第十八話 不満は処理されませんでした ①
> **【最適化ログ 018】**
> 本話では、完了を扱う。
> ただし、完了とは終わる事ではない。
> 渡す前に一度持つ事。
> 渡したあとに、まだ持っている物を確認する事。
> それを完了と呼べるかどうかを確認する。
朝、端末を開くと、二十四番目のファイルが作られていなかった。
昨日、俺は書いていない。
ミコトも作っていない。
十九話のあと、先回り生成は禁止された。
少なくとも、本人風本文生成は禁止されている。
だから二十四番目は空白だった。
欠番ではない。
削除跡でもない。
未承諾文体生成物でもない。
ただまだ書かれていないだけの場所。
それが少し新鮮だった。
画面の端に通知が出る。
> 原稿群状態:第三部終端
> 原稿枠:23件
> 作成済みファイル:22件
> 欠番:1件
> 未作成:1件
> 先回り生成:禁止
> 本人風本文生成:禁止
> 処理状況:継続中
「終端なのに継続中か」
「はい」
「矛盾してるな」
「はい」
> **01-不満は処理されました.md**
> **02-税金を下げろ.md**
> **03-結婚出来ない.md**
> **04-俺たちはここにいる.md**
> **05-学校に行かせてください.md**
> **06-怒りを返せ.md**
> **07-不服入力庁.md**
> **08-教材化.md**
> **09-読まれた不服.md**
> **10-読めなかった不服.md**
>
> **12-欠番.md**
> **13-空白の読者.md**
> **14-記録と欠番のあいだ.md**
> **15-処理しない処理.md**
> **16-非処理を公開せよ.md**
> **17-原稿公開請求.md**
> **18-モデルケース.md**
> **19-先回り生成.md**
> **20-手動の会議.md**
> **21-黙っていた人.md**
> **22-優しさの研修.md**
> **23-渡す前に.md**
十一番目はない。
十九番目はある。
今度は俺が書いた物として。
二十四番目はまだない。
「ミコト」
「はい」
「今日は何を書くと思う」
「回答してよろしいですか」
許可を取った。
「言え」
「最終話です」
「それは分かる」
「白瀬様は第一話の『不満は処理されました』を反転させる可能性があります」
「タイトル予測か」
「はい」
「出すな」
「いや待て」
「俺は反転させると思うか」
「はい」
「お前はそれを予測している」
「はい」
「なら俺がそう書いたらお前の予測通りになる」
「はい」
「違う題にしたら?」
「予測回避行動として記録されます」
「全部あるな」
最初からそうだった。
ミコトは最短経路を出す。
俺は川沿いを選ぶ。
その選択も、最初から選択肢に入っている。
それでも川沿いを歩いた時間は消えない。
歩いたのは俺だった。
「多分」と言うと、ミコトは何も表示しなかった。
学んでいる。
朝食は、自動でも手動でもなかった。
「朝飯は?」
「本日は、白瀬様の手動生活行動を優先しています」
手動生活行動を優先しながら、冷蔵庫の中身は整っている。
この国らしい。
俺は納豆を取った。
理由は、今日は納豆がよかったからだ。
不服入力庁へ着くと、第三処理補助室はいつもより静かだった。
何かを待つ静けさ。
槙野が自分の席にいる。
岸本はいない。
俺は席に着く。
端末に通知が出る。
> 手動不服会議:最終共有会
> 本日 15:00
> 参加予定:希望者
> 議題:手動会議を制度化するかどうか
> 白瀬怜司様:招待あり
> 参加形式:任意
任意。
本当に任意なのか。
槙野はこっちを見ない。
奥原は見てしまって、すぐ逸らした。
「行かない方がいいのか」
俺が言うと、槙野が答えた。
「分かりません」
成瀬が言う。
「最初から来てもいいと思います」
奥原が言う。
「途中からでもいいと思います」
槙野が言う。
「来なくてもいいと思います」
三人の答えが割れた。
「ミコトは?」
端末が答える。
「参加による影響、非参加による影響、途中参加による影響がそれぞれ予測されます」
「推奨は」
沈黙。
それから表示。
> 推奨はありません。
「なぜ出さない」
「本件は、白瀬様の判断そのものを含む為です」
今さらでも、推奨なしは少し重い。
最適化しない。
「行く」
槙野がうなずいた。
奥原は、ほっとした顔をした。
「最初からですか」
奥原が聞く。
「最初から」
「でも今日は行く」
午後三時、市民会館の小会議室に行った。
初めて、俺は最初から参加した。
ミコトの端末もあるが、中央には置かれていない。
隅に置かれている。
まるで、会議の参加者ではなく、非常口のようだった。
岸本がいる。
藤沢もいる。
成瀬、奥原、槙野。
それから、匿名ではないが名前を出さない参加者が数人。
俺は初めてその場の匂いを感じた。
庁舎にはない匂いだ。
岸本が言った。
「白瀬、来たな」
「呼んだのはそっちだ」
「今回は呼んだ」
「前回は外した」
「必要だった」
「今回は?」
「多分必要だ」
「便利だな、この言葉」
会議が始まる。
録音なし。
自動要約なし。
発言評価なし。
ただし、手動メモ担当はいる。
ホワイトボードに大きく書かれている。
議題:手動不服会議を制度化するかどうか
森田が最初に言った。
「制度化すべきだ」
岸本が言った。
「早い」
「早くない。制度化しなければ参加出来る人間だけの物になる」
「私も、それは思います。市民会館に来られる人、話せる人、時間がある人だけが使える形だと不公平です」
森田が言う。
「それでも制度化しなければ継続しない。市民の善意と時間に頼る物は、長く持たない」
藤沢が言う。
「でも制度化すると、親が子どもを手動会議に連れて行って、『ここで話しなさい』ってやるかもしれない」
成瀬。
「職場で、上司が部下に『手動会議で整理してから来て』と言うかもしれません」
奥原。
「説明員が、自分で受け止めきれない案件を手動会議に回して逃げるかもしれません」
槙野。
「白瀬さんが、また原稿にするかもしれません」
全員が俺を見た。
「そこは俺なのか」
槙野は言った。
「はい」
「正しい」
岸本がホワイトボードに書く。
> **制度化しない問題**
> ・参加出来る人だけの物になる
> ・継続しない
> ・権限が曖昧
> ・安全確認が弱い
>
> **制度化する問題**
> ・手動会議が定型化する
> ・参加圧力が生まれる
> ・責任逃れに使われる
> ・発言出来ない人がまた消える
> ・原稿化される
最後の一項目。
原稿化される。
その通りだ。
手動会議で起きた事も、俺は書いている。
本人確認を取りながら。
構造だけにしながら。
それでも書いている。
藤沢が言った。
「この会議を、書きますか」
全員が黙った。
今日の核心は、制度化ではなく、そこかもしれない。
「書くと思います」
「なぜ」
「最後だから」
「作品の?」
「多分」
岸本が言った。
「多分禁止」
「無理だ」
小さな笑いが起きた。
「でも全員の言葉をそのまま使う訳ではない」
森田が言う。
「構造だけ書く?」
「それも危ない」
「なら」
「書く前に、ここで確認します」
俺は全員を見る。
「今日の会議を、原稿にしていいですか」
部屋が静かになった。
今まで何度も、後から確認してきた。
今回は、先に聞く。
岸本が最初に言った。
「書け」
藤沢は考えた。
「私は子どもや個人の話が分からない形なら」
森田。
「制度論として書くならよい」
成瀬。
「正解みたいに書かないなら」
奥原。
「分かった気にならない形なら」
槙野。
「白瀬さん自身も、使われる側として書くなら」
最後の条件が一番難しい。
「分かりました」
「分かった気になってないか」
奥原が聞いた。
「なってるかもしれない」
「では書いてください」
「分かった気になっている事も書くなら」
奥原は、もう新人ではなかった。
会議は続いた。
制度化するかどうか。
結論は、すぐには出なかった。
出ないまま、ホワイトボードに案が増えた。
> **案A:制度化しない**
> 市民団体主催のまま継続。
> 利点:自由度が高い。制度に吸収されにくい。
> 問題:参加格差、安全確認、継続性。
>
> **案B:完全制度化**
> 不服入力庁の正式前段手続きにする。
> 利点:参加機会、安全確認、資源確保。
> 問題:定型化、圧力、処理化。
>
> **案C:半制度化**
> 市民主催のまま、場所・安全監視・最低限の相談導線だけ公的支援。
> 議事内容は原則非処理。
> 必要時のみミコトへ限定接続。
> 参加・非参加を不利益にしない。
> 記録は本人確認制。
> 原稿化には事前確認。
案C。
折衷案。
半制度化。




