僕、戦う人達を知る
狐さんに膝枕したり、ゼフィア先生と恋愛談義をしたり、僕の中で納得出来る決意をした日から数ヶ月が経った。
カンロ村がある場所には四季があるので、春が終わり夏がやって来た。
ついでに雨季も来た様でここ最近は雨続きだ。
そんな中でもここ二ヶ月の訓練は順調で、何度か狙って衝拳を放てるようになった。
ミルさんもこの成長速度は目を見張る程だと太鼓判を押してくれたよ。
【記憶】スキルで良い動きを都度更新していけるのが影響していると思う。
ついでに、成長が見える度に褒めてきては頭を撫でてくるミルさんとの距離が着実に近付いて来ている気がするが、気がする事にして接している。
ぼくろくさい。コイっておいしいの? と言った具合だ。
ちなみに強くなったのは僕だけでは無い。
フェーグさんやゼフィア先生と多少なり打ち合える様になった人がちらほら現れているのだ。
そのうちの一人ザントさんは成長著しい。
端的に言えば魔法の使い方が小賢しくなったんだよね。
その結果、魔法で翻弄しながら槍で攻撃する魔法槍使いになっていた。
……一体誰の影響を受けたんだろうナー?
他にも面白い人がいて……それがグロック。
前に光魔法を教えた時にインスピレーションでも湧いたのか、土魔法を極め出したんだ。
今じゃ土魔法の扱いだけなら僕の上をいってるね。悔しいとかは無くてただただ称賛するよ。
だってその土魔法だけでフェーグさんに一発入れてたからね。素直に凄いんだ。
劇的な変化は見た所この二人だけど、他の皆んなも地力も技術も目に見えて成長している。
訓練はそんな感じかな。
次に僕の生活も少し変わった。狐さんと話したあの日以来、僕は頻繁に大樹に通っている。
最初の方は、行く度に狐さんが顔を出しては僕の膝で寛いでいくんだ。膝枕代と言う事でその時に尻尾をもふらせてもらっている。
暇を見て、ものづくりをやっているグロックに狐さん用の櫛を作ってもらっちゃって、【浄化】をかけながらブラッシングをするのが一ヶ月ほど続いた。
その結果、狐さんの尻尾は無駄にツヤッツヤになった。見えないし、見せてもくれないけど、手触りで分かるんだ。
そんな尻尾を見て触った狐さんは、それから少しの間顔を出さなくなってしまった。
ツヤツヤの尻尾はお気に召さなかったのかと少し気にしていたのだが、次に現れた時には『どうせやるなら全身をやれ』と人型で言った後に狐状態で伏せてしまったのだ。
…………袖を捲って全力で取り組み、数日かけて全身をツヤッツヤにしてやったよ。
お腹や胸の毛、足の毛も含めてツヤツヤだ。
ついでに肉球も堪能した。歩いている筈なのに黒ずみ硬くなる事無く、ピンク色で柔らかかったです。最高でした。
後はね、小麦がね……凄く成長した。
僕が魔法で耕した所の成長率が凄いのなんのって。
魔法で耕して、僕の水魔法で水撒きした所は最早品種変わってるんじゃない? ってぐらい大きさが違うんだ。
畑の管理をしてくれているエルフのヴィートさんが毎日凄い凄い言いながら楽しそうに経過観察の資料を書き上げてたね。
他にも、ドワーフの酒蔵で果実酒を作ろうとして失敗した結果、フルーツ酵母が出来上がって、美味し過ぎるパンが生まれたりして村中が騒がしい二ヶ月だった。
ああ、あと一つだけ大事なことがあったんだ!
カル父さんとサフィー母さんとの間に新しい子どもが出来た事が発覚したね。
いつの間に? って感じではあるけど、実は少し前に僕とエレアお姉ちゃんの二人は友人宅を周るお泊まり会を実施してたんだよね。きっとその時だ。
まあ、二人ともまだまだ若々しいからね、出産くらい大丈夫だよ。
なんなら僕もそれを聞いてからは時折母さんに浄化を掛けてるし、安全性は上がっている筈だ。
とかなんとか言って、自分に弟妹が出来るのは人生初の事なので、家族の中でも僕が一番ドキドキしていると言っていいだろう。
そんな僕を見てエレアお姉ちゃんが可愛い可愛い言ってくるけど、返す言葉は無いので甘んじて受け入れている日々だ。
そんなこんなで蒸し暑い日が続く中、ようやく晴れた今日、ついにカル父さんがエレアお姉ちゃんを魔物駆除に誘ったのだ。
でもエレアお姉ちゃんは安易に喜ぶ事はなかった。
「……お父さん、よろしくお願いします」
「うん、その調子なら心配は要らないね。森の中では常に気配を探る事を忘れない様にね」
「はい!」
少し前に大怪我をしながらも大型の魔物を討伐した人を見たからだろう、慎重なエレアお姉ちゃんに僕もすごくホッとした。
ちなみに大怪我とは言え、うちのサフィー母さんにかかればお手のもの。身体が千切れていないなら大抵の傷は治してしまう回復魔法のエキスパートの真価を見たよ。
ショッキングな現場だったけれど僕はそれを直視し続けた。
それを見てからは、僕の回復魔法の精度や回復力が増した。回復の経過をはっきりと見ることが出来て、それがイメージの補助になったんだ。
あとはグロテスクに対する耐性を高めて置きたかったんだよね。
何にしても、お姉ちゃんはついに魔物討伐デビューか。
当事者じゃ無いのに、僕がソワソワしてしまう。
「ふふっ、大丈夫だよアッシュ! 私は強く無いけど、弱くも無いから。何よりお父さん達がいる。安心して経験を詰める機会なんだ、いっぱい学んでくるよ!」
「……! うん。帰りを待ってるね!」
「学んだ事は全部アッシュに教えてあげるからね! お姉ちゃんになんでも聞いてね!」
「それも楽しみにしてるよ」
いつも通りのエレアお姉ちゃん……本当に心配は要らなさそうだ。
手も震えてないし、手先もあったかい。笑顔に翳りも無い。
大丈夫だ。僕は信じて待とう。
「お昼ご飯を食べたら、まずは装備を身に付けてみようか。微調整も出来るタイプのレザー装備だから合わないと言う事は無いと思う。装備の仕方を覚えておこうね」
「うん! 他には何かある?」
「一応お父さんの方で色々見繕って置いたからなあ……強いて言うなら真剣に触れて感触を確かめておくと良いよ。僕が作った木刀と重心はほぼ同じだし、あまり違和感は無いと思うけど、何かあったら細かな事でも良いから言ってね?」
真剣か……。
真剣は何度か持って振らせて貰ったけど、持つだけで少し怖い。
少し間違えば、刃が僕を貫きそうでどうしても竦んでしまいそうになる。
剣の使い方を誤ることの無い様に訓練を積んでいる訳だけど、命を奪う武器で命を奪いに行くと言うのは…………前世が一般市民だった僕には考えが及ばない。ただ怖い。
もう数年したら僕もあの刃を生き物に振り下ろす時が来るんだろうな……今からでも時々で良いから真剣に触らせてもらおう。
自分が扱う武器に怯えているんじゃ話にならない。
昼食後、お姉ちゃんが身に付けた装備を見せびらかしに来た。
レザーの胸当てに、腰のポーチとベルト、グローブとブーツとマント。そして剣。
軽装と言える装備達だが、間近で見ると少しイメージが変わる。
装備の形がお姉ちゃんの体型に沿った物や、グローブやブーツのピッタリ具合。
マントも広がって邪魔にならないサイズで、腰のポーチは……ちょっとよく分かんない。
そして剣。意匠は無いが、だからこそ実戦向きで、それ故に迫力を感じる。
そしてそのどれもがよく似合っていた。
「すごく似合ってる! かっこいいよお姉ちゃん! でも、髪が……」
「ん、あぁ、長いから枝とかに引っかかちゃうかもだね……どうしよ」
「サフィー、お願いして良いかい?」
「任せなさい! おいでエレア。髪を結ってあげる」
びっくりするくらいの早技でエレアお姉ちゃん自慢の背中の中程まで伸びた髪がコンパクトなお団子ヘアーになった。
髪を止める紐だけでなくピンの様な物を使って髪を固定していた。正直それでなんで髪の毛が解けないのか全然分かんない。
魔法より不思議だ。
「すごーい……後ろの髪全部丸まっちゃった」
「お姉ちゃんってどんな髪型しても似合うね〜」
「ほんと? 可愛い?」
「可愛く無いと言う人がいたら殴ってでも可愛いと言わせるよ」
「……アッシュから見て可愛いかどうかが大事なんだよ!」
「ん? そりゃ可愛いよ。似合うって言ったよね……?」
「似合うと可愛いはちがうんだよ!!」
違うのか!? いや違わんだろ。
可愛い人や綺麗な人は大体何でも可愛いけど、そうじゃ無い人は似合わないと可愛く無いんだよ。
対してうちのお姉ちゃんは可愛いし綺麗だから何やっても似合うんだ。伝われ〜〜!
「女心が分かって無いわね、アッシュ?」
「えっ!? 僕が悪いの!? とっ父さん!」
「……おっお父さんはね! 似合うし可愛いなと思ったよっ!?」
またしても裏切ったな父さんんんん!!
声詰まってたじゃん! 絶対僕と同じで何が違うのか分かんないって思ってたじゃん!
「あのねアッシュ。似合ってるとも言われたいし、可愛いとも言われたいし思われたいの。口に出して伝える事が大事なのよ! 胸に刻んで置きなさい!」
「……刻んでおくけどさ。安易に褒めたらみんな喜んじゃって大変だよ……」
「モテるアッシュが悪い! うちの子はかっこいいー!!」
「うゔぉ!?」
口で伝える大切さは改めて認識したけど、みんな良くも悪くもチョロい節があるんだ。
この村の女の子ってどんだけ褒め言葉耐性無いんだよ。都会に出てナンパされたらホイホイ連れて行かれちゃうよ。
あと急に抱きしめるのはやめてほしい。
母さんの胸で苦しい……嫌じゃ無いけど息苦しい……。
隣で地味にお姉ちゃんが傷ついてる事にも気付いて母さん! 胸の膨らみを気にし始めてるんだから!
「はいはい、みんな戻ってきて〜! ……エレアはその装備のまま、一回庭で僕と真剣で打ち合ってみようか」
「……分かった。最初はゆっくりお願いね?」
「もちろんだよ。さあ行こうか」
カル父さんのおかげで僕の脳に酸素が行き渡ったけど、真剣の打ち合いか。
ちゃんと見学しておかないとだな。
不慮の事故の際の回復要員の母さんと見学の僕含めて家族みんなで庭に出る。
向かい合った二人がベルトに下げられた鞘から剣を抜き放つ。
刃が鞘を走る音がよく響く。
叩き切る剣ではなく、よく研がれた切り裂く剣を二人が構える。武器の意匠は最低限。しかし鈍い輝きを放つ剣を普段の打ち合いと比べて少し遅い速度で打ち合わせる。
何合か打ち合わせて感触を理解したのか、エレアお姉ちゃんが少しづつペースを上げていく。
正面から打ち合うだけで無く、走って回り込みながら切り付けるが、全て丁寧に受け流される。
二人が鍔迫り合った所でお互いが大きく飛び退き剣を納める。
「感覚は掴めたかな? 装備や武器はどうだろう、擦れるところや違和感はないかい?」
「うん、問題ないよ。なんなら普段よりも調子が良いかもしれないくらい」
「腕の良い職人が作るとそう感じる事があるね。そう言ってもらえて良かったよ。ね、サフィー?」
「魔物の皮を縫うのって大変なのよね〜! そのうち装備の手入れの仕方も教えてあげなくちゃねっ」
まさかのお手製装備!?
皮を縫ったって……ブーツもグローブも、胸当ても母さんがつくったの?
冒険者って自分で装備作れるもんなのか……大変だな。
「アッシュ、勘違いしちゃあ駄目だよ。冒険者は基本防具の手入れはしても作りはしない。お母さんは昔、お金に困って自分で作る方が楽だった時があってね? その時から時々装備を自作してはオシャレしていたんだよ」
「たくましいね……! 自作でオシャレ。すごいや母さん!」
お金に困った時ってあれだよね、貴族の実家を出た後だよね絶対。
そんな時に自分で装備作りまでやるとは、恐るべしサフィー母さんだ。
母さんのお手製と聞いてからはお姉ちゃんがそれはもう嬉しそうにしている。
物理的にも守られちゃ、喜ばない筈が無いよ。
そのうち僕も防具作りとお手入れとか教わりたいな。
装備の確認も済んだ後は、駆除隊と村の出口で待ち合わせているそうなのでそこにすぐに向かう様だ。
駆除隊は六人前後、今回はエレアお姉ちゃんともう一人若い子を連れて行くのだが、六人で余裕を持って連れて行けるのは二人が良い所らしい。
村寄りの森には弱いとされる魔物が蔓延っているが、霊獣の魔力を浴びた植物や、その植物を食べた栄養たっぷりの動物などを食らっているので実は弱いと言えるほど弱く無いとの事。
今日のために、昨日は少し多めに狩ったそうなので、魔物の数は少ないだろうが動物も生息しているのでそちらにも注意が必要だ。
弱い魔物よりも、大型の動物の方が強さで言えば強いのだから、とはカル父さんの談。
僕と母さんも折角なので村の出口まで見送りに行った。
そこにはしっかりと装備を整えたポーラが居た。
どうやらもう一人の若い子とはポーラの事だった様だ。
「エレア〜! 装備かっちょ良いな! 髪も纏めて、そんな感じも似合うんだな!」
「ポーラちゃんこそカッコいい! 手足のそれって皮じゃ無いよね?」
「これか? これはガントレットとソルレットって言うらしいぞ。手足を守る物らしいけど、私の場合はこれで攻撃しろって言われたな!」
「マントとか、武器は持たないの?」
「マントは一回着たんだけどさ、風に靡いて邪魔なんだよ〜。武器は一応短剣は持ってるぞ? 訓練はしたからそれなりには使えると思う」
お互いを褒め合った後はお互いの装備の確認をしている様だが、確かにポーラの装備は格好良い。
膝当てや肘当てなど要所を守る防具をつける代わりに手足以外の纏うタイプの物は取っ払ってきた様だ。
「お? アッシュだー! 見送りか? それとも一緒に行くのか!」
元気いっぱいに飛び込んで来たけど、装備が痛そうなので避けさせてもらう。
ポニーテールを楽しそうに揺らしているが、僕に避けられると尻尾もポニーテールも動きが小さくなった。
「あーえっと。装備が痛そうで流石に受け止められないかなって……ごめんね?」
「なんだ、そう言う事か……嫌われたのかと思った……」
「ポーラは嫌われる様な事はしないからね、大丈夫だよ。嫌いになった事も無いし。だからあんまり落ち込まないで!」
流石にこれから魔物と戦うかもしれない人のテンションを下げたままにはしておけないので、ほっぺをグニグニ捏ねて励ます。
「森では慎重に行動するんだよ。音や気配はちゃんと探って。そしてちゃんと帰ってくるんだよ! 約束だよポーラ」
「……うん。約束する」
「元気出た?」
「でた……」
「じゃあ行っておいで! うちのお姉ちゃんと一緒に沢山学んできてよね!」
「……うしっ。がんばる! またなアッシュ!」
僕とポーラのやり取りを見ていたエレアお姉ちゃんが一旦戻って来て僕を痛いくらい抱きしめてからまたすぐに駆除隊の方へ戻っていく。
「思った以上にたらしこんでるわね、貴方?」
「悲しそうな顔したまま送り出せないでしょ!?」
「後ろから刺されない様に気をつけなさいよ?」
「刺される様な事してないってば!」
母さんとのそんな一幕もありつつ、駆除隊は地図を確認しながらすぐに村を出た。
駆除隊の人たちは、重そうな鎧を平気な顔で身につけており、これまた重そうな槍を持つ人や弓と矢筒を背負う人、剣と盾を持っている人など、武装は様々だ。
だが、それら全てが鉄の様な輝きを放ち、動くたびにガチャガチャと重さと硬さを感じさせる音が鳴っている。
すごい。
すごいの一言しか出てこない僕の感性が悲しくなるけれど、当たり前に装備を身に付けている事がすごい。
戦いに赴くことが当たり前なのがすごい。
そう、当たり前ですごいんだ。
毎日行われている事で、これが日常なんだ。
気負うことも無く、危険分子を出来る限り排除し村の安全を確保する。
淡々としているが、僕らは彼らに守られて生きてきたんだな。
格好良い人達だ。
「さあアッシュ。帰って家事をして、夕飯の支度して二人の帰りを待ちましょう! 今日は豪勢に行くわよ!」
「そうだね、お姉ちゃんが喜ぶ様な料理を作ろう! ……時間あったら防具の事聞いても良い?」
「っ! ええ、もちろん! 今度簡単な物作ってみる? 実はうちの倉庫には色々な素材を保管してあるのよ〜!」
「うん! 作る! 教えて欲しい母さん!」
僕と母さんは手を繋いで帰る。
まるで平和なその姿の少し後ろでは命のやり取りをしに行く父さんとお姉ちゃん、ポーラ達がいる。
僕はこの日初めて、この世界がどう言う世界なのかを少しだけ理解した。
僕らの平和は戦いの先にしか無いんだ。
強くなりたい。強く在りたい。そう思う事しか出来ない歯痒さがもどかしかった。




