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転生する時に選んだ【記憶】スキルが自重を忘れてきた  作者: ゆらゆら


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雷を纏う獅子 ネメア

 僕は倒れたまま起き上がれなかった。


 至近で増幅した音によって鼓膜が破れ三半規管が狂ったんだろう。


 これを狙った魔法ではあるけど、今回は自分の保護を最低限にしていた所為で自爆してしまった。


 景色が回る。上下左右が分からない。気持ち悪い。

 手をついているのか足が地面を触っているのかも分からない。


 ここまで狂うのは想定外。練習でも一度やらかしたけどすぐに治せたのに……僕らしくて良い? 詰めの甘さが僕らしいなら僕なんて要らない。


 出来るなら、みんなに首を切り落とすなりしてとどめを刺しに行って貰いたいんだけど、伝える事も出来ない。


 回復魔法を内耳や鼓膜、その奥を意識して集中的に当てる。早く癒えろ! 早く癒えろ!


 突然の爆音でショック死したやつは良い。でも三半規管が狂ったやつは立てないだけで僕みたいに意識はあるはず。

 振動数の増幅は脳震盪を狙ったけれど、これも上手くいけば殺せるだけで、十中八九ほとんどが気絶。


 他の属性の魔法と違って環境を変えないし、土地に悪影響も出にくく、即効性があるから音を選んだけど、もっと至近距離じゃ無いと致死性が低い!


 あぁ気持ち悪いっ……早く治れ!!



◇ ◇ ◇ ◇



 今のは……一体……。


 途轍もない絶叫と景色が歪むような振動。

 アッシュの要望通り風の幕を張って居なかったら果たして私達はどうなっていたのか……。


 耳の良いフェーグは隣でしゃがみ込んで両手で狼耳を抑えているが……。

 アッシュの後ろで風の膜越しでも獣人達には痛いほどの音。

 それを正面から食らった魔物達は一体どうなっているのか……侵攻は止まり、全ての魔物が頽れた。


 だがそれと同時にアッシュも倒れる。

 立ち上がろうとしているが、手や足に力が入っておらず地を滑らせている。


 ……血? 耳から? そうだ……あの音量を最も近い場所で発したのは他ならぬアッシュではないか……!!


「膜を消せ!! アッシュ!! 無事か!?」


 私はすぐに前のめりに倒れたアッシュを仰向けにして支えるが、アッシュはこちらを認識していないのか手と足を動かしもがいている。


「アッシュ! アッシュ!」


 呼び掛けにも反応しない、完全に耳が壊れている……!

 誰が……ここまでやれと言った!? 馬鹿が! 君を犠牲に得る勝利など私は望んでいないぞ!?


 回復魔法を使えぬ我が身をこれ程呪った事はない。この子の何十倍も生きていながら……私は無力だ……。


 後ろから、アッシュを呼ぶ声が聞こえる。おそらくサフィー殿だろう。


 そうだサフィー殿なら治せる筈だ!


 そう思い振り返った先では、サフィー殿に殴り飛ばされるカル殿が居た。

 見事なパンチ……数メートルは吹き飛んだぞ。


 余りの光景に私の焦りも吹き飛んでしまった。


「ゼフィアさん!! どうしてアッシュが……いえ、アッシュはどうなっているんですか!?」

「先の音で自らの耳をやっているらしく、声が聞こえていない。まだ傷を負ったばかりだ、サフィー殿なら治せるはずだ!」

「治します。治せるまで治します……!!」


 アッシュが耳に詰めて居た布には血が染み付いていた。

 サフィー殿の手からすぐに暖かな光が灯りアッシュの両耳に添えられる。


 これでとりあえずは大丈夫だろう。



 ……君がここ迄の無茶をして特大の戦果を挙げたのだ……私達が後を引きつごう。

 どうやら魔物達は動けないだけで、生きてはいるようだな。


 都合が良い、虫の居所が悪いんだ……甚振る様で悪いが気晴らしに付き合って貰うぞ……魔物ども!


「フェーグ! 速く立て! 気勢を上げろ! この好機を逃す積もりか!? アッシュの頑張りを無駄にするな!」

「わぁーってるよ!! 耳が痛えんだよクソがああ! あんのおふざけ小僧め!! ……お前らああああ!! 獲物はまだ生きてんぞおおお!! クソガキ小僧のお溢れになっちまったが全力で仕留めろおお!! 一匹たりとも逃すんじゃねえぞおおお!!!!」


 フェーグの声には力がある。癪ではあるが、発破を掛けるならフェーグが最適だ。


 普段とは打って変わって戦士となった村人達も、アッシュの魔法に圧倒されて削がれた気勢を取り戻した。


 これで一気に数を減らして有利な戦場を作り上げる!


「サフィー! アッシュの回復が終わったらすぐに前線に上がってきてくれ! おそらくネメアはまだ生きている。あいつを仕留めるまで戦いは終わらない!」

「分かってるわよ馬鹿カル! この戦いが終わったら二人とも説教してやるから覚悟してなさい!!」

「そっそれは……とりあえず、アッシュを頼むよーー!!」


 カル殿は尻に敷かれているな……だが彼の言う通りネメアは見た所、最後尾に位置して居た。つまり最もあの音の影響を受けづらい位置にいたのだ。ほぼ確実に生きているだろう。

 それでも地に伏して無防備な姿を晒している今ならば仕留めるのは容易い!


 道中の魔物は邪魔なものだけ斬り捨て退かし、ネメアまでの道を作る。

 奴が起き切る前に辿り着き息の根を止めなければ!


「えらく張り切ってんなああ!! ゼフィアアア!! ペース配分忘れて後でバテても知らねえぞ!」

「よく聞こえる耳で私の呼吸を聞くのだな! この程度の運動では息も切れん!! 貴様こそもう少しゆっくりで良いぞ!?」

「はあっ!? お前よか余裕だわ!? おら退け! ネメアの首は俺がぶった斬ってやるよ!!」

「邪魔をするな! あの獅子の首はアッシュへの土産にする! あの子の活躍を見なかったのか!? 耳は良くても目は悪いか!!」

「おらあああああああ!」

「はああああああああ!」


 不愉快だ! だが不思議と身体の動きは良くなる。こいつと競り合うのは実益があるからこそだ。


 実際先ほどよりも動きのキレも体力の温存も出来ている。

 性格の相性は悪いが、戦闘レベルは近く、背を預ける事は出来る。信頼はしているのだ、互いにな。


 さあ、倒れ伏すネメアまで後少し。転がる魔物の首を掻き切りながら駆け抜けるぞ!



◇ ◇ ◇ ◇



 景色が回る視界を閉じて耳を癒していると、僕の外からさらに回復魔法が当てられる。


 ああ、これは母さんの回復魔法……そっか……まあフェーグさんが名前叫んでたもんね。

 ネメアが来るまで後方待機を命じられて居た母さんのところまで声が届いたんだろうな。


 父さん怒られてないと良いな……無理な話か。


 そうだ、血が垂れてたっけ。【浄化】して血を取っておかないと耳の中で固まってしまう。


 ……母さんの存在を感じただけで落ち着いて冷静になれる。焦り過ぎた……みんなは大丈夫、信じよう。

 フェーグさん、ゼフィア先生に父さんまで戦うんだ。魔物達が可哀想なくらいなんだから。


「ュ……シュ! ……アッシュ!」


 母さんの呼ぶ声が聞こえる。僕はゆっくりと目を開ける。

 母さんはボロボロと涙を溢しながら僕を見下ろして居た。


 景色は回らない。上を向いているのがわかる。感覚が戻った。

 少し先の方から気合が聴こえる。みんな仕留めに行ってくれたんだ。


「母さん。もう大丈夫。自分で立つよ」

「どうしてこんな事……何やってるのよ馬鹿!!」


 ビンタされた。左頬が熱い。ジンジンする。


 父さんには右頬を殴られたっけ。左右どっちも打たれちゃった。


「こうしたら、多くの人が助かると思ったんだ。だから無理を言って聞いてもらった。……ごめんなさい。でも説教は後でお願い。母さんはやる事があるんでしょ?」

「……くぅっ……口ばっかり達者になって……後魔法も……説教で済むと思わない事よアッシュ……」

「そっそれは……とりあえず父さん達をお願いねーー!!」

「……似過ぎでしょ……男ってやつは……」


 母さんは呆れながら僕を置いて前線へと駆けて行った。


 僕は立ち上がって戦場を見る。


 未だ魔物達は倒れているのが殆ど。起きあがろうとして倒れるもの、何とか立ち上がり反撃に出るもの達もいるが、そのどれもがフラフラだ。


 良かった。殺す事は出来ずとも戦闘能力のほぼ全てを奪えている。


 先行したと思しきフェーグさんとゼフィア先生は競う様に魔物を蹴散らしながら、きっちりと首を切り裂いて行っている辺り流石だ。

 そしてその後ろをついていく父さん達、精鋭部隊。


 そんな精鋭部隊達の進行方向には一体の巨大な獅子。


 帯電しているのか逆立つ毛と鬣を持ち、唸り声を上げながら父さん達を睨め付けている。

 鋭い牙と爪、発達した筋肉が窺える胸や脚。何よりも体高二メートルはある見上げる程の巨体。


 これが雷を纏う獅子ネメア……! 


 これほど距離があっても威圧感を感じる。

 こんな強大な魔物が後二体はいるって言うのか……人外魔境かよ……狐さんやってくれるぜ……!


 だが僕の魔法はしっかりと効いている。立ち上がれていないのがその証拠。


 脳震盪なのか平衡感覚を失ってるのかで色々と変わってくるが、弱体化はしているはず!



 そんなネメアの目前に精鋭部隊が迫ったその時だった。


 大地を四肢で確かに踏み締め、全身の毛を逆立てたネメアが咆哮する!!



『GURRRUUUUUUOOOOOOOOOOO!!!!』



 咆哮と同時に激しい閃光と雷音が鳴る。


 精鋭部隊は対ネメアを想定した耐雷マントを着ていた筈なので致命傷は負わない筈だが……本当に無事なのか?


 光が止んですぐに目を向けると、皆マントで身体を覆い直撃は避けていた。それも精鋭部隊全員がだ。


 凄まじい……予備動作なんてほんの数秒しか無かったのに、即座に判断して即座に対処したのか!



「にしても雷……えっ? 雷、って事は電気……? 電気ショック……蘇生される……!?」


 ショック死した魔物は!? 首を裂いていない魔物は!? 


 今の雷撃で心臓や脳に電流が走って生き返った魔物は居ないか探さないと!!


 僕は即座に精密身体強化を二倍……いや三倍圧縮で発動させる!


 武器は無い。けれど今の僕には衝拳と衝脚がある。【存在霧散】も使えば不意打ちで命を刈り取るぐらいなら出来るはず!!


「ああくそ!! ああくそお!! くっっそおおお!! 何で思い至らなかった!! 何でこう詰めが甘いんだ!!」


 やばい! 不味い! 危ない! そこのでかい狼動いたなあ!?


 顎の下から脳天に突き抜ける様に……衝拳!!


 衝撃が頭を揺らし、でかい狼の口と目から血が溢れでる。【存在霧散】で命を感じ取れない事を確認したら次に向かう。


「おえっ……うぷっ……くっっそぉぉお!!」


 泣きながら走る。吐きたいのを堪えて、片っ端から命を奪う。顎から脳天を揺らし脳を破壊する。


 胃の中のものがなん度も口に戻ってくるが呑み込む。


 今吐いたら絶対に力が抜ける。今吐いたら咄嗟に動けずに死ぬ。吐くな、吐くな、吐くな。


 殺す。蹴り殺し、踏み殺し、殴り殺し、頭蓋を粉砕して殺す。


 雑魚はもう良い……ネメアの付近……あいつの周りが一番やばい。


 強くて賢い奴が強い奴を周囲に置かない訳がない!

 ネメアを仕留める事に集中し過ぎて取り巻きに止めを刺し忘れていたならそれこそ一番危ない!


 もう一度テラホンとは行かずとも爆音をぶつけたいがそれも無理だ。すでに平原は乱戦状態。


 ネメアとテラホンの相性が悪すぎた……。

 そして魔物が想像以上に丈夫だった。もうすでに気絶から回復して立ち上がり始めているし、広範囲の雷撃で覚醒したものもいる。


「雷撃で死んでくれよ! なんで蘇るんだよ!」


 ネメアは犬歯を剥き出しにして精鋭部隊と交戦している。


 笑ってる訳じゃ無いよなあれ…………。

 と言うか、みんなの武器がネメアの毛皮を突破出来ていない!


 父さんの剣が斬り裂いた筈の場所が全く切れておらず、ゼフィア先生の剣と槍も全く痛痒を感じていないみたいだ。

 魔法も半端な物じゃ毛を焼く事も出来ていない。

 唯一フェーグさんの太い剣は避けたり迎撃しているが、どちらにしても決定打が無い。


 その癖、ネメアは細かく雷撃や爪での攻撃で精鋭部隊を攻め立てている。



 まるで本当に神話のネメアーじゃないか……!

 ヘラクレスの功業の一つがネメアーを絞め殺した事。あらゆる武器を弾くから窒息死させるしか無かったと言う話。

 美術館に行って無かったら理不尽さに心が折れていたかもしれない。


 そう言う意味ではテラホンは効果覿面、相性抜群ではあったのか。


 だが今は膠着状態、僕がすべきは蘇生された魔物を刈り取る事!


 命を感じろ……息吹を掴め……ネメア付近の人類以外の命……猪っぽいやつと、熊っぽいやつ……虎っぽいやつに猿っぽいやつ!


 この四体! どいつもこいつもでかいのは何なんだよ! 

 特に熊と猿は立たれたら頭の位置が高すぎて、脳を破壊出来ない可能性がある……!


「死んだふりしてそのまま死んでくれ……」


 精密身体強化を四倍に圧縮し魔力を纏う……魔力に意思は込めずにただ四倍強化でぶん殴る。


 世界を少し速く知覚し、みんなより少し速く動く。


 まずは精鋭部隊の斜め後ろで寝ている猿の頭を蹴り飛ばす。


 …………弾け飛んだ気がする。知覚したら吐くから意識の外にやる。



 次は猿の数メートル先に転がっている熊公。


 僕の存在を感知したのか動き出そうとしているが、寝そべって居たのが間違い。

 大地を踏み締め頭に向けて衝拳!


 …………地面がボコっと凹んで、そこに赤黒い水溜りが出来たけれど……無視する!


 お次はネメアの後ろにいる虎公をつぶ——


 ——目の前にネメアがいる。


 あれ? なんでだ? ネメア……どうして目の前にいる……?


 ネメアの大きな口が開く……鋭い牙が生え揃い、唾液が糸を引いている。酷い匂いがする。僕の上から齧りつこうとしている様に見える…………。



 父さんや母さん達が、ネメアに気付いてこちらに手を伸ばしている。

 ゼフィア先生が辛そうな顔をして、フェーグさんが怒った顔、大馬鹿頭領のおいちゃんは杖をこちらに向けている……あの人魔法使いだったんだ。

 ミルのお母さんや、霊獣と出会って目覚めた人も僕に叫んでいる。




 ああ。そうか……僕、喰われるのか


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