僕は僕で在り続ける
ミルさんとお互いの持つ技術を教え合い、僕を好いてくれている四人に【浄化】スキルの事を打ち明けてから、また一週間が経った。
ミルさんとはその後も共に訓練に励んだ。
その時に教えられた事が一つ、衝拳は脚でも打てるとの事で、その名も『衝脚』。
前世の知識によると、筋肉量の違いから足の力は腕の三倍だとか……。
衝脚は足の裏で蹴り飛ばす様に打ち、打ち込んだ後にドンっと遅れて衝撃がいくようだ。
ミルさんの衝脚を受け止めた木人形くんが少し抉れていて怖かった。
ミルさんとは喧嘩しない……絶対怒らせないようにしようと誓ったよ。
あと今週は訓練場がお休みだ。
初回の週と先週は続けて行ったフェーグさんの訓練だが、流石に毎週はやれないとの事で隔週になった。
つまり、今週は訓練場には行けず、ミルさんと衝拳の訓練も出来ないのだ。
そこだけは口惜しいが、良い休憩期間になるとも思う。
そもそも僕、週に一回は休みを入れて丘の大樹のところで寛ぐルーティーンがあったんだよ。
と言う事で、今日は僕はお休みの日です。
とは言ったものの、体力トレーニングだけはしておこうと思い、百周と同じくらいの距離を自主的に走っておく。
僕が記憶している走り終えた時の疲労レベルまで、大樹の周りをぐるぐる走る。
疲労度が僕の記憶している疲労度と重なったくらいでランニングは終わり。
大樹にもたれる様に座って身体を休める。
「あぁ〜木漏れ日と風が最高〜……」
運動でして暑くなった身体を水を飲んで内側から冷やす。
胃の中に水が入っていくのが分かって面白い。
「ぷはあ! 僕の水美味し! 狐さんも一杯どう?」
何も居ない場所に僕は水球を差し出す。
その水球は魔法を解いていないのに姿を消すと、大きく息を吐く音が聞こえる。ご満悦らしい。
実はこの霊獣の狐さん、僕が大樹の周りを走り回っている時から大樹の横で寝そべってたんだよね。
なぜ分かるのかと言えば草が倒れてるから。
逆に言えばそれ以外に感知方法がない。
命も感じないし、気配も無い。僕の存在霧散と同じ事をしているんだと思う。
でも魔力に関しては丸見えなんだよね。どうして何だろう、魔力も一緒に霧散させないのだろうか?
まあ何にせよ、そこに居るのが分かるならいつも通りに接するだけだ。
「狐さん、前にもあげたドライフルーツ。今日もあるけど食べるかい?」
喋れないからか代わりに顔を舐められた。
おそらく肯定……だよね?
ドライフルーツを入れている袋の口を開けて幾つか種類を取り出して、種類ごとに数個ずつあげる。
「これフルーツが違うんだ。味も違うからさ、良かったら好みの物教えてよ」
クコの実やリンゴ、ブドウ、みかん、レモンなんかもある。
僕はあまり癖が無い物が好きなのでこう言ったラインナップになってしまう。
村ではもっと沢山のドライフルーツを作っているから、時々見て回って試しに食べてドライフルーツ探しをするのも楽しい。
それもこれもエルフが培ってきた技術の賜物の様で、桃や、無花果の他にも前世で見た事のない様なものもある。
食文化一つとっても興味深いのが異世界だ。
僕が思考を飛ばしていると、種類毎に置いたドライフルーツが一粒ずつ持ち上がっては消えていく。
あの体のサイズの舌で器用なものだな。
ぼーっとその光景を見ていると、不意にツンツンと身体を突かれる。
恐らく狐さんなのだが、やたら細い部位でもあるのか? まるで指で突かれた様な感触だったな。
「はいはい、どれが気に入ったの?」
その言葉と共に持ち上がったのはりんごだった。
あーわかるわかる美味しいよね。そしてりんご味が広がった口を水で流すのが至高。
「気が合うね、狐さん。僕もりんごは好きだよ。好きな物しか持ってきてないけどねっ!」
ドライフルーツを食べた狐さんにお水を勧めると、今度は中々飲まない。
……と思ったが、吸う様に飲んでる?
ガブっと一口ではなく、吸う? 狐の口で吸えるのか?
ふと狐さんが横たわっていたであろう倒れた草を見てみると、踏まれていた草が風でそよいでいる。
つまり今はそこに居ない。でも水は吸われてる。
流石に訳わかんないので魔力視を使って見てみると、現状がどうなっていたのか分かった。
狐さんの魔力が人型になってた。何で狐さんって分かるかって?
腰あたりから五本の尻尾生えてるし、異常なくらい多い魔力を内包してるのが見えるんだもの。流石に輪郭が掴めるだけだからオスかメスかはわからないけど。
でもそっか。人型になっちゃう系の存在だったか。獣は獣でいてくれって煩い友人が居たのを思い出すな〜。
獣人は全身毛に覆われてるのが良いんだよってやつもいて、この世界の獣人みたいな獣要素を持つだけの獣人推しもいた。
ちなみに僕は最後の派閥だ。可愛いは正義だよ。
なので狐さんが人型になっても特に思うところは無いのだけれど……人の膝に勝手に頭乗せんなよとは思う。
「ぐーたら満喫したいのは分かるけど、流石にそれは僕も困るんだけど……。狐さんの事何にも知らないし、こんなにすごい魔力を持つ存在を膝枕するのはちょっと緊張するよ……」
改めて魔力視で見てみるとお胸らしき膨らみや、腰のラインからしてメス? 女性? ぽいのは分かった。
…………女難の相かな。祓ってもらいたい。女の人とはなるべく距離を取る様にしているのになあ。
上位存在みたいな狐さんに逆らえる訳無いよね?
動く気も無さそうなので、もう放って置く事にした。
どうにも出来ないんだから仕方ない。フルーツを摘みながら適当に村でも眺めていよう。
「……そう言うの意地汚いって言うんだよ、狐さん? 人が食べようとしてる物を横取りしちゃ駄目だよ」
この狐さん、僕が食べようとしたりんごを腕ごと掴んで自分の口元に寄せてから指ごと食べられた。
魔力視で見る感じ、つーんとそっぽ向きながら口がモゴモゴ動いてる。どんな甘えん坊だよ。
もう一度りんごを取ってから口に含んで唾液でふやかしながら食べる。
暇つぶしに村を眺めていよう。
「平和だ……。狐さんを膝枕していなかったらもっと平和だったな……。ん? あれってコルハ……か?」
村の広場の方にコルハの様な男が見えたので、気になって視力を強化して覗いてみる。
っ!? あいつ、女と居やがるぞ! しかも手を繋いで……コルハのやつ、態度がぶっきらぼう過ぎる!
もうちょっと寄り添って紳士的にいけよ!
……いや、これはあれか、恥ずかしさと照れで自分を制御出来ていないやつか。
なんだよ、ちゃんと六歳の男の子だな。青春だ。
これ以上覗くのはよそう。
他に知り合いが居ないか探すと、今度はゼガンを見つけた。ゼガンも女連れ。相手は獣人の女の子だ。
元気な子に振り回されながらも楽しそうに遊んでいるな。こっちも青春じゃん。
ここまで来たらグロックも探したいよね……いや居ねえ。ドワーフの住まいが大樹とは反対方向なのはあるかも知れないけど、見つかんないや。
代わりにザントさんを見つけた。
ななんとザントさん、両手に華を連れて歩いている。どちらもエルフの女の人だ。
思ったよりも墨に置けない人だった様だ。しかもエスコートまでこなしている様に伺える。爽やかなイケメンさんに隙は無さそうだ。
……対して僕は謎の存在を膝に乗せていますと。なんなんだろうね?
いやね? そりゃ誰か誘って遊ぶくらいは出来るけれども、今日は休養日でしてね?
普段の僕は両手両足に華がありますけれども、今はりんごが一個膝に乗ってる様なもんですよ。それも禁忌の果実ね。
不用意に触れないし、怒らせたら鬼が出るか蛇が出るか分かったもんじゃ無い。
りんごに蛇、僕がアダムならイブは誰〜ってね。
「また此処で寛いでいるのか? どれ、私も一緒させてもらうとしようかな」
「ゼフィア先生!? いつの間に?」
ゼフィア先生がイヴだったか……。
当たり前の様に僕の右横に腰を下ろすし、左膝には狐さんが乗ってるしで頭が痛い。
「ついさっきまで森の哨戒に出ていてね。先程交代してここが見えたから来てみたんだ。君が居る様な気もしてね?」
「それはお疲れ様です。ところで口説いてますか?」
「口説いていない! あまり私を揶揄うな……」
「まあまあ、軽いじゃれあいの様な物です。ゼフィア先生もドライフルーツ如何ですか?」
「……頂こう。りんごをもらうぞ?」
「どうぞどうぞ」
流行ってるのかな、りんご。
にしてもみんなりんご食べちゃったから、楽園からは追放されるな。狐も一緒なのが面白いけど……。
にしても僕の横でドライフルーツを頬張るゼフィア先生はぱっと見二十歳くらいの綺麗なお姉さんにしか見えない。
だが少なくとも二桁の年齢では無いんだろうな。
その間ずっとこの初心なまま居たのかな? 少し褒められただけで顔を赤くする様な純粋さはなかなか持ち続けられないよ。
人として可愛い人だ。そして先生としても優秀で、僕も既に沢山のことを教わっている。
どうしてこんな素敵な人が未だに結婚出来ないのだろう。する気が無いとかなのかな。
「そんなに私を見つめてどうした? 何かついているか?」
「まあ、ついてると言えばついてると言うか」
「っ! どこに何がついている!? 取ってもらっていいか?」
自分の体をペタペタ触っても分からず、身体を捩って背中を見ようとして変なポーズになっているゼフィア先生に威厳はないね。
リアクションがちょっと大きめで可愛らしい。
フェーグさんは畏れられてるとか身持ちが固いとか言ってたけど実際どうなんだろう。
「物がついてるんじゃなくて、運がついているなと」
「私がか?」
「いえ、僕が」
「ん? どう言う意味だ?」
身体を戻して、再度腰を落ち着けると小首を傾げて問い返してくる仕草も可愛い。
綺麗な人がする可愛い動作にはギャップ萌えがあると思うんだ。
「ゼフィア先生に出会えて良かったなと。そう思いました」
「……口説いているのか?」
「あっはは。口説く余裕なんて無いですよ。もう手一杯です」
「あぁ、エレア達か。確かにあの子達四人ともなると手一杯かもしれないな? 顔も良し、性格も良し、実技に置いても全員得意分野を持っていて優秀だ」
「そうなんですよ。魅力的なんですよ、人としても女性としても。だから手一杯です。見放されない様に頑張らないとなので……」
僕に余所見する余裕は無い。特別なんだ。ちゃんと気持ちに応えたいんだ。
だから、もう純粋な興味で人にはあまり近づけない。
僕の魔力に害は無くても、影響は与えてしまう。これ以上、引っ掛けて回る訳には行かないからこそ不用意な事は出来ない。
その点ゼフィア先生やミルさんはもう今更だから軽いノリで話せるけれど、他の女性達にはそうはいかない。
六歳のがきんちょとして振る舞う事はもう許されない。
少し窮屈ではあるし寂しい気持ちもあるけど、それ以上に四人が大切なんだからこれで良いんだ。
「君は良くも悪くも賢すぎる」
「へっ?」
「君の無邪気でありながら年不相応な優しさに惹かれたのがあの子達だろう。だが、あの子達も自分達のために君を縛り付けたいとは思っていないはずだ。それでは本末転倒も良い所だからな」
「僕は、彼女達が最終的に幸せになれたらそれで良いです。僕と結婚しなくても構いません。そう思っています」
「それは……私と似た考えだな。だがそれは君が彼女達を見下ろして居るからそう思うんだよ。分かるか?」
見下ろす? 僕が? 彼女達を思うからこそ出た考えが見下ろしていると言うのか……。
ゼフィア先生は少し哀しそうな笑みを浮かべているけれど、僕には分からない。
「……私はな、幼い頃から優秀だった。多くの物達より秀でていた。だから皆を守ろうと鍛錬を怠らず、皆に出来る限り平和を齎すんだとよく思っていた。そんな私に懸想してくれる者もいたが、私にとってその者は庇護対象なのだ。気持ちを受け取れる筈がない。だからそういった者達とは距離を置き、やはり皆が安心出来る場所を守ることを優先した。その先に在るのが今の私なんだ」
「僕も似た考えをしていると……庇護対象……見下ろすとはそう言う事ですか」
なるほど、そう言う意味なら納得出来る。
確かに僕は彼女達に守られたいと思っていないし、彼女達が戦いの場に出る必要も無いと思っている。
出来る事なら僕も戦いたくは無いけれど、僕には突出した力がある。
精神的な問題を取っ払って考えても良いなら、僕の魔法と力は凶悪だ。
前世の漫画や小説などから色んな技のイメージも引っ張ってこれる分、魔法に乗せる想像力は頭抜けているだろう。
殺す為の魔法なんて幾らでも思いつく。
そしてそんな僕と肩を並べて戦う人を想像出来ない。
きっとゼフィア先生も自分の後ろに他の皆んなを置いたんだろうな……。
「ああ。無意識だったのだろうが自覚しておくべきだ。それは誰かの隣に立つべき者が持っているべき考えでは無い。自分の感情で相手を愛しなさい……流石のアッシュでも愛はまだ分からないだろうけど、参考にすると良い」
「難しい、ですね」
もう一つ、僕が持っている目線がある事に気付いた。
保護者や親目線。庇護対象とはよく言ったものだよ。
僕の生きてきた年数だけで見るなら三十年に近い。そんな僕から見れば、十歳なんて可愛い娘か姪っ子だ。守るに決まってる。
ある意味では愛だ。ただ守りたい、長く生きて幸せになってほしいと言う無償の愛。
ならばゼフィア先生の言う愛は何だろう……分からない。
「君が大きくなっても結婚が出来なかったら、私が貰ってやろう。何故だか私は君を後ろに居る存在とは認識出来ない。何なら、君は私すらも守ろうとしている様にすら感じる。……そんな君になら貰われても良いかもしれないな」
「……そうですね、その時は貰ってやって下さい。独りは……きっと寂しいので」
「……さて、私はそろそろ行こう。ここでの話は胸に秘めておいてくれ。私が君を貰う未来が来ない事を祈っているよ。ではな」
立ち上がって僕の頭を撫でた後、ゼフィア先生は去っていった。
今日は休みの日だから寛ぎたかったのにな…………何だか肌寒いや。
「ところで狐さんはいつまでこうしてるの?」
僕の足には確かな重みが伝わっているので実体はある。つまり血管が圧迫され続けているのだ。端的に言えば足が痺れてきた。
「僕もそろそろ帰ろうかなーって思うんだけど?」
水球に火魔法を当てて白湯を作って飲む。
はぁ〜あったけぇ〜。ドライフルーツにもよく合う。
……全く動かないな狐さん。
魔力視をもう一度使い状態を見てみると、この狐さん寝ていた。
微かな寝息と胸が一定の速さで上下しており、脱力しきっている。
僕よりもずっと寛いでる。羨ましい。
でも流石にこのままはしんどいので顔を突いて起こす。
……柔らかっ。ふにふにスベスベだ。赤ちゃんじゃん。
「狐さん、起きてくんない? おーい狐さんやーい」
んん?? …………あれ? なんだかさっきよりも輪郭が凄くハッキリと捉えられる。
まつ毛が動いたのが見える。鼻筋や唇、髪の毛や服に至るまで、全てに高密度な魔力が通っている。
『もう行くのか?』
「……もしかして狐さん?」
『あい、そなたの魔力はとても良い。またここに来い、その時は我が尾に触れても良いぞ?』
「絶対また来ます」
『ふっ、楽しみにしていよう。ではさらばだ』
狐さんの重みも魔力も存在も、全てがフッと消える。
存在を魔力も含めて何も感知出来ない。
ここでは魔力が見えてしまう理由があるんだろうか。
だが今はそんな事はどうでも良い。あの尻尾に触れる……? もふらねば無作法と言える程のあの綺麗に整った尻尾を? 最高だよ……。
膝枕をしてあげたからかな。頑張って耐えて良かった。
まあそのおかげで、僕はもう暫く立てそうに無いけどね?
「にしても……はぁ。溜め息出ちゃうな……。庇護対象、か。言われてみれば確かに、嬉しい楽しい恥ずかしいや、照れはあっても愛しいは無かったかも」
体も心も未熟って訳だ。
エレアお姉ちゃんには家族としての親愛の情はある。
では他の三人には? 有る無しで言えば有るけど、幸せに《《なってほしい》》なんだよな。
僕が、幸せに《《したい》》と思えてない。
「僕の心が壊れてるのかな……前世でも特別愛情を向けた相手は居なかったもんな」
あるいは体が幼すぎて精神がついて来れてない説もある。
やはり情欲を抱けないと無理なのだろうか?
そう言う意味では、女の子で十歳ともなれば月のものが来ても良い頃だ。身体が大人に近づいて行く年頃。
身体に合わせて心も成長するのなら、彼女達は今成長中だ。
そんな折に僕に恋心を見出したのなら、やっぱり環境が変われば新しい恋を見つけるのも早いんじゃないだろうか。
学園に行くのなら……きっとそこで……。
「違うな。誠実さに欠ける。そんな僕は僕が嫌だ。やりたい様にやろう。自由でいよう。僕はきっと誰かを求めちゃいけない。庇護対象? どんとこいだ! それでも僕に付いて来たい人だけ付いて来れば良い! 掴んで離さない? 離れたく無い人がしがみ付いて来てくれ。僕が皆んなに合わせていたら、体も心も足りない! みんなが僕に合わせる方向に舵を切れ! 僕は突っ走る、ただそれで良い!」
僕は投げやりで適当で当たって砕けて無茶苦茶で良い!
きっと今の僕の魅力はそれだ。節度と優しさを持っていれば、それだけで十分だ。
僕が僕らしくあったからみんな好いてくれたんだ。
そんな僕が僕を縛ったら、ゼフィア先生が言ってた通り本末転倒、それこそ離れて行ってしまいそうだ。
楽しくて面白くて楽が出来ればそれが一番!
笑って生きて笑って死ぬ! そうだろ「俺」!
胸張って死んで、前世の両親や友人に盛大に生きてやったって言ってやるんだ。
…………嗚呼、それが良い。何より一番楽しそうだ。




