045 賢者の書
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ルシードは広場に到着し、あたりを見渡すが、人っ子一人見つけることはできなかった。これなら誰かに迷惑をかけることもないだろう。
少女たちへと振り返り、まだお互いに自己紹介すらしていなかったことを思い出す。
「まずは自己紹介から始めようか。俺はルシード。君たちは? 自分の属性がわかっていれば、それも教えて欲しい」
「ルシード? 男みたいな名前ですわね。一人称も俺って……止めた方がいいのではなくって?」
いきなりの手厳しい言葉に、ルシードは幸先が不安になる。
「まあ、いいですわ。わたくしはイングリッド・ガーディアン。魔法は光魔法ですわ。わたくしに似合うのは光。光魔法しかありえませんわ!」
「ローラ・フーリエです。えっと……水だったかな」
「エ、エイミー・ヘルメルです。ぞ、属性は土です!」
金髪の少女を筆頭に、青髪の少女と茶髪の少女もそれぞれ名乗る。魔法都市だからだろうか、それぞれ自分の属性がわかっているのはルシードとしても助かるところだ。
しかし、イングリッドの光魔法とは聖属性の上位魔法だ。すでに使えるのなら教えてくれとは言わないはずである。おそらく聖属性だが、希望としては光魔法まで覚えたいということなのだろう。光どころか聖魔法さえ使えないルシードには到底教えるのは困難な話だが、今はひとまず置いて話を進める。
「イングリッドに、ローラ、エイミーだね。よろしく」
「ええ、よろしく頼みますわ。それで、何をすればいいのかしら? 時間がないので、早くしてもらえると助かりますわ」
イングリッドはギルドでも時間がないと言っていた。いったい何に追われているのいうのだろうか。ルシードはまずはそのあたりの話に探りを入れることにした。
「時間がないと言うけど、何かあるのか? できれば俺には理由を話して欲しいんだ」
「それは……」
イングリッドは難しい顔をして考えたかと思うと、
「いえ、引き受けてくださったんですもの。理由くらいはお教えしなくてはいけませんわね」
意を決したように真剣な面持ちでルシードを見る。
「実は――戦争が起こりますの」
だが、次いで出たイングリッドの言葉に、ルシードは思考が止まる。
「…………戦争?」
「ええ、戦争ですわ!」
「戦争ってあの戦争?」
「他にどの戦争がありますの!?」
「……だよね」
あまりの規模の大きさに、ルシードは思考も忘れて聞き返してみたが、他に戦争もあるまい。
「今この街にはわたくしたちの敵が来ていますの。その者はわたくしたちの縄張りに新勢力を立ち上げ、軍門に降れと勧告してきたのです」
「そ、それは大変だな」
「わたくしたちは抵抗しましたわ! ですが、その者は怪しげな術でわたくしたちを誑かし、新たな信仰に興味を持たせ、一日にしてわたくしたち以外の三人を取り込んでしまいましたの!」
思っていたよりも大きな話に、ルシードは驚く。まさか本当に戦争が起こるとでもいうのだろうか。食い入るように見つめてイングリッドの話に耳を傾ける。
「戦おうとも考えましたわ! けれど、その者は土魔法を使うんですの。わたくしたちは魔法を使えず、成す術もなく逃げ惑うしかない。……そして、現在に至りますの」
相手が魔法使いなら、魔法を使えないイングリッドたちには何もできることはないだろう。少女たちが魔法を習いたいという気持ちをルシードに伝えるには十分だ。
「今も勢力を拡大しようとしているに違いありませんわ! 早く止めないことには、この街が飲み込まれてしまうのも時間の問題ですの!」
イングリッドの話に、うしろの二人もうんうんと頷いている。
その姿を目に、ルシードは少女たちが嘘を言っているようには到底思えない。それならば、自衛のために魔法を教えても問題はないだろうと、魔法を教えることを決意する。
「わかった。そういうことなら魔法を教えよう」
「当然ですわ! 早く――」
「だけど、一つ約束して欲しい」
ルシードはイングリッドが言い切るより先に口を開く。
「約束? ……まさか、わたくしに身も心も捧げよと言うのではありませんわよね? 生憎ですけれど、わたくしそういう趣味はございませんの」
アーニャも老婆もそうだったが、『そういう』という言葉だけで何故意味が通じると思うのだろうか、ルシードには不思議に思えて仕方ない。しかし、うしろの二人を見るとこちらも意味がわかっているのか、お互いの身を庇うようにして抱き合っている。ルーファもわかっていなかったのだ。この街特有の意味があるのかもしれない。だが、今は関係ない。ルシードも自分の約束は意味が違うだろうと思い、否定する。
「違うよ。約束して欲しいのは、決して自衛以外で人を傷つけないこと。身を守る時は仕方がない。だけど、自分から人を傷つけようと思って使ってはいけないよ」
ルシードの言葉に、少女たちはハッとした表情を見せ、
「当然ですわ! わたくしたちは人を傷つけるために魔法を覚えたいのではありませんの! 女神ルナミリスに誓って、約束は守りますわ」
神妙な面持ちで頷いた。イングリッドが女神ルナミリスの名を出したということは、少女たちはルナミリス教徒のようだ。だが、この国の大半を占めていると聞いたあとでは驚くこともない。
「それじゃあ、さっそく魔法の講義を始めよう」
ルシードはベルにもらった賢者の書き記したという本を取り出す。付箋が貼ってあり、属性ごとにページを開きやすくしてあるのが嬉しい。
しかし、今は何かヒントがもらえるかもと先頭のページから開いていく。最初は火属性だ。ページを開き、見る。そして、愕然とした――。
一ページ目に書かれている文字は一言『熱い』。
そんな馬鹿なと次のページを開くが、次のページは白紙だ。分厚い本であるにもかかわらず、次も、そのまた次のページも白紙である。
急いで火の上位魔法である炎のページを開くも、ただ一言『すごく熱い』とだけ記されている。
無言で水のページに移るが、『美味い』。氷のページは『冷たい』だ。あの賢者は何を思ってこんなことを書き記したのだろうか。……まさか、逃げるための口実に、出まかせを口にして落書き本を出したのでは? とルシードは考え、頭を振る。ベルに限ってそんなことはしないだろうが、この本は賢者の書とも呼べるほどの代物であり、難解だ。ルシードには解読できそうになかった。
「どうかしまして?」
ルシードはイングリッドの声で我に返る。偉そうに講義を始めるなどと言いながら、本を開いたまま固まっていては不審に思うのも当然だ。
「い、いや、そうだね。あの机と椅子まで移動しようか」
「ええ、わかりましたわ」
広場の隅には休憩場所としてだろうか、長机と長椅子が設置されていた。ルシードはそこまで歩き、椅子に腰を下ろす。
ここまできたらあと戻りはできない。昨日ベルに教わったことを思い出し、それを活かすしかないと、ルシードは昨日の出来事を思い出しながら語る。
「まずは魔法のことから」
ルシードの反対側に座る三人を、それぞれ一瞥してから続ける。
「一言で言うなら、魔法に不可能はない。世界中、どこにでもあると言われる魔素を体内に取り込み、それを魔力に変えて操り、具象化させるんだ。呪文なんかも必要ない。俺が魔法の先生から教わった言葉を借りれば、魔法とは千差万別、変幻自在。魔法は作り出すものであり、人の思いの数だけ存在する。……故に無限。人の魔法を真似るのではなく、自分で想像するもの、だそうだよ。自分の可能性を信じて、世界を広げるんだ。『できるのか?』ではなく『できて当たり前』と思うんだ。できないと思った瞬間、魔法には至らず、具象化もできない」
少し言葉が違ったかもしれないが、おおむねこんな感じだったはずだと、ルシードは少女たちに説明する。呪文を必要とする魔法を教えることができれば簡単なのかもしれないが、生憎とルシードは呪文も、その使い方も知らないのだ。本が売っているという店を探せば入門書が売っているのかもしれないが、手持ちの金で買えるとは思えない。
それに、魔法のことをよく知らない少女たちならば呪文を使うという前提がないのでは? と考えたこともあった。
「な、なかなか難しいことを仰いますわね。わたくしたちにできるかしら?」
「言っただろ? できて当たり前だって。自分には無理かもしれないと考えてはいけないよ」
「そ、そうでしたわ。わたくしとしたことが、これではいけませんわね」
「それじゃあ、さっそく実践を……」
ルシードはそこまで言ってから、何をしたものかと考える。
まずは自分と同じ水属性のローラから教えるのがいいだろうか……ベルに教わったように水を出すことから覚えるのがいいかもしれない。
だが、それにはコップが必要となる。広場の土を見てから自分にできるだろうかと自問し、頭を振る。今自分でも言ったばかりだ。ならば、できるかではない。できて当たり前だ。
「何をすればいいんですの?」
「少し待って」
焦れたように身を乗り出したイングリッドをルシードは制し、椅子から立ち上がると、土を見るためにしゃがみ込む。土を指で摘み、感触を確かめるように指を擦り合わせた。しかしそれだけでは飽き足らず、もう一押し欲しいと目に魔力を集めて土を凝視し、砂の一粒一粒まで見る。
普段見ている物とは違い、砂は色々な種類があるようだ。白、黒、灰から透明な色まで。目に魔力を流して強化したことで、初めて一色に見えていたものが多彩に見える。
ガラスを作る素材はすべて土の中にあると、ルシードは村の物知り爺さんから聞いたことがあった。珪砂、ソーダ灰、石灰石、だったはずだが、見ている砂のどれがどれかまでは区別がつかず、今はガラス製を諦めることにする。
ならば石製にしようと思い、手から魔力を放出し、土へと流す。
魔力に引っ張られるようにして動く土。次にコップの形をイメージし、魔力の形を変えていく。最後に形が整ったところで、石へと変質させて完成した。
ルシードは手で触れてみるが、崩れる様子もない。うまくいったようだと胸をなでおろし、できあがったコップを机の上に置く。
「まずはエイミーから始めようか。今俺がやったように、土からコップを作ることから始めよう」
ルシードは言うが、エイミーどころか三人とも固まったまま動こうとしない。
「……どうした?」
ルシードの問いかけに、一番早く反応したイングリッドが口を開く。
「い、今のが土魔法ですわね?」
「ああ、土に魔力を流してコップを作ったんだ。見たことないか?」
「え、ええ。この街の魔法使いは、みんな魔法を他人に見せませんし、お母様は魔法使いではありませんの。エイミーとローラのお母様もそうですわ」
ルシードはこれでいいのか魔法都市と思ってしまう。自分たちの研究に没頭するあまり、次の世代を育てるのを忘れているのではないだろうか。心配になる。
「確か、君たちの敵は土魔法を使うんだよね? それを見たことは?」
「……ありませんわ。あの者は不用意に魔法を使うのではなく、言葉巧みに誘惑してきますの」
「それは手強いな」
力をひけらかすのではなく、奥の手として使っているのなら相手の実力もわからない。果たして自分が相手をしたとして勝てるだろうかと、ルシードは考える。
考えるが、いつまで考えていても仕方がない。今はこの少女たちを鍛えることに集中しなければいけないと、思考を切り替えた。
「それじゃあ、エイミーから。こっちに来て」
「は、はい! よろしくお願いします!」
エイミーは椅子から立ち上がり、ルシードのところまで来ると、ルシードを真似るようにしてしゃがみ込む。地面に手をかざし――
「あの……何をすればいいんでしょう?」
疑問を口にした。
エイミーの疑問も、もっともだ。今まで魔法を使ったことがないというのに、いきなり魔力を流せと言われてもわからないだろう。
「そうだったね。まずは魔力の使い方からだ」
ルシードはアルマリーゼに魔力の使い方を教わった。ならば、彼女たちにも最初は魔力の使い方から教えなければいけない。そう思い、ルシードは強化した目でエイミーの体を見るが、体の中にあるはずの魔力は感じられない。魔力の使い方がわからないせいだろう。初めて魔法を使う前の人間は、魔力の集め方から覚えなくてはいけないということだ。
アルマリーゼはそれを簡単にやってのけた。だが、アルマリーゼは何故できたのだろうかと、ルシードは考える。
少し考え、おそらく契約を通じて、自分の中の魔力も扱えたということだろうという結論に至る。
だとすれば、ルシードがこの子たちに魔力の流れを理解させるのは難しい問題だ。ギルドに依頼することによって紹介される魔法使いでない弊害が、ここにきて出たことになる。
どうやって教えたものかとルシードは考え、名案にたどり着く。正規の魔法使いがどう教えるのかはわからない。ならば、自己流だ。ルシードは地べたにあぐらを組んで座る。
「俺の上に座って」
「は、はい!」
ルシードはエイミーを呼び、あぐらを組んだ足の上へと座らせ、その背中に手のひらを当てる。
「目を瞑って、俺の手が当たっている場所に集中するんだ」
言って、ルシードは能力を発動させる。トライホーン・ビートルの能力『共有』だ。この能力は自分の魔力を他人と共有することができる。エイミーの魔力は見えない。ならば、自分の魔力を与え、魔力の動かし方を覚えさせればいいと考えたのだ。
「今俺が触れている場所に、何かあるのがわかる?」
「は、はい! わかります! 先生が触れてる場所が熱くて……力強いものを感じます」
「今俺が触れている部分以外には?」
「んー……あっ、胸の奥底に同じものがあります!」
ルシードの思惑通り、エイミーは自身の体から魔力を探し当て、感じることができるようになったようだ。一回で感じ取るとは、なかなかに優秀である。
「それが魔力だ。次は今感じた魔力をゆっくりと腕に流すようにイメージするんだ。今回は背中に感じる魔力を使って、次からは体内に感じたものを集めて使うんだ。焦らなくていい、最初はゆっくり、体から両腕を通じて、手のひらまで。最初は俺も手伝おう」
ルシードはエイミーの背中に触れていた手を、肩を通って腕、最後に手へと自身の手を滑らせ、繋いだ魔力を実際に移動させて伝える。
「こんな感じだ。次は自分でやってごらん」
「や、やってみます!」
エイミーの返事に、ルシードは強化した目でエイミーの魔力の流れを見守る。ゆっくりと、しかし確実に腕を通り、手のひらへと魔力は移動していった。
「いいぞ、ゆっくりと目を開けて、手に集まっている魔力を感じるんだ」
エイミーは無言だが、小刻みに震えている。それでも、ルシードは急かさずにエイミーの反応を待つ。
「わ、わかります! これが魔力なんですね!」
エイミーはそう大きな声で言い、喜びに震えているようだ。次からはルシードの補助もなく、魔力を操ることができるだろう。ルシードはエイミーの返事に満足し、最後の過程へと移行する。
「そうだ、それが魔力。そして次が最後の工程だ。地面を見て、土を動かそう。コップを作れとは言わない。土を動かすだけでいい。手のひらから魔力を放出するイメージで土に魔力を流して干渉するんだ。放出するのが難しければ、直接触れて」
エイミーは集中しているのか返事はない。しかし、ルシードが魔力の流れを目で追うと、土に魔力を流そうとしているのが見てとれる。
最初は苦戦していたようだが、ルシードの足の上から移動し、前のめりになって土に触れたと同時、土が動いて少し盛り上がった。
「で、できた……?」
「ああ、よくやったな。成功だ」
「や、やりましたわ! エイミーあなた、魔法を使ったのよ!」
「エイミー、凄いよ!」
エイミーを見守っていたイングリッドとローラからも歓声があがる。
「今の感じを忘れないで。そうだね……今のは使えるかもしれない。見てて」
ルシードも土の扱いは先程覚えた。ならばイメージ通り使えるはずだと、地面に魔力を流す。
すると、魔力を流した土は大きく隆起し、高さ二メートルほどの土の壁が現れた。
「こんなもんかな。土製だけど、防御には使えるはずだ」
「……す、すごいです」
「エイミーもすぐこれくらいできるようになるよ。言っただろ? できて当たり前だって」
「は、はい! 頑張ります!」
ルシードはエイミーの声に頷き、残りの二人へと向き直る。
「次は……ローラにしようか。ローラも水を操ることから覚えよう」
ルシードは椅子に座り、先程作ったコップに水を生み出してからローラを呼ぶ。
「俺の膝の上に座って、コップに手をかざすんだ。まずは水を操ることから始めよう」
「失礼します!」
ローラはルシードの膝の上に腰を下ろし、コップへと手をかざした。




