第8話: 練習
その日がやってきた。キロ、ソネ、セバスチャンの三人は、修行を始める準備を整えていた。
「修行の前に、軽く手合わせでもしないか?」
キロが提案する。
「うーん、まあ、いいけど」
ソネが答えた。
「その勝負、受けるよ」
セバスチャンも乗ってきた。
キロは距離を取り、拳を握りしめて構えた。ソネとセバスチャンもそれに倣う。
戦いの幕が開いた。キロが駆け出し、次々と拳を繰り出す。ソネはそれをかわしていく。ぎりぎりのようでいて、どこか余裕もあった。それを見たセバスチャンがソネに飛びかかるが、ソネは首をひねって顔面への拳をかわした。
ソネは高く跳び上がって球体に変身し、キロの腹に真正面から突っ込んだ。キロは吹き飛ばされ、近くの山に叩きつけられる。
続いてソネは、全速力でセバスチャンへ向かった。セバスチャンは身構えたが、ソネは球体のまま、彼の周囲を駆け回り始める。セバスチャンは気づいたが、遅かった。生まれた旋風に体を巻き上げられる。ソネはその隙を逃さず跳躍して追いつくと、空中で一回転し、針を飛ばした。針が両手に突き刺さるのを感じ、セバスチャンはとっさに身をひねって距離を取る。
(ふむ、面白いね。でも楽に勝つなら、感情のモードを使うしかなさそうだ)
考えがまとまるより早く、キロの拳が飛んできた。
「ノーマル・ブロー」
セバスチャンは地面に倒れ、そのまま気を失った。ソネが歩み寄り、にやりと笑う。
「憤怒みたいなモードを使われる前に、先に落としたってわけか」
「ああ。他の状態を出してくるのは分かってたからな。だが、今は俺たち二人の勝負だ」
キロとソネは三秒ほど見つめ合い、同時に踏み込んだ。拳と拳がぶつかり合う。キロが拳を連打するが、ソネのほうが速い。すべてかわし、顔面に蹴りを叩き込んだ。キロは一歩後ずさる。ソネは続けて腹に一撃を入れ、くるりと体を回して顎に蹴りを見舞った。顎を打ち抜かれ、キロの体が数メートル浮き上がる。
ソネは球体になって跳び上がった。だが、激突する寸前、キロは球体のソネを両手でがっしりとつかみ、頭上に振り上げて地面に叩きつけた。ソネは地面に激突し、球体の姿が解ける。しばらくの間、朦朧として動けなかった。
着地したキロは、高速でソネのもとへ迫り、腹に拳を叩き込む。息を奪われたソネは、後方へ吹っ飛んだ。空気が重くなる。ソネが地面に落ちた瞬間、大地が巨大な波のようにせり上がり、視界を覆い隠した。
やがて土の波は消えた。目を覚ましたセバスチャンが立ち上がり、手で目をこする。視線の先には、立っているキロと、地面で荒く息をしているソネがいた。
「ちょっとやりすぎだよ、キロ」
キロは振り向いて言った。
「かもな。だが、少なくとも怪我はしてないだろ」
ソネは息を吸い込み、立ち上がった。
「息ができなくなるかと思ったよ、キロ」
「ああ、悪かった」
「気にするな。大丈夫だ」
「もう御託はいいから、修行に行こうよ」
セバスチャンが言った。
キロとソネは頷いた。セバスチャンは山のそばまで行き、拳を叩きつけ始めたが、ほとんど傷ひとつつけられない。キロは四メートルほどの大岩を見つけると、それを背中に担いだまま腹筋を始めた。ソネは石をいくつも拾い、針に見立てて周囲に投げ続ける。キロは負荷を上げ、今度は六メートルの岩を背に、腹筋を三千回こなした。セバスチャンは木をウェイト代わりにして筋トレを始める。ソネは木の上に登り、瞑想を始めた。そこは荒涼とした砂漠のような場所で、すぐ隣にはかなりの数の木が茂っている。
キロは音速で腕立て伏せを始めた。セバスチャンは十キロ走り、さらに距離を五十キロまで延ばす。ソネは自分の速さを活かして縄跳びを始めた。腕立て伏せを終えたキロは、続いてスクワットに移る。セバスチャンもキロにならってスクワットをこなした。ソネは水を飲むと、ボスの姿を思い浮かべながら、空を殴り始めた。
「もう十分すぎるくらい鍛えただろ?」
ソネが言った。
ソネはそのまま家に戻り、横になって、ぐっすり眠った。キロとセバスチャンは、さらに五時間、修行を続けた。
「もう疲れた。帰ろう」
「そうだね、帰ろうか」
二人は歩き出したが、帰り道を覚えていないことに気づいた。
「なあ……俺たち、迷ったんじゃないか?」
キロが少し不安そうに言う。
「え? 迷うわけないだろ」
セバスチャンは、やや取り乱した様子で返した。
状況を悟った二人は、スマホを取り出してソネに電話をかけようとした。だが、圏外だった。しばらく歩くと、光る木が見えてきた。近づくと、幹には洞があった。それをふさいでいたものをどけると、中から見たこともない物質が出てきた。
キロとセバスチャンは顔を見合わせ、すぐさま政府へ駆け込んで、その物質を引き渡した。イタリア政府は、その対価として五百万ユーロを支払った。
(俺たち、ミリオネアだ。スイイイイイ!)
(ゲーム機もソフトも買える。よっしゃああああ!)
二人が家に帰ったのは、午後十時九分だった。食卓には料理が用意されていて、二人は食べ始める。その様子を、遠くから見つめる影があった。
「……ヴェネツィア、イタリアか。そこに住んでいるようだな」
影は踵を返し、去っていった。キロとセバスチャンは、見られていたとも知らず、食事を続けていた。
◇
別の場所。空気は重く淀み、光はほとんど差さない。あたりは暗い雲に覆われ、理屈を超えた何かの気配が漂っていた。
いくつものスクリーンに、映像が映し出されている。一つ目には、食事をするキロとセバスチャン。二つ目には、病院にいるウォーフ。三つ目には、眠っているソネ。
「どうやら、力をつけてきているようだな。我が傀儡どもを、もっと強くせねばならん。道理もなく抗う人間どもを、奈落の底へ叩き落としてやるために。……ククク、ハハハハ……」
すると、別の声が口を開いた。
「明日にでも、私が出向いて、あの人間どもの相手をしてやろう」
先に話した謎の声は、冷たく、威厳に満ちていた。そしてもう一人の発言は、明日、キロたちの前に姿を現すつもりであることを、はっきりと示していた。




