第18話 〝殺す〟を究めた暗殺者
槍を構え、ヤケクソ気味に迫りくる兵士たちに、俺は〝まあとりあえず〟と手始めに軽く迎撃する。
「――――火遁」
『へ、あ……アチチチチチ!?』
フッ、と息を吹き付けるようにして、その場に火を放つと――兵士たちは駆ける足を止め、困惑の声を次々と上げた。
『な、なんだアイツ……暗殺者だって話なのに、実は魔法使いなのか!?』
『いやでも、あんな魔法の使い方、見たことねぇぞ……』
『魔力だってほとんど感じなかったし……まさか、これが奴の能力……?』
「軽めの忍術だし……はあ、こんなもの、ただのオマケ程度の足止めなのだがな。まあ、いい。俺が何者なのか、思い出させてやろう――フンッ」
ほんの短い、一瞬にも満たぬ、間隙に、俺は数人の兵士たちを通り過ぎ、彼らの気付かぬ間に斬り払っていた。
――――そして。
『『『――――ぐふっ』』』
「――よし、無事、〝殺した〟ぞ」
「…………っ!」
兵士たちが斬られた胸元から血を噴き、膝をつくと――悪逆なほど心優しき王女は、目を逸らす。
……ただし、次の瞬間。
『『『…………あれ、えっと』』』
「…………えっ?」
今まさに斬られたはずの兵士たちは、何やら困惑した様子で、口々に喋っている。
『ゲホッ、ゲホッ……おれ、なんで……こんなことしてんだろ……』
『イテテ……おかしいよな、どう考えても……悪逆って言われてるからって、国の王女様なんて殺そうとして……』
『アホ大臣の命令だからって、こんなん……どう考えたって終わったあと、おれらが罰せられるやつじゃん……怖っ……』
「? ?? あ、あら……? 一体、どうなって……」
明らかに戦意を失った――いや、喪った様子の兵士たちに、王女は戸惑ってあたふたしている(かわいい)。
俺はミッションの依頼主へのアフターケアも兼ねて、説明した。
「俺は幼き日、ここより東の果ての島国で修練を積んだ者である――その修行の中で、人の中に流れる〝生きた気〟を察知する技術を身に着けた。それは〝殺意〟であり〝敵意〟であり、〝疑念〟〝疑心〟〝欺瞞〟であり、〝欲求〟であり……それら全て、生物の如く〝生きた感情〟である。本来なら、自らの感情を〝殺す〟のが普通だが」
言いつつ俺は、右手で短刀をくるくると踊らせてから、柄を握りしめて構える。
「俺は今、兵士どもの中の〝戦意〟や〝邪念〟を斬った――気の流れを掌握し、断絶すべく技を揮う。それ即ち故国では《忍》と呼ばれる。取り分け俺は他の誰にも成し得なかった、刃にて他者の心を斬ることすら可能とした存在だ。……遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは」
右手で刃を構え、腰を深く落としながら――俺は、名乗った。
「ミッション達成率120%前後――〝殺す〟こと全てを究めし、暗殺者。
ソウマ=クサナギ――――いざ尋常に、参る!!」
刹那。
己を縛る重力すら〝殺して〟床を蹴った。
神速にも達する高速移動で、数多の兵士どもの隙間を縫う。
気配すら〝殺して〟刃を揮う暗殺者に、対する者は成す術などない。
『ぐっ……グアアアアッ! ……あっ、斬られてスゲェ痛いけど、なんかすんげぇスッキリしました……』
『ヒイイイッ!? こんにちは、曇りなき晴れ晴れとした気持ちの兵士です』
『チ、チクショウッ、どうしろってんだ……ん? いやもう抵抗も無駄っぽいし、さっさとやってもらった方がイイんじゃ……?』
次々に〝戦意〟や〝害意〟を殺されていく兵士を見て、まだ生きた他の者たちが声を上げ始める。
『……あの、すんません! いっそ、ひと思いにやっちゃってください!』
『あっ。あのッスね、ついでってわけじゃないんスけど……おれ禁酒したいんスけど、そういう欲求とかも殺せたりしません?』
『あっズリィぞテメッ! おれも、おれも!』
「悩み相談所とかではないぞ俺は。……できるが」
『バッバカヤロウ、良く考えろおまえら! 斬られると……すごく、痛いぞ』
『え~っどうしよっかな~っ……おれ痛いのとか、マジ苦手なんだよな~……兵士なんてやってて何なんだけど』
『でも一瞬のことだし……よしっ、我慢するんで、思いきって……いえっ、思い斬ってお願いしますっ!』
「虫歯の治療みたいな話でもないのだ暗殺というのは」
国一番の暗殺者に恐れをなしたのか、何やら既に戦いを諦め、何なら列を作って順番待ちを始めている気がする兵士たち……まあ手っ取り早いので、順番に〝殺して〟やっているのだが。
そんな光景に、唖然としていた醜悪大臣が、怒りに全身を震わせて叫んだ。
「なっ、なっ、なっ……なにをやっとるかァァァァッ! ふざけるな貴様ら、家族がどうなってもいいのか!? 命令不服従の反逆罪で、罰してやるぞ――」
「反逆罪とは、特大ブーメランの冴えたジョークだな。そも、今から〝殺される〟貴様が、どうやって兵士らを罰するというのか?」
「!? ヒッ……っ、くくっ……馬鹿め、この程度で勝った気か……愚かな、このくらいは織り込み済み! ここからが本番よ!」
もはやほとんどの兵士は倒れ(た後に普通に起き上がり、戦意ゼロのキレイな眼で正座して)、大勢は決していると思うのだが。
愚昧な脳ではそんなことにも気付けないのか、何やら後方に合図を送っていた。
「ヒヒッ、いざという時のため、裏の伝手から傭兵と暗殺者を集めていたのが功を奏したわ……後悔せよクセモノ、これより現れるは悪魔の如き軍勢! たった一人でどうにか出来ると思うでないわァァァ!」
正直、俺の感想としては〝おかわりめんどいな〟くらいしか無いのだが……さて、どうしたことか。
大臣が「いでよ!」「さあ、来い!」「どうした! ……アッどしたどしたァ!?」「ホイサッサァァァァ!!」と幾度、汚い声で叫べど歌えど。
悪魔の如き軍勢とやらは、現れない。
ただ、代わりに――ひょっこりと、扉の隙間から小顔を覗かせてきた。
「……あの~~~、コレなんの騒ぎよ? ……ってうわっ、王女サマのお部屋、天井が抜けちゃってんじゃない! 老朽化かしら、変な爆発音した気するけど……てか誰アンタら。ソウマはともかく、王女サマの部屋で何してんのよ?」
『あの。……どちら様でしょうか? あと傭兵や暗殺者の集団、見ませんでした?』
「アタシ? メイドだけど? ……そんで、集団って、この……」
顔を見せてきたメイド――シャロが、軽く振り返る。
すると次の瞬間、どどどっ、と粗暴な身なりをした連中が――全て白目を剥き倒れた状態で、折り重なって流れ込んでくる。なんか無理やりクローゼットとかに押し込んでいたのが、溢れてきたみたいな光景だな。
「なんかスッゴイ邪魔だったし、他のメイドさんとかも怖がってたから……必要かなって思って、ゴミ掃除しといたわよ。まあ片手間で終わったし、大した仕事でもなかったけど」
もう呆然とするしかない大臣――に代わり、まだ〝殺して〟いなかった兵士が、目を見開いて叫んだ。
『あ、ああアイツは、あのっ……以前、モンスターの大群が街を襲いそうになった時、たった一人で千匹は潰したって噂の……《焔髪の戦乙女》――!?』
「あらっ。……フッ、どうやらアタシの前職での仕事を知る者がいたようね……まあ暗殺者として有名なのは仕方ない――」
『あと〝暗殺者としての才能はクソで文句ナシの0%〟って有名な!?』
「ぶっ殺すわよアンタ」
シャロは不満のようだが、妥当な評価ではなかろうか。
……さて、今度こそ完全に、趨勢は決したようだ。
それでもみっともなさを隠しもしない大臣は、負けを認められないらしい。
「ふ、ふっ……ふざけるなっ! 何が国一番の暗殺者だ、〝殺す〟を究めただッ……そんなデタラメな話、あってたまるか――」
「武を究めれば〝武神〟に至り、詩を高めれば〝詩聖〟〝詩仙〟と呼ばれる。
俺が究めたのは〝殺す〟ことで、無機物だろうと魔法だろうと〝殺せて〟。
結果――国一番の〝暗殺者〟になった。ただそれだけの、至極単純な話だ」
「ヒッ、ヒッ……ヒイイッ……よせ、やめろ、来るなっ……何なのだ、一体……なぜ……貴様のような者が、こんな所に紛れ込んでいる――!?」
「……まあ、そうだろうと思ってはいたが。俺の所属するギルドのマスターを通し、俺にミッションを依頼したのは……貴様ではないらしいな」
「へ? ……な、なにを言って……」
「なに、こちらの話だ。さて――とっととミッションを達成するか」
「アヒィィィ!? い、いやじゃ……イタイのは、イヤじゃああああ!?」
王女を陥れ、あまつさえ殺そうとしておきながら、己の痛みは嫌がる。
この醜悪に、〝命を奪う殺しで応えようか〟と……思いはしたのだが。
「……暗殺者さま……」
「…………フッ」
悪逆なまでに心優しき依頼主の、薄紅の美しい瞳に、汚泥のような血を映すのも躊躇われる。
今宵の鮮烈なる月の美しさに免じて、俺は今回の裁きを取り決めた。
「これにて、一件落着である――――散ッッッ!!」
〝殺す〟べく、一閃、薙ぎ払った――




