043 アヴリーヌ宝石店
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ルシードが足を踏み入れた店は、昨日ルーファに宝石を売れないかと聞いた宝石店だ。店内の宝石を際立たせるためだろうか、朝にもかかわらず、ランプが灯されている。
扉に付けられた鈴の音が来店を伝えたところで、歳はリリーと同じくらいだろうか。まるでお伽噺に出てくるエルフのように耳の尖った歳若い女性を見かけ、店員だろうかと声をかけようとしたが――
「アヴリーヌ宝石店へようこそ! 今日はどんな宝石をお探しですか? 魔道具の素材ですか? それとも魔力増幅用ですか? 宝石のことならなんでも聞いてください。アヴリーヌ宝石店は年中無休であなたの問いにお答えします! 私はこの店の店長を務めております、シエラと申します」
ルシードが口を開く間もなく、女性――シエラに詰め寄られた。
「い、いえ、宝石の鑑定をお願いしたいのですが……鑑定料はかかりますか?」
現在無一文のルシードは、鑑定に金はかかるのかと前もって尋ねておく。
それというのも、一つの宝石を売ろうと考えているからだ。スピリティア・ストーンを、ではない。スピリティア・ストーンはルーファに売れないと言われたが、持っている石はスピリティア・ストーンの他に、もう一つあったことを思い出したのだ。
その名前はフレイムライト。ルシードの記憶に間違いがなければ、マーカスの話では本物なら大金貨で売れるという話だったはずだ。もし本物だったなら、ルーファにワイヤー代を払うことができるかもしれないと考え、今に至る。
「ほうほう、鑑定ですか。いえいえ、鑑定料はいただきませんよ。私も宝石商です。宝石となればどんな物か気になる性質でしてね。鑑定するだけでお目にかかれるというのなら、お安い御用というものです。それで、どんな宝石ですか? ああ! 私が嘘を言うかもと心配してるんですね!? わかります、その気持ち。この店は初めてですよね!? 初めての街、初めての店、宝石を騙し取ろうとする悪い宝石商もいます! でも心配しないで! 私は宝石に嘘はつきません! 必ず真贋を正しく判断し、お伝えすると誓います!」
早口でまくしたてるシエラにルシードは気おされながらも、冒険者カバンから一つの布包みを取り出す。
「それは助かります。実はフレイムライトという宝石ではないかと言われたのですが」
「フレイムライト! いいですよね、真っ赤に透き通る宝石ながら、光にかざすとまるで炎が揺らめくように映るという宝石! 火属性の魔道具の触媒に最上と謳われますし、火属性の魔法増幅にも最高の一品! すでに魔石と呼ばれるほどなんですよ!? なかなか手に入らない宝石で、私の店でも取り扱ったことがないんです! 最後に見たのは三年と十二日前、各地の宝石を見ようとローラント領に立ち寄った店で一度目にしたきりでしょうか。あまりに長居しすぎたせいで出入り禁止になったのは良い思い出です……ああ、生きていてよかった!」
「…………え?」
シエラの説明に、ルシードは布包みを渡そうとした手が止まる。シエラはフレイムライトの説明で、光にかざすと炎が揺らめいて映ると言ったのだ。当然、ルシードも太陽に透かして見たことはあった。だが、そんなものは一度として見たことがない。だとすれば、今手に持つ宝石はフレイムライトではないということになる。
「……何か?」
手を止めたルシードを不審に思ったのだろう。シエラが聞いてくるが、フレイムライトだと言った手前、ルシードはなんと返していいものか悩む。このシエラの期待で満ち溢れる瞳に、実は偽物でしたと言っていいものか……だが、このまま見せてしまっては、シエラが気落ちするのは目に見えてわかる。それはルシードの望むところではない。
「すみません、ちょっと急用が……出直してきます」
「ああっ! 待って待って待って! いいんです! 偽物でもいいんです! 私だって魔法都市とはいっても、こんな田舎の片隅にフレイムライトが持ち込まれるだなんて本気で思っていません! いえ、期待しなかったと言えば嘘になります! けれど、たとえガラス玉だろうと、道端で拾っただけのただの石ころだろうといいんです! だから行かないでー!」
店から出て行こうとするルシードの足にすがりついて逃がすまいまいとするシエラ。何が彼女をここまでさせるのだろうか……ルシードには不思議だ。
「わ、わかりましたから離してください」
このままシエラを引きずって歩くわけにもいかず、ルシードは諦めて布包みを手渡す。
「あー、これが夢にまで見たフレイムライト! ついに! ついにこの手にすることが……! あ、すみません、取り乱してしまいました。ですが! ですが、わかっていただきたい! この気持ちはもはや恋と言っても過言ではありません! これは――」
シエラの話はまだ続くのだろうか……ルシードは正直なところ、早くして欲しい気持ちで一杯だ。針の筵とはこのことか。
ガラス玉でも石ころでもいいと言ったからルシードは渡したのだが、シエラの中ではすでにフレイムライトという前提で話が進んでしまっている。これは非常にまずい。
「では――」
やっとシエラが布包みを開き、中の石をあらわにする。
「……うそ」
石をじっと見つめるシエラは、先程まで饒舌だったのが嘘のように、静まり返る。その赤い瞳は信じられないものを見たかのように、目を大きく見開いていた。
「そ、それがですね……何度か言おうとは思ったのですが……」
ルシードが弁明しようと口を開くも、シエラは無言で店の入り口へと向かい、周囲を確認してから店のシャッターを閉め、入り口の扉に鍵までかけてしまう。窓にはカーテンを閉める念の入れようだ。
年中無休だと言っていたのに、フレイムライトを見ることができなかったショックで今日は休むつもりなのだろうか……今日この店を訪れる客がいたなら悪いことをしてしまったと、ルシードはばつが悪くなる。
しかし、ルシードはまだ店内だ。できれば店を出たあとに閉めて欲しかったと思わずにはいられない。まさか、偽物を持ち込んだことで説教でも始まるとでも言うのだろうか。
ルシードが身構えていると――
「この宝石はどちらで?」
シエラはルシードのもとへ戻って来るや否や、聞いてくる。気のせいか、店内が少し暗くなったことでシエラの赤い瞳が光っているように感じ、怒っているように見えなくもない。
これはいよいよもって説教が始まるのかもしれないが、嘘をつく必要のないルシードは採った時のことを思い出し、シエラに伝える。
「故郷の村近くの山で採れたものです」
「他にもまだお持ちで?」
「いえ、それだけです」
「そうですか……」
淡々とした口調で聞かれる質問に、ルシードは何かあるのだろうかと疑問に思いながらも答える。
「結論から申し上げますと、この宝石はフレイムライトではございません。それと、申し訳ありませんが、当店で買い取ることも不可能です」
シエラは石からルシードに視線を戻して言う。フレイムライトでないことは途中からわかっていたが、買い取ることもできないということは、ただのガラス玉だったようだ。これではルーファに借りたお金を返すどころではなくなってしまった。また別の返済方法を考えねばならないだろう。
「私もお伽噺でしか聞いたことがありませんが、これは常夜の雫と呼ばれる宝石です」
「……常夜の雫?」
「見ていてください」
この石の名前だろうか。聞き返すルシードをよそに、シエラは店内のランプを次々に消していく。
すべてのランプが消え、店内が暗闇に包まれる。すると――
「石が……光ってる?」
暗闇の中、ルシードの前に置かれた石が淡く、黒い光を放っていた。暗闇の中で黒く光るなど不思議な話だが、しかし確かに黒い光が、石から放たれている。
「はい。少しの光も届かない暗闇でのみ光る宝石。それが常夜の雫。まさか本当に存在していたとは、私も信じられません。お伽噺に出てくるような、不確かな存在だったんです。闇魔法を使用する時に絶大な補助効果があるとされる宝石ですが、誰も見たことがない。けれど、語り継がれる。そんな宝石です」
そのお伽噺を思い出しているのだろうか。シエラは何かを懐かしむように語る。
「欲しがるコレクターは多いでしょう。ですが、私にはこの宝石に値段をつけることはできません」
「高いってことですか? たとえば、大金貨より」
ルシードの言葉に、シエラは驚いた表情になる。
「大金貨などで買えるような代物ではありませんよ! 王金貨……いえ、値段はつけませんが、私なら王金貨を何枚積まれようとも、売りはしません!」
王金貨――大金貨の上の金貨だったか。マーカスの話で出ていたはずだが、自分には関係ないと思い、ルシードは忘れてしまっている。まあ、他の硬貨の例に合わせるなら、大金貨十枚の価値はあるということだろうと、ルシードは曖昧に頷く。
「……わかりました。それなら売りません」
大金貨以上の価値があるとわかっただけでも十分だ。売る必要まではないと、ルシードは引き下がった。
「そうですね。私のようにお伽噺を信じる者に見せられないのは残念ですが、それがいいでしょう。この宝石が世間に出回れば、必ず争いが起こります。それほどに魅力的な宝石なんです」
「そ、それは困りますね」
シエラの言葉を聞いて、ルシードに迷いが生じる。大金貨以上の価値があるのなら、この宝石をルーファに渡そうと考えていたのだ。ルーファに渡ったあとは好きに扱ってもらって構わないとまで考えていたのに、ルーファが売ってしまった場合、世間の目に触れて争いが起きては困る。
ルーファは魔属性の魔法使いだ。闇魔法の補助効果があるのはちょうどいいとは思うのだが、ルシードの一存で決められるものではない。
「……どうかされましたか?」
あまりに思い悩んでいたせいだろう。シエラはルシードに問いかける。それに対しルシードは、宝石のエキスパートであるシエラならば良い答えをくれるのではないかと、相談を持ちかけることにした。
「いえ、実は高価な物をもらったお返しに、この宝石を渡そうかと考えていたのですが……争いの種になるのでは、どうしたものかと思いまして」
「そうでしたか、確かにそれは困りましたね。……うーん、ちなみにいただいた物の値段はわかりますか?」
何故そんなことを聞くのかわからないが、シエラに何か良い案があるのかもしれないと思い、ルシードは素直に答える。
「おそらくですが、大金貨はするかと」
「それは大金ですね。……しかし、この宝石は大金貨どころではありませんよ?」
「それはわかっています。ですが、お金の問題ではなく気持ちの問題です。彼女とは長くて五日、早くて三日のうちに別れなくてはいけません。そうすると、次に会えるのはいつになるかも……。もしかしたら二度と会うことがないかもしれません。このまま何も返せないままで終わるのは嫌なのです」
ルシードの言葉に、シエラは少し考える素振りを見せると――
「……わかりました。それなら私にお手伝いをさせてください」
ルシード向かってにこりと笑う。
「手伝い?」
「はい。せっかくの贈り物です。このままお渡しするよりも、見栄えをよくしましょう。形は整っていますが、汚れなどで濁って見えます。私の持ち得る技術を持って最高の状態に仕上げますので、今日中……はちょっと厳しいかな。そうですね、その方には明日にでも取りにくるようにお伝えください。すぐに引換用紙をご用意します」
シエラは紙にペンを走らせると、ルシードの方へと寄越してくる。紙には『大金貨三枚』と一緒に『シエラ』と記してある。
「……これは?」
「その方にお渡しする時に、こうお伝え下さい。『アヴリーヌ宝石店に原石を持ち寄った。今は加工中で明日には宝石としてできあがる。この用紙を持って行けば宝石と交換してもらえるが、普段は大金貨一枚のところ、今なら在庫が少ないために、大金貨三枚で買い取ってくれるそうだ。そこで宝石にするか、お金にするか選んで欲しい』と。その方が大金貨を選べば、私は何も言わず大金貨三枚をお渡ししますし、もちろん常夜の雫もあなたへお返しします。けれど、宝石を選べば、その方は必ずや宝石を売ろうとはせず、秘密を守ってくださることでしょう」
シエラの言いたいことはルシードにもなんとなく理解できたが、疑問も残る。
「気になることが二つあります。……一つ目は、彼女が大金貨を選んだ場合、常夜の雫も返していただけるとのことですが、大金貨三枚はどうやってお返しすれば? 実は今……無一文なんです。大金貨三枚どころか、宝石の洗浄代だって払えません。二つ目は、彼女が宝石を選んだ場合、どうして秘密を守ってくれると思うのでしょう? 自分は彼女のことを知っているし、信じています。だけど、シエラさんは彼女のことを知らないでしょう? シエラさんの知っている人ならわかりますが、彼女の名前を出した覚えもない」
ルシードの疑問に、シエラは最上の笑みを浮かべ――
「一言で申しますと……愛です!」
一言そう言った。
ルシードもこれほどの笑顔で言われては、どう突っ込めばいいかもわからない。
「愛……ですか」
「はい。その二つの疑問はすべて愛で語れます。……一つ目は、私の宝石への愛! 私の宝石を愛する心が我が身を切り詰めてでも、そうするだけの価値がこの宝石にはあると囁くのです! 二つ目も愛! お金よりも贈り物を選ぶ。それこそが愛! その方の、あなたへの愛が秘密を守らせるのです!」
「は、はあ……」
またしてもシエラの変なスイッチが入ってしまったようだ。
シエラの宝石への愛はわかるが、ルシードとルーファはそんな関係ではない。しかし、親愛という意味ではそれも当てはまるのかもしれないと考え直す。
「そして何より、私の目が教えてくれるのです。その宝石を持つに相応しい人間かどうかまで!」
「……目?」
宝石を見る目は確かなようだが、本当にそこまでわかるものなのかと、ルシードは不思議に思う。
すると、その様子に気づいたのか、シエラは小さく笑った。
「そうでした、私の目の説明がまだでしたね。言い忘れていましたが、私の目は魔眼なのです。私の魔眼は宝石の本質を見抜く鑑定眼。そのおかげで常夜の雫を見たことのない私でも、これが常夜の雫だと知ることができたのです。……まあ、宝石に相応しい人間かどうか教えてくれるとは言いすぎましたが」
シエラが自分の目を指差すと同時、瞳の色が緑から赤へと変わった。それと同じくして、常夜の雫から光が消える。
ルシードはそこで初めてシエラが出会った時から魔眼を使用していたことを知る。どうやら光って見えていたのは、気のせいではなかったようだ。いつの間にか瞳の色が緑になっていたことから、店内のランプを消した時に魔眼を解除していたのだろう。
ルシードがスピリティア・ストーンを加工していた時も、刃物を使っていたことから明るい部屋でしか箱を開けることはなかった。そのせいでルシードも常夜の雫が光ることに気づけなかったが、どうしてシエラは気づけたのかと、ルシードは疑問に思っていたのだ。まさか魔眼だったとは驚きである。
「なるほど、それで……」
「はい。この魔眼のこともあり、宝石にはちょっとうるさいと申しますか、止まらなくなってしまいまして、エルフの国だけでは飽き足らず、こうしてこの国まで……失礼、今は真面目な話でしたね。それで、どうなさいますか?」
「そうですね。では、それでお願い……えっ? エルフ? シエラさんはエルフなんですか?」
聞き捨てならない言葉に、ルシードは自分の言いかけたことも忘れ、聞き返す。
ルシードは最初にシエラを見た時から耳が特徴的だとは思っていたが、本で読むようなエルフが目の前にいることが信じられない。
「はい。私はここより南西、そこから更に海を渡った先にあるエルフの国で生まれました。こう見えて歳は……あー、まあ、あなたのお歳は存じ上げませんが、おそらくはあなたの数倍から十数倍ってところでしょうか。……ともあれ、エルフも今では他国にいることも珍しくありませんが、この街では私だけですかね。エルフも魔法に長けた種族、自分たちの作った魔道具こそが一番だと信じて疑わないので、魔法都市レーヴェに足を踏み入れるなんてことはプライドが許さないのです。まるでスパイに行くみたいだ、ってね。あ、そうそう、エルフと聞けばドワーフと仲が悪いとお思いかもしれませんが、今は違います。それも過去の話、今では両国手を取り合って共存しているんですよ?」
「おお、それはいいことですね」
ルシードが読んだ本でも、エルフとドワーフは仲が悪いというものだった。それが今は協力して生きている。素直に嬉しく思う。
「はい。そしてそれは私にとって幸運でした。ドワーフとは鍛冶や工芸に長けた種族です。当然、採掘場もあるわけですが、宝石が採れることもあり、エルフの国にも入ってきます。エルフは魔法に長けた種族。魔道具を作成したりもしますからね」
ルシードはシエラの言葉に頷く。
「今思い返してもあれほど幸せな日常はなかったかもしれません。中には珍しい宝石もあり、魔法や魔道具の作成に興味のない私は、日々宝石を愛でて生きていたのです。……ですが、両親に流石にまずいと思われたのか、この国の王都にある学園に行くよう申し付けられた次第で……」
幸せそうに過去を語っていたシエラは苦笑して続ける。
「こちらもそれほど悪くない生活でしたよ? それはもうエルフの国に帰る気がなくなったほどです。友人も出来ましたし、広大な土地を持つこの国ではエルフの国で見ることができなかった宝石が存在しているというのが一番の原因ですかね。休日には宝石店に出かけては一日を潰し……友人を連れて行った日は、早く次の店に行こうと大変でした」
その時の光景が目に浮かび、ルシードも苦笑い。
「そんな日々を数年過ごしましたか。……学園を卒業したあと、両親はそろそろ帰って来いと手紙を寄こしましたが、私はこの国の宝石を見て回ろうと決意し、一年をかけて国を回ったあと、最後に友人の住むこの街に腰を下ろしました。両親は心配しているでしょうが、エルフは長寿です。しばらくこの生活を楽しむまでは帰る気もありません。魔法都市ということもあり、たまに今回のような珍しい宝石も入ってきますし、抜け出せない可能性もありますが……証拠にほら、耳もこの通り」
シエラは説明とともに耳をルシードに見せる。
それを見たルシードも、本物か確かめようとシエラの耳に手を伸ばそうとして――
「い、いけません!」
シエラに身を引かれ、触れることは叶わなかった。
「あ、ダメでしたか?」
「エルフは耳が弱点なんです。その、感じやすいというか……ともかく、エルフの女性の耳を触っていいのは、気を許した殿方だけです」
シエラに耳を隠すようにして説教を受けては、ルシードも謝るしかない。ルーファの胸を触った時と同じく、むやみやたらに触れていいものではないとだけ覚えておく。
「す、すみません」
「ああっ、そんなにかしこまらないでください。私は人一倍感じやす……コホン。敏感なものですから、人に触れられることに抵抗がありまして……いえ、わかってくだされば結構です。それで、話を戻しますが、先程の話しは受けられるということで?」
「は、はい、お願いします」
ルシードはルーファを試すようで気が引けるが、ルーファがお金を選んだとしても、それはそれでいいだろう。その時はシエラに大金貨三枚の代わりとして常夜の雫を渡せばいい。シエラならば悪いことには使わないでいてくれるはずだと、ルシードは考える。
「わかりました。では、明日の朝までに仕上げておきます。それ以降にここへ寄るようにお伝えください」
「はい」
ルシードは引換用紙を冒険者カバンに入れ、代わりにスピリティア・ストーンを一つ取り出す。買い取ってもらえないとはいえ、ここまでしてくれるのだ。店に入った際に、取り扱っているのは目にしている。珍しい石ではないことからも買い取りはしてないのだろうが、無償で引き取ったのなら店のマイナスにはなるまい。そう考え、スピリティア・ストーンをシエラに渡す。
「よければこれを……」
「はい? なんでしょう?」
シエラはスピリティア・ストーンの入った布包みを開くと――
「スピリティア・ストーンじゃないですか! しかも不純物のない青一色! 素晴らしい! まだこんな宝石をお持ちだったとは……今日は人生で一番の日です。ああ、生まれてきてよかった!」
またしてもシエラが変な方向へ行きそうなことから、そうなる前にとルシードは話を振る。
「洗浄代……ではありませんが、代わりにそれを受け取ってもらえませんか?」
「……え? このスピリティア・ストーンをですか?」
先程までとは打って変わり、シエラは難しい表情。やはり買い取りしていない物を押し付けるのはまずかっただろうかと、ルシードも困り顔だ。
「……いえ、これは受け取れません。私もいつか男性にスピリティア・ストーンをプレゼントしてもらうことが一つの夢でもあります。夢を叶える前にプレゼントされたとなれば、いざもらった時の感動が薄れてしまうかもしれません」
ルシードはここへ来てから『俺』という一人称を使わないよう注意していたし、名前も聞かれるまでは出さないようにと考えていた。仮面で顔を隠している上に声も変わっていれば、服も冬服であることから体も隠れている。細身の男がいれば、逆に筋肉質な女もいるはずだ。その点からも、シエラはルシードが男性だとは気づいていないのだろう。だからといってここで正体を明かす利点もない。逆に好いてもいない男性からスピリティア・ストーンをプレゼントされても困るだけだろう。どうしたものかと、ルシードが考えていると――
「そうですね。これは買い取りさせていただけませんか? そこから洗浄費を引いた額をお渡しします。洗浄費が大銀貨一枚ですので……大銀貨二枚。いかがですか?」
買い取りしていない宝石を買い取ってくれると言う。ルシードは嬉しい限りだが、いいのだろうかと考える。それこそ迷惑ばかりかけていることになりかねないのだ。それに、店に入った時に見たスピリティア・ストーンの値段は大銀貨三枚だった。売値と同じ値段で買い取っては店に利益は出ないだろう。
「仰りたいことはわかります。ですが、このスピリティア・ストーンの純度なら大銀貨五枚の価値はあるでしょう」
無一文のルシードに気を使ってくれているのだろうか。シエラの表情から読み取ることはできない。もしかすると、初めて訪れる客を常連にしようとサービスしてくれているのかもしれない。だとしたら、シエルの企みは成功だろう。ルシードは次からもこの店を利用したい気持ちになっているし、何か宝石を見つけることができたら持ち込むのもいいだろうと考えている。
「わかりました。では、それでお願いできますか?」
「はい。それでは、こちらの大銀貨二枚をお受け取りください。それとも硬貨はお分けした方がよろしいですか?」
「そうですね、お願いできますか? 今は硬貨を一枚も持ってないもので……」
「わかりました。では、大銀貨一枚、銀貨九枚、大銅貨九枚、銅貨十枚でお渡しします」
「ありがとうございます」
ルシードはシエラから硬貨を受け取り、礼を言う。
「また何か新しい宝石を見つけたらお持ちになってくださいね。いつでも歓迎しますよ」
「はい、次もこの店を利用させていただきます」
ルシードは別れを告げて店を出ようとしたが、その前にお節介だとは思いつつも、一つだけシエラに助言する。
「あの……余計なお世話かもしれませんが、一度ご両親に会いに行かれてはどうです? お母さんの手料理が恋しくなったりしませんか?」
シエラはエルフが長寿だと言うが、まさか自分のように会いたくなった時に会えなくなるかもしれないとは言えず、ルシードは言葉を濁して遠回りに言う。
「手料理……ですか。私の母は料理をしませんのでなんとも……」
だが、ルシードの思惑は外れ、シエラはまったく気にならないといった感じで小首を傾げた。
「……手料理はもののたとえです。えーっと、そうですね……ま、まあ、とにかく、会うのが憚られるなら、手紙を書かれてはどうですか? きっとご両親は寂しがっていますよ」
取り繕って言うルシードだが、良い言葉が思い浮かばず、それらしい言葉に変えてシエラに伝える。
「ふふっ、そうですね。これも良い切っ掛けでしょうか。一度手紙を書いてみるのもいいですね。乳母は心配性ですし、両親以上に私が戻らないことを気に病んでいるかもしれません」
ルシードに気を使ったのだろう。シエラは笑い、手紙を書くと言う。
しかし、母が料理をせず、乳母までいるとは、シエラはどこかの令嬢なのだろうか。ルシードは気になるものの、自分の関与することでもないと聞かないことにする。
「それがいいと思います。では、これで失礼します」
それに、ルシードもシエラが気を使ったと思ったのだ。居心地の悪さから早く店を出ようと踵を返す。
だが、そこで店のシャッターが閉まったままなことに気づいた。再びシエラが魔眼を解除したことにより部屋は常夜の雫で微かに明るいが、店内のランプも消えたままだ。
ルシードはシエラに言って、シャッターを開けてもらおうとするが――
「あれ? なんでシャッターが……シエラさん? いないのかな? シエラさーん、交代に来ましたよー!?」
店の外から騒がしい声が聞こえてきた。
この店が二十四時間営業だとシエラは言っていたことからも、シエラ一人ではないのだろう。交代の店員が来たようだ。
「いけない、店を閉めたままでした。待っていてください、今開けます」
シエラは店の外へと声をかけると、ランプを灯し、店の入り口の鍵を開けてシャッターを上げた。
「ああ、シエラさんいましたか。珍しいですね、店を閉めるなんて」
「すみません、少し立て込んでいました。店をお願いできますか? 私は今日一日工房に籠るので店には出られませんが、よろしくお願いします」
「は、はい、わかりました」
「それでは、明日、お待ちしております」
「わかりました。よろしくお願いします」
ルシードはシエラと交代で来た女性に別れを告げ、今度こそ店を出る。思わぬ収穫に懐も暖まった。ギルドで目ぼしい依頼を受ける必要はなくなったが、一度どんな依頼があるのか確認しておくのもいいだろうと思い、ギルドへ向かう。




