056 予見
◆
ルシードはサーシャが占い終えるのを待ったが、数分経っても一向にサーシャは水晶から目を離さない。
「……サーシャ?」
ルシードが呼びかけるも、サーシャは水晶に目を落としたままだ。
「……おかしい」
「何が?」
やっとの思いで顔を上げたサーシャだが、その顔は暗い。
「どうにも未来が見えない。こんなのは初めて」
未来が見えないと聞いて、ルシードが思いつく内容は暗いものばかりだ。その中でも最悪なのが、未来がないからこそ、見えないということである。
しかし、先程聞いた結果は二つとも当たりそうにないのだ。占う方法を変えたところで、何も見えないのであれば意味はないだろうと気分を切り替え、口には出さず、話を変える。
「……魔道具なんだろ? 動力源って言うのかな? そういうのが切れたんじゃないか? あと、今日は色々あって疲れたんだよ」
「……うん。きっとそうに違いない」
サーシャはまだ信じられないようだが、このまま続けても悪い結果が出るのであれば、ルシードも知りたくはない。
だが、ここで切り上げてしまおうとした刹那、ルシードは見てしまった……。
水晶に映る、自身の姿。
どこか違和感を覚えるその姿は、はっきりとは映し出されない何かにより、
――――左胸を、深く貫かれている。
水晶に映し出された時間は、ほんの一瞬だった。ルシードが自身の目を疑うように瞬きしただけで、消えてしまっていたほどの時間だ。
しかし、自身の手で左胸を貫く物を掴んでいたにもかかわらず、確かに左胸を貫かれているように見えてしまったのは確かである。
とはいえ、あらかじめ予見できたことが、僥倖と言えないものであることは明らかだ。
自身の姿すらはっきりとは映っておらず、もっともひどいのが、背景どころか、対峙していた相手の容姿、そして肝心な要であるはずの左胸を貫いた物が何かまでも、靄がかかったように見えなかった点である。これでは、来るべき未来を回避しようにも、何に気をつけてよいものかさえ、わからない。
サーシャはルシードが目にした内容に気づいてはいない。今もルシードを見上げ、水晶を見てはいなかった。ルシードだけが見たのだ。
だから――
「それより、もうすぐお昼だ。せっかくだし、ロザリーさんのところに顔を出して行こうか。サーシャも子どもたちに泣いたところを見せたままじゃ、落ち着かないだろ? 今ならみんなでご飯食べてるんじゃないかな」
心配させまいと、ルシードは何気ないふうを装い、話を逸らした。
何より、必ず起こると決まったわけでもない。サーシャ自身、当たることがあれば、当たらないこともあると言っていたではないか。不安にさせる必要はない。
「……うん」
泣いてしまったところを見せてしまったのが恥ずかしいのだろう。サーシャは渋るように了承。
その様子に、原因は自分にもあるとルシードは反省する。次は事が大きくなる前に対処していかなければいけない。次があれば……だが。
「それじゃあ、行こうか」
「あ、あのっ……」
大通りに出ようと足を向けたところで、ルシードの背中にサーシャの声がかかる。
「さ、さっき……子どもたちにあげてた、その……」
サーシャが言いたいのはスピリティア・ストーンのことだろう。どうやら欲しがっているようだが、まだ早い。
「そうだな。今から子どもたちに会って、笑顔を見せられたら、ね。そのあとも街を出る時までちゃんと仲良くするんだぞ? そうしたら、街を出る時にサーシャにもプレゼントするよ」
「……う、うん! 頑張る!」
元気一杯の返事を持って、サーシャはルシードの隣に並ぶ。
ルシードはサーシャの頭を軽くなで、子どもたちがいるであろう、ロザリーの店へと向かうことにする。
「えへへ。でも、神様はホントに凄い」
「ん? なんのこと?」
路地を出ようと足を向けたところで、ルシードは並んで歩くサーシャに目を落とす。
「さっき子どもたちに魔法を教えてた。それも呪文を使わず。……私にもできる?」
サーシャの言葉で、ルシードは子どもたちに魔法を教えた際にサーシャも側にいたことを思い出す。ベルがサーシャたちには覚えることが難しいと言っていたことからも呪文を使わず魔法が使えることは黙っていようとしていたが、当然、見られていたわけだ。
「ベルの……賢者の言葉を借りれば、一度呪文を使って魔法を覚えた者は、呪文を使わずに魔法を使うことが難しいそうだ」
「……そっか」
ルシードは余計な期待を持たせてはいけないと本当のことを言う。
それでも、
「だけど、不可能とは言ってなかった。かなりの年月がかかるそうだけどね。今度一緒に練習しようか」
サーシャの気を落とす姿を見ては言わずにいられない。
「……うん!」
ルシードはこれでいいと、元気になったサーシャとともに、今度こそロザリーの店へと足を向けた。
◆
しかし、ルシードはまたしても頭が痛い思いだ。ロザリーの店に子どもたちがいたのはいい。だが、余計な……いや、会えてよかったのかもしれない。店の片隅には――
「クハハハハ。飲め飲め! お? なんじゃ、酒が切れとるではないか。女将、酒じゃ! 次の酒を頼む!」
「リリー、いつまでダウンしているのです! そんなことではギルドの受付は務まりませんよ!?」
「これは解毒が必要だな。すまない、イングリッド君。またリリー君に解毒をかけてやってくれないか?」
「もう、またですの? せめて食事中くらいは遠慮して欲しいものですわ」
昨日と同じ……いや、昨日はいなかったベアトリクスを加えたメンバーが同じテーブルを囲んでいたのだ。
昨日はベルも事情聴取でギルドに向かったはずだが、それが終わり、またメリッサとリリーを捕まえ、気に入ったであろうロザリーの店で再び飲むことになったと見て間違いはない。
そこで食事に来ていたベアトリクスと意気投合でもしたのか、一緒にテーブルを囲むことになったというところか。
すでにサーシャは子どもたちのところへ向かったが、ルシードはそちらへと向かわずに、ベルたちのいるテーブルへと向かう。
「……ベル、お店に貢献してくれるのは嬉しいけど、他にもお客さんがいるんだ。お店の迷惑になるようなことは止めてくれよ」
「おっと、そうじゃった。ワシとしたことが大声を出すなどはしたない。淑女の見本とも言うべきワシがこうではいかんな! クハハハ!」
ベルはわかっていないようだが、ちょうど昼時ということもある。店内にはルシードの見知らぬ女性たちが食事を取りに来ており、ロザリーも忙しそうに駆け回っている。
女性たちに迷惑をかけていないかとルシードは見るが、その心配はない。この街では知る人ぞ知る光景であり、まるで子どもの劇でも見るかのように、楽しそうに笑っている。
これなら問題はなさそうだと思ったところへ、
「ルシード先生、サーシャはもうよろしいんですの?」
ルシードの存在に気づいたイングリッドによって声をかけられる。店内は込み合っていることもあり、一緒に入って来たサーシャには気づかなかったようだ。
「サーシャならイングリッドと入れ違いで子どもたちのテーブルに行ったよ。イングリッドも、ここはいいから向こうに行っておいで」
ルシードの返答に、子どもたちが集まっているテーブルへと振り返ったイングリッドは、サーシャが子どもたちと笑っているのを見てクスリと笑う。
「お言葉に甘えさせていただきますわ。もうあまりこの街にいる時間はないでしょうし、わたくしもサーシャと話すことがありますもの」
イングリッドはそう言って、ルシードに軽く会釈すると、子どもたちの方へと歩いて行った。
ルシードは四人テーブルということもあり、空いている席がないと見ると、テーブルの横に立つ。
そこで初めてルシードに気がついたのか、ベルの正面に座るベアトリクスが顔を上げた。
「おお、ルシード君ではないか。昨日は助かったよ。それに、この店に連れて来てくれたこともな。おかげでこうして賢者殿と出会えた。久々に良い時間をすごすことができたよ」
「それはよかった。でも、ちゃんと寝られたんですか? 家には帰っていないんでしょう?」
「私もこの店が気に入ってね。どうせなら朝食も取って帰れないだろうかと尋ねてみたところ、快く引き受けてもらえてね。昨夜はここに泊めてもらえたんだ。開店と同時に賢者殿がここへ来るまで、たっぷりと休ませてもらったよ。話し込んでいる間に、こんな時間になってしまったがね」
気に入ってくれたと言うのなら、紹介したルシードとしても悪い気はしない。幾分顔色の良くなったベアトリクスを見るに、問題もなさそうだ。
「それならいいですけど……あ、そうだ。服を作ってもらえることになりましたよ。今日の夜にでも、アーニャと名乗る女性がベアトリクスさんの家を訪ねるはずです」
ルシードはアーニャの店で服を作ってもらえることになったのを忘れないうちに伝えておく。このままベルと一緒になって閉店まで飲み明かしてしまい、会えなかったでは困る。アーニャも良い顔はしないだろう。
「おお、それは朗報だ。それならば帰って出迎える準備をしておかねばならないな。すまないが賢者殿、私は急用ができた。これで失礼させていただく。食事代は――」
「クハハ、よいよい。ワシの奢りじゃ、遠慮するでない」
今までベアトリクスの話に相槌を打つだけだったベルは、かなり上機嫌のようだ。今もグラスを片手に、笑っている。
「そうか、この礼はいずれしよう。何かあれば家の方へ来てくれ、力になるよ」
「うむ」
「ルシード君も何かあれば来てくれ。できる限りのことはしよう」
「ありがとうございます」
「では、ギルド長殿とリリー君もまた会おう」
席を立ったベアトリクスを見送り、ルシードは空いた席に腰を下ろす。
「あれ? 言われて気づきましたけど、ギルド長さんとリリーさんじゃありませんか? 奇遇ですね。お昼休憩ですか?」
ルシードは奥に座る二人――メリッサとリリーに、ベアトリクスが名を呼んだことで今初めて気づいたかのようにして声をかける。
二人はルシードが来た時から視線を合わせようとせず、ルシードから顔を隠すように壁の方を見ていたのだ。ベアトリクスの声に返事をするようなことはしなかったが、それはもちろん、意味がないことである。
「え、ええ、そうなんです。お昼を食べに来たのですが、賢者様と出会ってしまいましてね。今からギルドへ戻るところなんですよ」
「そう! そうなんです! ギルド長、もうお腹も一杯ですし、戻りましょうか」
「そうだな! そうしよう! 賢者様、すみませんが、我々はお先に失礼します」
「う、うむ、支払いはワシに任せておくがよい」
二人はそそくさと席を立ち、店を出て行った。
他のお客さんの目もある。飲み明かして大騒ぎしていたではギルドの職員としての面子が立たないだろうとルシードは思い、話を合わせるように仕向けたが、開店からこの店にいたのだ。今いる他の客にはバレているかもしれない。他の店でも常習犯ならば、すでに手遅れどころか意味はないだろう。
だが、そんなことを気にしていても仕方がないと、ルシードは正面に座るベルに向き直る。
「ギルド長さんたちは仕事があるんだから、仕事時間中に連れ回すのはよくないぞ? 他の職員さんが迷惑するんだからさ」
「う、うむ、それはわかっておるんじゃが、つい……じゃなかった。そう! ワシもこの街をしばらく留守にするから、会えなくなるかと思うと寂しくての!」
どこからどう見ても今思いついたのだろうが、ルシードもそう言われてしまっては何も返せない。
「そういうことにしとくよ。それより、ちゃんと寝てるのか? 一昨日から飲みっぱなしな気がするけど……」
「それなら心配無用じゃ。ちゃんと順番に交代で仮眠を取るようにしとったし、風呂もギルドですませてきたわ」
「いや、夜の番してるんじゃないんだから、ちゃんと寝ようよ」
「クハハ、そうじゃな。今夜はベッドで寝るとする――あ、家は潰してきたんじゃったか。また建てるのも面倒じゃし……ふむ。お主、今はどこで寝泊りしとるんじゃ?」
ベルは塔、そして冒険者カバンという便利アイテムを手にしたことにより、寝床にしていた本来の屋敷から荷物を移し変え、留守にしている間に埃が積もっては敵わんと、すでに解体していまっていることを思い出し、それならばと一計を案じる。
「今は……ベルも覚えてるだろ? 最初に会った時に一緒にいた四人の家で厄介になって……」
なんとなしに返事をしたルシードは、嫌な予感を覚えた。ベルの言いたいがことが、すぐに理解できたからだ。
「まさかとは思うけど、ベルも来るって言うんじゃないだろうな? もう部屋は空いてないぞ? それに、塔以外にも家があるんじゃないのか? 塔の部屋には生活するような場所も、必要な物も置いてなかっただろ?」
「……目ざといの。いや、屋敷の方もすでに解体したあとなのじゃ。何、お主と同じ部屋でよい。幼女サイズなら邪魔にはなるまい? お望みなら大人サイズでもよいぞ?」
実際に解体はされているのだが、生活するための家までもを消したと言われて信じられるものではない。
だが、塔以外にベルの家を知らないルシードには、確かめる術がないのも事実。それに、冒険者カバンの説明になかったことからも、入れられる許容量に限界はないのかもしれないのだ。鼻から嘘だと決めつけることはできないだろう。
「幼女でも大人でも、ベルが寝られる隙間はないよ」
それでも、ルシードは釘を刺しておく。
サイズの問題ではないのだ。すでにベッドは一杯であり、これ以上増えられては、ルシードも困るというものである。
「だいたい、ベルはお金持ってるだろ? 人に奢れるくらいだ。この街には宿もあったみたいだし……」
「い、いかん! 奢りすぎて金がなくなってしまったみたいじゃ!」
どこからどう見ても演技にしか見えないが、こう見えてもルシードの師匠だ。邪険にするわけにもいかない。
「……わかったよ。聞いてはみるけど、許可が下りなかったらちゃんと宿を取るんだぞ?」
「クハハ、わかっておる。家にさえ入ってしまえばこっちのもんじゃ」
「ベル、言っておくけど、俺の部屋に寝る場所ないぞ? 他の人のところを借りるかどうかしてくれ」
「うむうむ」
本当に理解したのか怪しいものだが、行くところがないというのであれば仕方ない。ベルを塔から連れ出したルシードの責任でもある。ルシードは最悪の場合、自分は居間のソファを借りて寝ればいいと考え、むしろその方がよく眠れるかもしれないという考えに至る。
「わかった。それじゃあ、宿に戻ろうか」
「そうじゃな。女将! 勘定じゃ!」
ロザリーを呼ぶベルを横目にルシードが子どもたちの方を見ると、みんな楽しそうに笑っていた。あの様子なら自分の出る幕はないだろうと思い、ルシードはこのままベルと家に戻ることにした。




