僕、漏らさなかったが漏れていた
昨日は濃密な一日だった。
訓練場に行く前から濃かったんだよな。
朝、エレアお姉ちゃんの髪型をアレンジして、訓練場に先に行ったら訓練メニューの一つ目から訓練場を百周させられるし。
走り終わった後にポーラの泥汚れを丁寧に落としてあげたら、ポーラがモジモジしだして魔法を教わりにも来たっけ。
みんなが走り終わると昼食が始まったんだよね。
そこで狐獣人のミルさんとエルフのザントさんと知り合って、仲良くなれた気がする。
みんなでつくった保存食ご飯もすごくおいしかったなぁ〜。
昼を食べたら次は模擬戦。フェーグさんとゼフィア先生が子ども達を千切っては投げての大立ち回り。
ほとんど息も切らさずに、子ども達がへばるまで動き続けていたな。
あれぐらい体力が必要なんだろう。それ故の百周なのかな?
そして僕とフェーグさんの模擬戦が始まって……悪戯小僧の本領を発揮して撹乱ばっかりやったな。最後にはよく分からない状態になってしまって……あの状態を制御出来る様になりたい。あとで【記憶】で復習しておこう。
その後はエレアお姉ちゃんとゼフィア先生の技のぶつかり合い。
出来ることならあんな格好良い戦い方をしてみたかった、なんて。
【魔法の才】を選んだのは僕なのにな……やっぱり隣の芝は青く見えてしまうのだろう。
そして訓練を終えた後、コルハのやり場の無い気持ちをぶつけられたんだ。
そこで僕は自分の事を出来る限り曝け出した。
魔力が無ければ何も掴めなくって、今なお絶望の瞬間を乗り越えられていない事を。
やっぱ、そこだけはショックだ。自分でも認めたくない部分ではあるんだから。
弱さを受け入れる事は難しい。強さで隠せてしまっていたからこそ余計に……。
それでもまだまだ強さを求める事には変わりない。コルハに足掻いて見せて、なんて言ったけど僕もずっと足掻いていくよ。
筋肉に関してはこれからまだまだ身体も成長するだろうし、時間の問題かもしれないしね。
一日が濃すぎて精神がお疲れ様だ。
昨晩は、カル父さんとサフィー母さんのベッドを繋げてみんなで仲良く寝たのだが、僕は今、その中心地で身動きが取れないでいる。
僕を掴んで離さないエレアお姉ちゃんは言わずもがな。
くっついた子ども二人を上から包むように眠っているサフィー母さんと、反対側から同じく包むように眠っているカル父さん。
この包囲網を抜け出す手段を僕が持ち合わせて居ないからこそ、昨日の回想をしていたんだね。
……っスー。
朝起きるとさ、尿意をよく感じるんだ。
きっと今、僕の膀胱はパンパンだ。寝る前に小用を済ませた憶えが無いので、本当にパンパンだ。
六歳ならお漏らししても許されるかもしれないけどね? 精神年齢は結構上なんだ。
今この状況で漏らしてみろ、恥ずかし過ぎて生きていけない。お婿さんにいけない。
記憶を振り返って意識を逸らすのも限界だ。
さて。どうしよう。
尿って水? 魔法で干渉出来ないか? いや落ち着け!! 干渉してどうする!? 冷静になれ僕!
……仕方ない。起こしたくはなかったが背に腹は変えられない。まずはエレアお姉ちゃんの腕を振り解こう。
「ふっ!!!」
ぎゅううううう!!!
腕がきつく締まる。膀胱が圧迫される。
あぁぁぁぁああっっっ!?
尊厳を守るためなら……僕は修羅にだってなるッッ!
精密身体強化を魔力密度二倍で発動!
力づくでエレア監獄を抜け出し、両親の腕を跳ね除け、ベッドを優しく軽く蹴り出す。
お腹に負担がかからない様に出来得る限り振動を吸収して着地し、身体を上下左右に揺らさぬように裸足のまま摺り足でトイレへと駆け込む!
…………。
インポッシブルに思われたミッションだが、無事成功だ。僕の尊厳は保たれた。
朝からひどく疲れる思いをしてしまったが、それ以上に清々しい気分だ。
足の裏を【浄化】で綺麗にしてから寝室に戻り靴を履いてから外に出て顔を洗いに行く。
その時見たベッドの上では珍しくみんなが寝入っていた。
あれだけ強引に抜け出したのに誰一人起きない時点でみんな疲労が溜まっていることがわかる。
……泣き疲れも入ってるんだろうなぁ。
「寂しい思いをさせてごめん」って泣きながら何度も謝られたから。
僕が引きずってる事を改めて認識して父さん母さんの方が参ってしまっていた。
泣かせてしまったのは申し訳ないけど、でも嬉しかったな〜。大切に思われている事をあれ程実感できる事もない。
僕は幸せ者だ。
折角だから、皆んなが起きてくる前にご飯でもつくっておこうかな。
料理の様子はちゃんと憶えているし、前世でも包丁を握る機会は多かったので問題はない。
「美味しい水とドライフルーツも追加でつけよう」
この組み合わせは辞められないし止まらないんだ。
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ご飯の支度が終わっても起きて来ないので、みんなを起こしに行く。
流石にご飯が冷めちゃうのは勿体無い。何より僕が悲しい。
「おーい! みんな起きてー! 朝だよー! ご飯ですよっ!」
すごく深い眠りだったのか、いつもさっぱり起きるはずの父さんも目を擦ってゆっくり起き上がる。
「あれ、もう朝かい? なんだかすごく良く眠れた気がするよ……」
「んん〜もうちょっとだけ寝させて〜」
「あっしゅ……えっちだぁ……」
エレアお姉ちゃんの頬を引っ張って無理やり起こす。
「いひゃーーい!! にゃぁに! いひゃぁい! あっひゅ、ひゃめへー」
どんな夢を見ていたか知らないが、僕がえっちな夢は勘弁願いたい。
「おはようお姉ちゃん。夢の僕と現実の僕。どっちが良い?」
「どっちも〜」
そう答えながら抱きつくようにもたれかかってくるエレアお姉ちゃんは強欲の化身だった。
「ご飯作ったんだけど、冷めちゃうから早めに起きてきてね? 母さんも早く起きないとご飯冷めるよ〜」
再度声をかけてから、エレアお姉ちゃんに靴を履かせて引きづりながら部屋を後にする。
顔を洗って歯を磨いてるエレアお姉ちゃんの髪を手早く梳かしていると、家から大きな声が漏れ聞こえてきた。
「「アッシュのご飯ーーー!?!?」」
どたどたと音がしたと思ったら、勢いよくドアが開いた音がして、その後少し静かになった。
多分ダイニングの机に用意されている朝食を見てるんだろう。見た目が悪くなる様なメニューでは無いので大丈夫だと思うが。
精々、干し肉を薄く切ってベーコンの様に焼いたぐらいかな?
サラダに使った野菜は手で千切った方が良いものが多いから切った野菜は少ないし。
エレアお姉ちゃんの髪を梳かしながら考えていると、またもやどたどたと音を立てながら二人が庭に顔を出してくる。
「どうやって作ったんだい!? とっても美味しそうだったけど!」
「お母さんちゃんと教えた事あったっけ!?」
「いつも見てたし、昨日も訓練とは言え作ったし、大した料理でも無いし……そんなに驚かなくても」
二人のリアクションが大き過ぎる気がする。
エレアお姉ちゃんなんていつも手伝ってるし、何もおかしな事ないよね?
「そう、なんだけど……包丁で手を切ったりしてない!?」
「お塩と小麦粉間違えてない!?」
「手を切ってもいないし、塩と小麦粉は流石に間違えないよ!」
一体僕をなんだと思ってるんだ?
そんなに不器用な人に見えただろうか?
僕の怪訝な表情を読み取ったのか、カル父さんが慌てた訳を教えてくれる。
「男の子って料理とか苦手な子が案外多くてね? それに見ていたとは言え、包丁を触った事って余り無かったはずだし……何より、アッシュが作ったご飯を食べれる日が来るなんて……お父さんまた泣きそうだあ」
「遅いわよ、カル。私はもう泣いてるわ!」
なるほど子煩悩。すごく納得いく答えだ。
「とりあえずご飯にしよ?」
「「そうね(だね)」」
そう言えば先程から静かなエレアお姉ちゃんはどうしたんだろうと思い、手を止めて様子を窺ってみる。
「すぅ……すぅ……」
どうやら歯を磨いて髪を梳かされながら寝落ちていたらしい。
エレアお姉ちゃんも昨日の模擬戦で疲れが溜まってたのかな?
でも、父さんと母さんまで起きるのが遅かったし、僕が知らないとこで何かあったのかな?
◇原因が分かりました◇
「ッッ!?」
久しぶりかつ唐突すぎて肩が思いっきり跳ねてしまった。
ひっ、久しぶりだねウィンドウさん! 原因ってなんの原因?
◇驚くアッシュは面白い事が分かりました◇
随分なご挨拶だ事で……。
ウィンドウさんも良くも悪くも気安くなったよね? 別に良いんだけどさ。
◇冗談です。貴方以外の人が深い眠りについていた原因です◇
え。やっぱり何か理由があったの!?
◇原因は貴方です。アッシュ◇
人を眠りに誘う様な力は持ち合わせてないんだけど……?
◇正確には貴方のスキル……いえ、ギフトと貴方の魔力です◇
ギフトって僕が選んだ先天性スキル三つの事だよね?
【記憶】と【浄化】と【魔法の才】……あれ?
【浄化】がギフト……?
今さらだけど、魔法やそれに属する力ではなく、ギフトなのか? て事はパッシブスキルでもある?
◇あの空間で貴方に与えられたギフトは、貴方の身体に宿るのでは無く、貴方の魂に帰属しているのです◇
……魂に帰属? 僕の魂に三つのギフトが宿っているって事?
でもそれが今回の事とどう関係するの?
◇貴方の生み出す魔力がとても澄んでいるのは貴方の魂に【浄化】があるから。貴方の生み出す水が美味しいのもその影響でしょう◇
【浄化】が作用して僕の生み出す魔力は特別綺麗って訳か。
そして魔力の綺麗さが魔法にも何らかの形で影響を及ぼすと……やばいね?
でも眠りに関係しなくない?
◇昨晩の貴方は、どうやら無意識のうちに浄化された魔力を少なからず漏らしていた様です。浄化された魔力に長時間触れ続けた事で、文字通りの夢見心地だったのかもしれません◇
僕は既に漏らしていたのか。お漏らしは回避したつもりだったんだけどなぁ……。
にしても魔力に触れ続けるだけでそんな事になるなんて……おかしくもないのか。
力の源みたいなものだし、体内で生成しているものでもあるんだから人体に影響があって当然か。
…………ねぇ。ウィンドウさん。昨日のポーラにも関係あると思う?
あと美味しい水を飲ませるのって危ない?
◇貴方の水で包まれて、貴方に手ずから洗われていた彼女ですね、可能性はあるかと。水を飲む事に関しては問題ないでしょう。◇
そっか……良かった。
精神に影響を及ぼす様な水ならあげられないからね。
◇そもそも浄化された魔力に良い効果はあっても害はありません。貴方の魔力を受けて気持ちが変わるなら、既に惹かれていただけの話です。精神に特別作用する様なものではないと断言します。貴方の前世で言う所の、水道水と市販の天然水の違いと言う認識で良いかと◇
魔力と水に関しては了解したけど。
下級の神って言う割に、僕の前世の事知ってるんだね? ウィンドウさんって複数の世界兼任?
◇…………◇
前世のアニメ映画のヘルスケアロボットみたいになってるよ。ばららららってやつ。
◇ふふっ……◇
……ウィンドウさん、もしかして僕の記憶見てる?
あのギフトってウィンドウさんに貰ったって認識だし、干渉できてもおかしくないよね?
◇……貴方にこのメッセージを送るために干渉していました◇
干渉ついでに鑑賞していたと。
そう言えば、加護を与えるとか言ってたと思うんだけど?
◇身体を覆う加護から干渉すると外側にメッセージが出てしまうのです。丸見えです。なので、内側から干渉しておりました◇
秘匿性のためって事ね。
自分の意思で地上から去ったって言ってたし、存在を大多数に認識されたく無かったのは分かるけど……まあ良いか。
これまでも沢山お世話になってきたし、今日もまた僕を助けてくれてるし。
ウィンドウさんと話せなくなるのも寂しいしね。
◇感謝致します。アッシュ◇
ちなみにどう言う風にギフトに干渉してこのメッセージ出してるの?
◇貴方の持つ【記憶】は器が大きいのでそこに少しラインを通しているだけです◇
【記憶】スキルに不具合が出ないなら問題ないよ。
これからもよろしくねウィンドウさん。
あと【浄化】の事ありがとう。これからは注意するよ。
◇私を受け入れてくれた事に感謝を。そしてこちらこそよろしくお願いします◇
だいぶ長話をしてしまった。
何やらまだ隠し事はありそうだけど、ウィンドウさんが言わないって事は言う必要が無いか、言えないのだろう。
少なくともウィンドウさんに嫌われているとは思えないし、僕を罠に嵌める方向では無いはず。
「好きに生きて好きに死んでください」だもんな。
僕の記憶から映画鑑賞もしてるみたいだし、命の心配はしなくて良さそうだ。
思考で会話が出来るから言うほど長話ではないのかも知れないが、兎にも角にもエレアお姉ちゃんを起こしてご飯を食べないと。
「おきてー! 寝てるよー!」
「……ぅん。おきてる。ぅん」
ふにゃふにゃのままだ。次は鼻を摘んでみよう。
「あっしゅ〜」
歯磨き中に寝られるとどうして良いかわかんない。
とりあえず軽く歯全体をシャッシャと磨いてあげたら、水で口を濯がせるが口に含んだ水をすぐに溢していく。
一向に起きない……一番密着していた影響か? 本当に害は無いんだよね??
そうだ。魔力視で僕の身体から魔力が漏れてないか確認してみよう。
僕の魔力が意図せず漏れてる事から始まったんだ。今も漏れているんじゃ……。
…………なんかめっちゃ漏れてる。
全身から魔力が漏れてってる。
絶対あれじゃん。四倍やった時の弊害じゃんこれ。
感覚的に魔力の器が大きくなったのは分かるけど……漏れ、か。
僕は今まで指や手から魔法を放つ意識を持っていた。
魔法を放つ場所。イメージは植物の気孔だ。その気孔から魔力を放出するような。
……するってぇと、もしかしてこれって、僕の全身の気孔開いちゃった?




