046 少女の決意
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終わってみれば、なんとも拍子抜けだった。エイミーと同じくローラとも魔力を共有し、魔力の動かし方を理解させると、すぐに水を動かしてみせたのだ。体内の魔力の集め方も理解したようで、今は邪魔にならないようにと、少し離れたところでエイミーと一緒になって無から生み出す練習をしている。
問題は――
「真打ち登場ですわ!」
イングリッドだ。彼女は光魔法だと言うが、その前に下位の聖魔法を覚える必要があるだろう。
しかし、聖魔法はどうやって練習させればいいのだろうかと、ルシードは考える。
土や水のように、目で見えるものではないのだ。聖魔法のイメージは傷の治癒や、解毒、存在するかはわからないが、アンデッド系へダメージを与えるのが、今まで読んだことのある物語でも定番だった。いや、アンデッド系の魔獣は、アルマリーゼに言わせれば存在するのだったか――。
「何をすればいいのかしら? なんでも仰っていただいて結構よ」
などと考えている場合ではなかった。ルシードは逸れそうになった思考を無理やり元に戻し、ルシードの膝にちょこんと腰掛け、半身になり、期待の眼差しでルシードを見つめるイングリッドを見つめ返す。
「そうだね……イングリッドは聖魔法だから……」
「違いますわ! わたくしが覚えたいのは光魔法ですわ! あなたがわたしくに聖なるものを感じるのはわかりますけれど、わたしくは光魔法を覚えたいんですの!」
「えーっと、詳しく説明するとだね……光魔法は聖魔法の上位魔法なんだ。だから最初は聖魔法を覚えてからじゃないと、光魔法も使えないんだよ」
ルシードは自分で言って疑問に思う。魔法は想像だ。ならば、いきなり光魔法だって使えそうなものだ。現にルシードもいきなり氷魔法が使えたことからも、イングリッドに使えない理由はない。それとも、相性とはルシードが考えているよりも大事で、普通はゆっくりと自分に合った魔力に慣れていくものなのだろうか。ルシードに答えが出せるはずもない。
「そうでしたの。それならば聖魔法を覚えなくてはいけませんわね。それで、聖魔法とは何ができますの?」
イングリッドの声に、ルシードはまたしても逸れそうになった思考を戻す。
「聖魔法は傷の治癒や、解毒かな? あとは周囲を照らす灯りを作ったりとか……」
「……地味ですわね。もっと派手な魔法はありませんの? こう光で敵をやっつけるみたいな」
ルシードの説明に、イングリッドは不満そうだ。セフィーリアが白い矢を放っていたことからも、イングリッドの要望には応えられるかもしれない。しかし、ルシードはわざと口にはしなかった。
それというのも、イングリッドが大事なことを忘れているからだ。
「それは違うよ。治癒魔法は魔法の中でも一番大事なものだと俺は思ってる。……君は言っていたじゃないか。エイミーとローラを守りたいって。二人が怪我をしたら、君が魔法で治してあげるんだ。少しの怪我でも、死に繋がるかもしれない。それとも、イングリッドは怪我をした二人を捨てて戦い続けるのかい?」
ルシードが治癒魔法を一番大事なものだと思っているのは本当だ。旅をするにあたって、怪我と病気は恐ろしいもので、小さな怪我一つが死に繋がる可能性は大きい。セラフがみんなのために聖魔法を覚えたというのも、そのことを考えてのことだろう。
「そ、そうでしたわ……わたくしとしたことが、大事なことを見失うところでしたわ。二人を守らなければいけないわたくしが、それを忘れて攻撃に出るなどと……これではルナミリス教徒失格ですわね」
ルシードの説得にイングリッドもわかってくれたようだ。ルシードは一つ頷く。
「それじゃあ、実践に入ろう。前を向いて、目を瞑るんだ」
「わ、わかりましたわ」
ルシードはイングリッドが前を向いたところで、背中に触れて魔力を共有する。
「あっ、なんだか背中が熱いですわ! これが魔力ですのね!」
「そうだ。エイミーとローラの時も聞いてたよね? 体の中に、今のとは別の魔力を感じないか?」
「……ありますわ。確かに感じましてよ」
エイミー、ローラと同じくして、イングリッドも一発で自身の魔力を探し当てたようだ。まったくもって優秀な生徒ばかりで、ルシードとしては有難い限りである。
「よし、その感じた魔力を、腕を通して手に移動させるんだ。今回は背中にある魔力を使って」
「やってみますわ……んっ、こ、これでよろしいですの?」
「ああ、うまくできてる。そのままゆっくりと目を開けて、手にある魔力を見て感じるんだ……見えるか?」
「……大丈夫ですわ。ちゃんと魔力があるのが感じ取れますわ」
ここまでは完璧だ。あとは治癒魔法の実践だが、ここに怪我人はおらず、他に良い練習方法も思いつかない。そこで、ルシードは左手の人差し指を見せるようにしてイングリッドの前へ差し出した。
「次は俺の人差し指を見るんだ。傷はないね?」
「……傷? ありませんわ」
イングリッドの言葉を聞き、ルシードは右手で懐からナイフを取り出すと――自分の左手人差し指の腹に、軽く線をつけるようにして傷をつけた。
指先からポタポタと赤い血が流れ落ちる。
「えっ、な、何をしてらっしゃいますの!?」
イングリッドはルシードの奇行に目を見張る。
「君が今手にした魔力で、俺の傷を治すんだ」
「……えっ? わ、わたくしがやるんですの!?」
「ああ、俺は聖魔法が使えない。だから君が治すんだ」
「……そ、そんな、あ、待って! わたくしには……ああ、血が! 止まってくださいまし! ど、どうして血が止まりませんの!?」
急展開により混乱するイングリッドは涙を流し、ルシードの指を押さえて血を止めようとしているが、魔力を使っているわけではなく、傷が癒える様子は見てとれない。
指は軽く切っただけで、流れる血の量もたいしたことはない。絆創膏でも貼っておけばすぐに治りそうな傷だ。だが、イングリッドにはいきなり目の前で指を切ったこともあり、大量に血があふれているように見えているのかもしれない。果てにはそうすれば血が止まるとでも思っているのか、ルシードの指を口で咥えている。
「そうじゃない、血を止めるだけじゃダメなんだ。手にしている魔力を思い出して、傷ができる時とは逆に、時間を巻き戻すかのようなイメージで傷を戻すんだ。自分にできないと思っちゃダメだ。二人を守りたいんだろ?」
『二人を守る』その言葉にイングリッドは何かを感じ取ったのが、ルシードは顔を見ていなくてもわかった。
イングリッドは咥えていたルシードの指から口を離し、傷口を凝視すると、次に手にした魔力をルシードの傷口に流し込むようにして、軽くなでるように手を動かした。
「でき……ましたわ」
大きく息を吐き、背中を倒してもたれかかってくるイングリッドを支え、ルシードは血で汚れた指を軽く洗い流して傷を確認する。
イングリッドの手のひらを通じて流し込まれた魔力は、傷口を塞ぎ、傷跡も残っていない。痛みもなく、完治したように見える。
「ああ、治ってる。ちゃんとできたじゃないか!」
聖魔法の教え方など知りはしないのだ。ことのほかうまくいったことに驚きを隠せないルシードだったが、表に出さないよう努め、イングリッドを褒めてやろうと、右手で近くにあった頭をなでてやる。
「と、当然ですわ! わたくしを誰だと思っていますの!?」
イングリッドは強がるように言うが、頭をなでられることは嫌ではないのか、離れようとはせず、逆に座っている位置をずらし、ルシードにピッタリと背をくっつけた。
「あら? なんですの?」
「ん?」
イングリッドは何かに気づいたように腰を動かす。
「いえ、お尻に何かに当たって、うまく座れませんの……何かしら?」
ルシードはイングリッドが自分のお尻の下に伸ばした手を慌てて掴む。何かに気づいたとはそういうことだろう。ここで男と気づかれるのは、せっかく築いた信頼を崩しかねない。どうして男と女で体の構造が違うのか、甚だ疑問だ。
「ああ、ごめん。ポケットに穴が開いて、中に入れていた物が動いたようだ」
「あら、大変ですわね。わたくしが繕いましょうか? こう見えてお裁縫は得意でしてよ?」
「大丈夫、行きつけの服屋があるから、そっちで直してもらうよ。自分の作った服を他人に直させたとなったら怒られそうだ」
「そうですの? それは残念ですわね」
なんとか誤魔化せたようで、イングリッドも気づいた様子はない。
そこへエイミーとローラが戻って来た。
「先生、できるようになりました!」
「見ててください!」
エイミーとローラは戻って来るや否や、そう言うと、手のひらを虚空にかざし、土と水を生み出した。
流石は魔法都市で育った少女たちと言ったところか。まだ魔力の操り方を覚えてからそう時間が経っていないというのに、もう何もない場所から生み出せるようになるとは、成長が早い。
「おお、上達が早いじゃないか。将来有望だな」
ルシードの言葉に、二人は照れるように顔を赤らめ、喜んでいるようだ。
「それじゃあ、次は壁を作る練習だな。ローラも水を前面に広げて水のクッションを作るようにして壁を作るんだ。あとは……土と水だし、地面を土にして水を混ぜて泥水にすれば、ぬかるんだ土に足を取られて、追ってくる敵の足を止めることができるかもしれない」
「わかりました、やってみます!」
二人はまた少し離れた位置へ移動し、練習を始めたようだ。
「わ、わたくしは何をすればいいんですの!?」
イングリッドも二人に負けじと次を急かしてくるが、治癒はともかく解毒は自分が毒になるわけにもいかない。アルマリーゼは魔素が毒を含んでいると言っていたが、ここは魔法都市だ。魔素酔いしている患者が簡単に見つかるわけもない。いや、アルマリーゼは魔素の毒はアルコールのようなものだと言っていた。お酒を飲んで酔っぱらっている人がいれば、アルコールを分解する要領で解毒ができるのかもしれない。ルシードはそう思い、広場を見渡すが、酔っ払いどことか人っ子一人おらず、都合よくベルたちが通りがかってくれる様子もなかった。
ルシードは少し早い気もしたが、それならば次の段階に進ませるのもいいだろうと、イングリッドに向き直る。
「少し難しいかもしれないけど、やるか?」
「やりますわ!」
わかりきった返答に、ルシードは苦笑する。
「次は魔力を外へ出すのではなく、自分の力に変える方法を教えよう」
イングリッドに教えるのは、魔力を全身に漲らせる身体強化だ。ルシードも覚えたばかりだが、使うことができればこれほど心強い魔法もない。
「まずは魔力を心臓のあたりに集めるんだ。集めた魔力を維持したまま左腕へ流し、左足、右足、右腕、頭を通って心臓へと戻す。全身に均等にね」
「む、難しそうですわね……ですが、やってみますわ。できて当たり前……でしたわね」
「ああ、それが一番大事だ」
ルシードは目を強化してイングリッドを見守る。イングリッドは集めた魔力を左腕に通すが、集めた魔力はすべて手に移動してしまっている。
「んっ……難しいですわ。どうしても集めた魔力が一緒に流れていってしまいますの」
「何事も練習だよ。ここまでみんな一回でできたけど、かえって珍しいくらいだ。今はエイミーとローラも苦労しながら先に進もうとしてる。できないと思わない限り、何度でも挑戦して物にするんだ」
「わ、わかりましたわ」
イングリッドは再び魔力を集め、全身に張り巡らせる練習を開始した――。




