054 侵略者との遭遇
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「おはよー、みんな早いわね」
次に起きてきたのはミラだ。時間は十時、ルシードとアルマリーゼ、セラフはすでに朝食を終え、三人で本の内容について語り合っていた。
「早いって、もう十時よ? ミラとその他二名が寝すぎじゃないかしら。……ねえ、ルシード?」
「……俺は昨日も今日も早かっただろ」
「ふふっ、そういえばそうだったかしら」
ルシードはアルマリーゼにここぞとばかりに言われるが、昨日も今日も寝苦しくて起きたとはいえ、起きたことには変わりない。
「寮じゃないと二度寝しちゃうんだよね。王都に帰る前に直しておかないといけないんだけど、ついつい時間があると寝ちゃうっていうかさー」
「気持ちはわかりますが、帰るまでに直しておかないと、帰ってからが辛いですよ」
「んー、明日から頑張るよ」
ミラたちは学園に通っているようだが、学園とはそんなに時間に厳しいところなのだろうか。テーオバルトのところに通っていた時は、だいたいの時間でよかったため、ルシードにはわからない。
「おはようございます、神様」
「おはよー」
そこへサーシャとルーファが一緒になって現れた。
「おはよう、よく眠れたか?」
「うん、昨日はとっても良い夢が見れた。今日は良いことがありそう」
「おう、アタシもバッチリだ!」
やはり寝苦しいのはルシードだけのようだ。借り物とはいえ、自分の寝床であるというのに、理不尽なものである。
「朝食はどうしますか?」
「このあと出かける。簡単にパンを焼くだけでいい」
「アタシもこのあと出かけるから、サーシャの分と一緒にパン焼いてくれよ」
「それじゃあ、私も同じでいいよ」
サーシャとルーファ、それに合わせたミラの返事を聞いて、セラフが台所へと消えていく。
「それにしても、二人とも元気ねぇ。どこ行くのよ?」
「今日も子どもたちのところに行く。人気者は大変」
「……色々だ。今日は色々忙しい」
ミラの質問に対し、サーシャは元気に、ルーファは目を逸らして言う。
「ふーん。ルシードとアルマリーゼは?」
「俺はギルドに顔を出したら、今日こそは街を見て回るかな」
「私はだいたい見て回ったから、今日はここにいるつもりよ。セラフに本でも借りて読んでいるわ」
「そっか。私はどうしようかな……」
ミラと会話している間にも、サーシャとルーファがルシードの左右の椅子に腰を下ろした。朝はアルマリーゼとセラフと話し込んでいたためにルシードが真ん中に座ってしまっていたが、二人ともいつもの席にこだわりはないのか、文句の一つもない。ミラも何も言わず、空いている椅子に座った。
「神様、事はすべて上手くいってる」
ルシードの左隣に座ったサーシャの第一声に、ルシードは首を傾げる。
「ん? ……そうか、頑張ってくれ」
なんのことかと聞き返そうかとも思ったルシードだが、ルシードに向けるサーシャの笑顔に水を差すのは気が引け、激励を送るだけに終わる。
「うん、任せて!」
「なんだ? なんかあんのか?」
そこで反対側からルーファの声。これでサーシャが何を言いたかったのか聞きだせるかもしれないと、ルシードはサーシャの反応を待つ。
「今はまだ言えない。だけど、ルーファにも関係のない話ではない。次の報告を待って欲しい」
「ん? そんじゃあ、待ってるけど、吉報で頼むぜ?」
「問題ない。昨日までで目的の五十パーセントはクリアしている」
どうやらルーファも関係しているようだが、まだ詳しい話まで聞かせてはくれないようだ。このメンバーで何かあっただろうかとルシードは考えるが、一つのベッドで一緒に寝ていることくらいしか思い当たることはない。まさか、五十パーセントとはルシードのベッドの占拠率ではあるまいか。ルシードはルーファを見るが、ルーファもサーシャが何を言いたいのかわかっていない様子。
これ以上は考えても仕方のないことだろう。それに、果報は寝て待てとも言うのだ。サーシャが吉報だと言っているのなら、大人しく寝て待つのもいいだろう。ルシードはサーシャの言葉通り、期待して待つことにした。
「お待たせしました」
セラフがサーシャたちのパンを運んできたことで、この話も終了だろう。二人はもう朝食のパンにかぶりついている。
◆
サーシャたちの朝食も終わり、サーシャがそろそろ家を出ると言うので、ルシードも一緒に出ることにする。ルーファは急いでいるのか早々に朝食を切り上げ、先に行ってしまった。
ルシードはサーシャと並んで大通りを歩く。
「サーシャは、いつも子どもたちとはどこで遊んでいるんだ?」
「あの路地を抜けた先にある小さな広場で会うことが多い。向こうには大きい広場があるけど、私には……こほん、小さい子どもたちには広すぎる。小さいほうでちょうどいい。それに、体を動かすより、話をしている方が多い」
サーシャは指で一本の通路を指し、次にルシードが昨日、イングリッドたちに魔法を教えていた広場の方を指差してルシードに教える。
「へえ、なるほどね」
「……神様も来る?」
サーシャの誘いに、一度は小さな子どもたちと遊んでおくのも悪くないと、ルシードは思う。ギルドに顔を出したあとは街を見て回るつもりだったが、予定変更だ。
「そうだな……それじゃあ、ギルドに寄ったらお邪魔しようかな」
「わかった。子どもたちにも伝えておく。きっと喜ぶ」
「だといいな」
ルシードはそこでサーシャとは別れた。サーシャは先程指差していた路地へ、ルシードはギルドへ向かう。
しかし、ギルドに入ったところで、ルシードは目を疑った。受付にはペトラが座っており、リリーの姿がないのだ。
「いや、まさかね……」
なんとなく察しはついたが、先に依頼を確認しておこうと、ルシードは依頼ボードに向かう。
何かいい依頼はないかと張り出された依頼を見て回るが、今日はこれといってすぐに終わらせることができそうな依頼はない。
ただ一つ、高ランクの依頼にはどんなものがあるのかと見て回った際に、Aランクに気になる依頼はあった。依頼名は『探偵の助手』だ。
内容を読むと、怪盗から予告を受けた宝石を守るため、助手を必要としていると書かれている。怪盗が出るなどまるで本で見るような話だが、ルシードは推理物の小説を読んだせいで、どうしても目が離せない。しかし、場所はレーヴェから東に位置する街――エンバリーだ。ここからは近いが、今日行ってすぐに帰ってこられる距離ではないし、そもそもがAランクの依頼である。ルシードに受けることはできない。
残念に思いながらも諦めて帰ろうとしたその時、ローラが息も絶え絶えにギルドに入ってくるのが見える。
「ローラ? 何かあったのか!?」
ルシードは慌てて駆け寄り、ローラが息を整えるのを待つ。
「せ、先生! き、来ました! 今、イングリッドちゃんたちと――」
それだけで、ルシードはローラが何を言いたいのかを理解した。
「わかった。場所は――いや、一緒に行こう。案内してくれ」
ルシードはローラを抱きかかえ、ギルドから外へ出る。
「走るからしっかり掴まっててくれ。舌を噛むと危ないから、行く方向を指で示してくれるだけでいい」
「わ、わかりました」
ルシードはローラを抱えて走る。イングリッドたちと喧嘩をしている子どもが来たのだ。イングリッドたちには無茶をするなと言ったが、イングリッドの性格上、逃げてくれるかは怪しい。ローラを落とさないようしっかりと抱いて、ローラの案内に従って道を急ぐ。
◆
ローラが最後に示した路地を抜けると、イングリッドたちの背中がルシードの目に入った。どうやら戦闘にはなっていないようで胸をなでおろすが、ルシードはイングリッドたちに近づこうとはせず、足を止めた。
頭が痛いとはこのことか。まさかこんなことになろうとは、ルシードは思いもよらなかった。
「先生?」
ローラに呼ばれるが、ルシードは口を開けることができない。おそらく、誰が悪いかと聞かれれば、ルシードが悪いのだ。早く問題を解決しなかったルシードが悪い。ただ、もう一人悪者がいるとすれば、それは…………。
「……いい加減諦めて、新しい神様を信仰した方がいい」
「わたくしはルナミリス教徒ですわ! 生憎と、誰とも知らない神に祈る手は持ち合わせていませんの!」
「神様は素晴らしいお方。信徒にしてからと思っていたけど、仕方ない。もうすぐここに神様が来る。イングリッドも会ってお話すれば、すぐにわかる」
「わ、わたくしを誑かそうとしたって無駄ですわ! ……それに、もう脅しは効きませんわよ? 今のわたくしたちには戦う力がありますもの……あなたの信仰する神とやらも、わたくしが退治して差し上げますわ!」
「……愚かな。年下に手は出すまいと思っていたけど、仕方ない。神様が来る前に、ここで始末する」
「や、やる気ですのね! ……仕方ありませんわ。エイミー!」
「うん!」
「ス、ストップ! そこまでだ!」
ルシードは慌ててローラを地面に立たせると、イングリッドたちのもとへと駆け寄る。どう解決したものかと考えていたが、戦闘にまでなってしまっては出るしかない。
「ルシード先生! 来てくださったんですのね!」
「神様。よく来てくれた。けど、もう少し待って欲しい。今このわからず屋に教えを広めているところ」
ルシードは頭が痛いとばかりに頭を押さえる。
「な、何を言っていますの!? ルシード先生はわたくしたちの先生ですわよ!? あなたの神とはちが……え? ま、まさか、あなたの言う神とは、ルシード先生のことですの?」
「最初からそう言ってる。このお方が私たち、ルシード教の神様」
ルシードがよくよく考えればすぐにわかった話だ。イングリッドの話では『相手は一人』、『土魔法の使い手』、『昔この街に住んでいた』、『今は他の大きな街に住んでいるが、まとまった休みには戻って来る』、『新たな信仰を立ち上げ、軍門に降れと言ってきた』などの単語が出ていたはずだ。ヒントは至るところにあったのに、ルシードはそれに気づけなかった。
俺はやはり名探偵にもなれないな、とルシードは思いながら、イングリッドたちが喧嘩中の友だち――サーシャへと視線を送る。
そう、イングリッドが喧嘩していた子どもというのはサーシャのことだったのだ。まったくもって頭が痛い。
しかし、いつまでもこのままというわけにもいかず、ルシードは二人に向かって話すべく口を開く。
「二人とも落ち着け。そうだな……長い話になるが、最初から説明すると――」
「そ、そうならそうと早く言いなさい! そうとわかっていれば、わたくしたちも反対などしませんでしたわ!」
いったいどこから説明したものかと迷ったルシードは、どうせなら最初から話せばいいかと思い、口を開こうとしたところで、イングリッドが変なことを言い出した。
「イングリッド? 何を……」
「いいでしょう、サーシャ。わたくしたちも受け入れますわ。ルシード先生はわたくしたちに戦う力を授けてくださいましたの。さればこそ、崇め、讃えるのも、またよしとしましょう。エイミーとローラもよろしいですわね?」
「うん!」
「先生ならいいよ」
ルシードは意味がわからない。あんなに反対していたはずのイングリッドたちが簡単に受け入れるなどと……いったいどんな心の変化があったというのだろうかと、頭を悩ますばかりだ。
「みんな喜べ。神様が来てくれた」
「か、神様ですか?」
「かみさまー、かみさまー」
「わーい! 会いたかったです!」
サーシャがうしろにいた三人の子どもたちに声をかけると、ルシードは三人の子どもたちに取り囲まれ、抱きつかれてしまう。イングリッドたちより、更に二、三歳若い子どもたちだ。この子たちがソーニャ、カタリナ、キャロルだろう。三人の無邪気な笑顔を見て、ルシードは今更違うとは言い出しづらく、騙しているようで心が痛い。
サーシャとイングリッドたちもすっかり仲直りしたのか、お互い笑い合って握手などしているではないか。
「それで、わたくしの番号は何番になるのかしら? 当然、サーシャが一なのでしょう? 反対していたわたくしたちがあの三人に先を越されるのは仕方ないけれど、できたばかりと言うなら、わたくしは五番目あたりかしら?」
「私が一号なのは間違いない。だけど、ここにいない二人が先に入っている。イングリッドには七号を授ける」
「そう……七ね。まあ、いいですわ。ラッキーナンバーとしても有名な数字ですし、わたくしに似合う数字ですわ」
「私が八で、ローラが九だね!」
「やった、ギリギリ一桁だ」
呆然とするルシードをよそに、皆は勝手に話を進めてしまう。もうあと戻りはできないのだろうか。
だが、そこでルシードはサーシャの言葉に引っかかりを覚える。
「……サーシャ? 今なんて言った? 他にまだ二人いる? 一人はここにいないセラフとして、もう一人は誰だ?」
「あれ? 神様聞いてない? ルーファが昨日の朝入りたいって懇願してきたから許可した」
ルシードは初耳である。そもそもルーファはルナミリス教徒だから入らないと言っていたはずだ。いや、今はその話はいい、帰ってルーファにでも聞けばすむことだ。それよりも、ルナミリス教徒といえば、ルーファだけではない。
「……イングリッドもルナミリス教徒だったよな? そっちはいいのか? 無理しなくていいんだぞ?」
「構いませんわ。わたくしもルナミリス教徒を辞め、心機一転、ルシード先生にお仕えしますわ」
悲しいかな、ルナミリス教徒は信仰が低いのだろうか。そうだとしても、そうぽんぽんと鞍替えされてはルシードも困る。
「その先生ってのは何? 神様は神様。そんな安いものじゃない」
「わたくしたちはルシード先生――失礼、神様に魔法の教えを受けたのですわ。今ではわたくしたちも、立派な魔法使いですのよ?」
「……驚き。流石は神様」
「でしょう? わたくしたちも信仰するに相応しい方ですわ!」
「神様すごい! 私にも教えてください!」
「わたしも、わたしもー」
「お願いします!」
ルシードにはもう口を挟む気力もなく、この新たに加わった小さな女の子三人に体を揺さぶられ続ける。
だが、今度ばかりは放置するわけにもいかない。
今からこの子たちに、真実を告げなければならないのだ。無邪気なこの子たちの笑顔が曇ると思うと、ルシードは心が痛い。




