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第20話 ……疲れたら……もし、疲れたら……

「湊、もう行くの?」

「あぁ、うん。起こしちゃった?」

「俺は学校へ行くから、別にいいんだけど。湊は、早すぎない?」

「……そうなんだけど。少しでも、ピアノが上手くなりたくて」


 カバンを持って、リビングを出ようとしたところで、寝起きで髪の毛が鳥の巣になっている陽翔と出くわした。昨日も遅くまで勉強をしていたのか、とても眠そうに目をこすりながら、呼び止められた。


「……ちょっと話があるから、そこに座って。撮影の入りまで、まだ、時間あるでしょ?」

「あるけど、現場には電車で向かうし……」

「いい、いい。今、小園さん、呼んでおいたから、時間はそれまであるね」


 寝起きでもしっかり握られていたスマホをいじっていたと思ったら、小園に僕の迎えの連絡をしていたらしい。基本的には、マネージャーである小園に送迎をしてもらっているが、最近はピアノの練習のために、早朝、現場に入ることが多いので、電車やタクシーを使うことが多かった。


「さて、カバンを置いて、リビングに座ってて。朝ごはんは食べた?」

「軽くおにぎりを食べたよ」

「あぁ、冷凍庫のね。じゃあ、時間も限られているし、俺は、湊が出かけてから食べるとするよ」


 そういいながら、キッチンへ向かい、二人分のコーヒーを持ってリビングへ戻ってきて、ソファに座る。立ち尽くした僕は、陽翔をただ見つめるだけだった。いつものように、座面をポンポンと叩くので、僕は玄関の方を見た後、渋々座ることにした。


「湊が出かける前に、見てほしかったんだ。とりあえず、書き上げた歌詞」

「えっ? もうできたの?」

「まぁ、ね? 湊の方も、曲できてるんだろ?」

「……うーん。できてはいるよ。ずるしちゃったけどね。編曲は、社長がしてくれるって言ったから、ヒナの書いた歌詞は、社長に渡したらいいと思うよ」

「オーケー。わかった。歌詞書いたのなんて、初めてだからさ。社長に出す前に、湊に見てほしい」


 陽翔に渡されたルーズリーフに書かれた歌詞を読んでいく。陽翔も『Summer Snow』の原作を読んでいるため、映画の世界観はなんとなくわかってくれており、歌詞もストーリーに沿ったものだった。


「……すごくいいと思う。このあたりの言い回しが、僕はちょっと気になるけど、そこは社長の添削がはいると思うよ」

「わかった。湊から見て、映画の世界観とかけ離れたところはなさそう?」

「うん。ぴったりだよ。曲の方ともイメージは合うと思う」

「ならよかった。まだ、俺のほうは、湊の曲を聞いていないから」

「……ヒナ」

「どうかした?」


 僕はポツリと名を呼ぶと、優しく微笑んでくれる。その笑顔は、僕を気遣ってくれているのがわかり嬉しい。


「この曲、映画のラストに弾くんだけどさ」

「うん」

「……僕に弾けると思う?」

「弾きたいんだ?」

「うん。この曲だけは、弾きたい」

「他にも、ピアノの練習はしてるんだろう?」

「そうだね。何曲か弾く中で、手元を撮るって話もあるから……。でも、この曲は、通しで弾くシーンがあるんだ」


 少し間があいて、何か考えているようだった。監督である月影とは、陽翔も知り合いだから、監督の考えていそうなことを思い浮かべているようだった。


「湊は、月影さんの絵コンテを見たんだ?」

「まぁね。撮影のために、一応のイメージは必要だったから」

「そうだなぁ……、ピアノの前に座っているだけの湊もいいけど、ピアノを弾いている湊はなかなか……いいな」

「何それ。僕が言い出して企画された映画だからね……、やりたいんだ」

「いいんじゃない? 湊のやりたいことをすれば。そもそも、頑張り屋の湊がやるっ! って決めたなら、誰も止めたりしないし、応援するよ」

「わかっ」


 陽翔の人差し指が、僕の唇を塞ぐ。返事が中途半端になり、むっと陽翔を睨んでやると、ジッとこちらを見つめてくる。

 

「ただし! 人様に迷惑がかかるほど、自分を追い詰めるようなことがあれば、俺は反対するから。自分を大切にしなきゃ、いいものはできない。追い込んで、体調を崩して、『如月湊』に集中できないほどになったら、どんな状況でも、俺は止めるから!」


 陽翔の強い視線に喉がゴクリと鳴った。普段は、あまり、僕の仕事の仕方について、何も言わない陽翔ではあったが、昨日のこともあって、心配してくれているのだろう。僕は、その優しさに頷くしかない。


 ……ヒナが止めてくれなきゃ、僕は、また、暴走してしまっていたかもしれないな。失敗は許されないとか、座長なんだからとか、抱え込みすぎていることを注意されているんだ。


「わかった。心配かけて、ごめん」

「謝ってほしいわけじゃないんだ。湊が湊として、最高のパフォーマンスをすることが信条ってことを知っているから。ちゃんと、自身のケアもしてほしいって思っているだけだよ。そもそも、それを教えてくれたのは、他でもない湊だろう? 期待されたら、頑張ってしまうこともわかっているけど、ゆっくり休むことも大事」

「……疲れたら……もし、疲れたら……」


 陽翔の方を見て、言葉を探していたら、抱きしめられた。


「いつでも、戻ってきたらいいんだよ。ただの湊として。ほら、俺は湊にとっての心休まる場所だから」


 クスクス笑うと、陽翔もふっと笑っている。言った本人も照れていることがわかる。でも、その言葉が、どれほど、心を満たしたか。僕は、陽翔を抱きしめ返すととても、穏やかな気持ちになった。

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