僕、傲慢で強欲になる
僕が再び目を覚ましたのは日が沈む少し前だった。
さっきと同じ部屋で、また一人。頭はまだ少し痛むけれど意識ははっきりとしているし、身体も動く。
部屋を出ると厚着の人達がヒュドラの毒で殺された大量の魔物の解体を行なっていた。
ヒュドラの毒が浸透してしまった魔物肉は食えた物では無い様で、解体された肉が一角に堆く積まれている。
僕が【浄化】を使えば食べられる様にはなりそうだけど、食べたいとは思えないか……。
他にも舌や爪や皮など、種類別に選り分けた物をさらに選別している人も居るようだ。
ヒュドラに関してはそこら一帯に転がっていた冬球をかき集めてヒュドラの死体を囲む様に配置し、冷蔵或いは冷凍しているのだろうか。
あの毒を含んだ血も凍ってしまえば、解体時に飛び散る事も無いだろうし、僕の作った冬球を僕が思った以上に上手く使ってくれている。
……冬球がまだ溶けていない事の方に驚けば良いのか、村人の逞しさに驚けば良いのかちょっと迷うけど。
何にせよ、魔物の氾濫は後片付けも含めて大変だ。
にしても、みんな解体に集中しているのか僕が起きた事には気付かない。
都合が良いので気配を軽く消しながらフェーグさんの元へと向かう。
僕とフェーグさんの距離が十メートルくらいの位置に来た時点で狼耳がピクピクとこちらを向いていたので、存在に気付かれている体で何でもないように話しかける。
「フェーグさん、僕も解体手伝います」
「おう。ここの雑魚は毒のねえ奴らだ。毒がある奴は向こうに積んでっから安心して捌け。……今回はほんとに良くやってくれた。改めて礼を言うぞ。今回の氾濫では俺達の力不足や、強力な毒に対する対抗手段の無さが浮き彫りになった。お前のおかげで俺達は五体満足で居られる。五体満足で居られるからこそ残る東の氾濫にもまだ立ち向かえる。……ありがとうな」
こんなにも改まって礼を言われると気恥ずかしくもあるが、少し誇らしくもある。
僕の力でまた一つ成せた。誰かを守れたのだ。家族には良い顔はされなかったけど……。
でもそこは仕方が無いと割り切る。僕が手を抜いて誰かが傷ついてしまうくらいなら、倒れるまで努力した方が僕に悔いは残らない。
いずれは圧縮技術もテラホンも村に広めたいと思っているし、そのうち魔物の氾濫を当たり前の様に片付ける最強の村にしたいね。
【浄化】だけは説明出来ないのが悔しい。
そもそもが浄化の光で対象物を綺麗さっぱりしてしまう力だ。
身体が憶えているから当たり前の様に使えるけれど、説明には殺菌というミクロの概念まで入っているんだ。
これを説明出来るおかしさと、仮に説明するとしても説明出来るだけの知識が僕の【記憶】にはない。
きっとフィーリングや擬音語なんかが飛び交う説明会が出来上がって、結局誰も習得出来ないよ。
僕の知識の無さがこう言うところで仇となるんだから人生分からないものだ。
「まだ全部の氾濫が終わった訳じゃ無いですし、霊獣が帰って来るまで、まだまだかかります。僕に出来る事があったらいつでも呼んで下さい」
「……お前、ネメアとの戦いで死にかけたんだぞ。ヒュドラの大量の毒液を浴びせかけられたんだぞ。……それでもまだ戦うのか?」
「戦います。自分が死ぬのはそりゃもちろん嫌ですけど、誰かを死なせて仕舞うくらいなら、僕が死にかけた方が楽です。僕が後悔しません。守りたい人達を守る為なら単身で氾濫に身を投げ出しても構いません。僕の力は守る為に使います。…………あと楽をするためにも」
「……最後の理由が一番良い。その方が楽しいだろ? お前によく似合うぜ」
……僕もそう思う。けど、フェーグさんは僕と目を合わせない。声のトーンがいつもより低く、大人しい。解体の手が止まって、拳が握られている。
「…………僕が出しゃばってまで戦ってるのは、僕の力が有効的で有用だと自認しているからだけじゃ無いです」
「じゃあなんだ。言ってみろ」
「村の人たち皆んなが大切だからです。フェーグさんは今、僕を思って、自分に腹を立てている様に感じます。僕の家族もそうだった、悲しい顔をしてた……僕は何かを間違ったのかと思いました。でも、そんな顔をしてくれる人達だからこそ、命を賭けられるんだと今思いました」
「俺達が本末転倒じゃねえか。俺達の気持ちはどうする?」
「無視します。僕は僕のやりたい様にします。僕は今とても晴れやかな気分です。僕の力で誰一人欠けることなく戦い抜けた。誇らしいです、嬉しいです。正しく力を使えたと、胸を張れます。……こうやって力を使うのも楽しいです。満足です」
「独りよがりの傲慢クソ野郎じゃねえかよ……」
「僕ってばまだ八歳なので! 子どもらしく身勝手で我儘で自分勝手で……自他共に認める『大馬鹿頭領』でもありますから!」
これで良い。それで良い。誰かの気持ちなんて知らない。僕の気持ちを押し通す。その結果孤立したとしても僕に悔いは無い。
『自由に生きて自由に死ぬ』なんてピッタリな言葉だ。
誰にも縛られず、僕すらも自分を縛らず、思うままに生きてこの身に人生を刻んで行こう。
「…………くっくっくっくっく……くっはっはっはっはっは!! はーっはっはっはっはっは!!!!」
突然の三段階笑い。フェーグさんがラスボスに!?
さっきまでの陰鬱とした空気はどこへやら、急に歯を剥き出しにして笑い出した。
「カルみてえに前に立って! サフィーみてえに後方から仲間を癒して! どっちかに偏る事無く、どっちもこなしやがって! 混ざり合った先で、黒にも白にも染まらない——アッシュとは良く言ったもんだ! ピッタリ過ぎて笑っちまった!!」
…………まあ言われてみれば確かにそうかも。
父さんは黒髪で、母さんは白髪で、僕は灰色の髪で。
瞳の色も、父さんの青と母さんの赤を混ぜた様な紫。
アッシュ。アッシュか……良い名前を貰ったなぁ。
「でもよぉ、お前の選んだ道の先で死んじまったらどうすんだよ?」
「そうですねえ〜……その時は折角なので、灰になるまで燃やしてください!」
「アッシュだけにってか!」
「「あっはっはっはっはっはっは!! いだっ!?」」
「縁起でも無い事を言うな! この阿呆共が!!」
いつの間にか後ろに居たゼフィア先生にフェーグさん共々拳骨を落とされてしまった。
確かに縁起悪い事を言ってしまったけど、そう言う空気だったと言うか、男の馬鹿話と言うか……。
「下らない事を言う暇があったら解体を速やかに行え! ……それとアッシュ、氾濫が終わればとことん扱いてやるからな。自慢の記憶能力で憶えておくんだぞ? わかったな?」
「えっ、あの、さっきのは冗談と言うやつでして……」
「分かったな……?」
「あっはい……」
やばい圧が飛んできた。ヒュドラより、ネメアよりも怖い。
「ククッお前死んだな? ちゃんと灰にしてやるからな?」
この状況でそのネタ引っ張れるのはすげえよアンタ。僕にはまだ無理だ。
フェーグさんの死体も灰にしてあげるからね? 御愁傷様だよ。
「フェーグゥ……貴様はあのデカい蜥蜴を一人で捌いて来い……行け!」
「くっ……わぁーったよ!! くそっ! めんどくせえ!!」
どうやら命は繋いだ様だ。お互い灰にならずに済んで良かったよ……。
「……あまり不安にさせる様な事は言わないでくれ。生きていなければ誓いは果たせない。果たす気が無いならピアスは返してもらう……」
「……ごめんなさい。でも僕は決めました、僕の生きたい道を生きます。……フェーグさんには傲慢なんて言われましたけど、強欲にもなろうと思うので、このピアスを返す事は一生ありません」
「…………それなら、良い。……扱きはするからな」
「……お手柔らかに、お願いしますっ」
ゼフィア先生は片手を振りながら去ってしまった。
最後まで僕に顔を向けてくれなかったけど、声音から感じる感情は悪い物では無かったと思う。
僕の言いたい事が伝わっていると良いな。
……伝わったからこその反応なのかな?
どちらにしても、今は解体だ。戦場を綺麗にして平原に戻さないとね。
後でここら一帯を【浄化】しておこうかな。
「お前は変わんねえな〜。おそよーさんアッシュ」
「アッシュ君……僕って凄いんですけど、聞いてくれますか?」
「おはよう…………ねえ、グロック、ゼガンは一体どうしてしまったんだろう。ヒュドラの毒でも浴びたの?」
「それがね〜ほんとに凄いんだよねー」
お馬鹿仲間がやってきて隣で解体を始めながら、謎のゼガンの自慢を聞くことになってしまった。
「あのですね、僕なんと、氷魔法が使える様になっちゃいました! 凄くないですか!? 凄いですよね!? この村では三人目なんですよ!」
「そりゃすごい! でも三人目じゃなくて二人目だよ? 僕は氷を生み出せない。水を凍らせているだけで、氷魔法は使ってないし使えないんだよね」
「…………聞きました二人とも? 僕って……もっと凄くないですか??」
うざっ。なんだこのエルフ。かつてここまでウザいエルフは見た事がない。
「うざいなこいつ……」
「ゼガンってこんなキャラだっけー?」
「ほんとに使えるの? ちょっと氷出してみなよ」
「見たいんですかアッシュくーん? 仕方ないですねぇ! 見せてあげるとしましょうかぁ!」
テンション上がり過ぎてめっちゃウザい!! なんだこいつ!! 僕より馬鹿だよ! 頭領の座をくれてやるよ??
ゼガンはよっこらせと立ち上がって大仰に腕を開いたかと思うとぶつぶつと詠唱を始めた。
「『ゼガンが願います 氷よ 氷よ 現れて下さい』!」
あれだけ自信満々だったのに、詠唱はめちゃくちゃ下手に出てて笑いそうになるんだけど……!
だが、ゼガンの言う事は本当だったらしく、胸の前に小さな氷のかけらが生み出され、それが大きくなっていき直径二十センチぐらいの氷の塊が出来上がっていた。
「出来た! 出来ましたよ! ほら見て下さい!」
気を抜いたゼガンは氷の制御を誤ったらしく、胸の先に生み出された氷が真下に落下していく。
そして氷の落下した先にあったのはゼガンの足の指先だった。
「あっ!? っっ〜〜〜〜!!」
「これが天罰か」
「天罰だね〜」
「うん、天罰だよ」
調子づくと大抵物事って失敗するんだよね。良い教訓を見せてもらったなー! なんでか分かんないけどすごく気分が良い!
僕が氷を作れるのに氷魔法を覚えていないからではない。決してね?
「さっさと解体しないとね! 気合い入れていこうっと」
「そだなー。でも皮を剥ぐのって面倒なんだよな」
「そうー? 僕こういう作業好きだけどー?」
「あの……あの……みなさん? 僕の氷……」
その後少ししたら解体に戻ったゼガンはきっと馬鹿だけど良い子だと思う。
そう言えば、解体の途中でグロックが自分の魔法の解説をし始めたんだけど、ゼガンはそれにいたく感銘を受けていたな。
その解説と言うのが、土魔法に他の魔法を組み込む、魔法を複合させる使い方。
グロックは土魔法を軸にして、他の属性や魔法を組み込む研究と鍛錬を積んでいたらしい。
土と水で泥や濁流を作ったり、土と火でドロドロの火の土が出来たとか、土と風で嫌がらせが出来るなどと、恐ろしい事極まりない魔法をつくっては研究しているそうだ。
魔力の鍛錬にもなるから一石二鳥で、最近はものづくりの質も上がって来たと嬉しそうに話していた。
ゼガンはその話を受けて、氷と風、光と風の複合を試してみたくなったらしい。
「そういやあ、俺は二刀流と光魔法が使えるって事でゼフィア先生に弟子入りさせられたぜ?」
「そう言えばそんな事も言ってましたね?」
「第二のぜフィア先生とか怖いねー?」
「……今日の戦いでみんな何かしらの技使ってたよね? 父さんは闇、ゼフィア先生は光。イールさんは魔力? を剣に纏わせて。あれと関係ある?」
「あれな! 俺たちも知らなくってよ! それを親父とかゼフィア先生に聞いたら弟子入りする事になってよぉ……。楽しみだけど怖いっつうか、憂鬱だぜぇ……」
何でそこまでゼフィア先生が怖いのかは分からないけど、あの技の正体は気になる。
家に帰ったら父さんに聞いてみよう。
そうして僕らは激しい戦いの後の、魔物の死骸が山を作る戦場だった場所で、いつも通りの会話を繰り広げながらみんなで解体を行う。
褒められたり心配されるよりも、ずっと楽しかったし落ち着いた。
仮に居場所と言うものがあるのだとしたら、僕にとってここはとても居心地の良い場所だった。
・
・
・
・
解体は思った通りその日のうちに終わる事はなく、帰る前にヒュドラの死体や、解体済みの物から解体出来ていない死骸、枯れて腐った様な平原、村人達にも思いっきり【浄化】を振り撒いておいた。
三倍圧縮で貯蓄していた魔力の半分程を使ったけれど、それでもそこそこ残っているし、一晩あれば今の限界値の三割は戻るだろう。
帰り際、家族四人で村長宅に寄ってクーアを受け取って一家揃って帰路につく。
道中、珍しくエレアが手を繋いでこなかった。
少し寂しさを覚えたが、繋がないと言う事は繋ぎたい気分では無いのかもしれない……と思いながらも、僕が繋ぎたくなったので、エレアの手を握らせてもらった。
エレアは抵抗する事なく、むしろ今までよりもギュッと握り返してきた。
不思議に思って顔を見ると、いつもよりも凛々しい顔付きをしていた。
「アッシュ、私ね。アッシュを負かす。アッシュに勝つ。アッシュがみんなを守るなら、私がアッシュを守るから」
「……僕、剣では勝ったこと無いよ?」
「全部だよ。全部で勝つの」
「……やってみなよ。僕のとっておきの技術を教えてあげるから、身に付けてみせて」
僕の言葉にエレアは足を止めて、目を見開き、口を半開きにして全身で驚きを表現している。
エレアは役者もいけるかもしれない。さすが我が姉。ファン一号の座は僕のものだ。
「なんで!? なんでそんな事するの!? アッシュは……私達を守りたいんじゃないの!?」
「守る事と、強い弱いは関係無いし……。僕の技術を習得してエレアがもっと強くなったら僕も安心出来るし……。悪い事なんて何もないよ?」
「…………私がアッシュよりも強くなっても、アッシュは私を守るの……?」
「当たり前だよ。守りたいから守るんだ。誰にも褒められなくても、みんなに疎まれても、守りたいから守る。それだけだよ」
エレアは口をパクパクと動かし、表情を忙しなく変えながら、でも言葉を紡げないらしい。
ところが、僕のこの言葉にはカル父さんとサフィー母さんも振り返って驚きを隠せないでいる様だ。
「えっ? なに、どうしたのさみんな?」
「えぅ、ぅぐっ……なんでぇ、何でアッシュはそうなのぉ……?」
「何でそうなのって言われても……こうしたいと思うくらいみんなが大切で大好きだからだよ!」
僕の言葉をどう受け取ったのかは分からない。分からないけれど、エレアは僕の胸に顔を埋めながら僕の胸を叩いてくる。僕の胸はキャパーオーバー寸前だよ。
うーうー唸りながらずっと僕を叩き続けて、落ち着いたかと思えば、僕の服で涙を拭ったのか目元を赤くしながら顔を上げる。
「教えて。アッシュの技術。私もっと強くなって、アッシュを守れる様になる。私がそうしたいから!」
「っ! 良いね、それ、好きだよ。幾らでも教える」
「約束だよ!」
父さん達に見えない場所でお互いの小指を絡ませ指切りをする。これは僕とエレアしか知らない約束のおまじないだ。
「あと……急に好きって言わないで……胸苦しい」
胸を叩かれ続けて痛いのは僕なのに理不尽だ……。
僕達はもう一度手を繋ぎ直して家に帰った。
東の氾濫は早ければ明日。遅くても二日後には来るだろうとの事。
今日は家族水入らずで食卓を囲み、ただ和やかな時間を過ごした。
……クーアが僕を「にぃ」と呼んだ時は大荒れだったけど。
父さんと母さんがすごい剣幕で僕を見てきたんだ。凄く怖かったです。今度パパとママもクーアに仕込んでおこう……。




