第二の人生
定年の日、妻は赤飯を炊き、私の胸に白い花を挿した。
「おめでとう。いよいよ第二の人生ね」
この町では、六十五を迎えた者は庭に七年間埋まる。
「地中休暇」と呼ばれる古い風習だ。
七年眠り、夏の夜に地上へ出て、新しい体で生き直す。それが第二の人生だった。
役場の案内状には「羽化の会 ご家族は網と籠をご持参ください」とあった。祝い事のしきたりなのだろう、と私は思った。
前夜、納戸で妻が棚を拭いていた。小さな抜け殻がずらりと並び、ひとつずつ名札が付いている。
「父」「義母」「隣の田中さん」。
「みんな、いい声だったのよ」
妻は目を細めた。記念の品なのだと、私は納得した。
当日、孫の健太が玩具の網を振り回してはしゃいだ。
「おじいちゃん、七年後ね! 僕、ぜったい一番に見つけるから!」
妻が甘い汁を飲ませてくれた。樹液のような味がした。
「ごめんなさいね、あなた。七年は長いけれど、順番だから」
そう言って、妻は私に土をかけた。重みはなく、不思議なほど温かかった。
七年のあいだ、私は根の汁を吸って暮らした。
体は少しずつ縮み、手足は折れ曲がり、爪は鉤になった。恐ろしくはなかった。生き直すとは、そういうことなのだろう。
頭上では季節が巡った。妻は毎朝、盛り土に水をやりながら囁いた。
「早く出ておいで。早くね」
愛情だと思った。健太の声が少しずつ低くなっていくのも聞こえた。
七年目の夏の夜、土が割れた。
私は庭の柿の木をよじ登った。背中が裂け、濡れた新しい体がずるりと抜け出る。
羽が広がり、月の光が胸いっぱいに染みた。何と清々しいのだろう。
見渡せば、町じゅうの木々で同じ背中が裂けていた。誰もが、第二の人生の最初の夜を迎えていた。
夜明け、私は妻に言いたかった。ただいま、七年も待たせたね、と。
けれど胸から出たのは、ミィィィィィン、という金属質の音だけだった。
木の下に、妻がいた。白い割烹着を着て、手には長い網を持っている。傍らには、背が伸びた健太が空の虫籠を提げていた。
「あら、いい声。今年のは大きいわね」
「去年の田中さんより、いいよ」
妻の網が、静かに持ち上がった。
網目の向こうで、妻が微笑んだ。
「七年待った甲斐があったわ」
籠の蓋が閉じられる。蓋の裏には小さな札が貼ってあり、私の名が妻の字で書かれていた。インクはすっかり色あせている。
七年前から、用意してあったのだ。
第二の人生は七日間。その初日の朝から、私は籠の中だった。
健太の夏休みの宿題は、「観察日記」だという。




