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第10話 ボス15 (第1部)



 すべてが穏やかだった。本当とは思えないほど、穏やかすぎるほどに。空気はあまりにも自然だった。別の見方をすれば、雨が降り始めようとしていて、働く人々は夜遅くまで仕事に追われることになりそうだった。


 病院では、ウォーフが包帯を外し、回復の具合を確かめていた。肌にはまだ火傷の痕が残っているが、もうほとんど目立たない。


「うーん……完全に治るには、まだ時間がかかりそうだな」


 落ち着いた声で、彼はそう言った。


   ◇


 別の場所では、ソネが地平線を眺めていた。緑が茂り、動物たちがたくさん暮らす場所だった。


「静かに見えるのに……どうして、また悪いことが起きそうな気がするんだろうな」


 声は落ち着いていたが、わずかな不安が混じっていた。


 ソネは空を見上げ、雨が降りそうなことに気づくと、踵を返して走り去った。


 だがそのとき、近くの山で、何かが壊れていた。


   ◇


 どこかも分からない場所に、影に体を覆われた何者かがいた。


「次の一体を起動させるか。戦わせてみよう」


 声はひどく静かで、揺るぎがなかった。


 その者がボタンを押すと、山の内部で何かが砕け始めた。そこには、囚われた一人の男の姿があった。体は石と化している。


 突然、その体が砕け散り、中から一人の人間が現れた。目は黄色く、瞳孔はオレンジ色。長袖のシャツに、ダイヤモンドをあしらった青いズボン、そして空を飛べる技術が組み込まれた靴を身につけている。


 男が目を開けると、靴の一つから通知が入った。


『通知:まず偵察を行い、「ヒーロー」たちの能力を把握・複製することを推奨します』


「はあ……やるしかないか」


 男は落ち着いた声で言ったが、そこにはわずかな苛立ちが滲んでいた。


 男が外へ出ると、空が曇った。(場所:イタリア、ポッリーノ国立公園)


 男はその場を離れ、ヴェネツィアへ向かった。だが到着してみると、キロたちの家が真っ二つに割れていて、驚かされた。


「待て。なぜ家が半分になっている?」


 男は小声でつぶやいた。


 踵を返し、あてもなく歩き出す。


(「ヒーロー」どもは、今ごろどこにいる?)


 そのとき突然、何かが彼を撃った。男は身をかわす。


(今度は俺を攻撃してくるのか。皮肉な話だ)


 よく見ると、それは機械仕掛けの兵器だった。中には、奇妙な物質が組み込まれているようだ。


「技術兵器に、奇妙な物質か。面白い」


 男は興味を覗かせた。


 兵器は再び発砲してきた。今度は避けなかった。それが重大な過ちだった。弾は命中したが、男の体は動かない。ところが、ほんの一瞬遅れて、胸に痛みが走った。男は胸を押さえ、荒く息をする。


「なんなんだ、これは!! たかが弾一発で、胸がこんなに痛むだと!? 非論理的にもほどがある!」


 苛立ちは募る一方だった。


 男は跳び上がり、靴を起動して宙に浮いた。手に赤い攻撃のエネルギーを溜め、兵器めがけて放つ。命中した。だが兵器は、不思議なことに無傷だった。


「なに? なぜ壊れない? この時代には、論理ってものがないのか?」


 皮肉と苛立ちの混じった声だった。


 地面に目をやって、男は気づいた。兵器には南京錠がかけられ、周囲はコンクリートで固められている。誰も使っていないのが不可解だった。兵器である以上、誰かが手に持ち、引き金を引いているはずなのだ。


 その地下では、兵器がコンピューターに接続され、知能を持つロボットが座って様子を見ていた。


「計算の結果、あの人間はボス15と判断。ボス1から14は排除済みで、直近はボス14でした。このボスは石のように見えますが、兵器の技術と、政府から提供された物質を組み合わせ、神経系を狙えるようにしました」


 コンピューターは情報を政府に送信した。イタリア大統領は、ロボットから送られた新たな情報の報告を受けた。


「興味深い……。だが、ボス15による破壊は最小限に抑えてほしい」


 セルジョ・マッタレッラは、威厳のある声で言った。


   ◇


 ヴェネツィアでは、戦いが始まっていた。ボス15がエネルギー弾で兵器を攻撃し、兵器は銃撃で応じる。兵器の耐久力の理屈が分からず、ボスの苛立ちは募る一方だった。爆発のたびに、運河の水が揺れた。


「くそっ、この非論理の権化が……!」


 ボスは堪忍袋の緒が切れかけていた。弱点が見つからない。ついに諦めてその場を去ろうとしたが、兵器を操るロボットは、そう簡単に逃がすつもりはなかった。縄のようなものがボスの足をつかむ。気づいて動こうとしたが、足はすでに縛られている。拳を振り上げて縄を断ち切ろうとしたとき、ロボットは素早く反応し、別のボタンを押した。縄がボスを引き寄せる。ボスは地面に叩きつけられた。顔を上げると、頭上には軍用機が何機も浮かんでいた。


「まず兵器、次に縄、今度は軍用機だと? ふざけているのか!」


 我慢の限界ぎりぎりの声だった。


 ボスは考えを巡らせたが、何も浮かばない。苛立ちが強すぎて、策を練ることもできなかった。そのとき、落ち着いた、揺るぎない声が、まるでゲームでも楽しんでいるかのように響いた。


「窮地のようだな。内側は脆いが、外側は頑丈。それなのに、お前は二つの破壊の力を使っていないようだ」


「使いたくないとでも思うか? あの兵器の非論理性が、理解できないんだ」


「石の力を使って、岩の棘を作れ」


「いい案だ。だが、なぜお前に分かる?」


「お前が山にいたことを知っているからだ。私が、十億年以上、あそこに閉じ込めておいたのだからな。そして私は、お前の創造主だ」


「じゃあ、俺は何年も閉じ込められていて、今ごろになってやっと解放されたってことか!!! 俺が、お前なんかに操れる存在だとでも思ったのか?」


「操れるさ。お前も他の連中と同じ、ただの傀儡だ。選択肢などない。お前がすべきは、『ヒーロー』どもを殺すことだ」


 男は怒りの叫びで声をかき消すと、両の拳を地面に突き立て、巨大な棘を次々と生やした。棘は軍用機を貫き、破壊する。海底からも棘が突き出し、雲を貫いた。おびただしい数の棘が、あたり一帯を破壊し尽くした。


 ボスはため息をついて立ち去ろうとしたが、足を止めて振り返った。兵器は無傷のままだった。それを破壊しようとした棘は、砕け散っていた。


「ありえない……!!! くそっ!!! 俺は帰る!」


 男は叫んだ。


 ボスはその場を去り、棘に破壊されたヴェネツィアの街を後に残していった。街に暮らしていた市民たちが、棘に貫かれて死んでいるのが見える。血が街じゅうに流れていた。街は荒れ果て、完全に壊滅している。海の魚も、何匹か死んでいた。


   ◇


 破壊の現場から三十キロ離れた病院では、ウォーフが横になっていた。そのとき突然、赤い攻撃が病院に向かって飛んできた。ウォーフはそれに気づき、窓を割って飛び降りる。攻撃に限界まで近づいたところで、渾身の力で拳を叩き込んだ。攻撃は爆発し、ウォーフは少し傷を負った。地面に落ちた彼は、服の汚れを払い、顔を上げる。そこには、石でできた人間が空に浮かんでいた。


 ボスは見下すような目で彼を見ると、降下してきた。地上に降りると、ウォーフに近づく。


「お前がウォーフだな?」


「ああ。それがどうした」


「お前と、お前の仲間たちを倒しに来た」


「また別のボスか。怪我人を狙ってくるとは、いい趣味だな」


 ウォーフは皮肉を込めて言った。


 その皮肉な口調を聞いて、ボスの我慢は限界に達した。ボスは猛スピードでウォーフに飛びかかった。ウォーフは反応できず、腹に一撃を食らう。血を吐き、数キロも吹き飛ばされた。


 近くには建物があり、人々は穏やかに過ごしていた。だが突然、ウォーフが猛スピードで建物を突き破っていく。ウォーフはさらに大きな建物に激突し、背中から血を流して地面に倒れた。両腕は傷つき、前を見ると、自分が二十棟もの建物を突き破り、それらが瓦礫になっていることに気づく。瓦礫の中には、血が見えた。ウォーフはため息をつき、近づいていった。


「俺のせいで、大勢が死んだ。俺は弱すぎて、建物を壊してしまうのを避けられなかった。きっと、家族のいる人もいたはずなのに……」


 苦悩と罪悪感の滲む声だった。


 そこへ、ボス15が悠々とやって来て、遺体を嫌悪の目で見つめた。ウォーフは彼を見て、歩み寄る。内心では、人々の死に罪悪感を覚えていた。近づくと、ただ相手を睨みつけた。怒りの波が彼を呑み込む。ウォーフは両拳を握りしめ、その場一帯を揺るがした。ボス15は一瞬、バランスを崩す。ウォーフはその一瞬を逃さず、渾身の拳を叩き込んだ。ボスは後ろへ吹き飛ぶ。その顔には驚きが浮かんだが、すぐに冷たい表情に変わった。


「二つ目の破壊の力を使う」


 ボスは囁くように言った。


 高く跳び上がると、両手を円を描くように動かす。その手の中に巨大な山が形作られ、ボスはそれを投げつけた。山は街を完全に押し潰した。(イタリア、パドヴァ)


 ウォーフは反応して、その場を離れていた。ガラス越しに、そっと外をうかがう。山に押し潰された街が見えた。胸に鋭い痛みが走る。目の前の光景が信じられなかった。その表情が、硬く引き締まる。


 ボス15は降りてきて、山の上に腰を下ろし、あたりを見回した。建設途中の家に、ウォーフがいるのが見えた。ウォーフもこちらを見ている。


 ウォーフは拳を握り、深く息を吸うと、家から出た。ボスをにらみ、走り出す。


 ボス15は気づいて、ゆっくりと立ち上がった。ため息をつき、腕を伸ばして、あくびをする。


 ウォーフはさらに速く走り、ボスの正面に立つと、拳を放った。拳は命中したが、ボスをほとんど動かせなかった。


「情けない。お前に勝ち目などない」


 ボスは蔑むように言った。


 ボスはウォーフの腕をつかみ、へし折った。ウォーフは叫び、目を固く閉じる。だが、痛みはすぐに消え、ウォーフの顔には冷たい表情と、眉間のしわが浮かんだ。ウォーフはもう片方の手で、ボスの顔面に拳を叩き込んだ。


「フェイス・ブロー」


 一撃で、ボスはわずかによろめいた。だがウォーフは止まらず、さらに一発を叩き込む。ボスの頭がわずかに砕けた。その威力に、ボスは驚いた。だがやがて、ボス15の顔に笑みが浮かぶ。


「はは、ははは! 面白い」


 ボスは嘲笑った。


「お前は俺には少し弱すぎる。さっさと片付けて、仲間のところへ行くとしよう」


 ボス15は、ウォーフの首に強烈な一撃を叩き込んだ。ウォーフは気を失って倒れ、額からは軽く血が流れていた。ボス15は背を向けて去る。次は、残りの「ヒーロー」たちを探すつもりだった。


 だが、またあの声が頭の中に響いた。


「なぜウォーフを殺さなかった?」


「俺はお前の傀儡じゃない。操られたりはしない。敵をどうするかは、俺の意志で決める」


「殺しておくべきだった。いずれ厄介な存在になる」


「なら、命令は聞かない。今から、ほかの『ヒーロー』どもと戦いに行く」


 男は頭を振って、声を聞かないようにした。だが突然、体が重くなるのを感じる。


(あの野郎、本気で俺を殺せるのか? 冗談じゃない)


 男はイタリア中を探し回ったが、何も見つからなかった。そこで、ホテルを探すことにした。探しに探したが、またしても何も見つからない。だが、路地を覗いた先に、大きなホテルを見つけた。とても清潔で、しかも大きい。これなら、それなりの人数が泊まれるだろう。男の顔に笑みが浮かんだ。時間を無駄にせず、男は急いでホテルへ向かった。


 到着して中に入ると、受付係の女性と目が合った。彼女は、温かな微笑みを返した。



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