はじめてのおしゃべり
心にむず痒いものを感じる。
ガラじゃねぇよと、ツバキは自分で自分を笑った。
そんなツバキを見て、女性も笑い出した。
二人がひとしきり笑うと、女性は立ち上がり、ツバキに手を差し伸べる。
その手を取り立ち上がると、そのまま歩き出す女性に手を引かれてツバキも歩き出した。
部屋を出るとき、扉の横で小さくなっていたボンデージ姿の女が、申し訳なさそうにツバキに頭を下げた。
ついさっきの女の姿からは想像もつかないほどに小さく、叱りつけられた子供のようなその姿に、ツバキは少し可哀想になり、肩を軽く叩いて部屋を出た。
部屋を出ると、そこには長い階段があり、やはり自分は地下牢に閉じ込められていたのだと気付く。
階段を登り始める前に、先に部屋から出ていた初老の執事にツバキの持ち物を渡される。
それまで気付かなかったが、服以外の持ち物は全て回収されていたようだ。
タバコをポケットに突っ込み、いくつかの指輪やブレスレットなどのアクセサリーを手早くつけ終えると、それを見届けた執事に黒い外套を手渡された。
自分の服を見てみると、たしかに血塗れで、そのままの格好で行動するのは憚られ、ツバキはそれを素直に受け取って羽織った。
先を行く女性について、ツバキは階段を登っていく。
登って行く。
登って行く。
「長くね?」
あまりに長い階段に独り言を呟き、ツバキは息を切らして、なんとか階段を登りきった。
階段を登りきったところにある扉を女性が開け、二人は廊下に出る。
廊下に出て、ツバキはまた呟く。
「いや、廊下も長くね?
学校みたいな長さあるじゃん、これ。」
あまりにも長い廊下に、ツバキは懐かしき学び舎を思い出す。
そんなツバキを置いて先に歩き出した女性を、小走りで追いかけて行くと大きな広間に出た。
そこには数人とメイドが居り、恭しく頭を下げられる。
メイドたちの頭には、獣のような耳が生えていた。
その点に関しては、ツバキは村や、グスと行商に出た町でも目にしていて、この世界に来て初っ端から獣人に出会っているツバキは問題にしなかった。
しかし、ツバキはメイドのいる光景そのものに目を丸くし、
「これ、あれだろ。
大体パターン読めた。」
そんな独り言を呟いた。
そして、メイドが一際大きな扉を開け放ち、女性とツバキは外に出た。
扉から出てほんの少し歩き、ツバキは徐ろに振り返った。
そこには、今までツバキ達のいた建物がありそれをまじまじと眺めてツバキは言った。
「あー、はいはい。
やっぱりね。
そうだと思った、めっちゃ広いんだもん。
、、、城じゃねぇか!!」
一人で納得し、大声で見たものを見たままにツバキは形容した。
地下牢を出て、ここまで淡々と進んで来たツバキだったが、あまりの広さにとある予想をしていた。
そして、その建物を見て、予想が正解に変わる。
ツバキの目の前には、大きな城。
後ろには大きな庭園が広がっていた。
ツバキが一人で驚いている姿を、女性は口元に手をやりクスクスと笑う。
子供のように驚くツバキの手を女性が取ると、二人はまた歩き出した。
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庭園をしばらく歩くと、目的地と思われる場所があった。
石造りで、ステンドグラスがはめられ、屋根の上に風見鶏が立つそこは、ツバキも元の世界で見たことのある教会によく似ている。
中から修道服のようなものを纏ったを老人が出てきて何やら女性と話をすると、手招きで女性に呼ばれる。
呼ばれるがままに足を踏み入れたそこは、荘厳な雰囲気を持ち、ステンドグラスから溢れる色とりどりの光で神秘的な空間だった。
ツバキの思い描くような、規則正しく並ぶ椅子も、十字架も無く、空間の中央には椅子が置かれていた。
色とりどりの光に照らされ、一際神秘的なそこに案内され、座るように促される。
言われるがまま座ると、老人が水の入った金の器と、葉のついた木の枝のようなもを持ちツバキの前に立つ。
その後ろで女性が跪き、祈りを捧げるように胸の前で手を組んだ。
老人は何やら唱えながら、金の器を枝で混ぜ、濡れた枝でツバキの額に何かを描くようにして撫でる。
するといくつもの光がツバキの周りをゆったりと飛び回り始めた。
ビー玉ほどの大きさのそれらは、ぼんやりと光ったり、チカチカと明滅したりと様々だが、どれもが女性や、あの忌まわしい騎士が魔法を使った時の光に似ていた。
その光の一つが、ツバキの顔のあたりで止まり、不意に、枝で濡らされた額に吸い込まれるように消えた。
魔法のように何かが起きるのかとツバキは身構えるが、何も起きない。
「何も起きないのか、、、?
まさか失敗したとか。」
「いいえ、そんなことないわ。
ちゃんと成功したわ。」
「成功って言っても、何にも起きねぇじゃん。」
「あら?やっぱり成功してるわね。
心配ないみたいよ。」
「だから、成功ってなに、、、が、、、。
えっ?」
ツバキは、自分で疑問に思う。
一体誰と会話したのだろう。
異世界に来てから、誰とも言葉が通じず、言葉を吐いたり、歌を歌ったりはしたが、会話ができるはずなんて、、、。
ツバキは、ハッと顔を上げる。
「まさか、、、鉢割れにゃんこ?」
「鉢割れにゃんこ、、、?
何かしらそれ?
でも、ちゃんと成功したってわかってくれたみたいね。」
眩しい笑顔がそこにあった。
会話出来る事に心が躍った。
そのせいで、せっかくの言葉が詰まって出てこない。
「大丈夫?
ボーっとしてる?
洗礼で混乱してるのかしら。」
「いや、大丈夫だ、、、と思う。」
「そう?
なら試しにいくつか質問するわね?
まず、名前は?」
「ツバキ。
蓮見椿だ。」
「ツバキね。
いい名前だわ。
じゃあ、年齢は?」
「25になった。
もうおっさんだな。」
「あら!
わたしよりお兄さんね!
年下かと思ってたわ!
あとは、、、そうね。
好きなものは?」
「音楽と酒かな。」
「そうなのね。
わたしも音楽好きよ!
素敵ね。
あと、鉢割れにゃんこってなにかしら?」
「俺の好きな動物だよ。
君の髪の色合いが似てるから、勝手にそう呼んでた。」
「わたしの髪、、、。
変わった動物なのね。」
自分の髪を撫でながら、女性は笑った。
その仕草を見ながら、ツバキは会話できると言う幸せん噛みしめる。
「次はツバキ、あなたが何か質問してみて。
わたしの返事がちゃんと理解できるか確認よ。」
「あぁ、わかった。
じゃあまず、名前を聞かせてくれるか?」
「わたしは、フリージア。
鉢割れにゃんこって呼んでくれてもいいわよ。
嫌いじゃない響きだわ。」
「そりゃよかった。
俺の地元じゃ、にゃんこってのは可愛さの象徴みたいなもんだからね。
次は、年齢は?
俺より年下だって言ってたけど。」
「女性にその質問は厳禁よ。
でも今回は、特別。
22歳よ。」
「22歳か。若いね。
俺はなんで喋れてる?」
「言霊の精霊の洗礼を受けたからよ。
詳しい説明は、また後でしてあげるわね。
とにかく、ちゃんと喋れるようになってよかったわね!」
ツバキは、精霊や洗礼などと言われてもピンとこなかったが、魔法みたいなものなのだろうと、とりあえず飲み込んだ。
それに、そんなことを気にしていられなかった。
会話など、普通に生活をしていたら当たり前のことになってしまう。
たとえ会話ができなくとも、テレビをつければ自分の理解出来る言葉で誰かの声を聞くこともできる。
しかし、そんな当たり前のことがこの世界に来てからツバキは出来なくなっていて、それ故に、この会話できるということを噛み締めるのに精一杯だった。
そして、どうしても伝えたかった言葉をツバキは口にした。
「フリージア、ありがとう。
あの時、助けてくれて。
地下牢に入れられてる時ずっと心配してたんだ。
元気そうでよかった。」
「わたしもありがとっ。
あの時は逃げたのかと思っちゃったけど、戻って来てくれて助かったわ。
それに、最後のツバキはかっこよかったわよ。」
互いに、互いを助けた。
互いに、互いに助けられた。
その時のお礼を言い合いながら、どちらともなく笑い声が上がる。
こうして、ツバキは異世界に来て初めての会話を楽しんだ。




