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精霊再起の簒奪者  作者: 芹沢歩
第四章 - 番外編
72/154

072 めい探偵ホープの事件簿 そのはち!

 今回の話には番外編における重大なネタバレが含まれます。

 もしもこのページを最初に開かれた方は、最低でも 063話『名探偵登場!?』から読むことをオススメします。

 それ以外の方は下へスクロールを、携帯からアクセスの場合は次ページへとお進みください。
























 ◇


 ホープは嬉々として口を開く。この瞬間をどれほど待ち望んだことか……。


「いつから気づいていたんだい? ボクが――怪盗ディセプションだってことに」


 そう、犯人はホープだ。

 しかし、怪盗ディセプション――今夜の主役であるホープにも、今夜はわからないことだらけだ。ホープが探偵として振る舞い、物語の進行方向を決めるつもりだったはずが、住人の予期せぬ行動にずいぶんと振り回された。そこのところを今夜の探偵――ルシードには是非ともネタ明かしをしてもらいたいところである。


「すごく言いづらいんだけど……実を言えば最初に広間に集まった時に」


 困ったように苦笑しながら、ルシードは言う。


「な、何? ほとんど出会ってすぐではないか? まだ君とはたいして口を利いていなかったはずだが……何故気づけた? 最初に幼女に犯人だと言われた時に、何かボロが出ていたのか?」


 できるだけ平常心を保とうとしていたホープだが、流石に驚きを隠せない。幼女に犯人呼ばわりされた時も、上手く誤魔化せたつもりだ。


「ベルが犯人だと言った時にはまったく。そのあと広間に通されてゴードンさんを待つ間、俺は買ったばかりの辞書を読んでいたんだ。田舎から出てきたばかりで、都会の言葉遣いとかに不慣れでね……」


 辞書。その単語にホープは、ルシードが何故気づけたのかがわかり、苦笑するしかない。


「たとえば、扉一つにしてもそうだ。俺は扉って言うけど、君はドアって言うだろ? 意味が同じでも言い方が違う物がある。俺の知らない言葉が出たからっていちいち人に聞くわけにもいかないと思い、辞書を買って読んでいたまではよかったんだ。でも……怪盗が名乗っているディセプション。本人がつけた名前だとしたら意味があるんじゃないかと思って調べたのがそもそもの間違いだった。騙すとかって意味だとは知っていたんだけど、本当にあっているのか? ってね……」


 ホープは無言でルシードの声に耳を傾ける。


「意味は合っていたよ。でも、最後に一つの単語が載っていた。『欺罔』……意味は同じだ。欺き、騙す。『きもう』と読めるけど……『きぼう』とも読める。ホープ、君の名前のでもある、『希望』と同じ読みだった。流石にそんなはずはないと思っても気にはなる。そこで君と一緒に行動できるようにお願いしたってわけだ。……できることなら、俺も今夜の事件を純粋に楽しんで推理したかったんだけどね」


 ルシードの言葉に間違いはない。『欺罔(きぼう)』と『希望(きぼう)』。同じ読み方をする単語と知ってホープが決めた名前。当然、ホープ(希望)という名も偽名である。

 ホープが良い名前はないかと辞書を買ったのは魔法都市レーヴェだったが、他の街の辞書には載っていない単語だったこともちょうどよかったのだ。まさかあの辞書がいつの間にか他の街でも出回っていたとは、ホープも気づかなかった。

 しかし、これで一つの疑問が解決したことになる。それを喜ぶべきか、悲しむべきか……。


「なるほど、道理でボクの一挙手一投足にも注意していたわけだ……」


 ルシードはホープに興味があるのではなく、怪盗ディセプションとして犯行の瞬間を見るためにホープの側にいたのだ。食堂でトイレへ行くと言って一度別れたあと、ホープを見る目が違って見えた理由も、マリオが広間に駆け込んで来る前にホープの手を握って離すまいとした理由もこれか。

 食堂の時はホープが犯行に及ぼうと抜け出していないか、ホープの手を握った時は睡魔に負け、寝てしまいそうになったために、ホープが勝手にいなくならないようにと掴んだのだろう。


「流石に何かの間違いであって欲しいと思ったよ。俺の思い込み、勘違いだってね。……でも、一緒に行動するにつれて、ホープの行動はますます怪しく見えた。話を聞こうとするよりもクッキーに目を取られたり、話を変えた住人に詳しく聞こうとしなかったり……探偵ならもっと疑ってかかるべきだ。俺にはホープが怪盗を見つけることに、さほど興味がないように見てとれたよ。それに、極めつけは住人の情報を知りすぎていたことだ。ゴードンさんが怪盗ディセプションの予告を受けたのが三日前。その日のうちに依頼を出してホープが受けたとしても、三日で集められる情報量じゃない。説明を受けていないトイレの場所まで知っていたりと……いくら名探偵でも知りすぎだよ」


 クッキーの件については素で気を取られていたのだが、ルシードは気づいていないようなのでわざわざ言うこともないだろうとホープは触れないでおく。


「怪盗にとって情報は命取りだからね。念入りに下調べをしてから予告状を出したよ。君たちにも情報が必要だろうと教えたわけだが、調子に乗って話しすぎてしまったようだな。しかし……そこまでは半信半疑だったわけだな? では、何故ボクが怪盗ディセプションだと確信に至った?」


 ルシードはホープに疑いをかけながらも確証を掴めていなかった。ならばいったい、どこで気づいたと言うのだろうか。


「ホープが休憩をしたいと言い出した時に、ホープが言ったんじゃないか、『ルシードも怪しいと思う人物を見ているといい』ってね。そして見てしまった……君がマリオさんに話しかけ、その直後にマリオさんが宝石部屋に入り、宝石を手に部屋の外へと戻ってホープに手渡した時には、驚きとともに確信に変わったってわけだ。君と別れたのが二十一時ちょうど、マリオさんがすでに宝石を確認する時間は過ぎていたことに加え、この国の王様が来たって宝石は見せないと言っていたのにね」


「ふふっ、なるほど、確かに怪しいと思う人物を見ていたわけだ。……だが、ボクはあの時、周囲の確認をしたが誰の気配も感じなかった。細心の注意を払ったつもりだ。あの場にはマリオ氏――いや、もういいか……マリオとボク以外の人物はいなかったはずだ。ルシード、君はどこで、どうやって見ていたんだ?」


 ホープの盗む方法は誰かに見られていては意味のないものだ。見られた瞬間、ホープが怪盗だとバレてしまう。


「実を言うと……天井に張りついてた。君が休憩を終えて、出て来るまでずっとね」


「て、天井だと? 嘘を言うな。ボクは嘘が嫌いなんだ。ゴードンの館は天井が高いとはいえ、天井に張りついていたなどありえない。ボクが君と別行動をしたのはレベッカの部屋の前。君が天井に張りつくにしてもボクから見えない位置となると階段の踊り場だろう。しかし、少しの音も立てず、更にはボクに気づかれずに宝石部屋の近くまで来ることは不可能だ」


 ルシードの口から出た言葉にホープはムッとして言うが、ルシードは困ったふうに笑う。


「嘘じゃないんだ。ちょっとした……特技って言うか、音を立てずに歩くことができるんだ。もちろん天井に張りついて移動することも。まあ、口で言うより見せた方が早いか」


 そう言ってルシードは雪の上を歩いて見せるが、足音一つしない。この深い雪の上をどうやっているのかは不明だが、ホープにはルシードが嘘をついたわけではないとわかる。特技ですませていいレベルではない。


「なるほど、便利な特技だな。泥棒に向いてそうだ」


「……止めてくれ、ホープの犯行を見ていた時も、こっちが悪者に思えたくらいなんだ」


 その時のルシードの心境を考えると、ホープはこんな時だというのに笑ってしまいそうだ。


「では、ボクがどうやってマリオに宝石を取ってくるように向けさせたかもわかっているのか? ボクは嘘が嫌いだ。マリオはボクの共犯者ではない」


「それはホープが解説してくれたじゃないか。催眠術……いや、厳密に言えば魔眼だろ? 以前にも魔眼の光を見たことがあるんだけど、あの時のホープの瞳は同じように赤く光って見えた。暗示とか、催眠術の類なのかな? マリオさんにはホープがゴードンさんに見えていたみたいだ。ホープに宝石を取ってくるよう言われたマリオさんは、素直にも君に手渡した。でも、そのことを忘れ、マリオさんが零時になる瞬間まで宝石が部屋にあるものと錯覚させられていたのは間違いない。まさしく騙して奪ったわけだ。怪盗ディセプションは変装するものだとみんなが思っているみたいだけど、ホープは一言も怪盗ディセプションが変装するとは言わなかった。『変装していない』とも言ってくれたか……俺が聞いた時は上手く誤魔化してくれたよ」


 ルシードは目を瞑り、思い出すように語るが、天井――それもホープから近い位置にいたのだ。間違えるはずがない。


「正解だ。満点をやろう」


「それはどうも。でも、まさか自分から犯行の手口まで話してくれるとは思ってもみなかったよ。俺に視線を送られた時は、目を逸らすしかなかった」


 あの時目を逸らされたのはそういうことだったのかと、ホープは思わぬ答えに笑いそうになる顔を引き締める。


「流石にヒントがなければ、探偵役に選ばれた君たちも答えが出せないだろう? 最初は魔法や魔眼の可能性を示唆するだけのつもりだったが……ボクの意見を聞かれたならば答えないわけにもいかない。ボクは嘘が嫌いだからな。まあ、一つ目と二つ目は冗談のつもりだったんだが……なんだその目は、本当だぞ?」


 ルシードに不審の目を向けられ、ホープは念のために言っておく。


「……あれ? そういえば、ホープが嘘が嫌いなのは今夜の言動からも理解したけど、最初にベルがホープを犯人だと言った時にはどうするつもりだったんだ?」


 そこでルシードは思い出したのだろう。ゴードンの館の前でホープと出会ってすぐの出来事を口に出した。


「ふっ、あの時は流石にボクも困ったよ。まさか犯行前からボクが怪盗ディセプションだと見抜かれたのか……とね。あの幼女の言葉に『ボクが誰だかわかって言っているのか?』とボクは問い返したが、もう一度『犯人だ』と言われていれば……当然、ボクは自供したよ。『よくぞ見破った』ってなところかな? そこで事件は解決していたってわけさ。君が間に入ってくれて助かったよ」


 ホープは笑って言う。疑うまでもなく、そのような展開が見られたというわけだ。


「まいったな……そうと知っていれば口は出さなかったんだけど、あの時はホープが名探偵だと名乗ったせいで、本当に名探偵と信じてたんだ。そのあとすぐに迷探偵だと聞いたわけだけど……そうとわかっていれば止めなかったかも」


「ん? 名探偵は名探偵だろう? 何かおかしいか?」


 ルシードの言った言葉が理解できず、ホープは聞き返す。


「迷う探偵ホープ。世間じゃそう呼ばれてるらしいぞ? 知らないのか?」


 ルシードの口から出た言葉に、ホープは衝撃を覚える。


「な、なんだと? 迷う探偵? 名探偵ではなく、迷探偵だと?」


 思わず声が上擦ってしまった。

 他人の情報を集めることに集中したせいだろう。ホープは自分の評判がどれほどのものか調べることを失念していた。名探偵と呼ばれているとばかり思っていたが、まさか、迷探偵の方だったとは……いささか探偵時に場を乱しすぎたかもしれない。

 最近、周りの自分を見る目がおかしく感じていたのはそういうことか、とホープには思い当たる点があった。


「まあ……いい。いや、よくはないが、今は捨て置こう。それよりも今夜のことだ。君はすべて見ていたようだが、ボクにはいまだにわからないことだらけだ。順を追って話して欲しいが……どうだ? 話してくれるか?」


「ん? 特にこれといって何もなかった気がするけどな……普通に館の中を歩き回って、美味しいご飯をご馳走になったくらいだ」


 ルシード……こいつは何を言っているのだろうか。それとも彼にとっては今夜のことなど日常茶飯事だとでも言いたいのだろうか……ホープはまったく理解できない。


「君は実際に見たからそうかもしれないが、ボクからすれば不思議なことばかりだったということだ! 話すか話さないか、結論を言え!」


 ルシードが夕食の話を持ち出したせいでホープは腹が減っていることを思い出してしまい、ついつい大きな声になってしまう。


「わ、わかった、わかったよ。俺に話せる範囲なら喜んで話すよ。何が聞きたい?」


 ルシードが素直に話してくれる気になったところでホープは考える。

 聞きたいことは山ほどあるが、やはり最初に聞いておきたいことはレベッカのことだ。彼女が何故自分の足で歩いていたのか……それがわかれば数々の疑問が解ける気がした。


「そうだな……まずはレベッカのことだ。彼女は難病に侵されていたはずだが……何をした? おそらくだが、トイレに行くと言って食堂を抜け出した時に何かしたのだろう?」


 ホープは疑問に当たりを付けて投げかける。常に側にいたサーシャがやった可能性も無きにしも非ずだが、わざわざ口に出したのはホープの願望が入ってしまったこともある。


「正解だ。満点をやろう」


 それでもルシードは先程のホープの言葉を真似、満足のいく答えをくれる。


「トイレに行くと言って抜けたしたのは、他に言い訳が思いつかなかったからだ。本当はもしかしたらレベッカさんを治せるかもしれないと思ってライザさんの部屋を訪ねた。そこで許可をもらった俺は、ライザさんとアルマを連れてレベッカさんの部屋へと向かったんだ」


 ルシードはその時の状況を思い返し、順序だててホープに聞かせる。


「メリーさんのことをお姉さんだと思っていると聞いたのもこの時だったな。なんとか治療は成功したけど、レベッカさんはメリーさんと離れ離れになってしまうのでは? と思い、ライザさんに打ち明けたんだ。それを聞いて、レベッカさんがよくなったことに嬉しくて泣いていたライザさんも、メリーさんのことを娘のように思っていると語ってくれたよ。アルマがゴードンさんを呼びに行ってくれて、レベッカさんの病気が治ったと伝えたのもここ。まだホープが怪盗ディセプションだと確信は持てていなかったから決め手にしようと黙っているように伝えるのも忘れなかった。ゴードンさんのお酒がいつもより増えたのはこのせいだな……聴取の時に言っていた金で買えないもの――真に大切なものっていうのはレベッカさんのことだ。宝石が盗まれたことよりも、レベッカさんが治ってよかったと、そう思ってくれたことに、やっぱり家族ってのはいいものだと思えたよ」


 まだ聞いてもいないことまで話してくれたルシードのおかげで、ホープは次に聞こうとしていた謎まで明らかになる。

 ゴードンが浮かれていたのは娘のレベッカがよくなったことだ。ライザの涙の跡は悲しくて泣いたのではなく、うれし涙。セバスチャンが知ったのは夕食後、談話室を行き来していたあたりか……口止めをされ、主人たちの変化を隠したのだろう。メリーは風呂に行った時だ。皿を割ったというのも、レベッカの世話をする必要がなくなったことにより、捨てられるんじゃないかと動揺して割ったといったところか。この分ではハリーも知っていると見ていいかもしれない。

 このことを知らないのはルシード、アルマリーゼ、サーシャを除いた冒険者メンバーとホープというわけだ。

 ルシードも冒険者たちに今夜の事件を純粋に楽しんでもらいたかったと見える。


「なるほどなるほど。君のおかげで今夜起こったことの疑問は晴れた。しかし、ボクには新しい疑問が生まれたわけだが……これを最後の質問としよう。ルシード……君は何故、そこまで知っていながらボクが怪盗ディセプションだと口に出さなかった? それが不思議でならない」


「それは……」


「それは?」


 言いよどむルシードに、ホープは続きを促す。


「ホープのことが気に入ったんだろうな」


「……な、なに?」


 ルシードの言動は、そのすべてがホープを欺くために用意されたものだと考えていたのだ。唐突な告白に、ホープは動揺するしかない。


「……俺の怪盗に対するイメージが問題なのかもな。俺の読んだ本に出てくる怪盗は、どれも正義の味方だった。私腹を肥やす者からしか盗まない義賊って言うのかな? 怪盗ディセプションの情報からは何も読み取ることができなかったけど、ホープは怪盗が誰も傷つけたことがないと言うし、俺の質問にも答えてくれたり、レベッカさんの体調を心配したり……ああ、クッキーを欲しがってる姿は可愛く見えたよ。でも、ゴードンさん一家は悪い人には見えないし、ホープは私利私欲で動いているようには見えない。だから、ホープがどうしてこんなことをしているのか……直接聞きたくなった」


 ルシードの言葉に、ホープは無言で返す。そんなふうに見られていたとは思いもよらなかったこともあり、言葉が見つからない。


「まあ、今日のホープを見ているうちにみんなの前では言い出しづらくなってしまったってことだ。ホープのことが好きになったんだろうな」


 ホープはルシードの言葉に嬉しく思う。

 こんな仕事を生業にしている自分を好きと言ってくれる人が現れたのだ。嬉しく思わないわけがない。

 そろそろこの仕事は辞めようと思っていたところだったが、今だけはこの仕事を押しつけた上の人間に感謝する。

 だが、それでもホープはルシードに言わなければいけない言葉があった。


「ボクは……君が嫌いだ」


「……それは残念だ」


 本当に残念そうに言うルシードを見て、ホープは胸が痛む。

 ホープは嘘が嫌いだ。それでも今回だけは嘘をついた。こうでも言わなければ、今すぐにでもルシードに両手を差し出してしまいそうだったからである。

 だが、まだその時ではない。今夜はルシードにすべてを持って行かれた形になったが、ホープは世の中の厳しさというものをルシードに教えておかねばならなかった。


「確か、君はこう言ったな『力で押し切るのは最後の手段にでもしているのかな』と。ボクが怪盗ディセプションは力で奪うことを好まないと言ったにもかかわらずだ」


「……そういえば、そうだったかな? あの時はまだホープが怪盗だと確信してなかったからな」


 ルシードもホープの言葉で自分の発言を思い出したのだろう。しまった、という顔をしたが、ホープは引き下がるつもりはない。


「では、君の要望通り、力で奪って行くとしようではないか。さしずめ君の敗因は一人で来たといったところか。君はあの場でボクが怪盗ディセプションだと言うべきだった。君はそのせいで……死ぬ」


 ホープはルシードを殺すつもりなどない。ただ、ルシードの軽率な行動を(いさ)めようと脅しているだけだ。ルシードはGランクの冒険者。Aランクを相手に一人で立ち向かっていい立場ではない。一人で立ち向かうのではなく、他の仲間とともに自分の前に立つべきだった。

 ホープは今後のためにも、ルシードに知っておいて欲しかったのだ。他人を頼るということを。


「……それは困るな。俺にはやらなければいけないことがある」


「もう遅い。それは叶わないと知れ」


 ホープは冒険者カバンから剣を取り出し――


「どうした? 君は抜かないのか? まさか素手でボクの相手をしようというのではないだろうな?」


 いまだ武器を取ろうとしないルシードに向けた。


「……今夜出会った人たちはみんな気持ちの良い人ばかりだった。できれば血を流すような結末にはしたくない」


 それでも武器を取り出そうとしないルシードにホープは苛立ちを覚え、これ以上話を続けても無駄と判断する。


「……風の精霊よ、仮初の契約のもと、我が身に集え」


 ホープは風魔法を発動し、身に纏う。


「最後にチャンスをやろう」


「……チャンス?」


 ルシードはホープが魔法を使ったことに気づいたのだろう。目を見開き、ホープに対して身構えたが、ホープの口から出た言葉に眉をひそめる。


「君がボクの助手として生きるなら、命は助けてやろうじゃないか。ボクの魔眼は記憶の書き換えもできる。君の仲間たちから君の記憶を消すことは造作もないことだ。君は何も気にすることなく、新しい人生を生きる。……どうだ? ボクと来る気になっただろう?」


 ホープはチャンスと口にしたが、ルシードに向けて言ったわけではない。ルシードにとってのチャンスではなく、ホープがルシードとの道を歩める最後のチャンス。

 当然、ホープは誰かの記憶を自分の都合の良い記憶に書き換えたことなどない。それでもルシードが選んでくれたなら、今回だけは自分の欲望のために使いたかった。


「……悪いけど、もう誰かの記憶から消えるのはこりごりだ。だから、ホープとは一緒に行けない」


 だが、ルシードの返事はホープの望むものではなかった。ルシードは悲しそうな目をホープに向けている。

 『もう誰かの記憶から消えるのはこりごりだ』とはどういう意味だろうか、ホープは考える。まさか自分と同じ魔眼を持った者がおり、ルシードの周囲からルシードに関する記憶と奪ったとでもいうのか……。

 だとすれば、ホープの言葉はルシードに届くはずなどない。ルシードの表情からも、悲しい過去を思い出させてしまったに違いなかった。

 きっと嫌われてしまったな、とホープは痛む胸を押さえて耐える。


「……残念だ。では、そろそろ決着といこう」


 罪悪感を感じながらもホープは動く。命を奪うつもりはない。気を失わせ、ルシードが目覚めた時に説教でもしてやろうとだけ考えていた。

 すでにどこかで使われてそうなネタで恐縮なのですが、私の検索能力では見つけ出すことができませんでした。

 この作品で見た! などありましたらご一報いただけると助かります。

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