クリスマスは平日だ 3
何だか、だんだんと腹が立って来た。
自室のベッドの上でゴロンゴロンと寝返りを打ちながら、腕の中に抱え込んだクッションを抱き潰す。
元はと言えば、人の気も知らずに二十四日の予定を聞いて来た坂上先輩が悪いのだ。いや、告白もしていないので知らなくて当たり前というか、知られていたら羞恥に悶え苦しむけれども。下手に期待させる、先輩は悪い。
だって私は、悔しい事に先輩の事が好きなのだ。そんな相手が二十四日の予定を聞いてくれば、正直期待する。おまけに、先輩の命の危機が無くなってからも、一緒に下校したりと共に過ごす時間はけして少なくない。
交換日記から始めよう、と言ってくれたのだって坂上先輩だった。今の時代では冗談のようなそれを、未だに続けている。坂上先輩にとって、他の女の子よりほんの少し近しい存在であると自惚れるにはそれで十分だった。
それなのに、先輩は誰かと待ち合わせをして、駅前でソワソワしているらしい。なんて憎らしい。というか、憎らしさに転嫁しなければ目頭が熱くなってしまいそうなので、どうか憎ませて欲しい。
本当は分かっているけれど。恥ずかしいとか、傷付くのが怖いとか、そんな理由で自分を守る事ばかりが得意で、自ら勇気を出せないでいたのだから、何も手に出来なくて当然だ。
なんて、可愛くないのだろうか。自分が情けない。
そう落ち込みながらベッドの上で唸る。気付けば時間は十七時半で、一階からは帰宅した母の忙しなく動く音が聞こえて来る。もうすぐ弟も帰ってくる事だろう。今日は夕飯を食べてお風呂に入ると早々に寝てしまおう、と心に誓う。
そのとき、マナーモードにしている携帯電話が振動した。バイブが二回で切れたので、メールの着信だろう。億劫に思いながらもディスプレイを開き、発信者の名前を確認して我が目を疑う。
そこには『坂上先輩』と表示されていた。
私は慌てて起き上がり、クッションを投げ出すと両手で携帯電話を握りしめた。思わずベッドの上で正座して、恐る恐る受信メールを開く。
『何してる?』
何?何って、ベッドの上で拗ねている。坂上先輩が誰かと駅前で待ち合わせしていた事を知って大いに落ち込んでいたが、そんな事を言えるはずがない。それよりも、坂上先輩は一体何のつもりでそれを聞いているのだ。
とりあえず無難に返してみよう、と部屋でゆっくりしていた、という返信をする。
『もし何の予定も無ければ、ちょっと外出られるか?今、要ん家の近くなんだが』
そして、返信の文面を見た瞬間、私は跳ね起きるように立ち上がってコートだけを引っ掴み、大慌てで階段を駆け降りる。あ、マフラー忘れた!でも取りに戻る時間が惜しい!
どこか出掛けるのー?と慌ただしい足音を聞き付けた母の声が聞こえたが、ちょっと!と答えになってない答えを返して家を飛び出す。ジーンズにセーターを着ているが、コートを羽織っただけではやはり首が寒く、一瞬だけ後悔したもののそのまま通学路にしていある道を駆ける。真っ直ぐ走って曲がり角を曲がった所で、ぎょっと目を見開いた坂上先輩と鉢合わせた。
「ど、どうした、そんなに急いで。別に急ぎでは無かったんだが」
先輩は、私のあまりの勢いに戸惑い気味に問い掛ける。すっかり日は暮れているが、街灯などでその表情はよく分かった。私は走った事で荒くなった呼吸を必死に整え、先輩を見上げた。
「いえ、あの、思わず………どうかされたんですか?」
あまり必死な感じとか、見られるのは恥ずかしいと思っていたが、反射的に走り出してしまっていたのだから仕方がない。
すると、坂上先輩は目を白黒させながらも一つ頷いて、一度口ごもるように下を向いてから、言い辛そうに目を逸らした。
「あー……メリークリスマス?」
口にしながら気恥ずかしそうな様子を見せる。何故疑問符?そしてそのぎこちない態度は何だ。何のつもりで今それを言うのか。
「あ、はい。メリークリスマスですが、何か用事では?」
駅前で誰かと待ち合わせしていたのではないのか。それとも、もうその相手とは別れたのだろうか。
坂上先輩は相変わらず視線を下げたまま、空いた方の手で頭を掻く。マフラーが邪魔そうだが、温かそうで羨ましい。そこまで考えて気付いた。先輩のもう片方の手には四角の箱の入った大きな袋が下げられている。
その視線に気付いたのだろう。坂上先輩は腕を持ち上げると、その袋を私へ押しつけて来た。
「ケーキ、もらって、しかもホールでさすがに食べきれんから、一緒に食べてくれないかと思って」
それから、ああ違う、と緩やかに首を横に振る。
「一緒に食べたいと思って」
そんな、思わせぶりな事を口にする。そんな風に言われてしまったら、また期待してしまう。期待した事を後悔した癖にまた、夢を見てしまうのだ。
「今日、待ち合わせていた人はケーキお嫌いなんですか?」
「待ち合わせ?」
「駅前で誰かと待ち合わせている様子だった先輩を、見掛けた人がいるんです」
疑問符を浮かべながら顔を上げたかと思うと、私のその言葉でまたバツが悪そうに視線を逸らす。
「それは……要の用事がいつ終わるのか分からなかったし、暇で早く家を出て時間を潰してたんだ」
その言葉に、誰かと待ち合わせていなかった事が分かり、それに安堵するよりも気になる事があった。
「ちょっと待って下さい。私の用事ってなんですか?」
「クリスマスパーティーだったんだろ?」
「確かにいつもは参加してるって言いましたけど、今年もそうだとは言ってません!」
何だか、非常に面倒な誤解が生じていた可能性が浮上する。
「え、じゃあ、さっさと連絡すれば良かったな」
「そうですよ!変な気を回さないで下さい………」
お陰様で、むやみやたらと落ち込んでしまった。妙な勘違いをされていた事が分かると、二十四日についても嫌な予感がしてくる。
「……二十四日の予定を聞いて来たのは何だったんですか?」
「ケーキをもらうのは分かってたし、ついでにもし暇ならどこかへ出掛けないかと」
「なら何でそう言ってくれなかったんですか!」
「いや、要にも予定が入るかもしれんし、案の定クリスマスパーティーをしてるって聞いたから………」
私の剣幕に押されながら答えた坂上先輩の答えを聞いて、全力で脱力した。矛盾しているが、気にしてはならない。そういう細かい事を考えるのも、ちょっともう、疲れた。
という事は、何だろうか。私のこの一連の一喜一憂は、ある意味検討外れだったという事か。切なすぎて、疲労感だけが圧し掛かる。
「ええと、悪い。きちんと確かめれば良かったな」
私のあまりの脱力ぶりを見かねたのだろう。坂上先輩がそう慌てて謝ってくれた。いや、まあ、一番はきちんとこちらから誘ったり聞いたりしなかった私が悪いのだ。先輩に気を遣わせる訳にはいかない。
それに、最初からクリスマスに私を誘ってくれようとしていた事が分かって、少しばかり脱力してしまったが、それはとても嬉しいのだ。
「いいえ。何だか八つ当たりしちゃってすみません。でも、誘ってもらえるととても嬉しいので、出来れば今後は色々気にせず言ってくれると助かります」
「そうか、分かった」
坂上先輩ははっきりと頷く。素直な人だなあ、と思う。先輩はとても素直なのに、色々と深読みして考え込んで、勝手に落ち込んでしまう自分を改めなければいけないな、と思った。
「ケーキ、どこで食べましょうか?うちは……もうみんな帰ってくるので難しいですね」
坂上先輩と家族を鉢合わせたくない。絶対に私の心がガリガリと削り取られる。弟は枯れた姉ちゃんに彼氏ー!と騒ぎ、母はおほほと意味あり気に微笑み、父は物言いたげにこちらを見詰めるものの目が合えば全力で顔を背けるのだ。
「ちょっと電車乗っても良いなら、俺の家でも……………いや」
そう言い掛けて、突然動作を一時停止させると、坂上先輩は目まぐるしい早さで自身のマフラーを解くと私に巻き付け、ポケットから取り出したカイロを私に押し付けて来た。
「近くに公園があっただろ。寒いの平気ならそこで食おう」
「これ両方お借りしたままなら私は平気ですけど、先輩が寒くないですか?」
「俺は平気だから。健康だし」
その健康が害されないかという心配もあるのだが、強く言いきる先輩に押し切られて公園へ向かう事になった。坂上先輩の家を見られるチャンスだったのかもしれない、と思うと少し残念である。
「あ、でもそれなら、一度家に帰って自分のマフラーとか取って来ます」
「いや、良いから」
自宅へ引き返そうとすると、坂上先輩に腕を掴んで引き止められる。そのまま公園へ向かって手を引かれた。手を繋いでいるような状態に心が震えて、それだけで反論なんて口に出来なくなってしまった。
色々と思い違いをして、勝手に落ち込んで勝手に怒ったりしてしまったけれど、たったそれだけで、今年のクリスマスは最高に幸せかもしれない、と現金な事を思ってしまう。
平日のクリスマスだけれど、やっぱりクリスマスは、少しだけ特別なのかもしれない。
読んで頂きありがとうございます。
全力ですれ違ってました!坂上はそわそわと駅前でそろそろ連絡して良いかな、と頭を悩ませていたのです。風邪ひきますよ。
1の冒頭より前の段階で、坂上はレナ達に『クリスマスが楽しみだね(はぁと)』と言って、交際している男女が破廉恥な行為をする際に必要不可欠な物を手渡され、それを叩き落とした後に三人に説教をかまし、俊希マジめんどくさい、と文句を言われた、という裏設定があります。
レナ、ナミ、ミカは下ネタ大好き。




