『如月湊』は『如月湊』でない
「撮影、大変なんですか? ここまで、湊が疲れているのって見たことがなくて」
「撮影が大変っていうより、慣れない座長とかピアノの練習とか、今まで以上に気を使うことが多いみたいだよ。フォローはしていても、湊の性格的なものもあるし」
リビングから陽翔と小園が話しているのが聞こえてきた。疲れて眠ったはずでも、緊張からか、目が覚めてしまったようだ。
僕は、のそのそとリビングへ向かう。
「あっ、起きたんだ?」
「……うん。なんか、起きないとって思って……」
「……湊、ちょっとこんを詰めすぎじゃないか? もう少し、肩の力を抜いても誰も何も言わないよ」
「…………わかってはいるんです。でも」
「あぁ、はいはい。わかったわかった。小園さん」
「どうかした?」
「今日は、もう、帰って。あとは俺がなんとかしておくから」
「ね?」と小園にウィンクしている陽翔を見ていると、頷いて「あとは任せたから」と小園は部屋を出ていった。
部屋に残された僕と陽翔。ソファに座って、ぽんぽんと座面を軽く叩くので、そこに座れという意味なのだろうと、僕はのそのそと陽翔のいうことをきいた。
「湊、今日は何してたの?」
「……撮影だよ」
「違って、撮影の中で何をしてたの?」
「……ピアノの練習と他の演者の撮影を見たり、予算の話し合いとか…………」
「そっか」
呟いた陽翔の方を見上げると、しょうがないなというように僕を見ていた。陽翔を見上げていることに気がついた僕は、項垂れていたようだ。
「そんなに、アレもコレもって、湊がしなくても、みんながそれぞれの役割をきっちり担ってくれるから大丈夫だよ」
そう言って抱きしめてくる陽翔に体を預ける。ベッドに横たわるより、温かい陽翔の腕の中の方が安らぐ気がした。
「……わかってはいるんだよ」
「うんうん。湊だもんね。全体を見ていることくらい、月影さんも小園さんも知ってる」
「……ピアノも全然うまくならないし」
「触ったことすらなかったのに、すぐに上達したら、プロが泣く」
「演技だって……」
「湊の演技は、テレビの向こうでもこっち側でもかなりの高評価だから大丈夫。それより、湊自身が疲れているから、周りに振り回される。今回、かなりの役者が揃ってるって聞いたよ? 舞台女優とか未彩も、演じるのが本職だから」
「それでも……」
「そうだね。わかってるよ。そんな中でも、『如月湊』は『如月湊』でないといけないんだよね。完璧なアイドル」
「……っ」
「湊は、今まで、売れないときからも、コツコツと努力を積み上げてきたんだよ。それは、湊だけのもの。誰にも奪われたりしないから。焦らなくてもいいし、もっと、胸を張ればいいじゃん。ほら、凛なんて、大根役者でも、全く気にしてないだろ? あれは、ヤバいよね。自覚持ったほうがいいと思うし」
陽翔が、凛の名を出すので、思わず頭の中で想像してみた。学園もののドラマ共演をしたことがある。セリフはかなりの棒読みで、決め台詞だけは100万点だったことを思い出し、クスッと笑ってしまった。
「何思い出してんの? やーらーしぃーんだ」
じとっとした目で僕を見て、揶揄う陽翔に学園ドラマの話をすると、「あぁ、アレは本当に酷かったな!」と笑い始めた。
「俺でも、もうちょっとなんとかなりそうだって思ってたけど……」
「アイドル起用には、大根でも人気先行でってこともあるから」
「そのころ、俺らの方が上だったじゃん! あぁ、だから、湊がヒーロー、凛が当て馬だったのか」
さらに笑い始めるので、僕もそれに釣られて笑った。そうすると、胸につかえてたものがなくなったようにスッキリとした。
「よしっ、いい顔に戻った! まぁ、でも、まだ、疲れてはいるようだから、ご飯を食べて、風呂に入って、とっとと寝る! あっ、お風呂の介助が必要なら……」
「要らないから! 一人で入れる!」
僕は陽翔からにげるように慌ててキッチンへ向かい、冷蔵庫を漁ると、お粥があった。
「これ、食べていいの?」
「あぁ、いいよ! 湊が食べるかなって思って」
ほんの少しだけ照れた様子を見せる陽翔。僕はおかゆに冷蔵庫から取り出したたまごを入れて温まるのを待つ。ホッと一息ついたように感じた。
……陽翔に心配かけちゃったな。
「今、俺に心配かけたとか思ってる? 湊を心配するのは、俺の特権だから気にしなくていいよ。それより、今はちゃんと休むこと。湊も休むことの大切さは知っているでしょ?」
僕は頷く。おかゆが温まったので、お茶碗によそって、食べ始めた。優しいおかゆが体にぽかぽかと染みわたっていく。
「洗い物はやっておくし、お風呂も入れておいたから、今日は、早く寝てしまいな。明日の朝、いいことを教えてあげるから」
おかゆを食べているあいだ、じっと、見つめてくる。見ているうちに、陽翔もお腹がすいてきたようで、残っていたおかゆをよそって一緒に食べ始める。ほくほくとしている陽翔を見ていると、張りつめているのが溶けていくようだった。




