僕の一世一代、大惨事
八歳になった僕の環境はとても変わった。
訓練場は今でも通っている。
フェーグさんとの模擬戦で技を実戦で使える様に調整するのが主な目的だ。
訓練場の休みの週は、三日程ミルさんの道場でお世話になって技の練度を上げている。
残りの二日は遊んだり、大樹で怠けたり、二歳のクーアの面倒を見ながら魔法で遊んだりしている。
妹のクーアは僕が七歳、エレアお姉ちゃんが十一歳の頃に生まれた。
一歳半くらいから、簡単な言葉も喋れる様になって来るとその可愛さはどんどん増していく。
そんなクーアの髪は僕よりも薄い灰色。僕ら三兄弟でグレースケールが出来そうだ。
だがクーアの髪は少し変わった灰色で、陽の光を反射して色味が少し変わるのだ。
黄色くなったり、白く輝いたり、とても不思議な髪だけど、屋内だとやっぱり薄い灰色で。
カンロ村でも灰色の髪は珍しいので勝手に親近感を覚えてよく構っている。
そして妹が出来ると僕の意識も少し変わった。甘えたりふざけたりする事が減って良い格好をしたくなったんだ。
妹の父さん譲りの蒼い瞳に不甲斐ない僕を映したく無かったと言うのが半分。僕を好いてくれるお姉さん方にチヤホヤされたいのが半分。
僕もしっかり男の子という事で……。
そんな僕は未だ…………お姉ちゃん達に気持ちを伝えられていない。
こういう時だけ前世が足を引っ張る。
十二歳と言えば小学六年生。結婚の約束をしてそれが果たされるのはフィクションの中だけ。
でも条件が違う。前世の成人と結婚は共に十八歳から。こちらでは共に十五歳から。
前世で子どもを作れば義務教育や大学込みで一千万かかると言われるが、こちらでは村ぐるみで面倒を見て助け合い支え合える。
こんなにも状況が違うのに、ファンタジーな世界にいるくせに、未来を信じ切れない。掴み取る為に手を伸ばせなかった。
…………なんだかんだと理由をつけて結局逃げているだけなんだ。きっと僕は尻に火がつかないと走れないのだろう。
だから! 自分で着火してやろうと思った。
この二年。対アッシュ同盟にはミルさんが加わり、どんどん攻勢を強めている。
僕は結婚が叶わないと言う意識から、みんなからの好意を受けるばかりであまり返す事が出来なかった。
でも! 今、告白して自分の尻を燃やせば僕も反転攻勢に出て、貰った以上の気持ちを返すことが出来る。
みんなへの感情は既に自覚した。
好きと言われる度に苦しかったのは、声に出せない気持ちが詰まっていたから。
くっつかれる度に動きを止めたのは、いつかこの気持ちが裏切られるのが怖かったから。
いつも通り友達の様に接していたのは、僕が傷つかなくて楽だったから。
……きっとこの気持ちは全部恋の裏返しだ。僕はちゃんと恋してた。
恋を自覚すると怖くて怖くて仕方がない。
でもそんな恋をもう何年も皆んなにさせ続けているのだと思った瞬間…………尻に着火したくなった。
ゆっくりと、でも確実に変わり続けた僕を取り巻く環境を、今度は僕が自分の意思で変えようと思う。
今週は訓練場が休みの週。ミルさん道場にも行かない日。
僕は今日、丘の上の大樹の下に、エレアお姉ちゃん、ジェイナ、ジュリア、ポーラ、ミルさんを呼び出している。
前にエレアお姉ちゃんは加護をもらってから返事を聞きたいのだと言っていたが、ごめん。無視する。
一人一人個別で言わないと誠実じゃ無いと思うかもしれないけど、間が空いて不安を煽る様な事はしたく無い。
そもそもハーレムを作るなら序列を作るだけ馬鹿だ。僕もみんなも平等じゃなきゃ駄目だ。
男女で向かい合って立つんじゃ無い。円を組んで向かい合うんだ。
全員で全員を幸せにするのが理想のハーレムなのではないかと僕は思った。
…………とか何とか考えながらずっと大樹の前でうろうろしているのが今の僕だ。
情けないが人間こんなもの。
こちとら前世も込みでこんな真っ直ぐな恋(?)初めてなのよ。そんなピュアな恋愛した事無い!
こんなに淡い恋心を複数人から持たれて、複数人に返す前提みたいな状況も訳わかんないの。
はぁ〜吐きそう。何か吐きそう。僕のメンタルクソ雑魚だよ。ざーこざーこ。まけちゃうー。
あああああ! 自分で分からせるな!! 落ち着け!
ラマーズ法は……違うやつ。人を書いて飲むんだ。
掌に人の字を書いて飲むのを繰り返す……空気溜まって吐きそう……一旦水を飲もう。
……そうだ、水を人の字にして飲もう! わあ、画期的!
僕の口に人の字型の水が入っていく。
人、美味しい!
「……何やってんだ、僕」
思わずでっかいため息が出しながら大樹に背中を預けて両手両足を投げ出す。
「今日もここは空気が美味しい。ドライフルーツ食べよ…………」
母さんと一緒に作ったシャドウウルフの皮袋からヌッとリンゴのドライフルーツを取り出して口に含み、現実逃避がてら皮袋がヌッとする様になった経緯を思い出す。
この袋の中には影という名の闇が広がっている。作った当初は広がっていなかった。
僕が魔法を付与した結果こうなった。
魔法の付与と言っても永続効果は無い。僕が付与している間だけの付与だ。……その筈だった。
この皮袋はシャドウウルフの魔力を宿した皮で出来ている。この魔力は闇属性との親和性が驚くほど高かったんだ。
シャドウウルフの皮は光を吸収して闇を生み出す特性を持っていた。
そんなシャドウウルフの皮に親和性の高い闇属性の魔法を光属性の与える力を使って捩じ込んでみたんだ。
付与は魔法で魔法を覆って、それを対象物に一定時間定着させる魔法って感じ。
でもシャドウウルフの皮の特性と僕が作った「なぜか内部空間を拡張する闇の球」を作る魔法が上手く噛み合ってしまった結果、内部空間を拡張する真っ黒い皮袋が出来てしまった。
ソーラーパネルみたいに光が無いと徐々に内部空間が減少していくのが面白いところではあるけど。
「便利なのに使い勝手が悪い……僕の【記憶】スキルみたいで愛着湧いちゃったんだよな」
この袋の内側を探索するのは、その昔闇の中を生還した木の枝君にやってもらった。
その結果分かったのは、僕の魔法を付与して出来たからか、内容物を想像して袋に手を突っ込めば、それが手に当たり取り出せるという事。
ちなみに、お世話になった木の枝君は住居を闇の中へと移している。また何かの魔法の実験をする時には文字通り日の目を浴びてもらうよ。
「この袋が出来たのが一年くらい前か。フルーツやらお菓子やら、お水やお湯まで手当たり次第に入れてみたっけ」
時間が経ってもお湯はお湯のままで、溢れることなく入れ物ごと出てきたので、これが俗に言うマジックバッグってやつなのかもしれない。
この世界にあるか知らないけど。
時間経過の検証は、光と空気と水を必要とするだろう生花でも行ったのだが、枯れる事も土が乾燥する事も無かった。
でも僕が手で触れている時は中の物にも時間が流れる。
一体この袋の中の闇はどの様な状態になっているのやら…………真実は闇の中ってねー。
関係無い事を考えながらみんなを待っていると、特大の魔力が横に降り立った。狐さんだ。
魔力を肌で感じる事が出来る様になったから分かるが、この大樹に近寄った状態でないと狐さんの存在を感知できない。
改めて霊獣が霊獣たる所以と言うやつを感じる。
『そなた、今日も来たのか。相変わらず我が好きだな?』
「今日はね、僕の一世一代の告白をする為にここに居るんだ。もう少ししたら女の子が五人来るはずだよ」
『ほう、人間の求愛行動か。興味深いな』
「邪魔しないなら見てても良いけど……僕じゃ狐さんを止められないし」
『邪魔などせぬ。そなたの様な優秀な人間は沢山子を作り次代に繋いで行け。それが人がすべき事だ。出来れば強者を多く産んでもらいたいがな?』
「……どうして狐さんが人の強者を望むの?」
『魔物は澱みから生まれる。魔物を殺し澱みを解消するのが我らや人の本来の役目よ。ここ数百年で相当に人は衰えてしまった様だが……澄んだ魔力と強さを持つそなたならと思ってな』
「…………」
僕の選んだスキルの構成は……僕が求めたもののはずだよな……?
【浄化】は魔力を綺麗にする……狐さんは澄んでいると言った。澱んだ魔力を【浄化】で澄んだ魔力に変えられる……?
少し前にウィンドウさんは【浄化】を鍛えろと言った。
狐さんは人間が衰えたとも言った…………。
待って。待ってくれ。
…………嘘でしょ?
この国なのか大陸なのか星なのかでも変わってくるが、僕に魔力を【浄化】させたいのか?
魔物が溢れているのか……?
人類の尻拭いなんて……たった一人で出来る訳……。
『アッシュよ。我らの役目はこの身から溢れる魔力を振り撒く事だ。そなたは次代に強き子を残せ。……ふむ、待ち人が来た様だぞ? ああそれと、我は暫くここを離れる。月が同じ形になる頃戻るとしよう。それまで息災でな』
「は!? えっ待っ……居ない……はあああ!?」
離れる……それって……魔物の氾濫が起こるって事、だよね?
それも月が同じ形って一ヶ月? 三十日もここを空けるってまずいのでは……。
待って、待って、待って!!
情報量で殴っていくな馬鹿狐!!
【浄化】が、子どもで、魔物の氾濫…………。
落ち着けー! 順番だ。一つずつ考えろ。
【浄化】は一先ず置いといて良い。焦る内容じゃ無い。狐さんも次代に繋げろとかばっかりで、今代の事は言ってなかった。
子どもはそれこそまだ先の話だ。
でも次代に見えてる火種を燻らせたまま死にたくないじゃんどうすんのよ!?
火種は【浄化】に繋がるので放置だ!
魔物の氾濫……これが一番やばいんだって!!
前回は三日程で帰って来たとかで、結局魔物の氾濫は起きなかったが、一月とか空いたら確定事項だ。
すぐに報告に行くべき事案だ。
最後に告白…………くっううぅぅう…………一番大事だ。何よりも大事だ。
魔物の氾濫は三日そこらじゃ起こらない。
つまり数刻報告が遅れた所で大差はない。仮に差が出来るなら僕が身命を賭してその差を埋めよう。
大丈夫。今は一世一代のこの機会を大切にするんだ、集中しろ…………出来るかああ!? 馬鹿馬鹿狐!! タイミング考えてくれよお!?
「あぁ……別の意味で緊張しかない……尻に着火どころかバーナーで炙られてるんだけど?」
丘を登ってくるみんなの姿を確かめながら、ゆっくりと立ち上がる。
「僕に出来るのは僕に出来る事だけ。今は僕の気持ちをみんなに伝える、それだけだ……」
若干目が遠くなっている気がしないでも無いが、どうしようもない。
ただ等身大の思いを砕け散る覚悟でぶつける。
「…………」
こんな筈じゃ無かったのになぁ……阿呆狐ぇぇ!




