048 レーヴェの事情
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イングリッドに案内される道中、ベルに教わった魔法使いと戦うことになった時の対処法と魔法を覚えたことによる自身の血の変化について解説を終えたルシードは、一軒の店にたどり着いた。
「ここですわ」
イングリッドは一言口にして店へと入っていき、ルシードもエイミーとローラに背中を押される形でそれに続く。
店に入るとそこには――
「クハハハハ。次じゃ、次の酒を頼む」
「リリー、何をしているのですか。まだまだ夜はこれからですよ!」
「も、もうダメです。許してくださいぃ……」
どこかで見た三人組が店の片隅を陣取っていた。すでに昼時ではないからか、他に客の姿はないようだ。
レーヴェの街では知る人ぞ知る光景ではあるのだが、普段騒ぎ立てることのないこの街において、遭遇できたら幸運とされている光景だと知らないルシードは、あの三人が他の客に迷惑をかけ、いなくなったのではないと思いたい。
「ルシード先生、またあの方たちですわ」
「……そうだね。まあ、他にお客さんもいないみたいだし、放っておいていいんじゃないかな」
「そ、そうですわね。お楽しみのところを邪魔するのも悪いですわ」
「みんな遅かったじゃない。遅いから心配してたのよ」
そこへ、ベルたちのもとへ酒を届け終えた女性が少女たちの姿に気づき、声をかけてくる。他に誰もいないことに加え、ローラに似ていることから考えても、彼女が母親だろう。
「お母さん、ただいま」
「お邪魔しまーす!」
「おば様、遅くなりましたわ。紹介いたします。こちらはわたくしたちの魔法の先生で、ルシードさんですわ」
ルシードはイングリッドに紹介され、女性の前に出る。
「初めまして、ルシードです。よろしくお願いします」
「あ、これはどうも初めまして、ローラの母、ロザリーで……え? 魔法の先生? あ、あなたたちの?」
ローラの母――ロザリーは、娘たちに紹介されたルシードに向き直り、名乗る途中でイングリッドの言葉に驚きを露にした。
「うん! 私たち、先生に魔法を教わってたんだよ!」
「あなたたちが? 魔法? 本当に?」
「うん。先生に教えてもらったの。見てて」
ローラは手に持ったコップに、生み出した水を注ぎ込む。ルシードの紹介に困惑していたロザリーはそれを見て、やっと現状を理解したようだ。
「す、すごいじゃない。頑張ったわね」
「えへへ」
母親に褒められるのは嬉しいことだろう。頭をなでられたローラは目を細めて笑った。
「じゃあ、席に座って。今ご飯用意するから」
「うん!」
今度はローラを先頭に、いつも座っている場所であろう、カウンター席へと陣取っていく。
「あ、あの、ルシードさん」
「はい?」
ルシードもそこへ向かおうとした時、ロザリーにより呼び止められ、まだ何かあるのかと向き直る。すると、ロザリーは子どもたちから見えない物影に入り、子どもたちと話していた時とは打って変わって不安げな表情でルシードを見つめていた。
「娘たちのこと、ありがとうございます。それで……その、お金はいくらほどご用意すればよいのでしょうか? 魔法使いの斡旋には最低でも金貨一枚が必要と聞きます。私の方で払えるとよいのですが……」
ロザリーの言葉に、通常ギルドで依頼をした場合、最低でも金貨一枚必要だったことをルシードは思い出す。
ギルドに依頼しに行ったとも知らないであろうロザリーには、ルシードが街角でイングリッドたちに声をかけ、魔法を教えて料金をせびり取りに来た人間に見えていてもおかしくはない。
しかも、ルシードは仮面をつけている。ロザリーの目にルシードは、さぞ怪しく映ったことだろう。早く誤解を解かねばと、ルシードは慌てて弁明する。
「いえ、それには及びません。彼女たちから依頼料はもらっています。銅貨五枚。これ以上もらうつもりはありません。ですから、あの子たちが勝手にギルドに依頼したことや、魔法を覚えたことは怒らないであげてください」
厳密に言えばまだ依頼の報酬はもらっていないが、ルシードが魔法を教えたことは事実だ。もらったことにしておいて問題はないだろうと、ルシードはロザリーを安心させるための言葉を紡ぐ。
「ど、銅貨五枚ですか!?」
しかし、これに驚いたのがロザリーだ。この街では最低でも金貨一枚、銅貨五枚で引き受ける魔法使いが存在しないことは、この街に住む大人の人間であれば、知らないわけがない。何か裏があるのではないかと勘繰らないはずもなかった。
「はい。ですが、ただの銅貨ではありませんよ。……おそらくはあの子たちがおこづかいを集めたものでしょう。色々と欲しい年頃です。あの子たちにとっては銅貨五枚でも大金だったはずだ。それでも、あの子たちにはその大金をはたいてでも魔法を覚えたい理由があった。その理由を知り、思いの強さに心惹かれたからこそ、こちらから魔法を教えることを申し出たんです。ですので、銅貨五枚だろうと十分満足していますよ。金貨一枚にも劣らない価値があります。……ただ、理由は聞かないであげてください。子どもだって親に秘密にしておきたいことの一つや二つはありますしね」
そんなロザリーの様子に気づかないルシードは少し脚色を加えたが、まさか敵と戦うために魔法を覚えたいなどと言っていたことを伝えて心配させるわけにもいかない。
「そうでしたか……わかりました、理由は聞きません。ですが、お礼は言わせてください。本当にありがとうございました」
理由を隠す点からもまだ疑いが晴れたわけではないが、あまりの驚きに動転しているということもあり、ロザリーはルシードに押し切られる形で礼を述べた。
「頭をあげてください。こちらもあの子たちに会えてよかったと思っていますし、こちらも勉強になりました。……でも、悪いことに使おうとした場合は叱ってあげてください。そのために教えたわけではありませんので」
イングリッドたちならば大丈夫だとルシードは思うが、もし悪さをするようなら叱ってくれる人が必要だ。その旨を伝えておく。
そんなルシードに、ロザリーは何故か、そう、何故かはわからないが、不思議とルシードが悪い人間ではないと思った。どうしてそう思ってしまうのか、娘たちが信頼している様子を見せていたからではないだろう。曲がりなりにも娘たちを守る立場にいる母親だ。疑ってしかるべき状況でありながら、素直に受け入れてしまう。
それが何故なのか、ロザリーにも理解できない。
「はい、イングリッドとエイミーの母親にも伝えておきます」
だが、それを表に出せるはずもなく、ロザリーは頷いた。
「よろしくお願いします」
ルシードはこれで話は終了だとばかりにロザリーから離れる。何も知らない人から見れば、ルシードがロザリーを謝らせているように見えなくもない。早くここから離れたかった。
イングリッドたちのもとへと行こうとし――
「おお、ルシードではないか! ほれ、こっちじゃ、こっち!」
なるべく見つからないようにしたかったが、そう甘くもないようだ。ルシードに気づいたベルの呼ぶ声に、仕方なくそちらへ向かう。
「……まだ飲んでるのか?」
「クハハ、何を言うとる。まだまだ折り返し地点じゃ。夜は長いぞ!」
「そうですとも。夜はまだ始まったばかりです! リリー、いつまでダウンしているのですか! さあ、飲みなさい!」
「うう、もう飲めません……ルシードさん、お水ください、お水」
ギルドを出た時と同じセリフのベル、リリーに飲ませようとするメリッサ、ルシードにしなだれかかり水を要求するリリー。酔っ払いとは、みんなこうして絡んでくるものなのだろうか。だからルシードは見つかりたくなかったのだが……。
「ちょっと、あなたたち。わたくしたちの先生に何をしてらっしゃいますの?」
そこへ、なかなか席に来ないルシードに痺れを切らしたのだろう。イングリッドが現れた。
「む? なんじゃ小娘。先生? ルシードのことか?」
「そうですわ。わたくしに魔法を教えてくださった先生ですのよ? ルシード先生のこといじめるなら、わたくしが相手に――」
「クハハ、ルシードも弟子を取るほどに成長したか! 流石じゃな!」
おそらくベルは今日の昼前に会ったことすら覚えていない可能性がある。まだまだこれからと言いながら、ベルも十分酔っぱらっているのかもしれない。イングリッドもベルの態度に困惑しているようだ。
「おお、あなたがルシードさんでしたか! 賢者様から話は聞いていますよ。なんでも……なんだったかな? リリー、なんでしたっけ?」
「ううー、お水ーお水ー」
「先生、お母さんが何食べたいって」
「何ここ、お酒臭い」
この騒ぎに、エイミーとローラもやって来る。
「ローラ、そこのリリーさんにお水出してあげて。イングリッドは解毒の練習もかねて、リリーさんのアルコールを抜く。エイミーはギルド長さんの話し相手を……」
ギルド長という単語を出してしまったことは失敗したと思ったが、もはや気にしている場合ではない。ルシードはこのままでは収拾がつかなくなると思い、イングリッドたちにメリッサとリリーを任せ、一つの疑問を解消するべく、ベルと話しかける。
「ベル、ちょっといいかな?」
「なんじゃ? ルシードならワシはいつでもウェルカムじゃよ? なんでも言うてみるがよい」
こんな状態のベルに言っても無駄かもしれないが、ルシードはどうしても気になることがあったのだ。
「この本なんだけどさ……どう読んだらいいのかわからなくて」
ルシードは冒険者カバンから、ベルにもらった賢者の書を取り出して見せる。
「んー? なんじゃこの本は……子どもの落書きか? クハハ、これを見てみよ。火属性のページには一言『熱い』じゃ! ワシでも、もう少しマシなことを書くぞ? こんな誰でもわかるようなことを書くやつがおるんじゃな!」
「……いや、それベルにもらったんだけど。なんでも、ベルが書いた魔法に関する真理の書らしいよ?」
ルシードの言葉に、腹を抱えて笑っていたベルは急に真面目な顔になる。
「なん、じゃと? ……ワシが? ワシがこの本を? いつじゃ……いつこんな本を書いた……?」
思い出そうとしているのだろう。ベルは頭を捻って考えているのか、今にもその頭から出る疑問符が見えそうだ。
ルシードは賢者の書が偽物だったことに、悲しいのか嬉しいのか微妙なところであるが、疑問は解決した。考え込むベルを放って、他の二人はどうなったかと見る。
「ありがとうございます、おかげで落ち着きました。お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありません」
「まったくですわ。お酒は飲んでも飲まれるものではありませんのよ? 以後は気をつけてくださいな」
「おばさんもだよ! 聞いてる?」
「返す言葉もございません」
イングリッドはアルコールの除去に成功したのだろう。リリーだけでなくメリッサにも魔法を使ったのか、エイミーと一緒になって二人を説教していた。
「あの、お水どうぞ」
「あ、ありがとうございます……あら、美味しい。この味どこかで……あれ? ルシードさんのお水?」
ローラもさっそくルシードの出した水の味を覚えたのか、再現に成功したようだ。つくづく自慢の弟子たちである。
「ルシード先生、ご覧の通り、解毒魔法も成功しましたわ」
「みたいだね。きっと毒に侵された人にも同じ感じで使えると思うから、酔っぱらって困ってる人がいたら使ってあげるといいよ。ね? ベル?」
アルコールの除去と解毒が同じかはわからない。ルシードは確認の意味も込めてベルに聞いておく。
「む? あ、ああ、そうじゃな。解毒も酔っ払いの対処も変わらん。解毒とは言うが、要は体の調子を変調する前に戻そうと、異物に対する抗体を作り上げる手助けをしとるのじゃ。それすなわち、体内に入った毒を分解するに等しくなる」
ベルに解毒はしていないが、本の内容によほどショックを受けたのか、素に戻って見える。これなら本当のことと受け止めて大丈夫だろう。
「わかりましたわ。ルシード先生が仰る通りに致します」
「うん。それじゃあ、ここはもういいからご飯食べておいで。俺はもう少し話があるから、あとで行くよ」
「あ、先生。お母さんが、先生は何が食べたいかって」
ローラの言葉で、ルシードは今になって困ったことに気づく。ルシードは今現在仮面をしているのだ。店で食事を取ることは難しいだろう。せめて仮面の口のところだけでも開いてくれればよかったのだが、贅沢は言えない。
「ごめん、ローラ。ロザリーさんに今日は必要ないって伝えてくれないか? この人たちと少し話したいことがあるんだ。代わりと言ってはなんだけど、持ち帰りとかできないかな? あとでいただくよ」
「そうでしたの? それは残念ですわ」
「わかりました。伝えてきますね」
「先生、次は一緒に食べようね!」
三人はそれぞれ残念そうに言ってくれるが、ルシードはあることを確認しておかないことには返事もできず、口を開かず手をあげて返し、テーブル席から離れて行くイングリッドたちを見送る。
ルシードはイングリッドたちがカウンター席に戻ったのを確認したところで、渇いた喉を潤すためにテーブルの上に散乱するコップを借りて水を飲もうとしたが、どのコップが水の入っていたものかの判断がつかない。むしろどれもにお酒が入っていたのではないかとさえ思う。たった今ローラがリリーに出した水はリリーが大事そうに抱えており、それが欲しいとも言えず、自分でコップを作ることにする。
ルシードはコップを作り、水を生み出し一口。三人へと向き直り、今度こそ口を開こうとしたところで――
「お、お主、今何をやった?」
ベルが珍しいものを見たとばかりの表情で話しかけてくる。
今何かあっただろうかとルシードは思い出そうとするが、コップで水を飲んだことしか思い当たらない。
「今? 水を飲んだだけだけど?」
「い、いや、そうじゃが……お主、今コップを作らんかったか? ただのコップではない。ガラス製のコップじゃ」
ルシードの返答に、ベルは目を丸くして言うが、ルシードにはベルが何を言いたいのか理解できない。
「コップ? 確かに作ったけど、ベルも作ってたじゃないか。別に珍しくもなんともない」
「ワ、ワシのは錬金術も混じっておると言ったじゃろ。普通は魔法だけでガラス製のコップを作るのは至難の業じゃ。土魔法だけではない。地魔法に加え、炎魔法と氷魔法といった上位の魔法が必要になる。昨日今日魔法を覚えた者が使えるものではないぞ?」
ベルは混乱しているのか、自分でも頭に疑問符を浮かべならが言っているが、ルシードにはベルが言うほど難しいこととは思えない。
「……そうかな? 確かに苦労はしたけど、ベルもできて当たり前って言ってたじゃないか。俺なんてまだまだ初心者だよ」
「そ、それはそうじゃが……ワシの考えが古いのか?」
ベルは天井を見つめて唸っているが、ルシードは話を戻そうと話題を変える。
「それより皆さん、少しお尋ねしたいのですが……英雄レナードのことは知ってますよね? 今は王都にいるそうですが、本当でしょうか?」
ルシードが聞きたかったこととは英雄レナードの情報だ。テオは王都にいると言っていたが、他の人からも情報を得ておく必要がある。すでにアルマリーゼが別行動している間に情報を集めているかもしれないが、賢者、ギルド長、ギルド受付のそうそうたるメンバーだ。詳しい話が聞けるかもしれない。酒が抜けた今しか聞く機会はないだろうと切り出した。
「む? レナード? 誰じゃそれは?」
唸り続けていたベルは、ルシードの口から出た名前に頭を切り替えたのか、話に加わってくる。
「……賢者様、少しは外界の情報を仕入れてくださらないと困りますよ。引籠もりの賢者様はご存知ないかもしれませんが、五十年前に戦争があり、それを治めてくださったのがレナード様です。まあ、私も戦争が終結した年に生まれたので詳しくは知りませんが、巷ではすごい人気ですよ」
「そうですね。五十年前だというのに、私の世代でもファンは多いですよ。でも、レナード様は魔法が使えないと聞きますし、この街に来られることはありませんからね。私も王都の学園で勉強している時に会えればよかったんですけど、この国の色々な場所を放浪されているとかで、結局会えませんでした」
ルシードは自分の見る目のなさに嫌気がさす。賢者だからといってなんでも知っているわけではないのだ。そもそもここは女性しかいない魔法都市。いくら英雄とて、魔法の使えないレナードがこの街に来ることはないではないか。
「……ふむ。言われてみれば、五十年ほど前に戦争があったか。ワシも参加を要請されたが、争いには興味がないと断ったんじゃった。力で解決しようなどと、馬鹿のすることじゃ、クハハ」
出会ったその日に国を手に入れてくると言っていたのが誰だったかは、もう覚えていないようだ。
しかし、三人とも英雄レナードの現在の居場所を知らないとなれば、この話はここで終わりだろう。
「そうでしたか。いえ、俺も今王都にいると聞いただけなので、本当だったら一目見てみたいと思っただけですので」
結局新しい情報は得られなかったが、仕方がないとルシードは次の話に移る。
今度はイングリッドたちについての確認だ。ロザリーと三人の子どもたちに聞こえないように声をひそめる。
「ところで、あの子たちの父親はどうしているのですか? 魔法都市ですし、ここにはいないですよね? リリーさんはレーヴェが駆け込み寺ようになっていると言っていましたが、あの子たちの母親がそうなのでしょうか?」
ルシードが確認しておきたいのはこのことだ。もしそうだった場合、ロザリーは男性を排除しようとしている側かもしれず、今後この店で食事をするとなった時、仮面を外して男だとバレるわけにはいかない。
「……いえ、違います。喧嘩別れや子どもの虐待で逃げて来られる女性も少なからずいるのですが、ロザリーさんたちはご亭主さんを亡くされてこの街に来られた人たちです。小さな子を連れていては仕事をするにも難しいですし、事故などで若くしてご亭主さんを亡くした方はこの街のことを知って、来られることが多いのです。この街は女性だけですし、魔法使いは別にしても、そういった女性は集まり、小さな組合のようなものになって、お互いを助け合って生きていますからね。ギルドは引越しの居住案内もしていますし、そういう方だとわかった時は組合に連絡して、紹介するようにしているんですよ。小さい子たちも、同じ年齢くらいの友だちが欲しいですしね」
「そう……だったんですか」
ルシードはリリーの話に悲しい想いが胸をよぎるが、逆に元気ももらう。彼女たちもまた、何かを守ろうと必死に頑張る強い女性なのだ。見習いたいものだ、と。
しかし、これはますます仮面を外すわけにはいかなくなった。イングリッドたちはルシードが男だと知って、父親のことを思い出すかもしれない。今を元気に生きているのなら、それで十分だろう。無理に寂しい思いをさせる原因を作る必要はない。
「ルシードさんも、彼女たちと仲良くしてあげてくださいよ? あ、手を出す場合はちゃんと親御さんの許可を取ってからお願いしますね」
「もちろん。俺の可愛い弟子です。言われるまでもなく仲良くするつもりです。それに、必要があれば叱りはしても、手をあげるつもりはありませんよ」
「そうです……ん? なんでしょう、何か食い違いがあるような……まだ酔ってるのかな」
リリーが何か考え込むように天井を見上げるのを見て、ルシードも考える。叱る時も親の許可を取った方がいいのだろうか……しかし、叱るのならその場でないと意味がない気もする。
「ん? お主、今弟子と言ったか?」
ルシードはベルの声に思考を中止させられる。このお婆ちゃんはどこまで覚えてないのだろうかと、心配になるほどだ。
「ちょっとなりゆきでね。魔法を覚えたいって言うから教えることになったんだ。ギルドに依頼すると最低でも金貨一枚必要だって言うしさ……」
「ほほぅ、お主がのう」
「すみません、私もギルド長としてその点はなんとかしなければと思っているのですが、なかなか……やはり教育施設を作った方がいいでしょうかね。それとも、志願者を王都にでも留学させるべきか……。でも、それだと親御さんが心配しますし、近場に魔法が盛んな街もない。……うーん、以前、誰かさんに教育者になってくれないかと頼んだ時は断られたんですよね……」
メリッサはレーヴェの教育方針を愚痴りながら、ベルへと視線を送る。
「これ、ワシを見るでない。その時も言うたじゃろ。ワシは弟子を取るつもりはないとな」
「弟子じゃなくていいんですよ。ちょーっと基礎だけ教えてくれればいいんですから」
「ええい、しつこいのう。第一、ワシはもう街を出るんじゃ。他の者に頼め! そんなことより、ワシはあの娘たちの方が気になるわ。どうじゃ? まだ習い始めたばかりなら、教えるのにも一苦労じゃろ?」
ベルは教育者になるのがそれほど嫌なのか、話を変えようとルシードに話を振ってくる。
「みんな優秀だよ。俺も、うかうかしてたら追い抜かれそうだ。もう魔法だって呪文を必要としないで使えるし、色々と工夫し出してるよ。イングリッドなんか、全身に魔力を纏うとこまでいってるしね」
「……嘘を申すな。魔法がそう簡単に覚えられるわけがなかろう。それに、呪文を使わずなどと……。特に、全身に魔力を纏うなど中級魔法じゃぞ? 魔法を覚えたばかりで使えるようなものではない」
ベルは中級魔法だと言うが、現にルシードもイングリッドも使えるようになっている。
「嘘じゃないよ。さっきも見ただろ? エイミーは使ってなかったけど、イングリッドもローラも魔法を使ってた。以前会った冒険者も十二歳だけどできるようなことを言ってたし、あの三人もずば抜けて優秀なのかもね。俺も教えるのが楽だったよ」
「そ、そうですね。魔法を使えるのは間違いないかと。私たちもアルコールを抜いてもらいましたし……あの時は酔っていて気づきませんでしたが、呪文も唱えていなかったように思います」
「むぅ、昔は呪文を使う現代魔法でさえ、魔力の操り方を覚えさせるにも、一月で覚えられれば天才、二月で秀才、三月で凡才と呼ばれるもんじゃったが、最近の若いもんは成長が早いのう……これがジェネレーションギャップというやつかのう」
「なんだか使い方が違う気もしますが、賢者様が言うならそんな気がしてくるから不思議です。しかし、良い子たちですよね。ふふっ、私もあんなころがあったなぁ……」
リリーの感想とは別に、ルシードはベルの話を聞いて、魔法を師事するためには最低でも金貨一枚必要だという意味を知る。
イングリッドたちは出会ってから一時間もしないうちに使えるようになったが、教える者すべてがそうとは限らない。実際は一日に何時間教えるかはわからないが、弟子に付きっ切りでは、日々の生活費を稼ぐことはできなくなってしまうだろう。そう考えれば、金貨一枚は仕方ないのかもしれない。
つくづくイングリッドたちの才能と、自分の運の良さに感謝するルシードであった。
「リリー、もう若くないみたいな言い方は止めてください。私なんて今年で五十ですよ? 年齢の話は気が滅入ります」
「クハハ、ワシなんて何百歳じゃかわからんぞ。ワシからすれば、五十など幼子の範疇じゃわい」
「そう言われると急に若返った気がしてきますね。今の時間は……おお、まだ三時前ではないですか。若返ったことですし、昔話を肴に、もう少し飲みましょうか」
「いいですね。私も元気になったことですし、付き合いますよ」
「クハハ! よし、ルシードも一緒に飲め! この際歳は気にするな! ギルド長のメリッサが許さんでもワシが許す!」
上機嫌でルシードにコップを突きつけてくるベルだが、この一団に巻き込まれるなどルシードは御免だ。それに言っておかねばならないことがある。
「三時じゃなくて、十五時ですよ? 仕事の方はいいんですか?」
「……え? 夜中の三時ではなくて?」
ルシードの言葉に、メリッサとリリーは顔を見合わせてから、ルシードに聞き返してくる。
「窓から見える空も明るいじゃないですか」
「……言われてみれば確かに」
言われなくてもわかりそうなものだが、二人は気づいていなかったのか、呆然として外を眺めた。
「クハハ、十八時には交代の時間じゃろ? このまま黙っとればわからんわい」
「……そうですよね?」
「ギルド長、馬鹿なことを言ってないで立ってください。ギルドに戻りますよ。昨日の報告書だってまだでしょう?」
「うぐっ、思い出したくないことを……。わかりました、戻るとしましょう。私たちは先に行って準備しておきますので、賢者様も来てくださいよ? 事情聴取の名目で、聞いておかねばならないこともありますので」
「むぅ、仕方ないのう。……女将、勘定を頼む!」
三人はやっとギルドへ行く気になったようだ。メリッサとリリーは立ち上がり、ルシードに別れを告げて店を出て行った。ベルも会計をすませようと立ち上がったが、ルシードはその前に、もう一つ聞いておきたいことがある。
「ギルドで思い出したけど、ベルが壊したリミテッドアーマーって、ベルの魔法で直せないのか? ほら、ベルは自分の体を成長させたりできるみたいだし、リミテッドアーマーが壊れる前に直すとかさ」
「ふむ、なかなかよいところに目をつける。じゃが、魔法にできぬことはないとはいえ、使うためには魔力が必要じゃ。ワシの時魔法は自分の体に対して使っておるから、あまり魔力を消費せずに使える。しかし、体外のものへ使おうとすると、それに見合った魔力が必要となる。時は常に未来へと進んでおり、それに逆らい時を巻き戻そうするならば、要求される魔力の量も増えるというわけじゃ。ワシの魔力は多いとはいえ、限りがある。壊れた物の時を戻そうとすれば、いくらワシとて魔力が足りるかどうか。……更に言えば、世界の理に干渉しようとすれば世界と同等の魔力を必要とされる。世界中の時を止めるなどもってのほか、夢のまた夢というわけじゃな。街を覆う結界や、訓練場の治癒結界のように要所要所に仕掛けを施せば少量の魔力で可能かもしれんが、高い純度、それも大量の魔石が必要となれば実用的ではない。世界の時を止められれば、悪戯し放題なんじゃがな!」
最後はおどけて言うベルだが、リミテッドアーマーを直さない理由はルシードにも理解できた。いくら無限の可能性を秘めた魔法とはいえ、魔力がなくては使えないのだ。世界の理に干渉するどころか、反しようとすれば、それも当然なのかもしれない。
「なら、どうして治癒魔法は人を治せるんだ? それも世界の理に反しているような気がするけど……」
「うむ。それは自分が生物で、相手も生物だからだ。生物は怪我をした場合、どうすれば治るかを本能で知っておる。小さな傷は自然と治癒することからも、世界の理に反しているわけではないのだ。それに加え、治す相手の魔力も使っておるのじゃ。自分が治りたいと思う心が内なる魔力に反応し、治癒力の手助けをする。それを利用しているからこそ、他人に干渉できるし、消費する魔力も少なくてすむ。逆に言えば、機械は意思がなく、壊れた時点で動くために使用していた魔力も消えておる。それ故、物を直すには膨大な魔力が必要になるわけじゃな」
「なるほど、そういうことか……ありがとう、勉強になったよ」
「うむうむ。おお、そうじゃ、魔力量といえば、昨日は寝る前に確かめたか? どれほどじゃった?」
ベルに言われて、ルシードは昨日風呂場で魔法の練習をして魔力量を確かめた時のことを思い浮かべて口に出す。
「水を生み出し続けて一時間くらいだったよ」
「……何? 一時間? おかしいのう、ワシの見立てではもっとあるかと思ったんじゃったが……この地は魔素が濃く、回復も早い。他の地に比べ、二倍から三倍は魔法を使える。それが一時間とは……凡人レベルじゃぞ?」
「俺からしたら、男で魔法を使えるんだ。凡人でも十分だよ」
「それはそうじゃが……うーむ、おかしいのう。しかし、お主が言うなら間違いない、か……。くれぐれも魔法の使いすぎには注意するんじゃぞ」
「わかってるよ」
ルシードも魔力枯渇の辛さは知ってる。そうそう味わいたいものではない。
「お待たせしました、こちらが今日のお会計となります」
そこへやって来たロザリーが、一枚の紙をベルに手渡す。
「ふむ。大銀貨七枚、銀貨三枚と大銅貨六枚か。クハハ、思ったより飲んどらんかったの」
紙を読み上げたベルの声に、ルシードは驚く。一般の店で食事を取れば、一食大銅貨三枚だったはずだ。この店も高級店というわけではないだろう。いったいどれだけ飲み食いしたのだろうかと、驚かないわけにはいかない。
「ほれ、釣りは要らぬ。取っておくがよい」
ベルが出した硬貨は金貨一枚。釣りは要らないとは、なかなかに太っ腹だ。
「え? あの、よろしいのですか?」
「うむ。この店はワシの弟子の、そのまた弟子がおる。この先の投資とでも思って取っておくがよい。それに、酒もつまみも美味かった、よい店じゃ」
「あ、ありがとうございます」
「クハハ。それとこれは秘密じゃが、ワシも弟子の前でよいとこ見せておきたいからの。ほれ、好感度とやらが上がったじゃろ?」
ベルはルシードへと振り返り、満面の笑みで言う。
「……秘密と言ってる割には筒抜けだけど、俺からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
「うむうむ。それでは、ワシはギルドへ顔を出してくるかの」
ベルはそう言い残して店を出て行った。
ルシードも名残惜しいが、そろそろ次の場所へ行かなくてはならない。最後にイングリッドたちと今後の話をすべく、子どもたちの座るカウンター席へと向かった。




