073 めい探偵ホープの事件簿 そのきゅー!
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風の加護を受けたホープは舞うようにルシードに迫る。相手はGランクの冒険者だ。小細工をする必要もない。
ホープはルシードに正面から近づき、剣の柄頭で殴ろうとして――――躱されたことに目を見開く。
確かにホープは手加減をした。それでも、ホープの基準でGランクの冒険者が防げるような速度ではなかったのだ。
ホープはルシードが躱したことに驚き、ルシードを目で追ったところで、慌ててルシードから離れる。
ルシードは躱しただけではなかったのだ。ホープを捕まえようと手を伸ばしてきているではないか。
ホープはルシードの手に捕まるまいと、身に纏った風を蹴って上空へと登り、その場で浮遊した。
「おど――」
「驚いたな。地面を蹴らず、宙を蹴って移動できるのか。確かにそれなら地面に積もる雪も関係ない」
ホープは驚きの声をあげようと口を開いたところへルシードの声が重なり、またしても先を越されたことに口を噛む。
「……驚いたのはこちらも同じだ。今のボクは、ただ魔力を纏っているだけじゃない。風魔法の加護を受けて、更に速度が増しているんだぞ? それを躱して反撃に出るだと? しかもボクが何をやったのかまでわかったとは恐れ入る」
「ああ、そうか。魔法には属性があるから、ただ魔力を纏うより、属性で纏うって手もあるのか。勉強になるね」
ルシードはホープの驚きに答えるでのなく、ホープの使った魔法に関心があるかのように吟味しているようだった。
ホープはルシードが仙気術を使ったのだろうかと予測を立てるも、そうではないと断定する。
仙気術は目に見えないとはいえ、ホープの経験上、相対すればすぐにわかると断言できる。身に纏うオーラの質のようなものが変わるのだ。それで言えば、目の前のルシードに変化はない。ルシードは自身の身体能力だけでホープの一撃を躱したということになる。
ホープはルシードの評価をAランクに近いBランクへと変え、油断をすれば足元をすくわれかねないと気を引き締める。
そんなホープの考えも知らず、ルシードは楽しんでいた。
余裕があるわけではない。魔法で強化していない体では、ホープの動きについていくのがやっとだ。
それでもホープの魔法を見たルシードは、自分の知らない魔法の使い方に気持ちを抑えられず、口許が緩む。
「ふん。笑えるとは余裕じゃないか。ボクは今、君の手の届かない場所にいるんだぞ? それに、君の足元はどこも雪で一杯だ。そんな足場ではろくに動けないだろう?」
ホープは笑みを浮かべたルシードにムッとして口を開いた。
ホープは風魔法の加護を得ることで体を軽くし、足元の風を押し上げることで、地面から十メートルほど宙に浮いているのだ。更に言えば、ルシードの足場は悪く、ジャンプをしたところで届きはしない。誰が見ても優位に立っているのは自分なのだ。それなのにルシードが笑っていることが不思議でならない。
「……そうだな。それじゃあ、こういうのはどうだ!?」
ルシードはホープの言葉を聞いて思案すると、ベルトに取り付けたワイヤーを引っ張りだし、ホープに向かって投げつける。
「糸? いや、ワイヤーか!? ……だが、どこに投げている?」
ホープはルシードが投げたワイヤーを見て訝しむ。
ワイヤーは最近開発された素材だ。強度、耐衝撃、柔軟性、どれもが優れた素材で、上位に位置する冒険者の中で秘かな人気があると聞くが、高価なものだ。Gランクの冒険者が買えるような品ではない。
おそらく仲間の冒険者に貢がせたのだろうとホープは推測し、苛立ちが増したところで余計な考えを振り払おうと、ルシードが投げたワイヤーに注視する。
確かに離れた位置にいる自分には有効だろう。しかし、ワイヤーにはナイフどころか何も取り付けられておらず、更には目測を誤ったのか、ルシードが投げたワイヤーは自分がいる位置とはわずかにずれていたのだ。
ワイヤーを扱えるだけの技術がないのかともホープは考えたが、先程自分の攻撃を躱されたことから考えても、それだけはないと判断する。
では、いったいルシードはどうして自分目がけて投げなかったのだろうか。ホープは考え、ワイヤーを目で追ったことで理由を理解した。
ホープとルシードはエンバリーの中央、東西を分断する橋の真ん中。この橋はアーチ状に組まれており、橋は何本もの釣り材で支えられている。ルシードが投げたワイヤーは器用にもそのうちの一本――ホープが宙に立つその場よりも三メートルは上の位置に絡みついたのだ。
ルシードは軽く地面を蹴って体を浮かせると、ワイヤーの回収ボタンを押した。
ワイヤーを引き戻すのではない。自分がワイヤーを絡み付けた釣り材の位置に飛ぶためだ。
飛び上がったルシードは釣り材を掴んで絡めたワイヤーを外し、ホープを見下ろす。
「今度はこっちの番だな」
ルシードはホープに告げ、ホープ目がけて飛び降りる。
「――なッ!?」
ホープはルシードの奇行に目を見開き、ルシードを受け止めるべく両手を広げる。
ホープがいる位置は地上から十メートル。ルシードはそこから更に三メートル上の位置にいるのだ。飛び降りて無事でいられる高さではない。
「えっ? お、おい、ホープ!?」
だが、受け止めようとするホープに、今度はルシードが驚く番だった。
ルシードはホープ目がけて飛んだが、ホープを掴むことができなかった場合は、もう一度ワイヤーを投げて別の釣り材に飛ぼうと考えていたのだ。
それなのに、ホープはルシードを受け止めようと両手を広げているではないか。
ルシードとホープまでの距離は三メートル。落下の速度で一瞬にしてその距離は縮まり、お互いが受け入れるようにして抱き合い――そのまま落下し続ける。
「くっ、流石に二人は無理だ!」
ホープの体を浮かす魔法は、ただ風を送って体を持ち上げているわけではない。風だけで体を持ち上げようとするならば、それだけで魔力を消耗してしまい、力尽きてしまう。
そこでホープが考え出した方法は、風の加護を受けて自身の体重を軽くすることだった。自身を風魔法で纏い、軽くなった体を足の裏から風を放出して浮かせるのだ。
しかし、必要最低限の魔力だけで実現できるようになった魔法も、効果は自分にしか及ばない。ルシードを受け止めたものの、最低限の魔力しか使っていない体では、ルシードを支えて浮かぶことは不可能だ。
自分は魔法で体を強化しているので問題はない。痛いだろうが、死にはしない。だが、魔法も仙気術も使えないルシードでは助からない高さだ。体の小さいホープでは、ルシードを庇いきれない。
呪文を唱えるには高さが足りず、無傷で終えるには高すぎる。なんとももどかしい高さにホープは唸り、決断する。
今の状況はホープがルシードに戦いを挑んだせいだ。大人しく捕まっていればこの結果はなかった。
迫る地面にホープは、せめてルシードだけは、と体に纏う魔力を手に集める。地面に衝突する瞬間に手から放出し、ルシードを守ろうというのだ。新たに風を生み出すなら呪文を唱えなくてはいけないが、一度体に集めた風なら呪文も必要ない。
ホープはタイミングを計ろうと地面を見た――
と同時、視界が横にぶれた。急激な変化にホープは戸惑う。下ではなく、横にぶれたからだ。
「……ふぅ」
気がつけばルシードに抱きかかえられたまま、ホープは地面に近い、橋の釣り材にいた。
いったい、何が……。
ホープは思うが、答えは簡単だった。ルシードが再びワイヤーを投げ、ホープを抱えたまま飛び上がったのだ。
「……おい、やるなら早くやってくれないか。死を覚悟したぞ」
ホープはルシードを半眼で睨みつけて愚痴る。
「……悪い。まさかホープが俺を受け止めるとは思わなくてな。動揺して遅れた。最初からホープを掴まえられなかったら、もう一度ワイヤーを投げて別の釣り材に移動しようと考えてなければ間に合わなかったかもな」
ルシードの弁明に、ホープは一瞬呆然としたが、声を大にして怒鳴る。
「き、君は……そうならそうと先に言え! 自殺志願かと思ったぞ!」
「そんなわけないだろ! なんで捕まえようって時に自殺しようなんて思うんだよ!」
「それは……そうだな」
ルシードに言い返され、ホープは自分でも何故そう思ったのか不思議だった。
「……とりあえず下に降りるか」
「……そうだな」
ルシードは確認を取り、ホープを抱えたままゆっくりとワイヤーを伸ばして地面に足を着く。
「なんだか興が削がれたな。この辺で終わりにしようか」
ルシードは終わりにしようと言うが、
「馬鹿を言うな。これで終わりにできるものか。決着はつける」
ホープは納得しない。今日はルシードにやられっぱなしなのだ。納得できるはずもない。
「この状態から?」
「……できれば少し距離を取りたいな」
ホープはルシードに抱かれたままだ。なんとも間抜けな状態である。
「わかったよ」
ルシードはホープを地面に降ろし、距離を取る。
あのまま掴まえておけばいいものを、とホープは思わなくもないが、口に出したりはしない。
「吹き抜ける風よ、阻む障害を払い、我が道を示せ」
ホープがルシードの方へと手を伸ばして呪文を唱えると、一陣の風が吹き、ホープとルシードの間に積もっていた雪が払いのけられた。
「サービスだ。これで君も動きやすいだろう? 最後は正々堂々といこうじゃないか」
「正々堂々って……やっぱりホープに怪盗は向いてないと思うぞ?」
「う、うるさい、さっさと構えろ!」
ホープは自分でも向いていないと常々思っていたのだ。探偵として振舞うことで楽しんではいたが、人を騙す罪悪感は残る。やはり今回でこの仕事は最後にしようとホープは決め、ルシードを見る。
ルシードはホープを待ち受けるように立っていた。傍から見れば棒立ちに見える上に……その手に武器はない。
「……甘いな。その甘さが命取りになる」
小さく呟き、ホープは地面を駆ける。すでに魔法で体は強化済みだ。剣の柄頭で殴ろうとしていることは同じでも、今度は手加減をしない。
ホープは一瞬にしてルシードに近づき、剣を振上げ――
この状態にもかかわらず動かないルシードに、動きが止まる。
やはり本気を出した自分に、ルシードは対応できていないのだ。剣の柄頭とはいえ、本気で殴れば死んでしまうのではないかと頭によぎり、振り下ろす手を止めてしまった。
だが、そこでホープは、自分の動きについてこれていないはずのルシードと目が合う。
ありえない。そうホープが思った刹那――
「甘いのはホープの方じゃないか」
ルシードの声が耳に届いた。
急に声をかけられ、ホープは思わず剣を振り下ろす。柄頭ではない、刃をルシードに向けて振り下ろした。
一瞬の出来事にホープは腕を止めることも忘れてしまうが、それでもルシードはホープの剣を掻い潜る。
袈裟斬りに振るわれた剣を半身になって躱し、ホープが剣を持つ右手を、ルシードは左手で掴む。
「な――」
ホープは驚くも、ルシードは止まらない。ホープの右手を掴んだ左手をそのままに、右手をホープに伸ばして触れた。
「――にを!?」
――バチッ!
ホープは声に出した瞬間、今まで感じたことのない衝撃が体に走り、まるで痺れたように体がいうことを聞いてくれない。
「ぐッ!」
呻いたのはルシードだ。ホープは体の痺れに声も出せないでいる。
ホープは何が起こったかもわからず、ルシードの右手に押される形でうしろに倒れるしかない。
その体を、ルシードは左手でそっと支えた。
「いてて……なんとなく予想はしてたけど、直接触れて自分の魔力を相手に流すってことは、自分にも流れるってことだよな。咄嗟に魔力を切り離してみたけど遅かったか……これは改良が必要だな」
ホープはまだ動けない。気が遠のく瞬間、聞こえたルシードの声に、ルシードが魔法を使ったのだと知るのが精一杯だった。
◆
ルシードは痺れる右手をホープの足の下に回して抱き上げ、ホープが風邪を引いてはいけないと火魔法で体温を保温する。
次に寝かせる場所はないかと見渡すも、ここは橋の上、観光スポットにはなっていないのか、あたりには椅子もなければ休める場所もない。そこでこの橋に来る途中で見かけた公園へ向かおうと決める。
「気絶させるつもりはなかったんだけどな……思ってたよりも威力が高いのか?」
ルシードは一人ごちる。
ルシードが使った魔法はゴードンの館、夜明けの太陽が置かれていた部屋の仕掛けを真似たもの。自身で体験したことで使えないかと考えていたルシードは、自身の魔力を使って再現したのだ。
しかし、再現できたまではよかったが、ホープに直接手で触れて使ったことで、自分自身にも返ってきた。遠くから放てればよかったのだが、ゴードンの説明からルシードはテオの言っていた電気というものだろうと推測はできても、実際に雷を見たことがないのだ。火の玉として飛ばしても、おそらく痺れるという効果は失われてしまうだろう。それでは新魔法の意味はない。
結局、ルシードは遠くに飛ばすイメージが湧かず、直接触れて使うしかなかった。直接触れることで自分にも返ってくるかもしれないと考え、魔法を使うと同時に魔力を切り離したが、それでも完全に切り離すまでには至らなかったというわけだ。
「ここでいいか」
公園にやって来たルシードは、椅子と周囲に積もった雪を風魔法で押しのけ、火魔法で温めてからホープを寝かせ、自身も同じ椅子に腰掛ける。大人数で座るようにできているのだろう。椅子は横に長く、小柄なホープでは足を伸ばしても隣に座る余裕があった。
これがベンチという物だろうと、ルシードはそろそろ都会に合わせた言葉を使うようにしようと秘かに決意する。
「今日は大変な一日だったけど、終わり良ければ全て良しってことにしとくか」
ルシードは欠伸をかみ締め、時計を見ると、時計の針はそろそろ朝の四時になろうかとしているところだった。
「自分でやっといてなんだけど……早く起きてくれないかな」
今寝るわけにはいかない。ルシードは隣で幸せそうに眠るホープの頬を軽くつつき、男の頬とは思えない柔らかさに、ホープが起きるまで楽しんで待つことにした。




