第5話:ボス10
敵は強いだろうか?
雨の降る日だった。四人はカフェでコーヒーを飲みながら、トレーニングの話をしていた。
「なあ、みんなで能力を鍛えないか?」
キロが切り出した。
「まあ、いいんじゃないか」
ソネが答える。
セバスチャンは何も言わず、ただ頷いた。言葉がなくても、承諾は十分に伝わった。
ウォーフは咳払いをして口を開く。
「よし、決まりだな。明日はさっそく訓――」
その言葉は、突然の爆発音にかき消された。
振り向くと、ビルが一棟崩れ落ち、周囲の建物も次々と轟音を立てて倒壊していく。巨大な土煙が空へ立ちのぼった。
四人は全速力で爆発の現場へ駆け出した。
到着すると、人々が必死の形相で逃げ惑っていた。ウォーフは、瓦礫をどかそうとしている女性に気づく。その下には、子供が閉じ込められているのが見えた。
「ママ……ママ、すごく怖いよ……」
子供の声は震えていた。
ウォーフは素早く駆け寄り、瓦礫を持ち上げた。子供は、母親が抱き上げるより先にその腕の中へ飛び込む。
「感傷に浸ってる場合じゃない。走れ!」
ウォーフが叫んだ。
女性は力の限り駆け出した。子供は母親の肩に必死にしがみついている。
キロは二人が遠ざかっていくのを見届けてから、視線を戻した。土煙の中に、人影が浮かんでいる。
手から雷を放つ超人。この破壊の元凶だった。ソネは慎重に近づき、男を観察する。風が頬をそっと撫でていった。
すぐそばに雷が落ちた。ソネは一歩退き、顔を上げる。男と視線がぶつかった。
ウォーフは迷わず飛び出した。敵の間合いに入り、拳を放つ。男はそれをかわすと、後方宙返りを決め、すかさず雷を撃ち返してきた。
雷はウォーフに直撃し、数センチ後ろへ押し戻した。
その隙を突き、キロが男の背後に出現して一撃を叩き込む。男は吹き飛んだ。だが直後、無数の雷がキロの上に降り注ぐ。
キロは後退した。両腕には擦り傷が走り、蒸気が立ちのぼっている。男にダメージはない。そこへウォーフが再び距離を詰めた。
男は百発の雷を同時に放った。ウォーフは激しく押し返される。距離が開くと雷はやんだが、今度は小さな雲が現れ、ウォーフの手首をつかんだ。振りほどこうともがく。だが、背筋を電流が駆け抜けるのを感じた。
ソネも黙ってはいなかった。小さな球体の姿に変身し、男の顔面に激突して押し返す。
男の顔に細かなひびが入った。鼻から口にかけて、ゆっくりと走っていく。
「一つ訊く。お前はボスか? だとしたら、何番目だ?」
ソネは好奇心を覗かせつつも、真剣な声で尋ねた。
「俺はボス10。ノニという」
男が答える。
ボス10は高く跳び上がり、キロの拳をかわした。
(奇襲を見切られたか)
キロは相手の動きを見て、そう思った。
すっかり苛立っていたウォーフは、足を踏み鳴らして雲を振りほどいた。雲は一瞬で霧散する。
ウォーフは再び突っ込み、ボスの顔面に一発入れると、そのまま連続で拳を叩き込んだ。
ボスは打撃のたびに押され続け、ついに渾身の一撃で絶命した。その体は土のように崩れ落ちる。血の痕など、そういった類のものは何もなかった。
ウォーフは背を向け、その場を離れようとした。キロとソネがその背中を見送る中、セバスチャンだけが、エネルギーが集まり始めていることに気づく。
ボス10が蘇った。その体は、今や石と化している。ウォーフの周囲の空気が、重く、ぼやけていくように感じられた。
ボス10の拳が、ウォーフの背中を強打した。ウォーフは一瞬で弾き飛ばされる。
ウォーフはビルの瓦礫に叩きつけられ、そのまま下敷きになった。
ボス10はソネに向き直り、反応する暇も与えず殴り飛ばした。ソネは車に激突する。間髪入れず、ボス10はセバスチャンも殴りつけ、ソネがぶつかった車へと吹き飛ばした。
ボス10は深く息を吐いた。だが振り向いた先では、キロが渾身の拳を構えて待っていた。
ボス10は両腕で顔を覆い、攻撃を食い止めようとする。その足は、ひび割れた地面に食い込んでいた。
そのとき、キロはあることを思い出した。
(あの男は手から雷を撃てた。ってことは、雷が起こす現象そのものを、俺にも再現できるはずだ)
迷わず、キロは最高速度で距離を詰めた。周囲の空気が圧縮されていく。拳に新たなエネルギーが凝縮される。キロは、新しい拳を生み出していた。
「プラス・ブロー!」
拳が叩き込まれた瞬間、空から幾筋もの雷が降り注ぎ、ボスを粉砕した。空気は何事もなかったかのように元へ戻り、雨もやんでいた。
キロはふうと息をつき、腕を伸ばして体勢を整えた。
ウォーフが瓦礫から這い出してきた。服は汚れ、髪はぼさぼさだ。ソネとセバスチャンも体勢を立て直し、痛みに呻く。
「セバスチャン、洗濯機を貸してもらうぞ」
ウォーフが言った。粉塵のせいで、声がしゃがれている。
セバスチャンは黙って頷いた。
(どうやら通常形態じゃ、耐久力が足りないらしい。『感情モード』を鍛えないと、本当の意味でチームの力にはなれないな。まずは『憤怒』モードを完成させよう)
セバスチャンは決意を胸に、そう考えた。
ソネは猫のように伸びをして、姿勢を整えた。置いていかれないよう、自分も鍛えなければ。そう考えながら。
夕闇が通りを呑み込み始めていた。四人は踵を返し、その場を後にする。家路についた。




