055 一つの終わりと新たな始まり
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ルシードがソーニャ、カタリナ、キャロルの三人にも魔法の講義を終え、一段落ついた……のだろう。
ソーニャ、キャロルが土属性、カタリナは火属性だったが、ベルが言っていた魔力の操り方を覚えるのに苦労するとはなんのその、二桁にも満たない少女たちは全員が一回で魔力の操り方を覚えてしまった。やはり、今の世代は魔力の扱いに長けているようだと、ルシードは思う。
しかし、以前聞いていたように土属性が多く、風属性と聖属性、魔属性はレアな属性なようだ。六人に教えたが、土属性が多く、風属性と魔属性はいなかった。今思えばイングリッドは光属性がいいと言い張ったことからも、本当に聖属性だったのかは疑問が残るが、聖属性の治癒魔法は役に立つ。覚えられたのなら損はないだろうという結論に至る。
「これで全員終わったな。ちゃんと自衛以外で人を傷つけることに使わない約束を守るんだぞ? 特にカタリナは練習にも気をつけるように。魔法の練習をする時は火事にならないように、必ずローラに付き添ってもらうんだ。他の二人も、しばらくはお姉さんたちの見ているところでしか使ってはいけない。いいね?」
「はーい!」
年少組三人の元気一杯な返事にルシードも少し癒され、そのおかげか一気に解決できる妙案を思いつく。サーシャが辛い思いをするだろうが、ある意味共犯者だ。この際、我慢してもらうしかない。
「わたくしたちも、この子たちの先輩として良い見本になりますわ」
「うん!」
「任せてください」
イングリッドたちが率先垂範してくれるなら問題はないだろう。それよりも、ルシードはここからが肝心だと、気を引き締める。
ルシードは冒険者カバンからスピリティア・ストーンを三つ取り出し、年少組にそれぞれ手渡す。
「それは君たちが魔法使いになれた記念に。俺の弟子の証でもあるかな。……ただし、俺との約束を守れないと返してもらうよ」
「……神様。私も欲しい」
年少組にこれから約束の説明しようとした矢先、サーシャが年少組の手元を見て、ルシードに言う。サーシャが欲しがるところまでは計画通り、ルシードは内心でほくそ笑む。
「いいけど、サーシャにも約束は守ってもらうよ?」
「当然です」
「わかった。それじゃあ、サーシャも話を聞いてくれ。イングリッドたちも」
ルシードの言葉に、全員が円を組むようにして広がる。
「約束は二つだ。一つはさっきも言ったように、自衛以外の目的で魔法を使い、人を傷つけないこと」
「問題ない」
全員が頷いたところで、ルシードは本題に入る。
「もう一つは……ルシード教は今日で解散です。弟子たちは俺のことは先生と呼ぶこと、サーシャはルシードって呼び捨てで構わないよ。神様は禁止です。これはとても大事な約束です。破った時は、さっき渡した物を即没収します」
「……え? 神様どうして――」
「はい、サーシャは約束を破ったのであげません」
「あ、そ、そんな……」
ルシードの言葉を聞き、サーシャはこの世の終わりを迎えたかのような表情を浮かべたあと、目に涙を溜め、そのままうしろにバタリと倒れ込み、起き上がってこない。その姿を見たルシードは心が痛むも我慢し、前言の撤回も、抱き起こすような真似もしない。
それを見た残りのメンバーは――
「わ、わかりましたわ。これからもルシード先生と呼ばせていただきますわ!」
「はい、先生!」
「せんせー、せんせー」
すぐに理解し、呼び方を変えた。
非情にも、年端もいかない子どもたちにとって上下関係は絶対だ。ここでサーシャの二の舞になるわけにはいかなかったのである。
とはいえ、ルシードの作戦は成功だ。これで表向きにルシード教も終わりを迎えることとなる。
◆
少し時間が経っただろうか。倒れたまま起き上がらず、泣いているサーシャをみんなが気にしていたが、ルシードは自分が相手をするからと、イングリッドに他のメンバーの引率をお願いして解散し、ルシードとサーシャを残して全員が帰っていった。
ルシードは倒れたままのサーシャに近寄り、声をかける。
「……サーシャ? まだ泣いているのか?」
「うっ、ぐすっ……でも、私だけ……」
「サーシャ、俺もひどいことを言って悪かった。でも、俺だって神様なんて偉いもんじゃない。本当はサーシャだって気づいてるだろ? 俺も、もっと早く言うべきだったけど、懐いてくれるサーシャに嬉しくて、先延ばしになってた。けど……流石にあの人数は、俺の肩には荷が重い。だから、ここで終わりにしよう」
「でもっ、でも……私は神様に会えて、本当に……」
「ありがとう。俺も同じ気持ちだよ。サーシャと出会えてよかったし、俺だってサーシャに色々なものを教えてもらった。ちょっぴり気恥ずかしくて、普段は口に出さないけどね。だから、ここで終わり……とは言ったけど、何も全部終わりにしてここで別れようってわけじゃない。それよりも、俺はここからまたサーシャと友だちとして一から始めたいよ。……サーシャはそれじゃ、嫌か?」
「……嫌じゃ、ない」
サーシャは目元を赤く腫らしながらも、しっかりとルシードを見て言う。
「よかった。なら、仲直りだ。ほら、立って」
「うん、私も神様と――あっ、ごめんなさい」
神様禁止のせいだろう、つい口に出してしまったサーシャはまた泣き出しそうになり、その姿は今までの元気一杯とは打って変わって痛々しい。
「……いいよ。サーシャだけ特別だ。誰にも内緒だぞ?」
流石にこれ以上は見ていられない。そもそも原因はルシードだ。それならば、謝罪の意味も込めて特別扱いくらいしようと決める。
「うん、神様!」
ルシードは笑顔に戻ったサーシャに手を差し伸べて立たせ、服についた土と、涙で濡れた袖の水分を魔法で分解し、赤く晴れた目元は手で直接触れて癒す。イングリッドに教えていた時に、イングリッドの魔力の流れや、やり方からルシードも学ばせてもらった聖魔法だ。
「……ぁ」
サーシャは目元を拭ってもらった時点で目を瞑り、背伸びをして、まるでキスでもねだるような体勢だ。
だが、ここで勘違いしてはいけない。そうやって男女の関係は一瞬にして崩れてしまうのだ。
そもそもキスで子どもが生まれるなら、友情での好きでも生まれてしまうかもしれない。ルシードは旅をしているのに子どもが生まれてしまっては大変だと、キスをするような真似をしたりはしない。
「そういえば、サーシャの悩みをまだ聞いていなかったよね。よければ聞かせてくれないか?」
「……むぅ」
目を瞑って背伸びをしていたサーシャは少しむっとした顔になると、今度は悪戯っぽい顔になり、
「それはもう神様が解決してくれた。だから神様は、私の神様」
悩みが解決したと言う。
鳩が豆鉄砲を食ったようだ、とはこのことだろうか。ルシードは鳩を見たことがなく、仮面で誰からも顔が見えないが、まさにそんな状態だ。
「え? いつ?」
「内緒」
さっきのお返し、というわけでもないだろうが、サーシャは教える様子もなく、ただ笑っているだけだ。
余談だが、サーシャの悩みというのは体の成長が止まったことである。
二年ほど前、サーシャも耳に入れたいと思ったわけではないが、食堂で昼食を取っていた時のことだ。
うしろのに座った別クラスの魔法科の女生徒たちの話し声が聞こえてくるではないか。なんでも、世の男性は胸が大きい方が好みだと言い、どうすれば大きくなるだのと議論をしていた。
気になる男はいないサーシャではあったが、そうと聞けば黙ってはいられない。昼食を取る手も止め、じっと聞き耳を立てて一字一句漏らさず聞いた。
だが、そこからサーシャの苦難の日々が始まったと言っても過言ではない。
魔法科の女生徒が話していた胸の大きくなる方法を試すも失敗に終わり、四人の中でサーシャに次いで小柄だが、大きな胸を持つルーファにそれとなく聞くも、ルーファはまったくと言っていいほどに興味がないのか、なんの収穫も得られなかった。この時ばかりはルーファに軽い殺意が芽生えたのを、サーシャは今でも覚えている。
悩みに悩み、こんなことに使うべきではないと思いながらも、久々にレーヴェへとやって来たサーシャは得意な占いに手を出す。
その結果はおかしなもので、三日以内に男性との運命の出会い有り、というものだった。
しかも、すでにサーシャは魔法都市レーヴェに来ていることもあり、男に出会うはずはないのだ。この占いは外れると思いながらも、ギルドの依頼で出た森でルシードと出会った。
サーシャの家は特別だ。ただのルナミリス教徒ではない。だからこそ悩みに悩み、直接神にお願いするにはどうしたらいいか、父と母に相談したサーシャは、他ならぬ父と母から『この世界に神はいない』と伝えられた時も、やっぱりそうなんだ、としか思わなかった。
祈れど解決してくれなかった女神ルナミリスなど、神などいるはずがなかったのだ。
それでも、とうの昔に信じなくなっていたサーシャだったが、この人こそが天啓を与えてくれる人なのだと、ルシードを神と崇め、信じることにした。
しかも、その日のうちに部屋へと押しかけ、尋ねてみると、ルシードは女の魅力は胸ではないと言う。
たったそれだけ。そう、たったそれだけのことで、サーシャにとっては運命の男と決定付けるに値したのである。
そうと決まればレーヴェに住む友だちにも広めようと、ルシードを新しい神として崇めるよう触れ回り、現在に至ったというわけだ。
そんなサーシャの悩みを知るはずもないルシードは、解決したというのなら無理に聞き出すこともあるまいと諦める。悩んでいることほど、人には話しにくいものだ、と。
「じゃあ、これだけは教えてくれ。最初にサーシャたちと出会った時、どうして俺のことを神様って呼んだんだ? その時はまだ何もしていなかっただろ?」
「それは私の占い。占いで三日以内に男性との運命の出会い有りと出ていた。魔法都市に来て何を馬鹿なと思ったけど、私の占いに間違いはなかった」
「へえ、そんなに当たるのか?」
まさか未来予知的な能力でもあるのだろうか。しかし、運命の出会いが、どうして悩み解決に繋がるのだろうか。ルシードは思考を巡らせるも、答えは出ない。
「正直微妙。でも、当たる時は当たる。それに、いつも占っているわけじゃない。気が向いた時だけ、同じ内容で占っても、同じ内容にはならないことが多い。ふと、なんとなく占ってみようと思った時に占うと当たる……気がする」
信じていれば、当たった時は占いのおかげにできるといったところか。ルシードは胸を張って言うサーシャを微笑ましく思う。
「神様のことも占う? 一ヶ月以内なら占える」
「うーん……それじゃあ、せっかくだし占ってもらおうかな」
未来がわかるとは少々怖いものがあるが、サーシャの期待にあふれる目を見て、ルシードは受けることにした。
「任せて!」
サーシャは胸を張って叩き、冒険者カバンを漁って、カードから台座に乗ったガラス玉まで、色々と取り出してみせる。
「……最初は恋愛運から。カードを一枚引いてみて」
道具を広げて一通り悩んだように見えたサーシャは、カードの束を手にとると、ルシードに見えないように裏向きにして広げた。
「……わかった」
ルシードは何故恋愛運から? と思うが、ここはサーシャに任せようと、言われた通り、サーシャが手に持つカードを一枚取ろうと手を伸ばす。
「サーシャ?」
「……何?」
だが、ルシードが手を伸ばすと、サーシャはルシードが選ぶはずのカードを操作するかのように手元を動かすのだ。
ルシードはどういう意図があるのかとサーシャの名前を呼んでみたが、サーシャは小首を傾げるだけ。
ならば、この占いはこういうものなのだと思い、ルシードはサーシャが取らせようとするカードを手に取る。
「ハートの絵柄かな?」
「おお、恋愛運は最高。今近くにいる異性と結ばれるべき」
ハートの絵柄だけでそこまでわかるものなのだろうか。ルシードは疑問に思うが、せっかく占ってくれたのだ。今は信じてみようと、近くにいる異性は誰だったかと思い浮かべ、断念する。
「うーん、ここはレーヴェだし、異性が多すぎて絞りきれないな」
「……む、女難とも出てる。近づく女には気をつけた方がいい。私を除いて」
ルシードの言葉に、サーシャは何かを思いついたように付け加えた。
「……女難?」
女難と聞いても、ルシードに思い当たるふしはない。ルシードを困らせると言えばアルマリーゼが浮かぶが、ルシードはアルマリーゼと男女関係にはあらず、好意を受けているわけではないと知っている。
いや、女性が災いを運んでくるという意味で取ればその限りではないが。
「そうだな……一応、レーヴェは女性しかいないから気をつけておくか。それじゃあ、次は金運かな」
サーシャは当たる時があれば外れる時もあると言うのだ。女難という点から、ルシードは自分には関係ないだろうと適当に答え、次に金運を占うようお願いする。レーヴェに着いてから金に困ってばかりだ。今後の出費を考えるためにも聞いておくことにした。
「……わかった、もう一枚引いてみて」
なんだか釈然としない様子のサーシャは、手に持ったカードを再びルシードの方へと突き出し、ルシードはまたしてもサーシャが選んだかのように動かすカードを手に取る。
今度は金貨の絵が描かれたカードだった。
「おお、金運も最高。生涯お金に困ることはない」
サーシャの言葉に、今度ばかりはルシードも本物かどうか怪しく見える。
今は割りと余裕があるとはいえ、金に困らないというほどではない。それに何より、一ヶ月以内の占いではなかったのか。
だが、せっかく占ってくれているのだ。サーシャがルシードを喜ばせようと出まかせを言っているのだとしても、文句は言わない。
「そうか。それじゃあ……最後は未来でも占ってもらおうかな」
サーシャは未来がわかると言うのだ。ルシードは占うべきではないと思いながらも、好奇心に負けて占ってもらうことにした。
「任せて。じゃあ、一枚――」
「いや、せっかくだし、他の占いも試してみようかな。こっちのガラス玉はどんな占いなんだ?」
大きなガラス玉というだけで目に引かれるものがある。
ルシードは台座の上に丸いガラス玉を乗せた物を指差して、サーシャに尋ねた。
「……む、それは魔道具。怪しい古物店で売ってたから買った水晶玉。これが一番当たる」
「怪しいって……」
魔道具というのはなんとも怪しい話だが、サーシャが当たるというのであれば当たるのだろう。もしかすると本物なのかもしれない。
「この水晶は触れてしばらくすると未来が見える。触れてみて」
「こうか?」
ルシードは水晶に触れ、結果が出るのを待った。




