第18話 何でも知りすぎじゃない?
撮影が始まると、ノンストップだ。演技だけでなく、僕の場合、『緋月』として、ピアノが弾けるようにならないといけないし、社長から作曲のお題ももらっている。正直、作曲は、つっきーに丸投げしようかと思っているほどだった。
「……楽譜を追うだけで、もう、わけがわかんない」
「……奇遇だな」
隣で同じように楽譜を広げて机に突っ伏している凛に苦笑いしながら、そのままぐっと伸びをする。机の上で腕だけを伸ばして、指だけを動かす。人生初めてと言っていいほど、ピアノに触れた。
……こんなことなら、お母さんのいうようにちゃんとピアノを習っておけばよかった。
ため息がでそうになるのをぐっと飲みこみ、起き上がる。
「……もう行くのか?」
「もちろん。凛より、僕の方が、練習しないといけない曲は多いからね。プロの人が弾いてくれることにはなっていてもさ、弾きたいじゃん。せっかくだから。まぁ、そのためには、必死に練習しかできないけど」
立ち上がって、ふらふらとピアノの練習用の部屋へ僕は向かった。その部屋は、そのまま、『緋月』の使う音楽室になっているので、グランドピアノが置いてある。大きなため息とともに、椅子に座り、鍵盤に触れた。今は、休憩中なので、先生もいない。
……はぁ。どうやったら、うまく弾けるんだろ? つっきーに聞いてみる? ピアノも弾けたはず。
何気なく鍵盤に触れながら、スマホで三日月に電話を掛けた。しばらくコールしていたが、「もしもし」と聞きなれた声が聞こえてくる。
「珍しいな。今、撮影なんじゃないの?」
「……今は、休憩中。っていうか、ピアノの練習してる」
「あぁ、今回は、天才ピアニストなんだっけ?」
「……そう。めちゃくちゃ難しい」
「ピアノは、他のプロの音に合わせるんだろ?」
「それでも、1曲くらいは弾きたいじゃん!」
「それで?」
「……弾き方のコツを教えて」
「ひたすら暗譜。あと、湊は耳がいいから、ひたすら聞く。それで、音が自分のものになったら、弾けるイメージを作る。それこそ、コンテストの会場で弾いているみたいな」
「……つっきー」
「ん?」
電話の向こうは、弱気になっている僕を心配してくれている雰囲気がある。何か、手伝えることはないかと聞いてくれるのを待っている僕はずるいのだろう。
「……課題が出ているんだ」
「どんな?」
「作曲。でも、僕には、難しいよ。ピアノを弾いているだけで、頭が爆発しそうだ」
「結構、弱っているんだ? 助けてやらないこともないけど……、イメージしてる曲はあるのか?」
「うーん、なんとなく。でも、それを音に変えれないんだよね」
「……そういうのなら、俺に任せておけ。次の休みは?」
「休みは……、ない」
「そういうと思った。今、歌え。曲に起こしておいてやるから」
「……ありがとう。編曲にはつっきーの……」
「自主制作で、お金を抑えてるって聞いたぞ?」
「何でも知りすぎじゃない? じゃあ、今度、別のものでお礼するよ」
「わかった。貸し一つな」
三日月は、僕に鼻歌を歌うようにいい、受話器に向かって鼻歌を歌い始める。それを録音して、それを楽譜に落としてくれるというのだ。とても助かる。
「オーケー。じゃあ、これを元にいい感じにしておく」
「お願いします」
「あぁ、そうだ。映画が出来上がったら、試写するんだろ?」
「うん、その予定」
「それに呼んでくれよ。湊の友人枠として」
「……うーん、わかった。それより舞台挨拶のときでよくない?」
「どっちでもいいけど……。じゃあ、曲の方は、明日には渡すよ。撮影、頑張ってな」
「……ありがとう」
電話を切ると、部屋は静かなものだ。防音なのだから、当たり前だけど。
……そういえば、大学の撮影は、本当の音大に行くって言ってたな。ロケは極力少ないけど、ヨーロッパには行くって言ってたっけ。
僕は、ピアノに向き合い、楽譜を睨みつける。愛の曲であるはずなのに、思う通りに弾けなくて、憎しみすら湧いてくる。
……難しい。凛に負けるわけにはいかないから、少しでも上達しておきたい。せめて1曲くらいは弾けるようになりたいんだよね。練習あるのみ!
ピアノを弾いていると、先生が部屋に入ってきた。そのまま、入り口で、聞いているようで、少し離れた場所から見ていた。それが、3時間も続けば、さすがに僕も疲れる。
「今日はここまでにしよう。撮影は、少しずつ始まっているし、湊くんは主演なんだから、そんな疲れた顔じゃダメだろう?」
「……すみません。僕、ピアノはほとんど触ったことがなくて」
「十分弾けているから、このまま練習すれば、本番でもちゃんと弾けるよ」
先生と話したあと、お礼を言って部屋を後にした。さすがに疲れた。僕は、小園に連絡をして、マンションまで送ってもらえないかと聞くと、二つ返事で迎えに来てくれた。マンションまでの少しでも眠っておいていいよと言われたので、言葉に甘えて、ゆっくりと目を瞑る。
マンションに着いて、起こしてもらったが、さすがに疲れていて起き上がれなかった。
「陽翔くんを呼ぼうか」
「……ん、大丈夫」
車から降りた瞬間、マンションの玄関からかけてくる陽翔。車が入ってくるのが部屋から見えて、迎えに来てくれたらしい。僕は、無意識にふらふらと歩いていき、陽翔に抱き着いてそのまま眠ってしまった。




