085 賢者の憂鬱
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「もしかして、共有の能力って結構すごいんじゃないか?」
セラフ、ミラ、ルーファの三人にも共有の能力を使って魔力の使い方を教えたルシードは、再び訓練場の中央で新しい力を試して遊ぶ四人を遠目に、隣に座るアルマリーゼへと声をかけた。
結局、サーシャだけでなく他の三人も一発で無詠唱の魔法を習得してしまったのだ。彼女たちの才能もあるだろうが、子どもたちが一回で魔法が使えるようになったことからも、もしかすると共有の能力とは自分の想像するよりも役立っているのでは? と、今になって思い至る。
「……呆れた。今頃気づいたの? 魔獣の能力とはいえ、元は精霊よ。こちらの世界に顕現して意識を保てない低位の精霊。更に言えば、個の能力も持っていないような精霊だけれど、精霊として生まれた時点で魔力の扱いには長けているわ。所有する魔力量だけで考えても、人間の数倍でしょうね。そんな精霊がこちらの世界に適応すべく魔獣に姿を変えたのよ。個としての能力を持たない分、魔獣としての能力が生まれただけだとしても、その能力は確かなものってこと。知能が低いから、応用は利かないでしょうけれどね」
「言われてみればそうだよな。俺の認識が甘かった」
「わかれば――あら、賢者様、どうかされまして?」
アルマリーゼは言葉を切り、こちらに近づいて来たベルに声をかけた。
「どういった理屈かはわからんが、あやつらは確かに無詠唱で魔法を使っておる。しかも、古代魔法ではなく、精霊魔法だ。アルマリーゼ……あれはお主の能力か?」
ベルはアルマリーゼが何かしらの能力を使い、彼女たちに精霊魔法を覚えさせたのではないかと口にした。
ルシードはその一言で、やはりベルはアルマリーゼが精霊だと見抜いていたのだと知る。
「……残念ですが、私の能力ではありません。私の能力が作用したことは否定しませんが、あの子たちが精霊魔法を習得した点においては、ルシードのおかげでしょうね」
「なんと……まったくルシードには驚かされてばかりじゃな。どれ、ワシにも同じようにやってみせよ」
アルマリーゼの返事に、呆れたようにルシードに視線を移したベルは、四人娘と同じようにルシードの膝の上に乗り、背を向けた。
結局、膝の上に乗る必要はないと言ったにもかかわらず、セラフだけでなくルーファも、気まずそうにしながらもミラまでもがルシードの膝に座って教えることとなったのだ。今更文句を言うつもりもないが、ベル相手では体格差からこの方がいいだろうと、ルシードはベルの背中に触れ、共有の能力を発動する。
「――ッ! ……それじゃあ、始めるよ」
ルシードは四人娘にやった方法と同じ方法でベルへと自身の魔力を送り、一度ベルの体内にある魔力を刺激してから、腕を通して手のひらへと移動させる。
「ほう! こりゃすごいわい。ワシが魔力を操らずとも、自然と動かし方を導いておる。確かにこれならば、魔力の扱いを一発で覚えられよう」
ベルは感嘆の声を上げたが、驚いているのはルシードも同じだ。ベルの背に触れて能力を発動した瞬間、声にこそ出さなかったが、この小さな体にどれだけの魔力を溜め込んでいるのかわからないほどに、圧縮された魔力の塊がその体内に存在していたのだ。すごいと言われたところで、素直に喜べるものでもなかった。
「ふぅむ。なんとも不思議な力じゃが……これからはあまり多用するでない」
ルシードがベルの魔力に驚いていると、ベルはルシードの胸に背を預け、ルシードを見上げるようにして口を開いた。
「……魔法を使えるようになる代わりに、何か弊害が出たりするのか?」
ルシードの取った方法は、精霊とはいえ魔獣の能力を使用しているのだ。そのことで悪影響が出るのだろうか。ルシードはベルの神妙な表情から察して尋ねる。
「いや、言い方がまずかったの。使うな、と言うわけではない。今のやり方も、魔法を教えるにはこれ以上ないほどに最適じゃろう。ワシが身をもって感じた分には、不利益を及ぼすなどといったことはない。ワシが言いたいのは人前で使うな、とでも言うか……ともかくだ。お主が魔法を使えることをしばらくの間は隠せ、と言いたいわけじゃ。魔法発動時の魔力の流れにさえ注意すれば、無詠唱の魔法ならばそれも可能。人知れず魔法を使用できよう。そうじゃな……せめてこの街でワシと別れ、次に会うその時までは、他人に魔法を使えることを伝えるでない。よいな?」
賢者の口から悪影響はないと聞かされて安堵するルシードだが、ベルの物言いは歯切れが悪い。
「次に会う時まで? それって、何か意味があるのか?」
「細かいことは聞くでない。お主はただ首を縦に振ればよい。それとも何か? お主は師匠であるワシの言いつけが守れないとでも言うつもりか?」
ここで師弟関係を出すのはずるいと思いながらも、ルシードはベルが言うのであれば何か意味があるのだろうと、受け入れることにした。
「……わかったよ。魔法が使えるってことは隠す。それでいいんだろ?」
「うむ。ほれ、小娘たちが呼んでおるぞ。行ってやれ」
ルシードがベルに言われて訓練場の中央へと目を向けると、四人娘はルシードを呼び、手を振っていた。
「ホントだ。ちょっと行ってくるよ」
ルシードはベルを持ち上げて椅子から立ち上がると、ベルを自分が座っていた椅子へと下ろし、四人娘の待つ訓練場の中央へと足を進めた。
◇
「何か心配事でも?」
四人娘のところへと向かったルシードの背中を見ていたベルは、横からかけられた声に顔をしかめる。ここにはルシードだけでなく、アルマリーゼもいたのだ。ルシードをうまくあしらえたと思っていたが、なんとかしてもう一人も誤魔化さなくてはならない。
「たいしたことではない。お主もルシードと行動をともにするならば、ルシードが魔法を使えることを極力知られることのないように隠せ。ルシードが魔法を使う必要に駆られた時は、お主が使ったように振舞うのじゃ」
「その仰りようだと、魔法使い……それも男の魔法使いに何かおありのようですね。……できることならば話していただけませんか? ルシードだけでなく私も知らなければ、賢者様の危惧した場面が訪れた場合、回避できないかもしれません。私だけでも事情を知っていれば、ルシードからうまく隠すことも容易ですわ」
「お主は少々勘がよすぎるな」
「ふふっ、賢者様は顔に出すぎ、とだけ申しておきます。このままでは、ルシードが感づいてしまうことは時間の問題とも」
「むぅ」
ベルは頬の筋肉をほぐすように両手でこね、一考する。確かにアルマリーゼが事情を知っていれば、ルシードから目を逸らす方へと事を運んでくれるはずだ。
一度ルシードがこちらに注意していないか確認した上で、ベルはアルマリーゼに話すことにした。
「……詳しくはわかっておらんが、男の賢者だけを狙って殺害している者がおるようだ。先月と合わせて二件。この街で魔法を覚えたばかりとなればルシードが魔法を使えると知る者は少ないはずじゃが、魔法を使っている場面を見られては、賢者だと勘違いする者がおるやもしれん。それに、犯人は男の賢者を狙っておるのではなく、男の魔法使いを狙っておる可能性もないわけではない。今までは外の世界のことだと我関せずを通してきたが……ルシードに関係があるやもしれんとなると、そうも言っておれん。ワシが調べ、できることならば犯人も捕まえるつもりだ。その間、お主はルシードを隠せ。わざわざ自分から危険な場所へ行く必要はあるまい」
「なるほど。そんな事情がおありでしたか。ですが……ふふっ、危険な場所へ行くなと仰るのに、賢者様は自ら向かわれるのですね。少々過保護が過ぎませんか? 今の彼なら、そうそう敵はおりませんよ?」
「ふふん、ワシの初弟子じゃ。目に入れても痛くないとはこのことかの。可愛がらん方がどうかしておる。……しかし、敵がおらんとは言いすぎじゃろ? ワシもルシードのことは高く評価しとるが、お主の場合は過大評価ではないのか?」
ベルはルシードが直接戦闘をしている場面を見たことはないが、手を抜いたとはいえ、リミテッドアーマーを打ち倒した自身の動きを目で追ったのだ。普段の佇まいを加えても、かなりの実力があるということは見抜いていた。
しかし、どれだけ贔屓目で見ても、ルシードは成人も迎えていないような子どもだ。どんな天才だろうと、十五にも満たない年齢で敵がいないとは言いすぎである。いくら実力があろうとも、年の功とも言える経験の差で負けてしまうことがないわけではない。
「契約者ですもの。彼との繋がりを通じて成長していることは、身を持って感じていますわ。村を出た時とは別人……しかも、魔力強化を覚えたことで、すでに彼の剣の師匠から受けついた技も申し分なく使えることでしょう。……そうなると、今やその者の全盛期をも凌ぐと言っても過言ではないかもしれません。本人は自分のことを弱いと思っているみたいですけれどね」
「ふむ。その者のことは知らんが、お主が一目置くほどの実力者だったと言うことかの?」
アルマリーゼはなおもルシードを持ち上げるが、田舎の、それも小さな村でのことだ。意外なところに隠れた実力者がいるというのはありえない話ではないが、アルマリーゼの自信がどこから来ているのか、ベルは自然と興味を惹かれる。
「はい。彼の英雄――賢者様はご存じないかもしれませんが、五十年前の戦争を治めた英雄レナード様よりも……強い者です。まあ、その者はレナード様に比べ、力押しの脳筋馬鹿な分、強かったといったところですが」
「ほう、こんな田舎にそれほどの者がおったか。しかし、英雄のう……ワシも先日名前だけは聞いたが、英雄もピンキリじゃろ? と、聞くのは野暮というものか。実際にお主が両者を見た感想だろうしの」
「はい。わかりやすく申しますと、レナード様は私がこちらの世界へ来てから今日に至るまで……実際に活動した期間は短いのですが、出会った者の中でも四番――いえ、五番目に位置するお方です。それでも個々の力では私に分がありましたが、その者は私をも上回る実力を持っておりました」
アルマリーゼの口から出た言葉に、ベルは目を丸くする。
ベルがアルマリーゼと出会ってから間もないが、その身に宿す魔力から考えても、ベルが出会った者の中でも、魔王に次いで二番目に位置すると感じ取っていたのだ。そのアルマリーゼにそこまで言わせる者がルシードの剣の師匠であったとは、驚かない方がおかしい。
「なるほどのう。話はずれたが、お主がルシードを評価する理由はわかった。ルシードがその者を凌ぐほどの実力を持っていると言うお主の言葉も信じよう。しかし、それでも経験の差というものは埋められんじゃろ?」
「そちらも問題ありませんわ。なんでしたら、賢者様自らがルシードの実力をお試しになってはどうでしょう? その方が、賢者様も納得されるものと思われます」
アルマリーゼはこのまま話を進めてもベルは納得しないだろうと思い、提案する。
自身の能力を話せばベルは信じるかもしれないが、アルマリーゼにその気はない。そもそも能力というものは、誰彼と簡単に話していいものではない。ベルもそう知っているからこそ、ルシードが四人娘に無詠唱魔法の使い方を教えた事実からアルマリーゼの能力ではないかと聞きはしても、それが違うとなれば、真の能力を聞き出すような真似はしないし、アルマリーゼも尋ねられたとしても答えたりはしない。自身の能力を明かすのは契約者のみと決めていた。
しかし、
「いや、ルシードとはやらん」
ベルは顔をしかめて、アルマリーゼの提案を断った。
「……何故です?」
ベルならば提案を呑むだろうと思っていたアルマリーゼは、ベルがすぐさま断ったことに、意外だとばかりに目を数回瞬かせてから聞き返した。
「あれを見てみよ」
ベルが言葉とともに訓練場の中央に向けた視線の先を追うと、アルマリーゼはすぐにベルの言わんとしていることがわかった。
四人娘がどの程度の期間伸び悩んでいたかはアルマリーゼとベルの知るところではないが、今日まさに転換期を迎えたのだ。今もその機会を与えたルシードを見る目は、今までのものとは違い、もはや尊敬という言葉でも表せないものになっている。当の本人は仮面で表情を読み取れないが、どうせ気づいてはいないだろう……。
それはさておき、つまりは――
「いざ教える立場になってみれば、ワシにその器量はなかった上に、ルシードにはあやつらに魔法を教えるという立場を持って行かれた形なのじゃ。ルシードと立会い、万が一にもワシが負けた場合……立つ瀬がない」
こういうことである。
「ふふっ、確かに。ですが、ルシードならば賢者様に勝てるとしても、勝ちを譲ってくれることでしょう」
「それこそ身の置き所がないわい! ワシは一生ルシードとはやらん! たとえそれが遊びであってもな!」
今のままならばルシードの魔法の師という立場を保てるのだ。せこい気もするが、ベルはルシードからの体裁をなんとか保とうと、苦肉の策を取ることにした。
「まあ、いずれにせよ、ワシがやらんからにはお主の言い分は認めよう。しかしじゃ、それでもルシードが魔法を使えるということは隠せ。余計な敵を引き寄せる必要はない。ワシもこれから犯人を捜しに行こうと言うのに、その犯人がルシードのもとへ向かったとなれば追うのが手間になる」
「承知しておりますわ。私もルシードに試練を与える気はありませんもの」
「うむ。それでよい。あとは……そうじゃな。あまりルシードに迷惑をかけるでないぞ?」
「ふふっ、心外ですわ。……心当たりはありますけれどね」
「……ほどほどにな」
少し目を伏せて答えたアルマリーゼを、ベルは追及するつもりはない。ベルが見る分には、二人の関係は良好に見える。ならば、自分が口に出すことではないと思ったからだ。
だが、それとは別に、少々気にかかることがあり、ベルは口を開く。
「ところでお主、どうしてワシに対してはかしこまって話す? お主はそんなキャラではあるまい?」
アルマリーゼが話す場面を幾度となく見たベルだが、何故かアルマリーゼはベルに対してだけは丁寧に話すのだ。アルマリーゼの性格上、気になるというものではない。
「それこそ心外ですわ。勝手に私のキャラ付けをされても困ります。ですが、気になると仰るのでしたら、一言だけ……」
次にアルマリーゼから発せられる言葉は、その表情からなんとなく理解していたが、ベルは黙って聞き入る。
「ご想像にお任せしますわ」
ベルの想像した通り、答えになっていない言葉がアルマリーゼの口から出た。しかし、意地悪な笑みを浮かべて言うアルマリーゼの顔は、雄弁に物語っている。それは、ベルに一つの答えを導き出させるほどに。
「お主、最初に会った時から気になっておったが、まさか――」
「流石は賢者様。おそらくは当たりですわ」
それを口にしようとしたところで、ベルはアルマリーゼの指によって口を閉ざされた。これにはベルも苦笑するしかない。まさか本当に――。
「お話中のところ、申し訳ありません。賢者様がこちらにおられるとお聞きしたのですが、今はどちらにおられますでしょうか?」
そこへ、一人の女性が現れた。ギルドの制服を着ていることからも、ギルド職員で間違いないだろう。ベルはアルマリーゼの存在に驚いていたことも忘れ、そちらに向き直る。
「む? 賢者はワシじゃが、どうかしたか?」
「……あっ、け、賢者様宛にお手紙をお預かりしています。お名前は名乗られませんでしたが、『読んでもらえばわかる』とのことでした。こちらがそのお手紙です」
ギルド職員はベルの容姿に戸惑いを見せたが、すぐに気を取り直し、手紙をベルに差し出した。
「ワシに? ふむ……心当たりはないが、いつもの弟子にしてくれという類の物でもなさそうじゃな」
「では、確かにお渡ししました。私はこれで失礼いたします」
手紙を受け取ったベルにサインをもらい、ギルド職員は訓練場から出て行った。
「差出人はなし……か」
アルマリーゼはベルが受け取った手紙に興味がないのか、話しかけてくることはない。
ベルはどこの物好きが手紙など寄こしたのか不思議に思いながら、手紙を開くのだった。




