたんで」
「……なんだそれ」
呆れたように小さくため息を吐く月影に、「がんばります」と笑う。
「選曲は決めているか?」
「はい。僕らの新曲になる『Summer Snow』は弾きたいと思っていましたし、『愛の夢』がホールで弾くものですよね?」
「そうだな。2曲……、もしかしたら、3曲。頼めるか?」
「3曲?」
「あぁ、ロケハンで行く予定のあるストリートピアノで、弾いてほしい曲があるんだ。これは、完全新曲だから、冒頭だけでいい。今、用意しているところだ」
「……覚えられるかな」
苦笑いとともにうなずき、僕は「練習してきます」と部屋を出る。そのあとは、僕の出ないシーンを別室で撮影が進んでいった。防音の部屋には、撮影の進行は何も聞こえてこないが、音楽大学での撮影ということもあって、窓を開けると、いろいろな楽器の音が聞こえてきた。
「……さすがに、みんなうまいよなぁ。僕なんて、付け焼き刃なんだけど」
「まぁ、そういういなって」
ため息をついていたら、三日月が来ていた。今日は、ピアノの講師は凛の方に付きっ切りらしいので、一人で弾ピアノをいていたのだが、「よっ!」と軽い挨拶をする三日月に、わざとらしい大きなため息で迎える。
「ひっでぇーな」
「しょうがないじゃん。つっきーだし。何しに来たの?」
「例の楽譜が出来上がったからって、社長に聞いてない?」
「今朝、ヒナが社長に歌詞を提出しただけだよ?」
「もう出来上がったみたい。あっ、これ。デモだって」
「……デモまで、出来上がっているの?」
「楽譜もある」
「……もしかしなくても、つっきーに手伝ってもらったのが、社長にばれてるってことだ」
「そういうこと。時間もないことだし、さっそく練習しようぜ」
課題であった作曲。僕の鼻歌を三日月が楽譜に書き起こしてくれ、先日、社長に提出した。今朝、陽翔が歌詞を提出したばかりだ。まだ、数時間しか経っていないのに、ピアノだけのデモと歌ありのデモ、楽譜が三日月によって渡された。
「……社長って、本当に多彩。できないことはないんじゃないのかな?」
「だろうな? 湊たちの歌ってる何曲かは、社長が作ってるんだろ?」
「トレンドもしっかり入れながらも、いつの時代に聞いても古臭くない曲なのがすごいよ」
「アイドルって、時代の象徴みたいなもんだからな。音楽を振り返る番組見てると、その時代がよくわかる」
「でも、社長の音楽って、時代の時点で終わらないのが、すごいところなんだよ!」
「社長自慢もいいけど、ほら、『Summer Snow』弾くんだろ?」
三日月に促され、まず、デモを聞いた。歌入りを聞くとイメージしやすいだろうと、おとなしく、聞いている。
「あぁ、すごいアレンジ」
「つっきー、社長にライバル視しない!」
「わかってるよ。もう、そろそろいいか?」
「……まだ、早くない?」
「俺は、楽譜を書いた本人だから、だいたいのメロディは、もう、頭に入ってるから、これがラストな。あとは、隙間時間に聞いて」
流していたデモは止められ、ピアノの前に楽譜を置いてもらうが、さてさてどうしたものか。三日月を見上げると、ため息と共に、少し横にズレるように促してくる。
僕は座り直して、三日月と一緒の椅子に並んで座った。
「ゆっくり弾くから、よく見てて」
頷くと、三日月は、楽譜を確かめながら、鍵盤に触れていく。とても丁寧な指使いに、僕はなぜかドキドキする。
骨ばった大きな手が、柔らかく、音を響かせているのだ。
「テンポは遅らせてる。本当は、もう少し早いから。本番でも、可能なら、テンポを遅らせてもらったら、弾きやすいかもしれないな」
「……もう、弾けるとか、ズルくない?」
「あれから、少し、練習もしたから、こんなもんじゃない?」
三日月が弾き終えるのを見届けて、僕が弾く番だ。さっきまで見ていた指使いを真似るように、弾き始めるが、なかなか難しい。
「練習あるのみ! ここは、こうやって弾くと弾きやすい」
三日月の指導は夜まで続いた。おかげで、つっかえながらも、最後まで弾けるようになった。
あとは、ひたすら練習だな。
僕は、一口、ペットボトルから水を飲み、ゆっくりと弾き始めた。
朝から練習に付き合ってくれた三日月は、時々、指導してくれるおかげで、形になってきたことが嬉しかった。




