084 賢者の教え
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「戻ったよ。今はどんな感じだ?」
ギルドに戻ったルシードは、リリーと交代したであろう受付の女性を会釈だけでやり過ごし、訓練場へと直行、壁にもたれかかり、ベルの指導を受ける四人娘を見守るアルマリーゼに話しかけながら、ちらりと訓練場の中央に目を向けると、そこにベルと四人娘はいたが、立っている者はベル一人だ。四人娘はベルを囲むようにして、地面にへたり込んでいる。
「才能はあるわ。でも、賢者様が相手では四対一でも相手にならないわね。そもそも、ただ組み手の相手をするだけで強くなれるのか疑問だわ。もしかして、賢者様って教えるのが下手なんじゃないかしら……。あなた、本当にあの賢者様から魔法を教わったの?」
アルマリーゼは肩を竦めて感嘆し、呆れたように疑問を投げかける。
「ちゃんとベルから教わったよ。まあ、俺の場合はアルマから魔力の操り方を教わっていたからベルの指導でもすぐに魔法が使えるようになったんだけど……やっぱり一度呪文を使って魔法を覚えると、呪文なしでは魔法が使えないものなのか?」
「そうらしいけれど、私はそのあたりのことはよくは知らないの。精霊は生まれた時から自然と魔法を使えるから、私にはわからない苦労ね。逆に、どうして魔法を使うために呪文を必要とするのかわからないくらいよ」
「ベルは万人向けって言っていたからな。それで魔法を使える人間が増えたらしいんだけど、万人向けが広まったせいで古代魔法……アルマが使うのは精霊魔法だっけ? 俺には違いがよくわからないんだけど、ともかく古代魔法を使える人間が減ったらしいんだ」
「なるほどねぇ……。ちなみに、精霊魔法は自分だけでなく、他の精霊の力を借りて、魔法の効果を強める魔法のことよ。わかりやすく説明すると、精霊にも人間のように生まれ持った属性があるの。それは万物も例外ではなく、火が焚かれている場所では目に見えないほどに、小さな火属性の精霊が生まれ……いえ、生まれると言っても、生きているわけではないわね。この子たちに魂と呼ばれるものや、意識があるわけではないから、火が焚かれると周囲の魔素が火属性に変換され、火が消えると霧散する。そういった自然現象なのだと覚えておけばいいわ。……とにかく、火の近くで火属性の魔法を使えば、その子たちが力を貸してくれるってこと。自分の属性であれば更に強く、ね」
珍しくも説明に迷った様子のアルマリーゼだが、ルシードは十分理解している。ルシードが頷いて返すと、アルマリーゼは軽く肩を竦めて見せた。
「賢者様が使う古代魔法は、すべての精霊が平等に力を貸してくれるわ。精霊魔法と同じだと思うかもしれないけれど、精霊魔法の場合、相反する属性だとあまり力を借りられない。精霊魔法が特化型だとすれば、古代魔法は万能型と言ったところね。火のあるところで同じ力量の火属性の精霊魔法と古代魔法がぶつかれば精霊魔法に分があるし、水のあるところでは古代魔法に分がある。他の場所では五分といった感じにね」
「へえ、それは知らなかった。でも、前にテオが説明してくれた現代魔法と似てるな」
「そうね。違いがあるとすれば、精霊は生まれた時から自分の属性だけでなく、他の属性の魔法も使えるの。もっと正確に言うと、苦手とする属性以外の、だけれどね」
「そうか……それでアルマはいろんな属性の魔法を使えるわけだな」
ルシードは疑問に思ったことがあったが、アルマリーゼに聞けずにいた内容だ。
だが、これで疑問は晴れてしまった。これ以上は聞く必要もないだろう。
「そういうこと」
「ありがとう、勉強になったよ」
勉強になりすぎてしまった話に、ルシードは気分を変えようと話を戻す。
「それじゃあ、彼女たちに何かアドバイス的なことは? さっきも言ったけど、俺は最初にアルマから魔力の使い方を教わっていたから、ベルの指導でもすぐに魔法が使えるようになったんだ。アルマは彼女たちにも何かしてやれないか?」
「無理ね。契約者は常に一人よ。あなたとの契約が終わるまで、契約を切る方法はないわ。あなたが死なない限りはね」
「……それは厳しいな。できれば契約を終了するまでは死にたくないよ」
「当然よ。あなたは私が選んだ契約者ですもの。やりきってくれないと困るわ。それに、私と契約しただけでは意味がない。おそらくあなたは……特別なのよ。普通は魔力の扱いを覚えただけで魔法を使えるものではないの。そうでなければ、精霊と契約した者すべてが魔法を使えなければおかしい。男性だけでなく、魔力量の多い女性でもね」
「俺が……特別? そう言ってくれるのはアルマだけだよ」
これで二度目。今この時と、アルマリーゼと最初に契約した時だ。今まで誰からも特別などと言われたことはない。父と母は何をしても褒めてくれたが、それは親バカだからだ。親なら子を特別と思うのは当たり前。アルマリーゼが特別と言うのなら、それもアルマリーゼと契約したおかげか……人を殺して奪った能力なのだ。きっと本人も知らない才能を奪っていたのかもしれないと、ルシードは自嘲する。
「そうかしら? 彼女たちも――」
「ま、特別って言われるのは悪くない気分だけど……って、悪い。彼女たちがどうしたって?」
だが、ルシードはそんな自分に気づかれたくなくて、冗談めかして言うが、アルマリーゼの言葉に被せてしまったことに気づき、聞き返す。
「……なんでもないわ」
ルシードの態度に肩を竦めて笑うアルマリーゼは、訓練場の中央を陣取る五人に視線を戻した。ルシードのどこか寂しげな表情につい口走りそうになったが、本来ならば本人たちが直接伝えるべき言葉だ。自分が伝えてしまうのはルール違反だったと、逆にルシードが遮ってくれたことに感謝する。
そんな思いに気づかないルシードは、自身の心情をアルマリーゼに知られることはなかったが、どうやら機嫌を損ねてしまったようだと、話を戻さず、アルマリーゼに習い、五人に意識を向けた。
「いつまで寝ておるつもりだ? その程度で強くなりたいなどと片腹痛いわ。もう止めにするか?」
中央に位置するベルは、周囲で地面に手をつく四人娘を奮起させようと扇動する。
そんなベルの声に、四人娘はそれぞれの武器を手に立ち上がった。
最初に動いたのはルーファとサーシャだ。サーシャは身の丈の二倍もありそうな巨大な大剣を軽々と担ぎ上げ、正面からベルに振り下ろし、ルーファは剣を手に、ベルの背後に回り込んで振るう。
しかし、サーシャの剣を素手――しかもその小さな片手で軽く受け止めたベルは、大剣をサーシャごと掴み上げて放り投げる。
背後から迫ったルーファの剣も、まるで見えているかのように、体を少しずらしただけで躱し、振り返りざまにルーファの腕を掴んで放り投げた。
ミラは二本の剣を地に突き立てて呪文を唱え、両手から数多くの火でできた飛礫をベルに集中させるも、ベルは自身の体に当たる火の飛礫など意に返さず、正面から距離を詰め、ミラも放り投げる。
最後に残ったセラフも遠距離から魔法で援護していたが、三人が倒されたと見るや、槍を構え、ベルが間合いに入るのを待つ。
ベルはまたしても正面からセラフに近づき、槍による自身の間合いの外から繰り出される突きを手で払い落とすと、そのまま歩を進め、セラフを掴もうと腕を伸ばす。
だが、今度ばかりはベルも掴むことはできず、セラフは流麗な動きでベルの腕を躱すと、早口で呪文を唱え、ベルの腕に枷のようにして水の重りを纏わりつかせ、腰のナイフを抜いて斬りかかる。
しかし、水の枷もベルには意味がない。軽く引き千切り、そのまま手に掴んでセラフの顔めがけて水を返すと、視界を失ったセラフはベルに掴まり、宙を舞った。
「ふぅむ……これでいいのかのう? どうじゃ? 少しは強くなった気がするか?」
ベルは自問自答するように地面に突っ伏す四人娘に話しかけるが、四人娘はぶすっとして口を尖らせる。四人娘は体に魔力を流していたにもかかわらず、ベル一人にこれだ。ベルは仙気術を使っていたとはいえ、実力の差を思い知らされただけだろう。
「全然。ってか、ずっと私たちが一方的に投げられてるだけじゃないですか」
「そうだぜ、逆に弱くなった気はしても、強くなった気はまったくしねぇよ」
「何か具体的にどうしろとか、アドバイスをいただけませんか?」
「む、むぅ……アドバイスか。ワシはルシードを弟子に取るまで誰かに教えたことはなかったからのう。正直あれこれ指導するのは苦手じゃ。その点、ルシードはあっさり魔法を覚えてしまったからのう……ワシが指導をすれば、簡単に強くなれるものかと思っておったが……ダメじゃったか」
「教える才能がない」
「ぐっ! 痛いところを突きよるわ。ルシードも戻ったようじゃし、少し休憩にするか」
四人娘に指導者として落第点を出されたベルは「おかしい、こんなはずでは……」と愚痴りながらもルシードたちのもとへと向かう。
「お疲れ様、苦労してるみたいだな」
「うむ。どうにもうまくいかん。何かよい手はないものかのう」
「一夜漬けで覚える勉強とは違うんだ。教えたばかりで強くなれるなら、誰も苦労はしないよ。こういうのはやっぱり積み重ねだと思う。じっくり腰を据えて取り込まないことには、意味がないんじゃないか?」
「それはそうじゃが、ワシもちと急ぎの用が入ったからのう……あまりこやつらに構ってやれる時間がない」
「急ぎの? 俺に手伝えることなら手伝うけど?」
ルシードもあまりのんびりとしていられるわけではないが、急ぎと言うのであれば手伝えることはないかと申し出る。
「い、いや、急ぎと言うても野暮用じゃ。お主に手伝ってもらうほどのことではない」
しかし、ベルは慌てたように手をパタパタと振り、ルシードの申し出を断った。
「それならいいけど、手伝えることがあれば遠慮なく言ってくれよ?」
「うむ。まあ、この街を離れねばならぬし、終わりの見通しも立ってもおらん状況じゃ。それに、お主は王都へ向かうんじゃろ? ワシの目的地とは方角が違う。手伝ってもらうことはないじゃろう」
「そっか。行く当てがないなら一緒に王都に行くのもいいかと思ってたけど、それなら仕方ないな。残念だよ」
「クハハ、ワシも残念じゃ。側で大人の素晴らしさを嫌というほど教えてやろうと思っとったんじゃがのう」
「冗談言ってないで本気で考えてくれよ。今のはどこが悪かったとか、賢者様ならどうするかとかさ!」
側でルシードたちの会話を聞いていたルーファは、何かないかとベルに問う。
「いや、別に冗談で言っておるわけじゃないんじゃが……ふぅむ、ワシならどうするか……」
ベルは腕を組み、目を瞑って考える。自分なら正面突破一択だが、ここで口にするのが間違いであることは明白だ。
「そうじゃな……お主らは動きが直線的すぎるといったところかの。特にいかんのはサーシャじゃな。相手の気を引く囮のつもりかもしれんが、馬鹿正直に剣を振り下ろすだけのやつがおるか。力に自信があることは剣を受けたワシにはわかるが、力だけに任せた戦いには限界がある。以後改めよ」
「自分も脳筋のくせによく――」
「そうだな、俺もそれが気になったかな……ただ正面からぶつかるだけじゃなく、ベルの言うように、何か一工夫入れてみるのがいいと思う」
「わかりました。以後気をつけ、精進します」
ベルは賢者のくせに魔法の一つも使わないな、とはルシードも思っていたが、ここで話をこじらせても意味はない。ベルの援護をするように言うと、サーシャは佇まいを直して素直に頭を下げた。ルシードに。
「う、うむ。まあ、ワシのように老成した……コホン。歳若くとも、経験を積み、尚且つ仙気術を極めた者にはお主らの使う現代魔法はなんの障害にもならん。先程ミラとセラフがやっておったように、ただ正面から魔法を浴びせただけでは意味がないと知れ」
「魔法が効かないのであれば、我々も仙気術を覚える練習をした方がよいのでしょうか?」
実際に魔法をものともしない戦いを見せられ、更には魔法に意味はないとまで言われたセラフは魔法の有用性に疑問を抱き、ベルに尋ねる。
「まったく意味がないというわけではない。そもそも、お主らの使う現代魔法は生活をよくするために作ったものじゃ。わかりやすく言えば、戦で使用するために作られたわけではなく、実戦で使うには威力が乏しい」
ベルは現代魔法を作った時のことを思い出し、懐かしむように少しだけ笑い、話の途中だったと顔を引き締める。
「だが、それでも魔法が使えるというだけで強者になれる。お主らの年代であれば、魔法が使える方が強いのも事実。実際、お主らの魔法は一般に比べ、威力が高い。実戦でも十分に使えるじゃろう。ギルドの基準は知らんが、ワシの基準で言えば、個々の能力はAランクの実力が十分にある。足りんとすれば、魔法の応用力か、経験による判断力か……まあ、ともかく、仙気術は覚えることができれば強力だが、研鑽を積んでこその代物じゃ。ただ使えるというだけでは魔法の方が上回る。今から付け焼刃で覚えられたとしても、逆に弱くなってしまうかもしれん」
ベルはそこで再び考えるように口元に手を当て、過去に魔王と呼ばれる少女に教えを請うた時のことを思い出した。あの時の自分は今とは違い、手を変え品を変え、何度となく本気で挑んだが、いつも軽くあしらわれていたのだ。その時の構図と今の構図が似ている気がし、自分の取った行動を踏まえ、更に思い出せるように、足元に視線を落としながら話を続ける。
「魔法とは面の攻撃として有用じゃが、仙気術を使うような相手には魔力を一点に集中させねば効果は薄い。ここのように開けた場所でなく、自分に有利となる場所で戦うのがよいかもしれんな。地形を把握し、それを活かすのじゃ。仙気術で身を守っているとはいえ、それでも武器に魔力を通せば貫けぬ道理はない。お主らの扱う武器は、どれも名工が作り上げた品のようじゃしな」
ベルは四人娘が側に置く武器に視線を送り、一つ頷いて続ける。
「あとはお主らの立ち回り次第と言ったところか。……たとえば、最後の組み手だけで言えば、死角をついたルーファはまだよいが、それでも、もう一工夫用意せよ。ミラは双剣を使うようじゃが、魔法を使うために一々手放すのでは意味がない。武器を変えるか、武器を持ったまま魔法が使えるようにならんといかん。セラフは手加減したとはいえ、ワシの腕を躱すだけの技術があり、間合いに入られた際、咄嗟にナイフに持ち替えたまではよかったが、決定打に欠ける。回復担当で自分が落ちまいと回避を重視したい気持ちはわかるが、もう一歩踏み出すがよい。サーシャも土魔法の使い手ならば、地の利を活かせ。自分や味方の戦いやすい地形に変えてしまえば、敵をわざわざ自分たちが有利になる場所まで誘き寄せる必要もなくな……む? どうした?」
顔を上げたベルは、誰もが息を呑み、静かに聞き入る姿に目をパチクリさせる。
対する四人娘はベルが初めて見せる賢者のような一面に、感動を禁じえない。別の誰か、たとえば四人娘が通う学園の教師に同じことを言われても、素直に受け入れるだけで終わる話だ。ただ、普段見せる姿との違いが、賢者様からのお言葉として耳に届いただけである。
現に、いつもは反抗的なサーシャさえも、大人しく聞き入っていた。
「い、いえっ、ためになる話をありがとうございます。肝に銘じ、これからも精進します!」
そんな状況から最初に抜け出したセラフが口を開き、他の三人も、コクコクと首を縦に振る。
「う、うむ、わかればよい。あとは……せっかくじゃ、古代魔法の練習もしてみるかの」
四人娘の態度に気をよくしたベルは、調子に乗って魔法の腕も鍛えてやろうと口を開き、四人娘はそこまで期待していなかったのか、更に驚きながらも期待の目でベルを見つめる。
「では、適当な場所に腰を下ろし、己の内側に目を向けよ。本来、魔法とは呪文を必要とせず、体内に内包する魔力を練り上げて使うものじゃ。今までただ垂れ流していただけの魔力を探し出し、感じるのだ。おそらくは心臓のあたりか……新しい魔力は心臓から流れる血液とともに生み出され、補給される。目を瞑るとわかりやすいかもしれん」
四人娘はベルに言われた通りに地面に腰を下ろし、目を瞑る。
ただ見守るだけの三人は、ベルが作り上げた椅子に腰掛け、四人娘の変化を待っていたが、十分が過ぎ、三十分が過ぎても、四人娘は誰一人として口を開かない。
しかし、まったく変化がないわけではない。ルシードの目には、一人だけはっきりと変化が見てとれる。
ベルはじっと四人娘を見守り続けていたが、やにわに椅子から立ち上がると、ルーファの前に立ち――
「これ、寝るでない」
その額を指で弾いた。後方に倒れながらも、ルーファは小さな苦悶の声を上げる。
「――ッてぇ!」
そう、まったく変化がないわけではない。疲れのためか、ルーファは前後に舟を漕いで、明らかに寝ていると意思表示していたのだ。
「わりぃ……じゃなかった。すみません、どうも体を動かさないのは苦手でさ」
「お主はダメそうじゃな。他の者はどうじゃ?」
額を押さえながらも頭を下げるルーファに、ベルは一つ溜め息を漏らし、ルーファの叫びにビクリと反応して目を開けていた他の三人に尋ねる。
「私は……ダメ。なんにも感じない」
「悔しいですが、私も感じ取れませんでした」
「私も。ホントにこれで教え方あってる?」
三人の返事に、ルーファは自分だけではなかったかとニカッと笑ったが、再びベルに額を弾かれて黙り込んだ。
「……やはりダメか」
ベルが試した方法は、昔どこかで聞いただけの方法だ。物心ついた時から魔法が使えるベルは、試したことさえない。
「ワシもこれだけで使えるようになるならば、誰も苦労はせんだろうと思っとったんじゃ」
でまかせを流した誰とも知らない相手に愚痴るベル。頭の中だけで愚痴ったつもりが、思わず呟いることに気づいてはいない。
「えっ!? ちょ、ちょっと賢者様!? もしかして無駄とわかっててやらせたんですか!?」
すぐさま突っ込みが入ったベルは、しまったと両手で口を押さえたが、すでに手遅れ。
「う、うむ。ほれ、物は試しと言うじゃろ? 案外、一発でできる者がおるかもしれんとやらせてみたんじゃ」
「もういい。私の知ってるやり方じゃないから、そんなことだと思った」
バレてしまってはしょうがないと観念したベルが弁明するが、サーシャは立ち上がると、ルシードのもとへと向かい、頭を下げる。
「神様、お願いします。あの子たちと同じように、私にも教えてください」
サーシャの言うあの子たちとはイングリッドたちのことだ。サーシャはルシードがソーニャ、カタリナ、キャロルの三人に魔法を教えた時に居合わせている。サーシャにしてみればルシードの方法が正しく、ベルの取った方法は邪道だ。賢者の言うことだからと最初は従っていたが、やはり間違いだったと、今度はルシードに教えを請おうと頭を下げた。
「一緒に練習する約束だったしな。うまくいかなくても怒るなよ?」
サーシャに頭を下げられたルシードは、サーシャとの約束もあり、ベルが新しい方法を考えつくまでは付き合おうと、素直に受け入れる。
「うん!」
ルシードの返事に満面の笑みを浮かべたサーシャは、子どもたちがしていたように、椅子に座るルシードの膝の先の方へと背筋を伸ばして乗った。ルシードは年少組に教える際、子どもたちとの身長差を考えてそうしていただけだが、サーシャも身長は同じようなものだ。ルシードは何も言わない。
「目を瞑って、俺の手が触れている箇所に集中するんだ」
ルシードはサーシャの背中に触れてから『共有』の能力を発動する。
教えるのが八回目となればお手の物だ。ルシードは慣れた手つきで自身の魔力を流し込む。
すると、魔法を使える者に共有の能力を使うのは初めてだったルシードは、今までにない現象に遭遇した。すでに魔法を使える者はそうとは知らずに魔力を溜め込んでいるのか、共有の能力を介して相手の体内にある魔力が見てとれたのだ。
そうとわかれば簡単だった。共有で繋げた自身の魔力を、そこまで導いてやればいいだけだ。
「どうだ? 胸の……心臓のあたりに何か感じないか?」
「……すごい。今までと全然違う」
「お、見つけたな。それじゃあ、その魔力を手の平に集めて、いつもと同じように魔法を使えるかやってみてくれ。魔力の動かし方はこんな感じだ」
サーシャの返事に手応えを感じたルシードは、共有の能力を使って胸に集めた腕を伝って右手に移動させ、いつものように――呪文を唱えて魔法を使ってみて欲しいと言葉にした。
「わかった」
しかし、サーシャは呪文を口にせず、目を開けて地面に手をかざす。
「――んっ!」
ただそれだけで訓練場に地鳴りが響き、隆起した地面が、十メートルはある天井まで伸びた。
「……えっ?」
声の主は誰か……ルシードも声を出したが、ルシードだけではなかった。
「で、できた……神様、見ててくれた!?」
「あ、ああ、うん、見てた。あれ? 呪文は?」
振り返って聞いてくるサーシャに、ルシードは隆起した地面から視線をサーシャに戻しながら聞き返す。
「なんで?」
レーヴェに住む子どもたちも、エンバリーで出会ったレベッカも、呪文など唱えていなかったのだ。サーシャはルシードの言葉の意味がわからず、更に聞き返す。
「……いや、うん、そうだな。呪文は必要ないよな」
「うん!」
ベルは呪文を必要とする現代魔法の使い手に古代魔法を教えることは至難だと言っていたが、使えたのならば、そこは問題ではない。納得がいかないものがあるとはいえ、結果よければなんとやらだ。ルシードは気にしないことにした。
「あ、あんた、今のどうやったの!?」
「今のは魔法でやったんですよね!? 魔法の威力も範囲も、今までの比じゃないじゃないですか!」
「実はこっそり一人で練習してたとかじゃねーだろうな!」
「ふふん。すべては神様のなせるわざ」
サーシャの魔法から我を取り戻した三人は、サーシャに詰め寄り、サーシャの一言で、今度はサーシャから、サーシャを膝に乗せるルシードに視線を上にずらす。
「ちょっと! 私たちにもやってくれるんでしょうね!?」
最初に口を開いたのはミラだ。ルーファとセラフは口を開かないまでも、その瞳は期待で満ちあふれている。
「あ、ああ。俺でよければ。それじゃあ、順番に」
ルシードの返答に、三人はいっそう目を輝かせる。
「じゃあ、私からね! ほら、サーシャ退きなさい」
ミラはサーシャを軽く持ち上げ、ルシードの膝の上から退かすが、そこへすかさず、だが、おずおずといった感じに、セラフが腰を下ろした。
「あ、セラフ! ずりぃぞ!」
「そうよ! 私からって言ったじゃない!」
「ふふっ、早いもの勝ちです。では、お願いします」
セラフは二人に笑顔を向けてから、背筋を伸ばし、ルシードに背中を向ける。
ミラとルーファは抗議するも、これ以上邪魔をして話がこじれるよりも、サーシャが教わった時間からしても、静かに待った方が早いだろうと、二人はぐっと口を噤んだ。
「お、重くありませんか?」
だが、ルシードが始めようとしたその時、椅子に座るルシードの膝の上に乗ったセラフは、勢いで乗ったとはいえ、今になって重いと思われていないだろうかと聞いた。
「大丈夫、軽いよ。でも……」
「な、何か?」
別の問題があるのだろうかと、半身になって振り返るセラフに、ルシードは彼女たちの勘違いを指摘すべきか迷ったが、結局言うことにする。
「別に、俺の膝に乗らなくてもできるよ?」
「…………え?」
ルシードが子どもたちを膝の上に乗せていたのは、ただ単に身長差から高さを合わせようとしたからだ。膝の上に乗せること自体に意味はなく、サーシャはその場に居合わせたことで、勘違いしたのだろう。
「そ、そうでしたか。ですが……その、せっかくですし、問題がなければこのままでお願いできますか?」
ルシードの声に、少しの間固まっていたセラフは、何を思ったか、笑顔を取り繕って口を開いた。
何がせっかくなのかはわからないルシードだが、セラフの体重は軽いものだ。確かに問題はない。
「わかったよ。それじゃあ、このまま続けよう」
「お願いします」
ルシードは気を取り直して集中、今度はセラフの背中に触れて、共有の能力を発動した。




