089 エピローグ
◇
「さて、それではワシも行くとするかの。お主たちも精進するのじゃぞ」
「はい、賢者様もお元気で!」
立ち去るベルの声に反応したのはミラ一人、不思議に思い、最初に目に入ったルーファを見ると、惚けた表情でルシードの去った方向を見続ける姿があった。
恋する乙女とはこのことか、ミラはいつもの調子で口を開く。
「……どうやら、ルーファがやられたようね」
普段なら、このあと誰かが話に乗ってきそうなものだが、一向にその気配がない。
これはどうしたものかとミラは反対側に視線を送ると……こちらもルシードが去った方角を寂しそうに見ているではないか。
「え、ちょ、ちょっと、ホントにどうしちゃったわけ? まさか、あんたたちまでルシードに落とされたとか言うんじゃないでしょうね?」
いったい、いつの間に。ミラが一人置いてけぼりにされた気になって尋ねると――
「私は最初から落ちてた」
「あら、ミラは違うんですか?」
セラフとサーシャはさも当たり前のように言葉にした。
「は、はいー!? 意味がわからないんですけど!? もしかして、さっきルシードが好きって言ってたのは本気ってこと!? え? 何これ? なんで私だけ?」
ミラは状況を飲み込めずに三人を見比べる。男勝りな上に兄がいるにもかかわらず、男に免疫がなさそうなルーファはともかく、男には興味がないと言いたげだったサーシャ、果てには自分たちの中で一番あしらい慣れているであろうセラフまでもがルシードを好きだと言うのだ。いったい、三人に何があったのか……どうして自分には何もなかったのか……ミラは理解できないでいる。
「待っているだけでは、イベントは起こらない。そういうこと」
「そうですよ。ミラはこっちに戻ってからというもの、家でぐうたらしてばかりでしたからね。イベントを求めて行動しないことには、進展などありませんよ?」
「いやいや、ボードゲームじゃないんだからイベントとか言われても困るんだけど……ってか、どんなイベントだったの? そこんとこ詳しく教えてよ」
「その前に、一人別空間に取り残されているルーファを呼び戻しませんか? 夕食を取ったら私たちも帰らないと、明日にはまた授業ですよ」
「まったくもって憂鬱。神様と一緒に行けばよかった」
「それは言わない約束でしょ。おーい、ルーファー、いい加減戻ってこーい」
ここ数日は休日感覚だったために、明日からのことを考えると憂鬱になるのは同意だが、休んでばかりもいられない。ミラはルーファの肩を揺さぶり、呼びかける。
「……え? あ、なんだよ?」
「なんだよ? じゃないでしょ。私たちも帰るわよ」
「そっか。……そうだな」
「重症ですね。会えないと言っても数日じゃないですか。すぐに王都まで来てくれますよ」
「わかってるよ」
「こっちの気分まで重くなるから止めて欲しい」
「で、さっきのイベントってのは何があったのよ?」
いつもの様子と打って変わって暗い表情のルーファ。このままではしばらく引きずりそうだと、ミラはルーファを元気づけるためにも、先程聞けなかった話を聞こうと話を振る。
「さっき? イベント?」
「ルシードと何があったかって話よ」
「……は!? え、な、なな、何もねぇよ!」
ルーファは一瞬にして茹で上がり、白い肌を赤く染め上げる。これはよほど大きなイベントがあったようだと瞬時に理解した三人は、ルーファの話は最後に聞くべきだと視線を交し合って頷く。
「じゃあ、サーシャからね」
「おい、聞けよ! アタシはホントになんもねーから!」
「私は……んー、人生にかかわる悩みを解決してもらった。悩みの内容は話せないけど、一生を捧げる覚悟」
騒ぐルーファを置いて、ミラが思っていたよりもまともな内容に驚く。しかし、サーシャの想いが重い。
「へ、へー、じゃあ、セラフは?」
「私は……そうですね。人にしたら馬鹿にするかもしれませんが、ルシードさんが本を読んで泣かれている姿に直面したんです。あの本を読む人は普通、途中で投げ出したり、怒って本を破り捨てたり……私は、『ああ、こんな純粋な人もいるんだな』って、感銘を受けたといったところでしょうか」
「はい? え? ちょ、ちょっと、あんたちょろすぎない? 予想外のイベントなんですけど!?」
「私も我ながら、ちょろいなーとは思ったんですけどね。でも、私に言わせれば学園の女子はみんなちょろいですよ? 魔法科は騎士科とほとんど交流がありませんし、普通科に至っては接点が皆無。寮住まいな点からも、免疫のない女子ばかりですから……私が男だったら、簡単にころっと落とせそうですし」
「……私、ちょっとセラフが恐ろしくなってきたんですけど」
「ど、同意。まさかここまで黒いとは思ってなかった」
セラフのにこりと笑う表情に、背中に寒い物が走り、距離を取るミラとサーシャ。ルーファも話に加わらないようにしていたが、無言で距離を取った。
「それでは、メインといきましょうか。ルーファは何があったんです?」
「だ、だだ、だからなんもねーって!」
セラフに詰め寄られ、明らかに動揺するルーファ。本来、四人の中で隠し事というのは滅多にないことだ。先程のサーシャの悩みにしても、誰かが本気で知りたいと言えば話す……はずである。
にもかかわらず、ルーファは隠すのだ。本当に話したくないということを察したら、暗黙の了解で聞かない、ということにしていても、ここまで隠すというのが気になる。ルーファは自分たちの中でも、更に特別な何かがあったということだろう。
「そ、そうだ! ルシードが何かくれたよな!? 開けてみようぜ!」
セラフがなおも追及しようとしたことに気づいたのだろう。ルーファは手に握ったままであった、ルシードにもらった布包みを開く。
「こ、ここ、これ!」
今度はなんだ、とルーファが開いて見せた布包みを見て、一斉に自分の布包みを開く三人。それが何かなど、異性に興味はなくとも、都会に住む年頃の少女ならば誰でも知っているはずだ。
まさかルーファにだけ、そう思って開いた三人は、ルーファと自分の中身が同じと見るや、安堵の息を吐いた。
「い、いやいや、あいつ、絶対意味わかってないでしょ!」
「そ、そうだとしても、受け取ったことに変わりないわけですし……あ、あれですよ! 既成事実とはこのことですよ! ルシードさんが贈り、私たちは受け取った。そういうことです」
「で、でもよ! ……四人一緒ってことだよな? それって法律的にどうなんだ?」
「不本意だけど……私は構わない。今まで四人一緒だった。だから、これからも一緒。それだけのこと」
一番反対しそうであったサーシャの口から当たり前の言葉が飛び出し、三人は冷静になる。
四人は別々の街で生まれ育ったが、何やら親が結託したのか、この街で初めて出会った時から、四人は常に一緒になって行動し、時には喧嘩することもあれど、楽しいことも、辛いことも、すべてをみんなで分け合って生きてきたのだ。今更抜け駆け……ではないが、競争し合うことに意味はないと悟る。
「私に異存はありません。法律も、この国がダメだと言うのなら、捨てるとまでは言いませんが、一時的に国を出たって構いませんよ。ルーファとミラはどうします?」
「ア、アタシもだ。正直、一人だと勝ち目ないだろうしな」
「……私もいいわよ。あんたたちが選んだって言うなら、悪いやつじゃないだろうし――」
「嫌なら別にいい。私とルーファ、セラフの三人で――」
「ごめんなさい、虚勢を張りました。実は興味津々です。私も仲間に入れてください」
「わかればいい」
ミラの返事に頷いたところで、サーシャは大事なことを思い出す。
「あ……そういえば、街の子どもたちとレベッカが神様から同じ物もらってた。袋の中は見てないけど、多分同じ」
「マジ!? ってかあいつ、賢者様にも渡してたじゃん!?」
「ど、どうすんだよ!?」
「これは困ったことになりそうですね。それに、ルシードさんもこの宝石の意味を知らない様子……。ですが、逆にチャンスでもあります。ルシードさんが王都に来られれば、こちらのもの。知り合いなんていないでしょうし、とりあえずはこの四人で協力して言質を取り、確たるものにしましょう。ルシードさんを丸め込むための言葉も、すでに考えてあります」
「ホントかよ? 信じていいのか?」
「大丈夫ですよ。本好きであるルシードさんだからこそ、絶対に断らない、と言ったところですか。確率はかなり高いと思いますよ?」
すでにそこまで考えているとは……。頼もしすぎるセラフの言葉に、残りの三人は頷く。この四人が揃ってできなかったことはそうそうないのだ。誰が相手であろうと、負ける気はなかった。
◇
「珍しく残業しているようだと思ったら、これまた珍しく間抜け面を晒して、どうかしたんですか?」
メリッサにこっぴどく説教され、残業を押し付けられていたリリーは、作業もほどほどにスピリティア・ストーンを眺めながら休憩を取っていたが、突如現れた友人に、これはまずいと手の中に宝石を隠した。
「誰が間抜け面よ。それに、シエラこそギルドに来るなんて珍しいじゃない。何かあったの?」
学生時代からの友人であるシエラに、リリーはギルドの受付という立場も忘れて尋ねる。二人の間で遠慮は無用だった。
「いえ、少しあって国元に手紙など書いてみたものですから、送ってもらおうかと思いましてね」
「もう帰らないとか言ってたじゃない。どういった風の吹き回しよ? もしかして帰る気になったの?」
シエラは親に無理矢理留学されたことをいまだに根に持っており、卒業の際も帰る気はないと言い残してこの国の宝石を見て回る旅に出たが、途中で連れ戻されそうになった経緯もあり、この街に隠れ住んでいるのだ。店の名前に堂々と自分の姓を掲げていることから何故ばれないのかと不思議に思うが、両親も半ば諦めているのかもしれないとリリーは推測する。
「帰る気はありませんよ。国に帰れば、今度は逆に監禁されて、自由に出回ることもできなくなるでしょう。もしくは縁談を用意して逃げられないように画策される可能性も……伝説級の宝石でも発見されない限り、私は帰るつもりはありません」
「そこまでする親がいるかしら? 一度見てみたいものね。……あれ、そういえば、聞いたことがなかったけど、何してる人なの?」
リリーは今更ながらにシエラの親が何者であるのか聞いてすらいないことを思い出した。どこかで聞いたことがあるような姓である気はしたが、エルフ自体にそれほど興味がなければわざわざ調べる気もない。直接聞いた方が早いだろうと尋ねる。
「人をあごで使うような職業です。恐ろしくって口にするのもはばかれますよ。あ、ちゃんとレーヴェから届いた物だとわからないようにしてくださいよ?」
「はいはい、ちゃんと支部をたらい回しにしてから届くようにしてあげる。感謝してよね」
口を濁したということはさぞ知られたくないのだろう。もしや、ギャングとか言い出すのではないだろうか。リリーは想像し、エルフのギャングというのもなかなかに面白そうだ、と思うが、会いたいとは別だ。これ以上の詮索は止めることにした。
「ええ、あなたには匿ってもらっている恩もありますからね。なんでしたら、このあと久しぶりに飲みにでも行きますか? 奢りますよ」
「お、いいわねー、ギルド長に仕事を押し付けられたおかげでルシードさんの見送りにも行けなかったし、飲みに行きたい気分だったのよ。少し待ってて、残りもすぐに終わらせるわ」
「おや、ルシードさんの旅立ちは今日でしたか。そうと知っていれば、私も見送りに行ったのですが……」
「あれ? 知り合い? あ、もしかして、ルシードさんがくれた宝石って、シエラが用意したの?」
シエラがルシードと知り合いだったことに驚くリリーだが、ルシードは冒険者になって間もないのだ。宝石を用意するなら、宝石商を営むシエラと知り合いでもおかしくはないと考え、もしかすると、シエラが選んだ宝石なのかもしれないと推測して尋ね、すぐに後悔する。
「……宝石? ほほう、ルシードさんったら、まだ他にも宝石をお持ちでしたか。いったいどんな宝石をいただいたんです? 今も持っているのでしょう? あ、今右手を握りましたね!? ほら、私に見せなさい! さあ、早く! 強く握って傷がついたらどうするのですか!? 隠すとためになりませんよ!」
まさか推測が外れるとは……リリーは宝石がかかわるとうるさいこの友人を止める術を持ち合わせていない。持ち合わせていれば、学生時代、休みのたびに宝石店巡りなどという苦行に付き合わされることもなかったのだから……。
「わかった、わかったから落ち着いて! カウンターに身を乗り出さない! ……ほら、これです。ふふふ、スピリティア・ストーンですよ!?」
「……なんだ、スピリティア・ストーンですか」
止められないというのなら仕方がないと、リリーは少し勝ち誇った顔でシエラにスピリティア・ストーンを見せた――が、シエラは急に冷めた表情になると、興味がないとばかりに溜め息をついた。これにはシエラが宝石と見るや理性を飛ばすと知っているリリーは、納得できるものではない。
「あれ!? え、どうしたの? シエラの大好きな宝石よ? それも見ての通り純度百パーセントのスピリティア・ストーン。しかも、男性からのプレゼントよ! これで食いつかない方がおかしいってもんでしょ!」
リリーはシエラの反応が思っていたものと違うことから気を引こうと、つい男からもらったものだと口にしてしまう。
「そうですね。スピリティア・ストーンの宝石言葉は秘めた愛。その昔、言葉を話せない男性が贈ったという逸話や、身分の違いから言葉に表せないがために、スピリティア・ストーンを贈ったという逸話が広まり、今も男性が贈るスピリティア・ストーンは結婚の申し出に使われることが多いです。言わばプロポーズ。好きな男性から受け取りたい女性は世の中にごまんといることでしょう。私もあなたが男性から受け取ったと言うのであれば…………ちょ、ちょっと待ちなさい。い、今あなた、男性からプレゼントされたと言いませんでしたか!? そ、そういえば、先程私が両親から縁談を迫られるって話にも食いついてきませんでしたよね? 早く子どもが欲しいなんてほざいていた癖に、何かおかしいとは思ったのですが……」
「あ、あはは……実はここだけの話、ルシードさんって男の人なんだよね。あ、言いふらさないでよ? シエラだから教えてあげたんだからね。オフレコでお願い」
古い友人であるシエラの口の堅さは知っているのだ。受付としての未熟さを恥じるとともに、シエラになら話しても問題ないだろうと、リリーは打ち明けることにした。
しかし、これは痛恨のミス。
「ルシードさんが……男性?」
「うん。絶対秘密だからね。言ったら絶好よ」
「はあ、秘密にするのはよいのですが……その……」
「ん? どうしたのよ? シエラが口ごもるなんて珍しいじゃない」
これまた友人の珍しい姿に、リリーは小首を傾げる。そういえば、何故シエラは先程スピリティア・ストーンにも反応しなかったのかと。
「いえ、私もルシードさんにもらっちゃったんですよ……スピリティア・ストーン。友情の証にとくれたものかと思っていましたが、これってどう思います?」
「……はい?」
「いえ、だから私も――」
「聞こえてる。聞こえてるからちょっと待って! 私も混乱して――」
「お疲れ様です。作業進捗の報告書あげたいんですけど、今いいですか? ギルド長から、今日はこっちに渡せと言われてるものですから」
青天の霹靂。寝耳に水。リリーがどう表していいのか不明な状況に、ペトラが報告書を手に現れた。
「は、はい、お疲れ様です」
リリーはそんな混乱収まらぬ中、仕事を優先するため、手に持ったスピリティア・ストーンを傷つけないように布の上に置く。
「ん? 青い石? 宝石ですか? あれ、その布……もしかしてルシードさんがくれたのはその宝石かな? どうしよ、高い物じゃないです?」
「……え?」
ペトラがリリーの置いたスピリティア・ストーンを見て放った一言に、リリーとシエラの声が重なった。
「ペトラさんも、ルシードさんにスピリティア・ストーンを?」
「どうでしょ? まだ開けてないので同じ物かはわかりませんけど、スピリティア・ストーンって言うんですか。綺麗な石ですね。で、高い物なんです? 何かお返しした方がいいですよね? リリーさんは何かお返ししたんですか?」
「ペトラさん」
ペトラの手に持つ報告書をすり抜け、ペトラの両肩を、リリーは両手で固定する。
「はい? あの、なんです? ちょっと目が怖いんですけど」
「いえ、今すぐルシードさんにもらった物の確認をしましょうか。そのあと一緒に飲みに行きましょう。詳しい話はそこで」
「え? あの、私まだ仕事が……」
「仕事なんてあとあと! ほら、急いでください」
リリーに反転させられ、ペトラは渋々とエメリの許可を取りに向かう。
「リリーこそ、仕事はいいのですか?」
「この状況で仕事が手につくはずないでしょ。私も引継ぎお願いしてくるから、ちょっと待ってて」
粗方の事情を把握したリリーは肩をがっくり落とし、定時に交代要員として来ていた人物のもとへ交代を願いに向かう。
このあと、ロザリーの店へと飲みに出たリリー一行が、作る服の打ち合わせに来ていたベアトリクスとアーニャに出会い、もう一波乱あるのだが、それはまた別のお話。
◇
「やあ、待っていたよ。街に到着した時に風景がおかしいとは思っていたが、まさか塔がなくなっていたとはね。記憶を頼りにここへと来たが、間違ってはいなかったようで安心だ」
魔法都市レーヴェ。その街の名物だった賢者の斜塔。今はその痕跡すらない空き地へと足を運んだベルは、待ち受けていた少女に声をかけられ、頭に疑問符を浮かべる。
「……お主、女じゃったのか?」
昨夜手紙を受け、その内容と最後に綴られた名前から会うことを決めたが、今目の前にいる少女は記憶にある、手紙の差出人とは同一人物のようで別人に見えたのだ。若干の警戒を持って、ベルは尋ねる。
「……賢者殿。悪いがボクは急いでいるんだ。悪ふざけならすべてが終わってからにして欲しい。賢者殿も人手が欲しいと思ったからこそ、ここへ来たんだろう? さっそく今後についての話を進めたい」
少女の名はアイリス。昨夜ベルに手紙を送った人物だ。今はホープと名を偽っているが、賢者殺害事件の犯人捜しのため、協力者を求めて魔法都市レーヴェにいた。
ホープはエンバリーでベルと連絡を取ることも考えたが、ルシードに自分の存在を知られる危険を減らそうと、レーヴェへと先回りしていたのだ。今は探偵の格好はしておらず、帽子の中に隠していた髪を出し、女であることを強調するために、普段は穿かないスカートまでしている。男で魔法を使えると犯人が知れば囮になるかもしれないが、犯人がホープよりも上手だった場合、死体が一つ増えるだけだと危惧してのことだ。
「う、うむ。それには賛成じゃ。続けてくれ」
ここ数百年レーヴェを出たことがなかったことからも、ベルが他の街に詳しい案内役が欲しいと思っていたことに間違いはない。それが迷探偵だとしても、これから足を突っ込もうとしている内容からしてAランクというのは心強いと、ベルは協力を求める手紙の主、ホープに会うことを決めたのだ。今目の前にいる人物が実は女だとか、犯人に狙われることを危惧して女装しているかは重要ではない。
「ここに来る前に、少し上司に連絡を取ってみたんだが、どうにも話が通じなくてね……いったい、何があっただの、一度帰って来いだのとうるさいので、通信を切ってしまった。実のところ、まだ情報は仕入れていない。まずは前回の事件があったロックウェルに行こうと思うが、異論はあるかな? 賢者殿の方で何か掴んでいるのなら、そちらを優先してもボクは構わない」
「ワシもまだ何一つとして掴んではおらんよ。ひとまずはロックウェルに向かうつもりじゃ。お主の言い分に異論はないが、いくつか質問させてもらってもよいかな? お主と協力するかどうかは、その質問のあとじゃ」
ベルが協力者を必要と考えたと同時、手紙が届いたのだ。あまりのタイミングのよさに、犯人の一味ではないかと疑わない方がおかしいだろう。すでに顔見知りということから気を許せる仲間と見せかけ、ベルを引っ掛けようとしているのかもしれない。出会いとなった前回の事件すら仕組まれていた可能性に、ベルは疑問が晴れるまで協力するつもりはなかった。
「何かな? おそらく、今回の事件はボクの手に余る。賢者殿の協力を得られるのであれば、できる限り答えよう」
「そうじゃな……お主がワシを選んだ理由に、この事件を調べている理由。それと、今言った上司とは誰のことか答えてもらおうかの」
ベルの言葉に、ホープは頷く。
「その程度でいいなら答えよう。まずは事件を調べている理由と賢者殿を選んだ理由からだが……そうだね、わかりやすく言うなら、ルシードを気に入った。犯人は賢者、それも男の賢者を狙っているという点から、ルシードが標的になるのではないかという懸念を抱いたボクは、ルシードに危機が迫る前に排除しようと考えたにすぎない。ルシードがなんの魔法を使うかは聞き忘れたが、最低でも二属性から三属性は使えそうだからね。犯人の標的になる前になんとしても捕まえたい」
目を丸くするベルを尻目に、ホープは続ける。
「次に、賢者殿を選んだ理由はここにもある。ルシードから賢者殿が師匠だと聞いてね。生憎とボクの勤める……いや、勤めていた、か。とにかく、ギルド情報部にはSランクが在籍していない。そこでルシードの師匠である賢者殿なら快く引き受けてくれるのではないかと、こうしてお願いに参った次第だ。上司と言うのも、ギルド情報部の上司。ボクの母と言った方がいいか……もし、母さんのことを犯人と疑っているのなら否定しよう。堅物だが、私利私欲で人を殺すような真似はしない。ボクがどうしてギルド情報部にいたかについては長くなるので、それは道中でもいいかな?」
ホープはルシードのことを『好き』だとか、『結婚する予定だ』とは言わない。人と恋バナなどしたことがないのだ。口にするのは少々恥ずかしいものがあることから、『気に入っている』と言葉を濁した。
しかしそれでも、ベルには十分だった。目を丸くしながらもホープの目を見てじっと静かに聞いていたベルは、ホープが嘘を言っていないことを理解したが、それよりも『ルシードを気に入った』この一言で協力することを決めたのだ。自身の可愛がる弟子を気に入ったのだとすれば、ベルも悪い気はしない。
「クハハ、よかろう。他にもいくつか質問するつもりじゃったが、どうでもよくなったわ。ワシはお主の手紙を受けて、昨夜のうちに必要な物は集めた。いつでも出られるが、お主はどうじゃ?」
「ありがとう。賢者殿の助力があれば心強い。ボクも準備はできている。このまま出立したいが構わないかな?」
「うむ。時間が惜しいしの。ワシらも出るとしよう」
「それでは、ギルドの転移部屋に行こう。Sランクになると自由に使えるそうだが、賢者殿に随伴という形で使えるのかな? 一応、ボクの分の転移水晶は用意してあるが、上からの支援を期待できない今、無用な出費は避けたいところだが……」
「む? 転移水晶? なんじゃそれは?」
聞きなれない単語に、ベルは意味を知るべく尋ねる。
「他の街へと一瞬でたどり着ける魔道装置の媒体なんだが……ご存知ないかな?」
「ほう。随分と便利な世の中になったもんじゃ……そうと知っておれば、ルシードにも持たせてやったんじゃがの」
「それには及ばないよ。ボクの手持ちから一つ渡しておいた。こうなると知っていれば何個か持たせてやりたかったんだが、その時は事件を知らなかったし、生憎と手持ちが一つしかなくてね。まあ、王都は他の街より安全だろう。すべてが終わったあとにボクたちも向かえば問題はな……ん? ルシードはこの街のギルドから直接王都へ向かったわけではないのか? いや、アニス見たさに向かったと考えるのが普通かもしれないな」
今もルシードに思いを馳せるホープがどうしてルシードに肩入れするのか不思議ではあるが、弟子が世話になったのだ。ベルはそこまでするホープに何かしてやれることはないかと考える。
「ふむ。お主、無詠唱の魔法は使えるのか?」
「残念ながら。ボクも使えればとは思うが、無詠唱魔法は数百年前に使い手の数が激減したと聞く。今も使える者は賢者殿のように限られた……む? そういえばルシードが呪文を口にしたようには見えなかったな。もしやルシードも無詠唱を? 賢者殿がルシードに伝授されたので?」
ホープは尋ねられた意味を考えるよりも先に、ルシードと対峙した時のことを思い出す。賢者から無詠唱魔法を習っていたとしたならば、あの時不覚を取った理由にも納得できるものがあった。
「う、うむ。ルシードはワシが育てた……は少し言いすぎじゃが、お主が無詠唱魔法を使えんと言うのであれば、ワシが教示してやろうと思っての」
「それは嬉しいが……いいのかい? 無詠唱とは魔法の極意だと聞く。会って間もないボクに教えてしまっても?」
「極意などと大げさな……昔の魔法使いは全員が使っとったんじゃぞ? 言わば基本中の基本。魔法の初歩じゃ」
「ふむ。では、お言葉に甘えるとしよう。まだ相手の力量もわかっていないことだしね。ボクも足手まといで終わるつもりはない」
「うむうむ。ま、これも道中じゃな。では、行くとしよう」
ルシードに負けてはいられない、とホープに無詠唱魔法を覚えさせてみようと一計し、無詠唱魔法を覚えさせる練習を試みることにしたベルは、体のいい実験……もとい、協力者を得たことで、今度こそギルドへの道を歩く。
隣を歩くホープは、このあとの受難をまだ知る由はない。
おまたせ?しました。これにて四章は終了です。
次回より新章突入となります。




