格好付かないけれど
「もう精霊堂に用事はないし、一旦戻りましょう?」
一頻り笑った後、そう切り出したのはフリージアだ。
そこで初めて、この建物が精霊堂と呼ばれるものだとツバキは知ったが、戻ろうと言われ断る理由にはならない。
二人の歩く庭園は綺麗に手入れされ、色とりどりの草花が咲き乱れ、見事に刈り込まれた植木が彼方此方に影伸ばす。
空は青々とし、雲一つない正に蒼天だ。
しかし、ツバキは時折聞こえてくる人々の笑い声に、その表情に影を落とす。
特に子供の声が聞こえてくると一際その色が濃くなる。
それにフリージアも気付き、声をかけた。
「村から逃げた人達が心配?」
「そりゃぁな。
フリージアの顔を見て、ホッとしたのは心の半分だ。
でも、もう半分がまだ駄々こねてやがる。」
「わたし一人で半分も使って、村の人たちでもう半分?
ツバキはもう少し、自分のための心を残さなきゃダメよ。」
ツバキの言葉を聞き、フリージアは諭すように言う。
そして、いつのまにか辿り着いていた城の扉の前で立ち止まり、後ろからついて来ていたツバキに振り向いて笑う。
「でも、そんなツバキだから、みんなツバキが大好きなのね。
わたしも嫌いじゃないわ。」
衛兵によって開け放たれる二枚の大きな扉。
ツバキに笑いかけるフリージア。
その背後、城のエントランスホールのような大広間を走り回るメイド達。
それをぼんやり眺めるツバキの心の半分は、まだ駄々をこねていた。
ツバキとフリージアが城に入ると走り回るメイド達が会釈するが、なにかを追い掛け回しているようですぐに走り去っていく。
何やら忙しそうだ、なんの騒ぎだろう。
ツバキはそれが気になって目で追っていると、入り口の正面にある大階段の上で大きな声を出している女性に気付いた。
「こらーっ!
メイドさん達にご迷惑をかけちゃダメだって言ってるでしょ!
戻ってらっしゃい!」
その女性がそう言い切るのと、ツバキと目があったのはどちらが早かっただろう。
女性は一瞬固まり両手で口を押さえ、驚いた顔をした。
ツバキもその光景に驚きを隠せない。
「あら、、、そんな、、、うそ!
ツバキ?ツバキだわ!
あ、あなたー!!ツバキ!ツバキーー!!」
絶叫しながら女性は、階段の奥へ続く廊下へ走っていった。
「まじかよ。
ははっ、、、これ、まじのやつかよ、、、?」
そう呟きながら、今見た光景を噛み締めるように確かめる。
間違いないはずなのに。
間違えるはずもないのに。
走り去っていった女性が、男性の手を引き戻ってくると、その男性もツバキを見つめて固まる。
その光景を見ても、まだ、ツバキは信じない。
「「ツバキーー!!」」
幼い声が二つ重なり、ツバキの身体に飛び込んでくる。
「あぁ、ツバキだよ。」
「ツバキ、喋ってるー!」
「ホントだ!ツバキ、ほんものー?」
幼さの残る大きな瞳にツバキは見つめられ、じわりじわりと何かが熱くなっていく。
「本物に決まってんだろ!」
「ツバキ、怪我してないー?」
「ツバキ、死んでないー?」
その瞳を潤ませながら、確認するようにツバキの身体を遠慮無しに叩いてくる。
「このっ、イタズラ娘どもがっ!
怪我もしてねぇし、死んでねぇよ!
大丈夫。大丈夫だ。」
ツバキの視界が水分を帯びたように揺れ始める。
それを見た子らが、瞳の堤防を決壊させる。
「ヅバギぃいー!!!」
ララァだ。
ルルゥだ。
グスと、その奥さんのターニアだ。
見間違えるはずなど無かったのだと、やっとツバキの心がそれを認めた。
そして、
「ツバキ、、、!」
年老いた声がツバキの鼓膜を揺らすと、ツバキもついに決壊した。
せめてこの子らには泣き顔は見せまいと、その小さな頭をふたつ、自分の胸に押し付けるように抱き締めた。
――――――――――――――――――――――――
「ごめんね、ツバキ。
別に隠すつもりはなかったんだけど、、、
ごめんね?」
ララァとルルゥをターニアに引き渡し、また後で会おうと約束をして見送るツバキの背中にフリージアが言った。
「別にぃー?
怒っちゃいないから安心してくれていいよ?
ただ、もっと早く教えてくれたらよかったのにとは思うかな。
まぁ、一応聞くけど、隠すつもりはなかったならなんなのか?」
満面の笑みで、しかし表情とはちぐはぐの感情でツバキはフリージアに問いかける。
その様子に、フリージアはモジモジとしながら言葉を探す。
「わたしも、、、びっくりしちゃってたの!
目が覚めたらツバキがないないし、ツバキはどこ?って聞いたら地下牢だなんて言われるし、、、
それに、とにかくありがとうを伝えなきゃって!
だからまず、精霊堂に行かなきゃって思って忘れちゃったの!
きっとそうだわ!」
手をバタつかせながら、結局どれが理由なのかわからない言い訳をするフリージア。
それをフォローするように、低く、落ち着いた声が響いた。
「そうですな、フリージア様は大変にお優しい心を持っておられますから、そのような心配りをされたのでしょう。
それに、そのような血塗れの格好では感動の再会で、大丈夫だ、怪我はしていない、などと言っても説得力がない。
ですから、私めが、先にツバキ様のご準備を整えられるのがよろしいと、助言いたしたのです。
お気に召して頂けませんでしたか?」
フリージアを持ち上げながら、自分の落ち度であったように話に落ち所を持っていく。
巧みな話術でツバキに声をかけたのは、地下牢で見かけた初老の執事だ。
「いや、納得した。
心遣いありがとうございます。
まぁ、始めっから悪気がないことくらいわかってたんだけどね。
わちゃわちゃしてるフリージアが可愛くてつい、ね。
えっと、、、」
「失礼致しました。
申し遅れましたが私、この王城で使用人頭を任されている、ケイントと申します。
何かご用がござましたら、何なりとお申し付けください。」
可愛くてつい、などと言われて頬を赤らめているフリージアを尻目に、自己紹介をしたケイントが恭しく最敬礼をツバキに捧げる。
「あぁ、ありがとう。
んじゃ、早速で悪いんだけど、色々と聞きたいことがある。
構わないか?」
「かしこまりました。
私共といたしましても、いくつもツバキ様にはお聞きしたいことがございます。
ですので既に、この後、玉座の間にて謁見と話し合いの場をご用意させて頂いております。
まだ少々の時間がございますので、浴場で身を清められるのがよろしいかと。」
自分が何を言うのかわかっていたのかと思うほどの対応をされ、ツバキは驚き、素直に従うことにした。
「わかった。
じゃあそうさせてもらうかな。」
「では、私は話し合いの準備を仰せつかっておりますので、別のメイドがお世話をさせて頂きます。
スーシィ!こちらへ!」
ケイントが呼びつけるのを聴きながら、ツバキの心が、少し躍った。
メイドに世話。
なかなか夢のある話だと思って待っていると、どこからともなくスーシィと呼ばれる少女が現れた。
急に現れたことにも驚いたが、その姿を見てさらに驚く。
ツバキの胸ほどしかない身長と、その低い身長にはサイズの合わないグレーのローブを着ていて、長すぎるローブの裾をズルズルと引きずっている。
小さな顔と小さな頭、毛量が多く、小動物的なもしゃもしゃとした栗色の髪が肩のあたりで揺れていて、同じ栗色の獣耳が生えている。
メイド要素はゼロで、申し訳程度に腰のあたりにローブのベルト代わりの白と黒のリボンが、辛うじてメイド服の色合いと似ている程度だ。
人は見た目によらない、人を見た目で判断してはいけないと、スーシィを目を丸くしたままツバキは眺めた。
「ケイ爺、スーのこと読んだかー?
おっ!フーじゃないかー!
元気かー?」
「えぇ、元気よ。
スーシィも元気そうね。」
ケイントのことをケイ爺と呼び、そのケイントがフリージア様と呼ぶその人を、フーと呼ぶ。
こりゃ、やっぱ見た目通りダメだ。と、ツバキは思ったが、ケイントがその表情を見てフォローを入れる。
「ツバキ様、申し訳ございません。
彼女はもともとメイドではないのですが、人手不足で、今はメイドとして働いてもらっています。
ですが、しっかりとお世話をさせますので、ご容赦ください。
では、スーシィ。ツバキ様を浴場へ。
宜しく頼みますよ。」
メイドって、臨時のメイドかよ!
ツバキの口が咄嗟にそう言いそうになるが、スーシィの袖から出ていない手に腕を捕まれ固まる。
「わかったぞー!ケイ爺!
じゃあ、ツー!風呂に行くぞー!」
元気に了解したスーシィが走り出し、ツバキは引き摺られるようについて行く。
「やっぱ、これダメだろーー!!!」
ツバキの悲鳴が場内に響き渡った。
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