044 小さな訪問者たち
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ギルドに到着したルシードは、建物の外に取り付けられた時計を見る。現在は九時三十二分だ。途中、アーニャと老婆の店の前を通った時に確認したが、どちらの店もまだ開いてはいなかった。時間に余裕があればまた寄ってみるのもいいだろうと思い、ギルドの扉を開けて入る。
入って正面、受付を見ると、何故かペトラが作業着姿のまま、机に肘をついて退屈そうに座っていた。
「ペトラさん?」
ルシードが声をかけると、ペトラは慌てたように佇まいを直す。
「お、おはようございます。何かご用ですか?」
「おはようございます。いえ、ペトラさんが受付に座っているのが気になったもので……まさか、昨日からずっと?」
「いえ、そういうわけでは。……昨日、皆さんが帰られたあと夜勤の方が来られて交代したのですが、今朝来てみるとリリーさんはまだ来られていないようでして……。それで人手も足りないこともあり、ここに座っている次第です」
「そうでしたか。リリーさんに何かあったんですかね?」
「私の憶測ですが、外でギルド長と出会ってしまって、そのまま飲みに連れ出されたのかもしれません。以前にも同じことが何度かありましたので、間違いないとは思いますが」
「なるほど。ペトラさんも大変ですね」
「まあ、リミテッドアーマーが壊れてしまったので、今日の予定は白紙ではあったんですけどね……」
嘆息して言うペトラに、ルシードは居心地が悪いものを感じる。リミテッドアーマーを壊した原因はベルだが、連れてきたのはルシードだ。ベルも時を操れるのなら、壊れたリミテッドアーマーの時を戻し、直すことはできなかったのだろうかと思わずにはいられない。
責任を感じないわけではないが、直せと言われても、ルシードには無理だ。話を掘り返すわけにもいかず、話を変えることにした。
「そ、そうですか。ところで、俺にもできそうな依頼ってありますかね?」
「どうでしょう? 私も依頼の細かい内容までは確認していないので、あちらのボードで確認してもらえますか?」
「あ、そうですよね。それじゃあ、見てきます」
「はい、ごゆっくり」
ルシードは逃げるように受付から離れ、依頼が張られているボードで内容を確認する。
依頼はランクごとに張り分けされているようで、左から右にいくほど高ランクになっているようだ。
今の自分では高ランクを受けることはできないと、左端へと移動して依頼を確認する。
「ん? 五段にわかれてるな……ああ、他の街の依頼も張られるんだったか」
ランクごとに張り分けられた依頼は更に街ごとにも分けられているようだ。区切られた枠の中に、他の街の名前が記されている。
「遠くまで行くわけにもいかないし、レーヴェで絞らないとな……」
レーヴェの欄を見てみるが、他の街に比べて圧倒的に依頼が少ない。他の街の低ランク依頼は、必要素材の買出し、薬草の採取からペット探しまでと色々あるが、レーヴェの研究者は秘密主義であるが故に、必要素材も自分で用意しているのか、もしくはあまり冒険者が訪れないことから、依頼しても無駄と思っているのかもしれない。
では、ギルドからの依頼はないかと見るが、どれもレーヴェから離れた場所への採取依頼など、今日中にできるような依頼はなかった。
「ん? これはできそうかな?」
その中で、一つの依頼に目を留める。内容は洗濯だ。冒険者に依頼する内容なのかは疑問だが、研究で忙しく、洗濯する暇もないのかもしれない。水魔法を覚えた今なら、この依頼も達成しやすいのではないか。ルシードはそう考え、試しに受けてみるものいいだろうと視線を動かし、報酬額を見て驚く。
その額は、なんとFランクにして銀貨五枚だ。更には達成内容に応じて加算も有と書かれているではないか。依頼ボードのギルド報酬額は通常Fランクで銀貨一枚。それの五倍となると、やらないわけにはいかない。さっそく依頼を受けようと張り紙のピンを抜いて剥がし、ペトラのもとへと持って行く。
「すみません、この依頼を受けます」
「はい、わかり……あの、この依頼をお受けになられるんですか?」
ペトラは、ルシードが渡した依頼を一目見て、言い出しにくそうに苦笑いで答えた。
「何か、まずいですか?」
「あー、なんと言いますか……この依頼、洗濯業者も匙を投げた内容だとか。だいたい一ヶ月に一回出されるのですが、前回の依頼から三ヶ月、依頼を受けた人はいません。おそらく今回は三ヶ月分の洗濯になりますよ? それを一日で、となると重労働になりますが、よろしいですか?」
ペトラの説明に、ルシードは目を瞬かせる。
言われてみれば、掃除を専門に仕事をしている人がいるなら洗濯を専門に仕事をしている人もいそうなものだ。まさかその人たちまでもが匙を投げ出していたとは、思いもよらなかった。
「三ヶ月? ……それを一日で?」
「はい。まあ、内容が内容ですからね……今日中に終わらなければ、明日も続けられるかもしれません。続けない場合は、出来高で報酬が支払われる形になると思います」
一ヶ月分の洗濯。それを一日で処理するのも大変だが、この街にやってくる冒険者は、業者までもが匙を投げたと知ってか、ここ三ヶ月誰も受けていないのだろう。今回は三ヶ月……今日中に終わるとは思えない。
他の依頼に変えるべきかとルシードは考えるが、冒険者になって初めての依頼だ。それも自分で選んだ依頼。ならば、どんな依頼であれ、受けておきたいという思いがある。最初から依頼を選り好みしていては、成長もできないだろう。何事も経験だ。何より、匙を投げられたという内容に興味も出ている。
「……いえ、やってみます」
「わかりました。それでは、受諾ということで処理します。ギルドカードの提示をお願いできますか?」
「あ、そうでしたね。今出します」
ルシードは冒険者カバンからギルドカードを取り出し、ペトラに渡す。
ペトラはギルドカードを確認し、依頼書の中央に判子を押すと、判子が半分になるように依頼書を切った。
「ギルドカードの返却と、こちらが依頼書になります。こちらの依頼書を持って、依頼人のもとへ向かってください。依頼主に会った際に依頼書を見せて確認を、終了時には依頼主のサインを忘れずにもらってください。場所はわかりますか?」
ルシードはギルドカードと依頼書を受け取ったところで一番の問題に突き当たる。この街に来て日も浅く、どこに何があるのかさえ、わかっていないのだ。依頼は受けたが、依頼人の居場所がわからないのでは、どうしようもない。
「い、いえ、すみません。どこへ行けばいいのでしょうか?」
「ふふっ、では、こちらの地図をお持ちください。街の見取り図です。ギルドはここ、依頼の場所はここですね」
ルシードの無鉄砲さに笑ったのだろうか、ここにきて初めてペトラが笑った。
ルシードは気恥ずかしいながらも、ペトラが指差す場所を忘れず記憶し、地図を受け取る。
しかし、ペトラは本職ではないだろうに手馴れている。リリーは以前にもメリッサに捕まり、来なかったそうだが、ルシードの想像以上に回数が多く、ペトラが受付に座っていることが多いのかもしれない。
「ありがとうございます」
「いえ、それでは――おや? 珍しいお客さんですね」
ペトラが何かに気づいたようにギルドの入り口へと目をやるので、ルシードもそれに習ってそちらを見やる。
「ここだよね?」
「勝手に入ってよかったのかな? 怒られたりしないかな?」
「大丈夫ですわ、わたくしに任せておきなさい」
入り口にサーシャと同じくらいの少女――いや、サーシャは十五歳だが、見た目サーシャと同じ年頃の少女三人が周囲を見渡しながらギルドへと入ってきたようだ。軽いウェーブのかかった綺麗な金髪を、腰まで伸ばした少女を筆頭に、後ろの二人を伴うようにして受付へと近づいてくる。
「ギルドはこちらでよろしくって?」
「は、はい。そうですが、何かご用ですか?」
小さな子ども相手にも丁寧に対応するペトラ。ルシードは依頼の場所へ行かねばならないが、少し興味があったこともあり、見守ることにする。
「用がなくては来ませんわ」
「そ、そうですよね。それでは、ご用はなんでしょうか?」
「実は少し困ったことになってしまいまして……詳しい理由は言えませんが、わたくしたちに魔法を教えていただけないかしら?」
「……魔法ですか」
「魔法よ。他にあって?」
「い、いえ、ございません。魔法を覚えたい……師になってくれる魔法使いの斡旋をご希望ですね」
少女は魔法を覚えたいようだが、なかなかに高圧的な態度だ。ペトラも困り顔で対応している。
「そういうことよ。お願いできるかしら? 心当たりはあたったのだけれど、すべて断られてしまったの。困った人たちですわ。わたくしに魔法を教えるというだけで名誉なことですのに」
「は、はあ……わかりました。それで、ご依頼料はお持ちですか?」
ルシードがベルに魔法を教わった時は、気に入ったという理由から無料で教えてもらえることができた。だが、本当なら金がかかるのだ。通常、魔法を師事するにはどれほどかかるのだろうかと、ルシードは固唾を呑む。
「ええ、これでお願い」
ルシードは気になって少女が出した額を覗き込むと、カウンターの上には銅貨五枚が置かれていた。ギルドの依頼だと、Gランクでも大銅貨五枚だ。十分の一の額だが、子どものおこづかいなら仕方ないのかもしれない。
「最高の魔法使いを、それもなるべく早くお願いするわ。できれば今日中に」
「銅貨五枚、ですか。困りましたね、受けてくれる魔法使いの方はいるでしょうか……。今確認したところ、師事するには最低でも金貨一枚からとなっておりまして……」
ルシードは耳を疑った。金貨一枚。普通に考えて少女たちに払える額ではない。少女はいったいどうするのかと見る。
「それは困りますわ! わたくしはこの子たちを守りたいの! なんとかなりませんの!?」
「ごめんなさい。こればっかりは私にはなんとも……」
ペトラの返答に、先程とは一転して切羽詰った表情になった少女は、カウンターから一歩うしろへ下がると――
「お願いします。時間が……時間がありませんの……」
腰を折って頭を下げた。
「イングリッドちゃん……わ、私もお願いします」
「お願いします!」
後ろに控える二人の少女も、先頭の少女に習って頭を下げて言う。
「う、本当に困りましたね……」
手馴れているように見えたペトラだが、やはり本業でないからか、対応に困っているようだ。
リリーはこういった時にどうするのだろうかとルシードは考え、ギルドの入り口へ目をやるが、リリーがやって来る気配はなく、周囲で仕事をしているギルド職員もどうしたものかと成り行きを見守っている。
ルシードは考えていても仕方がない。そう思い、ペトラへと近づく。
「すみません。少しお聞きしたいのですが、魔法が使えれば誰に師事してもいいのですか?」
「は、はい。それは大丈夫です。ランクが低い魔法使いに師事する依頼主は皆無と言ってもいいくらいなので、低ランク時に魔法の指導員に登録する冒険者は少ないですが、魔法が使えるならランクは関係ありません。ただ、依頼を受けた側は、ちゃんと依頼者が魔法を使えるようにならなければ依頼料は受け取れません」
「わかりました。それなら、俺が依頼を受けます」
少女は理由を話せないと言ったが、剣幕からしてただ事ではないだろう。少女の後ろにいる二人のことを守るとも言ったことから考えても、危険が迫っているのかもしれない。ルシードは自分が魔法を教えることができるかはわからないが、結果として教えられなかったとしても、少女たちが魔法を使わなくても自分が前に立ち、少女たちを守ることができるかもしれないと考えたのだ。
「よ、よろしいのですか?」
「はい、お願いします。それで、先程受けた依頼なのですが、今日中に行かないとまずいですか?」
だが、洗濯の依頼もある。まさか少女たちを連れて行くわけにもいかず、連れて行けたとしても、洗濯しながら魔法を教えるというのでは示しがつかないと、ルシードはペトラに尋ねた。
「いえ、依頼は期日が書かれていればその期間内に終了させねばなりませんが、先程の依頼は書かれていませんでしたので、今月中に終了させれば問題はありませんよ。月が変わってしまった場合は、違約金として報酬額の倍額を支払っていただくことになります」
ルシードはペトラの言葉に、ひとまずよしとする。
「わかりました。では、彼女たちの依頼の受理をお願いします。そのあと、俺が受諾します」
「は、はい。すぐに処理します」
ルシードがもう一度ギルドカードを取り出してペトラに渡したことで、ペトラは忙しなく手を動かし、書類を作成すると、イングリッドにサインを求め、依頼書としてルシードに渡した。
「ありがとうございます」
「い、いえ、こちらこそ、なんと言っていいやら……」
「それじゃあ、行こうか」
ルシードは少女たちに言ってギルドを出る。少女たちは三人で顔を見合せると、ギルドを出るルシードに気づいたのか、その背中を駆け足で追った。
◆
ルシードはギルドを出たところでペトラにもらった街の見取り図を開き、どこか教えるに適した場所はあるだろうかと考える。
すると、大通りの少し外れた場所にフリースペースの広場を見つけた。ここにしようと少女たちに向き直る。
「大通りを少し外れた広場に行こう。そこで教えるよ」
少女たちはきょとんとした顔をしながらも頷き、先導するルシードのうしろについて歩く。
最初は高圧的でとっつきにくいとルシードは思っていたが、なかなかどうして素直だ。
そのままギルドから引き返し、大通りに戻って来たルシードは、とある三人を見つける。向こうはルシードに気づいていないこともあり、素通りするのは簡単だ。しかし、今は良いアドバイスをもらえるかもしれないと、こちらから近づいていく。
「こんにちは、まだ飲み回っているんですか?」
「む? おお! ルシードではないか! クハハ、こんなところで何をしておる。お主も一緒に行くか? ワシらはまだ折り返し地点といったところだ。まだまだ夜は長いぞ!」
「け、賢者様、私はもう限界です。それに、ルシードさんはまだ未成年……うう、気持ち悪い」
「リ、リリーさん、大丈夫ですか?」
ルシードは正面からしなだれかかるように倒れてくるリリーを受け止める。顔色を見るが、真っ青だ。
「クハハ、リリーは酒に弱いのう。ほれ、ルシード、水を飲ませてやれ」
ベルはたった今作ったであろうコップをルシードに差し出してくるが、中は空だ。そこまでするなら自分で出せばいいものを、とルシードは思うが、師匠に言われては拒否できるはずもない。コップに水を生み出し、リリーの口元へ運んで飲ませる。
リリーはなされるがままにコクコクと喉を震わせ水を飲んだかと思うと――
「何これ……美味しい。うー、元気出てきました! 私はまだまだいけますよー!」
ルシードにしなだれかかったまま、右腕を空に突き上げ、宣言した。水が効いたのか、顔色は幾分よくなっている。
「よく言いました、リリー。さあ、次の店へ行きましょう!」
メリッサもご機嫌で次の店に行こうと言い出す。すっかり仕事のことは頭から離れている様子だ。
だが、ここで行かれてはルシードが困る。ルシードはリリーをメリッサに預け、ベルのもとへと近づく。
「ベル、ちょっといいかな?」
「クハハ、なんじゃ? ワシはいつでもウェルカムじゃよ? なんでも言うてみるがよい」
ベルもご機嫌だ。これなら簡単に引き受けてくれるかもしれないと、ルシードは話を切り出す。
「実は魔法を覚えたいという子どもたちがいるんだけど、ベルが教えてあげることはできないかな?」
「……魔法? ダメじゃダメじゃ。ワシは弟子は取らん主義じゃ」
不快感を露にしてベルは断る。ルシードが考えていたよりもガードが固い。
「けど、昨日は俺に魔法を教えてくれたじゃないか」
「クハハ、お主は特別じゃ」
「なんでも言えって言ったよね?」
「……そうじゃったかな。最近物忘れが酷くてのう」
ルシードから視線を逸らして言うベルは、どこからどう見ても覚えている。
「……ベル」
「ええい、わかった、わかった。ワシの負けじゃ……」
仮面越しのルシードの視線に、ベルは観念したのか、両手を上げて負けを宣言。
「だが、ワシは教えん。代わりと言ってはなんだが、こいつを持って行くがよい」
そう言うと、ベルは冒険者カバンから一冊の本を取り出し、ルシードに手渡した。
「……これは?」
「ワシが書いた本じゃ。ワシが属性ごとに思ったことが書かれておる。まさに真理の書。それがあれば、誰でも賢者じゃ!」
ベルは胸を張って笑うが、賢者の書いた本となれば誰もが欲しがる一品である。
「ありがとう、助かるよ」
「クハハ、お主の頼みじゃ。ワシが断るわけがなかろう」
先程断られたばかりなのだが、ベルはご機嫌だ。わざわざ水を差す必要もないと、ルシードも突っ込みは入れなかった。
「それじゃあ、俺たちは行きます。あまり飲みすぎないようにしてくださいよ」
「大丈夫じゃ! ほれ、メリッサ! リリー! 次の店へ行くぞ!」
「おー!」
ベルはメリッサとリリーを連れてどこかの店へと消えていった。
ルシードはリリーにペトラのことを伝え忘れたことを思い出し、慌てて振り返るも、どこへ消えたかは見ていなかったこともあり、諦める。
「待たせてごめん。俺たちも行こうか」
ルシードは呆然と成り行きを見守っていた少女たちに声をかけ、歩き出す。
「あ、あの、今の人たちは誰ですの? 賢者とか聞こえた気がしたような……」
ルシードはうしろを歩く少女に聞かれるが、今のが賢者で、他の二人はギルド長と受付の人たちだとは言いづらい。ただでさえ依頼を断られるところだったのだ。ギルドに対して嫌悪感を抱いて欲しくはない。
「ちょっとした知り合い。賢者って呼ばれてた人は、酔って自分を賢者だと思い込んでるんだろうね。そういうお年頃なんだよ」
「そ、そうですわよね。あれが賢者だったら幻滅ですわ」
ルシードはそれ以上何も言わず、広場へと向かった。




