僕、スパアッシュ開店します
帰って来たカル父さんとエレアお姉ちゃん。着替えて来たエレアお姉ちゃんの腕にはくっきりと青あざが出来ていた。
今すぐ治してあげたい気持ちが湧いてくるけれど、グッと堪える。
どうやって出来た怪我なのかを知らないと、治して良い怪我かどうか分からない。
僕のこの拳の様に……。
詳しい話は食事中にでも聞けば良いだろう。
「ご飯の用意出来たわよ〜みんなで食べましょー!」
「今日は色々作ったんだ! お姉ちゃんの好きなゴロゴロお肉の入ったスープもあるからね!」
「……ありがとうね」
「豪勢だね〜! それじゃあ頂こうか」
まずは料理に手を付けて、母さんを讃美する。いつぞやの失敗を僕は忘れない。
今日怒られた時よりも、最終兵器母さんの方がずっと怖いのだから…………。
そのあとは母さんと一緒に魔法を使ってダラダラと家事をした事や、裁縫をした事、それで作った袋を見せたりしながら会話を弾ませていく。
そしてお次はそちらの番ですよと話を促していく。
「父さん達は今日どうだった?」
「ああ、実はね? 魔物が魔力溜まりから生まれる瞬間に立ち会ってしまってね。少し焦ったけれど、二人には貴重な体験をさせてあげる事が出来たと思うよ」
魔物が生まれる瞬間!!
興味が、好奇心が……僕も見てみたい、けど、今大事なのはお姉ちゃんだ。
「お姉ちゃんはどう?」
「私は……ちょっとごめん。ご飯あとで食べるから、置いておいて」
そう言って、部屋を出ていくエレアお姉ちゃんを誰も止めない。
父さんは苦笑いで、母さんはご飯に埃が被らない様にフードカバーを取りに行った。
「……エレアもポーラちゃんも戦ったんだよ。エレアは戦ったからこそ、少し考えたいんだと思う」
「……じゃあ、ポーラの方は?」
「彼女は割り切っていたね。それ以外にも見慣れている様でもあった。ご両親が事前にある程度慣らしていたのかもしれないね」
ポーラの考え方は本当にさっぱりしている。
見習うべき考え方なのは認めるけど、悩めるなら悩みたいな。
思い詰めて、思考をぐつぐつと煮詰めて、より良い答えを出したい。
そしてそう言う答えには得てして一人では辿り着けないものでもあって——
「僕、やっぱりお姉ちゃんの様子見てくる。ごめんね!」
「こんな事もあろうかと、アッシュの分もカバーを持ってきたお母さんすごい!」
「母さん天才! ありがとう、大好き!」
「……いってらっしゃい」
想いを口に出して伝えてから、お姉ちゃんの元へと駆け足で向かう。
庭に出るとお姉ちゃんはほど近くに居た。
お姉ちゃんは僕の作った椅子に座るでも無く寄りかかってぼーっとしていた。
今日は空が晴れている。雲一つない訳ではないが、やはり星が視界を埋め尽くしている。
月の光でも消せない程の多くの星々。それを眺めるお姉ちゃん。……こんな時でも絵になる人だ。
「……アッシュ、私ね、魔物を殺したよ。蛇の魔物。私の身長よりも長くてね、胴体が私の腕よりも太いの。その蛇の体をね、半分に斬ったの」
僕はお姉ちゃんの横に座って話を静かに聞く。
「斬ってもね、その蛇は動いたんだよ。動いて跳ねて私の腕にぶつかった後、ジタバタくねくねして、そして動かなくなったの。その蛇の体は消えてなくなっちゃったけど、細くて小さい牙だけは残ってた」
お姉ちゃんはただ淡々と話す。
感情は読み取れない。あった事を話しているだけだ。
「私、ご飯の中でもお肉が好き。でもお肉は命なんだ。生きたい生きたいって蛇の目が言ってた。死にたく無いって蛇の体が動いてたんだ。凄かった。……それとね? 頭から離れないの。斬った時の感触も、腕にぶつかられた時の感触も、死ぬまで私を見てた目も。……命って凄いよ」
「……その蛇の牙は?」
「もらってきたよ。これ」
「僕が綺麗にするから、何か身につけられる物つくる?」
「ありがとうね。でも、このままで良いの。このままで持っていたいの」
「じゃあ、入れ物つくるよ。結構鋭いし、危ないからね」
「……作り方教えて?」
「うん。一緒に作ろう」
僕らは少しの間、黙って空を見上げていた。
お姉ちゃんの手を握ると、握り返してくれてホッとした。
あとで二人でご飯を食べなおそう。一つ残さず綺麗に食べ尽くそう。
夏になって気温が上がったからか中々体は冷えない。
だから、もう少しだけ一緒に夜空を見上げていようと思う。
エレアお姉ちゃんの心が落ち着いた後は、ご飯をお腹いっぱい食べ尽くして、ウィンドウさんにこれからも見守ってて下さいと祈ってから一緒に寝た。
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翌朝、今日もひっついて寝ていたのだが流石に暑い。
僕もお姉ちゃんも寝汗でびしょびしょだよ。
「お姉ちゃん起きてるでしょ? 身体拭いて着替えよ」
「うん、冷たくて嫌な感じ」
ベッドの布団を二人で庭に持って行って魔法で水洗いして干しておく。
着替えも持ってきて、庭でパジャマごと僕らも洗濯する。
「うは〜〜! 暑いから水が冷たくて気持ち良い〜!」
「僕一日中このままでも良いかも……」
強い日差しを浴びながら水球で体を包まれるのは最高だ。
そういえばヘッドスパやってないな。今日の勉強会でジェイナ達三人にお誘いかけておくか。
「お姉ちゃん。今日髪洗ってあげようか?」
「それって前言ってたやつ!? やったー、楽しみにしてるよー!」
さて、汗も流せた所でパジャマを脱いで布団と一緒に物干しにかけて着替える。
ついでに朝の歯磨きや髪の梳かし合いも終える。
家に入れば、父さんと母さんはまだ起きていないのでご飯の支度を二人で行う。
その間、エレアお姉ちゃんはいつも通りのお姉ちゃんだった。すっかり調子も元に戻った様で一安心。
いつもよりも少し距離が近い気もするけど、嫌な距離感では無いのでそのままご飯を作る。
お姉ちゃんが黙祷を捧げてからお肉を切っている姿が印象的だった。
ご飯が出来上がった頃には父さん母さんも起きて来ていたので、出来立てほやほやのものを皆んなで食べる。
魔物を殺した事で、確実にお姉ちゃんは変わった。食べ物を今まで以上に大切に扱う様になったし、食事もずっと丁寧に食べる様になった。
この変化に気付いた父さんは後方で腕を組んで、母さんはお姉ちゃんをぎゅっと抱きしめながら頭を撫でていた。
なんだかお姉ちゃんの言動が少し穏やかになった様に見える。
落ち着きや余裕があると言うか、大人になっていると言うか……良い方向にどんどん成長していく。
ほんの少しだけ、遠くに行ってしまった様な気がして寂しいと思ってしまった。
良い事の筈なのに、不思議だ。
ご飯を食べたら、今日も日課を終わらせる。
畑は最近雨続きだったので、土の様子を見てから水を上げる量を考えた。
他にも虫がついたり病気になっていないか確認もする。
うん、今日も小麦ちゃん達は元気だ。
早めに畑仕事が終わったので、少しだけ家事を手伝って勉強会へと向かった。
少し大人になったお姉ちゃんだが、やっぱり手を繋ぎたがるので今日も今日とて手を繋ぐ。僕にとっても最早当たり前と化した手繋ぎ。
最近思うのは、僕がお姉ちゃんに依存し始めていないかと言う事だな。
いつも通りなのに昨日の事があったせいか、日常が特別に感じてしまう。
……僕も、そろそろ切り替えるべきなのかもしれない。
お姉ちゃんをお姉ちゃんとして見るのではなく、「エレア」と言う一人の女の子として……。
ジュリアに言われた「迎えに行く」と言う言葉もまだ伝えられていない。
……いつまでも子どもでいられる訳じゃないんだ。
踏み込もう、二人きりの今のうちに。踏み込もうと決意した今、この時に。
「お姉ちゃん。前にジュリアから聞いちゃったんだけどさ、いつか加護をもらいに行くんだよね?」
「あー、言っちゃったって前に謝ってたなージュリアちゃん……そうだよ。そのためにも強くなりたいんだ!」
「……僕が成人したら——」
「——アッシュ! ……待ってて欲しいの。私が加護を貰えるかも分からないし、許して貰えるかも分からない。……だからね、待ってて欲しいの」
「お姉ちゃん……」
「私は、アッシュが好き。この気持ちは絶対に変わらない。だからね、その時が来たら私から言わせて? それでね、その時に返事を聞かせて!」
「…………分かった。信じて待つよ」
「お姉ちゃん以外の人には言っても良いけどね! アッシュはあれでしょ、自分のためにも言っておきたいんでしょ?」
「…………」
なしてそこまで分かるんだ!? 心読まれてる? ウィンドウさんが降臨してる!?
◇降臨してません◇
降臨したじゃん。
「えぇっとぉ、何のことかな? ん?」
「あれ、違った? 言葉にして覚悟を決める! って感じがしたんだけど?」
「【超直感】!? それもなんとなくなの!? おかしく無い!?!?」
「えー? だってそんな感じがするんだもーん!」
悪戯っぽく笑うエレアお姉ちゃんに手を引かれる。
エレアお姉ちゃんは当分の間はお姉ちゃんで良さそうだ。
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勉強会でお誘いした結果、お姉さん方から色良い返事を貰うことが出来た。
お昼を食べたらうちに来て、とだけ伝えておいた。
その際にコルハやゼガン、グロックのお馬鹿三人が俺も僕も〜って煩かったのでその場で雑に洗ってやったよ。
【浄化】も魔力を使っている以上、魔力圧縮の効果が出るらしく、水で頭と尻尾を包んでから圧縮浄化しながらわしゃわしゃっと洗った結果…………。
三人の髪がシャンプーのCMみたいな髪になっちゃって爆笑した。
温風を当てて乾かした後は全員の髪の毛がサラツヤヘアーになってほのかに良い香りまでしてもっと面白かった。
頭を下から上に振り上げてもらうと、髪も一緒にふわって浮き上がって……ぶふぉっ! 今思い出しても面白い。
僕に洗われたその後は女子に囲まれて髪を触りまくられて鼻の下が五センチくらい伸びていた。
この前見たコルハとゼガンのデート相手が睨む様に二人を見ていた事は黙っておく。
きっとその方が面白いと思うから!
ちなみに僕はお昼を食べ終えて、庭で二つ目のスパ用の椅子を作っている所だ。
サフィー母さんとエレアお姉ちゃんは待ち時間に食べるお菓子を焼いてくれている。
カル父さんは今日も駆除隊の仕事がある様で出かけて行った。
女性比率が高すぎて父さんに一緒にいて欲しいとせがんだのだが、嬉しさと申し訳無さ半分づつの顔で去っていったよ。
子どもらしく無理なお願いまでしたのに、結果は父さんが喜びながら罪悪感を覚えただけ……辛いね。
椅子の方は自分で座りながら微調整を繰り返して取り敢えずの形は出来た。後は個々人に合わせた調整をするだけだ。
僕は少しばかり憂鬱な気分で椅子にもたれて魔法で椅子をリクライニングさせる。
石だから少し硬い……後で大きめの布を敷いておこう。陽射しも眩しい……ちょっとした屋根を作って日陰を作ろう。
気温が高い……風を吹かせて涼もう。いや温い風だな……水、闇、無魔法の三つを複合させて作る氷を無魔法を弱めて作って、そこから風を送ってみよ。
「極楽かも……」
「うわあ……凄い事になってるよお母さん」
「さすが私の息子。魔法の使い方に痺れるわね!」
お菓子作りに一段落ついたのか二人が庭に出てきて、庭の変わり様に驚いている。
「あっ母さ〜ん。この椅子、石で作ったから上に敷く布か何か柔らかい物無いかなー?」
「良いものがあるわ! エレア、取りに行くから手伝ってちょうだい!」
「わかった!」
二人は倉庫に向かってすぐに出てくる。
手に大きな革? 皮? 何かを持っている。
「母さんそれって何?」
「これはね、ずっと雪が降る様な場所にいるワイバーンの皮よ! 皮は柔らかくて、鱗はひんやり冷たいの。絶対気持ち良いわ!」
「その発想力、憧れるよ……一度敷いて座ってみてよ!」
ひんやりワイバーンの皮はとっても好評で二人とも座った後は動きたく無さそうだった。
…………。
みんなが来るまでまだ掛かりそうだし、先に二人をやってしまうか!
「先に二人をやっちゃおうか」
「あら、良いの?」
「みんなが来るまで待ったほうが良くない?」
「二人とも寛いじゃってるし……折角だからこのままリラックスしてもらいながらやってみようかなって」
一旦家に戻って綺麗な布を幾つか持ってきて、スパ椅子の横に石の台を作って布を置いておく。
次に二人の靴を脱がせて裸足になってもらう。
靴は足を締め付けるし蒸れる。
夏場なんて特に汗をかくのだから尚更やっておいた方が良い。
何より涼しい外気に素足を晒すのはとっても気持ち良いんだ。
前世と違って屋内でも靴を脱がないので余計にそう感じる。今なら涼しい風も吹いているので一入だろう。
「靴を脱ぐだけでも全然違うわね〜」
「私ダメになっちゃいそうだよお……」
次いで、火と水魔法で暖かい水球を作りそこに布を入れてから絞る。簡易おしぼりだ。
これを口から上、目元までを覆う様に顔に乗せる。
「これは何の意味があるのかしら?」
「前見えないよ?」
「リラックスする時には目を閉じてもらう方が良いのと、僕と目が合っても困るから、かな?」
後は、おしぼりを取ると風が涼しく感じて目が冴えるからだね。
「それじゃあ二人の髪を洗っていきますね〜」
「「は〜い」」
「寒い暑い、冷たい、痒い、何かあれば遠慮なく教えてくださ〜い」
「「は〜〜い」」
一人づつ、髪を丁寧に後ろに流して水で包みこむ。
水で包んだ後は櫛を使って頭皮を軽く刺激しながら髪に付いている細かな汚れを落としていく。
同時に意識して【浄化】を水に馴染ませ、ある程度の掃除が終わったら水を捨て、髪を軽く絞ってから布で包んでおく。
そもそも【浄化】には汚れを分解除去する力が有るからね、長い時間をかけて洗う必要が無いんだ。
サフィー母さんが終わったら、次はエレアお姉ちゃんにも同じ施術。
その後は髪の生え際のあたりを指の腹で軽く揉んでマッサージ。
耳の上は目の筋肉がどうたらこうたららしいので、【浄化】を指に纏いながら丁寧にやっていこう。
マッサージを終えたら温風よりも温めの風でゆっくりと髪を乾かす。
マッサージは顔のリフトアップとか他にも色々あるけど、そこまで知識が無いのでやめておく。
二人はリフトアップする必要無いぐらいシュッとしてるしね。
「はーいおしまいだよ〜」
「「…………」」
返事がない。
顔のおしぼりをチラッと捲ってみると二人とも、スヤスヤと寝息を立てている。
顔のマッサージは知らないけど手と足のマッサージは知ってるしやってあげよ。
……懐かしいな。小学生の頃か、両親に肩叩き券をプレゼントして喜ばれたのが嬉しくてマッサージの本読んで覚えたんだよな。
また家族にマッサージ出来るとは思わなかったけど憶えておいて、一度でも本に目を通していて良かった。
指、手のひら、手首、順に血を流していく。足も同じ要領で。
二人とも凄く柔らかい。凝ってる所無いのかな?
それとも【浄化】も併用してるからかな。二人が健康になるならなんでも良いや。
ゆっくり丁寧なマッサージを終えても二人は眠ったままだったので、流石に顔のおしぼりを取って起こす。
「お客さーん。終わりましたよ〜起きてくださ〜い」
二人一緒に目覚める。寝起きはバッチリで、目もすぐに開く。
「もう終わったの?」
「寝ちゃってたみたいね……」
これまた二人一緒に伸びをするが、身体を動かした時に驚いている。
「二人とも寝てたから手足もマッサージして置いたんだけど、変な感じしない?」
「若返ったみたい……老いてないけど。老いてないけどね?」
「なんだか身体がすごく軽いし目もスッキリ。頭もスッキリするー!」
どうやら効果はあったみたいだ。
ちなみに母さんを老いていると思ったことは無い。安心して欲しい。
「一応、髪も綺麗にしたからね?」
「「あっ……なにこれすごっ」」
二人の髪は長いから余計に差が分かるんだよね。
しかも光が反射してエンジェルリングも出来ている。
エレアお姉ちゃんは出会った時にも天使だったけど、サフィー母さんも天使になっちゃったよ。
「……こんなのされたら」
「元に戻れないわよ……危険だわ!」
「この後、ポーラとジェイナとジュリアが来るけど、その三人だけだし大丈夫でしょ?」
「…………お母さん、やっちゃったわ」
「え?」
「お母さん?」
「ゼフィアさん呼んじゃったわ」
「……まっまあ、ゼフィア先生なら良いと思うよ?」
「ゼフィアさん、他に一人連れて行くって言ってたわ……」
「…………時々、スパアッシュ開店しますね」
「……その、ごめんなさいね?」
「意外と時間かからなかったし、七人……かな? くらいなら大丈夫だよ」
ゼフィア先生が呼ぶもう一人が誰かが問題だな。
「ごめんね〜アッシュ〜」
抱きしめながら謝ってくる母さんの髪がサラサラと流れる。
エレアお姉ちゃんは苦笑いしているが、頭を動かす度に綺麗な髪が流れて目が引き寄せられる。
まあ、なんだ、いつも二人にはお世話になってるし、恩返し込みで今日はがんばりますよ……。
……誰か僕をマッサージしてくれる人いないかな?




