僕、姉と先生の凄さを思い知る
魔力を圧縮してよんべえだーってやったら、よく分からない世界に突入してしまい、勢いで斬ってみたら斬れてしまってその後気絶した。
目覚めた僕は状況を確認する。
気絶した後から然程時間は経っていない様で安心した。
が、気絶する前の事を思い出して血の気が引く。
フェーグさんに謝り倒したいのだが身体が動かない上に、よく見るとゼフィア先生に抱えられてる始末。
なんか色々情けなくなって涙が出てきた。
周りには父さんも母さんも居て、二人ともほっとしていたが、フェーグさんだけは僕を見て面倒くせえ奴だと思ってそうな顔をしていて、何故かその反応が一番嬉しかった。
フェーグさんは死なねえとか、命はやらねえとか、何か言っていたがあの時確かに命の危機を感じた顔をしてた。僕憶えてる。
でもその気遣いが有り難くて。あんな事をしたのに普通に接してくれるのが嬉しくて。思わず笑ってしまった。
それが癪に障ったのか、ゼフィア先生に抱えられ続けてる状況を揶揄われてしまったのだが……。
「いや! ちがっ違います!! そんなんじゃなくて、魔力すっからかんで動けないだけなんですってばーー!!」
僕の切実な叫びだ。魔力の回復は肉体に比べて優先度が低い。
改めて体内の魔力を感じてみても、なんの熱も感じないのだ。それも全身。
あの一振り、たったの一振りに僕の全身の残ってた魔力を全て持って行かれたらしい。……何も錬成してないのに持っていかれた。
身体を動かせないので口を動かしていたのだが、フェーグさんに首根っこを掴まれて持ち上げられる。
狼の獣人に首根っこを掴まれて持ち上げられるのってちょっと子狼っぽくて面白いかも。首絞まるけど。
「おい、ミル。お前さんこのクソガキ坊主と仲良さそうだったな? 碌に動けねぇアホ悪戯小僧が邪魔だからちょっと面倒見てろ」
「えっ!? わっわかりました!」
ミルさんが一番近い所に居たから預けたなこの人。
と言うか僕の呼び方がひたすら酷いし安定してない。
そしてミルさんもやっぱり獣人。力が強いのか、僕をお姫様抱っこしてても余裕がありそうだ。
ただ、受け取った時に「かるい……」とか言わないで欲しい。
指先まで余す事なく動かせないので恥ずかしくて顔を隠したくても隠せないっ!
「ガキども! こいつと俺の戦い見たな! よく分かんなかっただろ! だが一つだけ言っておく。アッシュは何も難しい魔法は使っちゃいなかった。規模のでかい魔法なんざ一つも使ってねえ。全部小規模で、使い方を変えただけだ。それだけであんなに戦いの幅は広がる!! 覚えとけガキども! 魔法っつーのはすごい魔法が凄いんじゃねえ。上手く魔法を使うから凄えんだ!! 分かったな!」
『はいっ!!』
少し気恥ずかしいが、悪戯魔法を良い教材にしてもらえて良かったよ。
僕を抱えたままのミルさんの返事がとても大きかったのが印象深い。
「分かったら、次の戦いからも何かしら得るものを見つけてみせろよ! んじゃ、ゼフィア! エレア! 準備が出来たら好きに始めろ!」
喋り終えたフェーグさんが観客側へと捌けて場所を譲る。
次はいよいよ、エレアお姉ちゃんの本気が見れる。とても楽しみだ。
だがその前に。
「ミルさん、そろそろ座ろ? 抱えたままじゃしんどいでしょ?」
「あ、ごっごめんね?」
高揚しているのか、耳は立って尻尾は揺れて、少しソワソワしているらしい。
僕は腰を下ろしたミルさんに後ろからお腹に手を回され、抱きしめる様に支えられて座る。
役得ではあるけど、なんだか少し申し訳ない。
身体もまるで力が入らないし、魔力が戻るまで今しばらく時間がかかりそうだ。
そしてそんな僕をジトっとした目で見つめてくるエレアお姉ちゃん。
頼むから見逃して欲しい。不可抗力なんだよ!
プイッと顔を背けたエレアお姉ちゃんの纏う空気が変わる。
どうやら完全にスイッチを切り替えたようだ。
深く腰を落として、広く足を開き、剣を自分の身体で隠すように低く後ろに構える。
対するゼフィア先生は、片手に槍と、もう片手に剣を持った異色の二刀流だ。
態勢は棒立ちしているような、リラックスした状態で肩も下がり切って武器を手にぶら下げている様にしか見えない。
……二人とも中々動き出さないが、僕は知っている。これはエレアお姉ちゃんが相手の呼吸やリズムを読み取る時間なのだ。
低い姿勢から普段のエレアお姉ちゃんとは掛け離れた剣呑な目を向けられると、どうしても緊張するし、いつ襲いかかってくるか分からない野生を感じる。
でもこれだけ長い間動き出さない事はなかった。
おそらくリラックスしたゼフィア先生の呼吸を読み切れないのだろう。
それも察した上で棒立ちをしているのだろうゼフィア先生の経験量が窺い知れると言うものだ。
ところが、突然エレアお姉ちゃんが深い体勢を止めゼフィア先生と同じスタイルに切り替える。
その上で歩いて距離を縮めていく。
それを見たゼフィア先生は笑みを深め、こちらも歩いて距離を詰める。
槍を持つゼフィア先生の間合いにエレアお姉ちゃんが入った瞬間。
最小限の予備動作で槍が突き出される!
それをエレアお姉ちゃんが引きずる様に持っていた剣を跳ね上げて、槍を打ち上げる。
槍は思いの外、簡単に弾かれていた。
ゼフィア先生の開いた脇の方へと入り込もうとエレアお姉ちゃんが踏み込んだその時には、目の前の地面に何故か槍が突き刺さっていた。
槍を打ち上げられた際に、わざと掌の力を抜いて槍を手の甲で回してから再度掴み、すぐさま進路を塞いだ……のか?
曲芸すぎて分からない。多分そうだろうが、魔力が使えなくて視力を強化出来ないのが悔やまれる。
弾いたはずの槍による不意打ちに一瞬足が止まった隙をゼフィア先生が見逃す筈もなく。
反対の手に持つ剣を半身を入れながら突き出してくる。
エレアお姉ちゃんはここで距離を取るのを嫌がって地面に刺さった槍を剣で押さえ付けながら、槍を壁にする様に突きを避ける。
だが避けた方から即座に蹴りが飛んできて退かざるを得ず、一度飛び退いて距離を取る。
一進一退の攻防……と言うよりは、ゼフィア先生の二倍以上の手数にエレアお姉ちゃんが攻めあぐねていると言った所だろうか。
戦闘に関するセンスは飛び抜けて高く、戦闘中も僕の不意打ちを見ずに避けるような直感力を見せるエレアお姉ちゃんが、まだ一度もまともに攻撃出来ていないこと自体がおかしい。
テクニックというよりは戦い方。
剣一本とその身一つで道を切り開くのがエレアお姉ちゃんなら。
ゼフィア先生はあらゆる武器、状況、手段を用いて道をこじ開ける様な、ある種の強引さを感じる。
ある意味で対極。でもどちらも攻めに特化している。
「……やっぱり、私、まだまだだ。アッシュに助けて貰わなきゃ戦えやしないんだ」
そんなエレアお姉ちゃんの嘆きのような呟きが聞こえた。
一度大きく息を吐くと、エレアお姉ちゃんが中段に剣を構え、真っ当な剣術で真っ向から向かっていく。
さっきよりもスピードがあるのに動き出しは軽さを感じる……身体強化かっ!
僕の助けって精密身体強化のことかな? あれはいち技術なんだから、僕の助けなんかじゃ無いんだけどな……志が高すぎるよ……。
ゼフィア先生は先ほどと同じ戦法で、間合に入ったエレアお姉ちゃんに槍を突き出す。
今度はその槍を剣で上から叩き落とし、足で踏みつける。
流石のゼフィア先生も腕一本で体重を掛けられた槍を持ち続ける事はせず、すぐに手放し剣で切り掛かる。
エレアお姉ちゃんが丁寧に両手で剣を扱い始めたのに対して、ゼフィア先生は未だ片手で剣を振っている。
剣の保持力や一撃の威力は両手持ちの方が安定するだろうが、空いた手の動きが怖い。
エレアお姉ちゃんと片手で鍔迫り合い、身長差で上から体重をかけていくゼフィア先生。
エレアお姉ちゃんが鍔迫り合う剣ごとゼフィア先生を押し飛ばそうとしたその時、エレアお姉ちゃんのお腹に拳が入った——
——かに見えたが、これを剣から片手を離して手でガードしたようだ。
でも片手じゃ高低差からくる重さを支えきれない……!
エレアお姉ちゃんはそこでわざと力を抜いて地面に背をつけ、ゼフィア先生の拳を引きながらお腹に足を当て後ろへと放り投げる。
……嘘でしょ? この土壇場で柔術!? 巴投げ!? この世界にそんな技術あったか!? 教わってた? いつ誰に!?
ゼフィア先生も顔がめっちゃ驚いてるよ!
何事も無かったかのように空中で身体を捻って着地していたけど。
エレアお姉ちゃんもその間に態勢を立て直して再度仕切り直し。
戦いが高度過ぎる。
僕の悪戯ハッピーセットが文字通り児戯に等しく見えるんですけど……。
その後も何度も何度も、打ち合い、蹴り合い、殴り合いが続き、そのどれもが有効打にはならず、エレアお姉ちゃんの魔力が限界に来た事で模擬戦は終わった。
僕は改めて父さん母さんが『ゼフィア先生は比べるような人では無い』と言っていた意味が分かった気がする。
あの人の戦い方に決まったものは無いのだろう。剣の二刀流も、槍も弓も、槌や棍棒だって何でも使いそうだ。
それにエレアお姉ちゃんとの戦いでは魔法を使っていない。
本当の意味で底がしれない人だ。
僕は思わず魅入ってしまっていて、ミルさんに抱えられたままの事を忘れていた。
すでに魔力も戻って、身体も動くのに、申し訳ないです。
「ミルさん、もう大丈夫です。支えてくれてありがとうございました」
「……アッシュくん、すごいね。アッシュくんの魔法は私の求める物で、エレアさんは私とは違って前で戦い続ける人で……すごいねっ」
興奮しているのか頬を赤らめながら「すごいすごい」と言われるとちょっと困る。
儚げで少し臆病なお姉さんが瞳を輝かせながら頬も染めて、しかも抱き締められながらってちょっと……やばいっす。
顔も真横にあるし。髪と同じ白いまつ毛が長くて綺麗で、ライムグリーンのぱっちりお目目が良く見える。
この村の人、顔面偏差値がやたらと高い。
結局ミルさんの腕は解かれないまま、僕が思わず目を逸らした先にはフェーグさんが居た。
どうやら先程の戦いを締め括ってくれるようだ。
「ガキども! 今の戦いは中々見応えがあったな。あれは瞬時の状況判断と、それを実行に移す速度、そして正確さが求められる真にハイレベルな戦闘だ。一朝一夕であのレベルには至らねえ。エレアの努力を推して知れ!! 一先ず今日の訓練はこれで終いだ! また明日も訓練を行うが、来たいやつだけ来い! それでは解散!」
解散を告げられたが、みんなの昂った熱はそう簡単に冷める事はない。
大多数の人が魔力切れで足元の覚束無いエレアお姉ちゃんと、魔力は戻ってもミルさんの拘束で動けない僕の方へと寄ってくる。
口々に賞賛の声や、教えて欲しい、どうやってやってるのか、と言った声が聞こえてくる。
そうしてやいのやいのと騒いでいると、
「どけっ!!!!」
人を掻き分けながらこっちに向かって来ていたコルハが牙を剥き出しながらそう叫んでいた。




