第9話: ボス14
晴れた日だった。だが空気はざわついていて、何か悪いことが起こりそうな気配がした。体が震えるように感じる人もいれば、店を閉ざしている場所もある。空には霧がかかり始めていた。
二〇二五年九月十六日。
地面に亀裂が走り、地面の一部が崩れ落ちた。その裂け目から、一人の男が姿を現す。青いエネルギーの盾を携え、その眼差しは穏やかすぎるほど穏やかで、それでいてどこか落ち着きがない。帽子をかぶり、赤い靴に黒いズボンを合わせていた。
男が一歩踏み出すと、宇宙そのものが反応したかのように、国全体が揺れ始めた。男は盾で近くのビルを破壊すると、ヴェネツィアへ向けて歩き出す。一歩進むたび、揺れは激しさを増していった。
ヴェネツィアに着くと、男はキロたちの家にそっと近づき、盾をつかんで投げつけた。
「さて、自分たちの家を守れるかな」
盾は、はさみが紙を切るように、家をあっさりと貫いた。ソネは切断の気配を感じ取り、跳んでかわす。キロとセバスチャンも避けたが、ぎりぎりだった。
キロは家の惨状を見た。家の半分が切り裂かれ、屋根は壊れ、壁も半分が吹き飛んでいる。振り向くと、そこには身長百九十センチほどの男が立っていた。
「俺は他の連中より意志が強い。だが、結局は『主』の傀儡にすぎん」
「『主』か。あいつのことが気になってきた。なぜ俺たちに敵を差し向けてくるのかもな。だが、今『傀儡』と言ったな。つまりお前は、あいつに操られているボスの一人ってことか?」
いつもより、キロの声は真剣だった。
「そうだ。命令により、お前たちを殺しに来た」
風が顔を叩き、地面が震えた。水位が下がり始める。
男は驚異的な速度で飛び出し、キロの背後に現れて背中を殴りつけた。キロは反応できず、遠くまで吹き飛ばされる。男は追い打ちとばかりに、盾を猛スピードで投げつけた。盾はキロを直撃し、キロは血を吐く。盾はなおもキロを打ち続けた。
キロの目に、怒りが宿る。空気が重くなり、盾を押し返し始めた。盾は後退し、空気がすぐさま反応して、盾をはるか遠くへ弾き飛ばした。
怒りの眼差しのまま、キロは駆け戻った。怒りで増幅された速度は、音速の百倍を超えている。男は何かの影が動くのを見たが、次の瞬間には、拳を構えたキロが目の前にいた。拳が男の顔面に叩き込まれる。
「フェイス・ブロー」
男はバランスを崩した。だがキロは、さらに技を重ねる。
「連続ブロー」
拳が最高速度で男の体に降り注いだ。あまりの速さに、無数の拳があるような錯覚が生まれる。本物の拳がどれか分からず、男は防ぐことができなかった。血を流し始めた男は、はっと気づいたように叫ぶ。
「盾よ、戻れ!」
盾は呼び声に応えて戻ってきた。男は盾をつかむと、エネルギーを注ぎ込んで巨大化させる。降り注いでいた拳は、盾に阻まれて止まった。
「そんなくだらない盾で、俺の拳を止められるとでも思ったのか? なら、もっと強い一撃を見せてやる」
キロは叫んだ。
「シリアス・ブロー!!!」
拳が盾に激突し、盾は砕け散った。その威力は、そのまま男の胸に叩き込まれる。男は大量の血を吐いた。だが、キロの顔をよく見ると、その眼差しは恐ろしいほど真剣で、顔の半分を影が覆っていた。
「マックス・ブロー」
キロの声は、冷たく乾いていた。
その拳には、キロのすべての力と速さと威力が、一撃に込められていた。拳が命中し、男は両腕と胸、首の一部を失った。衝撃で体が吹き飛ぶ。男は死の淵にいた。自分の最期が、目の前に見えるようだった。そのとき、一つの声が響いた。
「お前はまだ死なん。私の秘密財団の実験に使えるからな。財団は別の次元にある。この治癒のポーションをくれてやろう。まだ見せていない他の力を、見せてみろ」
影が治癒のポーションを投げ渡すと、男の体は癒えた。影はその場から姿を消す。男は立ち上がり、口を開いた。
「なるほど。頭のおかしい影に蘇らされたわけか。しかも『財団は別次元にある』だと? まだ始まったばかりだというのに、実に非論理的な話だ。……今から、俺はジェラルドと名乗ろう」
キロは、ジェラルドが立ち上がるのを見た。怒りは消えたが、そこでふと、自分たちの家が壊されたことを思い出した。そしてジェラルドに飛びかかる。ジェラルドが手を掲げ、エネルギーの盾を作り出す。キロの拳は盾に阻まれ、キロの顔にかかる影が、さらに濃くなった。
家の中では、セバスチャンが戦いを見守っていた。いずれキロが力尽きる時が来る。彼にはそれが分かっていた。そこで、瞑想を始めた。
意識の中に入ると、自分の感情たちが、それぞれの色をまとって並んでいた。その中で目を引いたのは、「悲しみ」のレベル2と「至高の悲しみ」が解放されていることだった。さらに「憤怒」の状態には、レベル5があるのも分かった。拳には炎、瞳は赤く、瞳孔は桃色、髪は炎。しばらく考えた末、彼は「憤怒」レベル5を使うことに決めた。
目を開けた瞬間、怒りが彼の体を支配した。憤怒はあたりを見回し、戦場のほうへ歩き出す。
キロとジェラルドは戦い続けていた。キロが拳を放ち、ジェラルドが受ける。ジェラルドは、エネルギーを組み合わせた連撃を繰り出した。攻撃はキロに命中するが、キロは意に介さず、戦いをやめない。だがさすがに疲れが出て、キロは一瞬、膝をついた。ジェラルドはそれを見逃さず、顔面に蹴りを叩き込んだ。キロは血を流して吹き飛び、仰向けに倒れて、荒く息をした。
「もう戦えまい。所詮はただの人間だ。戦うにも動くにも、エネルギーが要るのだからな」
ジェラルドがそう言いかけたとき、炎の拳が彼を打ち抜いた。拳は彼を千キロ先まで吹き飛ばし、顔は半分焼け焦げたが、致命傷ではなかった。
殴ったのはセバスチャンだった。止まることなく、光の速度でジェラルドのいる場所へ向かう。到着すると、ジェラルドが彼を見た。
「強いな。だが、俺にダメージを与えるほどではない」
ジェラルドが一歩踏み出す暇もなく、セバスチャンは光の速さで殴りつけていた。ジェラルドは吹き飛びかけたが、セバスチャンはすぐさま反応し、今度は炎をまとった両拳で追撃を叩き込む。ジェラルドの肉は大きく焼けただれた。セバスチャンは息つく間も与えず、炎でジェラルドを捕らえ、炎の攻撃を浴びせ続ける。ジェラルドは、一瞬の隙に反応し、水を含んだ青いエネルギーの盾を作り出した。炎が水で消され、攻撃は止まる。
「その程度で、俺を止められるとでも? 甘いな。俺は人間の理屈になど従わない。感情そのものだからだ」
セバスチャンはひと息に動き、ジェラルドの背後に回り込むと、背中から胸を貫いた。
「身を守ったつもりだろうが、自分の背中は無防備だったな。哀れなもんだ。自分より速い相手とは、戦うもんじゃない」
セバスチャンは再び拳を炎に変え、体の内側から焼き尽くした。ジェラルドは死に、その体はすべて灰になった。
「思わぬ何かのせいで、お前が蘇ることがないようにしてやる」
セバスチャンは灰を見つめ、両手を合わせて、灰を蒸発させた。灰は跡形もなく消える。空気の重さが消え、すべてが元に戻った。
セバスチャンはその場を後にし、キロのもとへ戻ると、彼をホテルまで運んだ。ソネもあとを追ってホテルに入り、三人は、しばらくそこで暮らすことになった。
-
ライブラリに追加してください。




