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チンピラ、異世界へ行く。  作者: 磯辺
第1章 旅立つ理由
19/24

玉座の間

「とにかく!風呂くらい自分で入れるから!

わかったらそこで大人しくしてろ!」


「おー!寂しくなったら、呼ぶんだぞー?」


「ならねぇよ!

 お前みたいなお子様と一緒にすんな!」


「んー?スーは子供じゃないぞー?

まぁいいやー!早く行ってこーい!」


 スーシィに引き摺り回され、浴場に辿り着いたツバキ。

 脱衣所では、メイドだからな!とスーシィがツバキの服やズボンを剥ぎ取ろうとする一幕もあったが、なんとか浴室へは一人で転がり込んだ。


「25メートルプールかよ、、、」


 浴室と呼ぶにはあまりにも大きな空間に、あまりにも大きな湯船。

 その広さに、庶民派なツバキは口を開けて固まる。


「なんだー?もう寂しくなったのかー?」


 脱衣所へ繋がる扉の向こうから声をかけられ、ツバキは我に返り、一番近くのシャワーで身体を流すことにする。

 シャワーヘッドは、ツバキの見知ったそれほど違いが無かったが、シャワーがどうすれば出るのかわからない。

 あの臨時メイドに助けを求めるのは癪だと試行錯誤し、なんとか自力でシャワーを出すことに成功した。


 身体に暖かなシャワーを浴び、顔を立ち込める湯気が優しく包む。

 疲れた身体に心地よいそれらを感じ、あぁっと、感嘆の声が漏れる。

 頭を下げ、うなじのあたりにシャワーを当て、全身で堪能した。


 次にツバキは、ゆっくりと身体を流し始め、気付いた。

 爪の間には泥がつまり、髪を流せば砂が落ちる。

 身体のあちこちにはもう傷はないが、薄く伸ばされた血の跡が残る。

 一番酷かった右脚の負傷は、他と同じく傷は癒えているものの、はっきりと傷痕が残っている。


 あぁ、自分はとんでもない非日常に居たのだ。

 生きることに、生かすことに、失わないことに必死だったツバキは、その痕跡を目の当たりにする事でやっと気付いたのだった。


 そう思うと、ツバキはどっと疲労に襲われ、同時に震えが襲ってくる。

 命のやり取りをした。

 命を落とす人を見た。

 自分も死んで居たかもしれない。

 フリージアも。

 あり得ないことに囲まれている。

 知らないことが溢れかえっている。

 ツバキを、遅すぎる恐怖が襲う。


「なぁ、メイドー、いるかぁ?

謁見と話し合いって言ってたっけ?

あれ、時間何時からだ?」


 ツバキは、別に知りたくもないのに質問をして気を紛らせる。


「んー?あー、時間はー、、、ある!

ゆっくりでいいぞー。」


 間の抜けた声が噛み合わない返事を寄越すと、少し落ち着いた気がした。

 自分は生きていると、ちっぽけな存在証明が完了した気がした。


 少し落ち着いたツバキは、自身が25メートルプールと表現した大きな湯船の角に腰を下ろし、肩まで徐々に沈んでいった。


 自分は知らない事だらけだ。

 魔法も、精霊も、シャワーの出し方や、ここがどこなのかすらも。

 もちろん、村が襲われた理由だってわからない。

 しかし、こうして身体をゆっくり休めながら頭を落ち着かせると見えてくることもある。


 フリージアは、ケイントにはフリージア様と呼ばれる。

 様などと仰々しく呼ばれる人が、なぜか襲われる村に一人で来ていた。


「何にも知らねぇなんて、言わせねぇぞ。」


 ここまで非日常に巻き込まれ、大切なものが壊されるものを目の当たりにした。

 もう、何も知らないまま、無関係なままいるなんて無理だ。


「玉座の間で謁見ってことは、国王とか皇帝的なやつが出てくるんだろうな、、、。」


 ツバキはぎゅっと手を握りしめて誓う。


「色々教えてもらうぞ、国王様!」


 決意を固めたツバキは、湯船から勢いよく立ち上がると、もう出るのかー?と間抜けな声がする脱衣所へ向かっていった。







 ――――――――――――――――――――――――






 風呂上がりの脱衣所で、メイドだからなーとツバキの身体を拭こうとするスーシィと一騒ぎしたツバキは、謁見の時間が来るまで過ごすようにと割り当てられた控え室のベランダでタバコをふかしていた。

 静かにタバコをふかせるのも、灰皿を取りに行ったあの臨時メイドが戻ってくるまでだろう。


 そんなことを考えていると、部屋の扉が開かれた。

 静かな時間が終わるなと覚悟しツバキが振り返ると、そこにはケイントが立っていた。


「ツバキ様、灰皿をお持ち致しました。」


 ケイントの執事然とした姿にツバキは安心する。

 まだしばらく、ゆっくり過ごせそうだ。


「見違えるようになられましたな。

そのお姿で村の方々との再会をして頂きたかったのですが、力及ばず申し訳ございません。」


 ケイントが言っているのは、入浴前とは変わったツバキの装いだろう。

 ボロボロになった服の代わりに用意されたのは、皺なく伸ばされた真っ白のシャツと黒のスラックスに革靴だった。

 ジャケットを着れば執事服にも似るような上品な服装に、ツバキは少し恥ずかしさに似た抵抗がありシャツのボタンを二つ開け、細やかな着崩しをしている。


「よくお似合いでらっしゃいますよ。

ツバキ様のお召し物は、洗濯をしておきますので少々お待ちください。」


 照れて言葉を探しているツバキに、ケイントが柔らかに声をかけた。

 そして、


「えぇ、ケイントの言う通りね。

ツバキ、よく似合ってるわよ。」


 開け放たれた扉の向こうから顔を出したフリージアもそれに賛同した。


 フリージアも装いを変えている。

 フリージアの美しい身体のシルエットを柔らかに包み込むロングのワンピース。

 首元や裾には、細やかな花柄のレースの刺繍が施されており、フリージアの上品な美しさに華を添えている。


 見惚れてしまうような美しさに一瞬、時が止まったかのような錯覚を受けるが、それもすぐに動き出した。


「では、ツバキ様。

フリージア様も参られましたので玉座の間に参りましょう。」


 ケイントに促され、動き出した時間。

 それと同時に、ツバキの心臓は徐々に心拍数を上げていく。


 聞かねばならないことがある。

 知りたいこともたくさんある。

 心臓の音を聞きながらツバキは歩いて行く。

 知りたいことがこの先にあるのだと。


 そんなことを考えている間に、玉座の間の前にすぐ辿り着いてしまう。

 落ち着こうとするツバキなど御構い無しに、衛兵が扉を開け放ち、ケイントに促され玉座の前に立った。


 一段高くなったところにある玉座には、白と金を基調とした豪華な服を纏う男性が座っている。

 穏やかでありながら堂々とし、あご髭を撫でながらツバキを見つめる。


「お主がツバキだね。

いくつか聞きたいことがある。

いいかね?」


 ツバキは右手を胸のあたりに当て、恭しくお辞儀をしながら答える。


「はい、私が蓮見ツバキでございます。

何なりとお聞きください。

私も、国王様に伺いたいことがいくつもあります。」


 慣れないながらも、丁寧に答えると柔らかな笑い声が聞こえる。


「ほっほっほ。うむ。聞き及んでおる通りに肝は座っておるようじゃの。

まぁ、そう畏まらずともよい。

だって儂、国王じゃないし。」



 何を言っているのか、理解が追いつかない。

 何かの聞き間違えだろうか。

 ツバキは自分では必死に考えているつもりだった。


 しかし、



「はぁー?」


 ツバキの間の抜けた声が玉座の間に響いていた。

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