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精霊再起の簒奪者  作者: 芹沢歩
第四章
41/154

041 新境地

 ◆


 ルシードとルーファが家に到着し、玄関を開けるとサーシャが出迎えた。


「神様遅い」


「ごめん。雑貨屋に寄ってたら時間を忘れてしまったんだ」


「むぅ、雑貨屋なら明日一緒に行こうと思ってた」


「それは悪いことしちゃったな」


 ルシードは自然とサーシャの頭をなでそうになった腕を止める。サーシャは成人しているのだ。子ども扱いをして気を悪くさせてはいけない。

 そんなルシードをよそに、サーシャはいつまで経っても手が伸びてこないことを不審に思ったのか、ルシードへ傾けていた頭を上げる。


「……神様?」


「あー、腹減った。もうみんな飯は食ったのか?」


 そこへ門の施錠を行っていたルーファが玄関の扉を通り抜け、ルシードたちのもとへとやってくる。


「む、ルーファもいたのか」


「そりゃ、一緒に行ってたんだからいるだろ。で、飯は?」


「みんなもう食べた。二人の分は私が持ってる」


「おお、サンキュー」


「お帰りー、遅かったわね」


 風呂上りだろうか、ミラがパジャマ姿で髪を拭きながら浴場の方から歩いてくる。


「ちょっと色々見てたらキリがなくなってな……」


「ふーん。あ、お風呂空いたわよ。サーシャも入ってきなさいよ。出る前に温めなおしておいたけど、ルーファたちが入る時に冷えてるようなら言ってね」


「わかった。神様の夕食を用意したら入る」


 サーシャはルシードのために夕食の準備をしようと食堂の方へと向かった。


「俺はお風呂の前にやることがあるから、サーシャが上がったら次はルーファが入ってくれよ」


「んじゃ、先にいただくかな。まあ、その前に飯だ、飯」


「だな。ミラも知らせてくれてありがとう。他の二人は?」


「二人ともセラフの部屋で話してるんじゃないかな? 下にはいないはずよ」


「そうか、ありがとう」


「どういたしまして。それじゃあ、私も部屋に戻るから、何かあったら呼んでね」


「ああ、わかった」


 ミラは自分の部屋へ、ルシードとルーファは食堂へ入る。

 サーシャは冒険者カバンから夕食を取り出し、食卓へ並べていた。


「用意できた」


「ありがとう、サーシャもお風呂入っておいで」


「うん。神様、またあとで」


「ああ」


 ルシードはサーシャを見送り、食卓につく。


「腹ペコで死にそうだぜ」


「俺もだ。雑貨屋で商品を見てた時はまったく気にならなかったんだけどな」


「へへっ、確かに時間を忘れちまうよな」


 二人で笑いあい食事を始めた。


 ◆


 食事を終えたルシードは、サーシャが呼びにきたのを見計らって二人と別れる。ベルに寝る前にでも魔法を使って自分の限界を知るように言われていたことからも、確認しておこうと思ったのだ。汗をかくかもしれないことから、風呂前の方がいいだろうと考えたのである。

 しかし、この家には訓練場のような場所はない。ルシードは玄関を出て庭へ出る。

 そこには魔法が使えるがために使用していないのだろう。通常は洗濯物を干すために少し広く設計されたであろう庭で魔法を使おうとして、ルシードは思いとどまった。

 ルシードが使うのは水魔法だ。庭で水の魔法を使ったとして、水浸しにしてしまうのはまずい気がした。かといって氷魔法を使ったとしても、溶けてしまえば結果は同じだ。無から水を生み出せるのはいいが、練習するにはこれほど使い勝手の悪い属性もないかもしれない。

 やはり外でやるよりも風呂場でやった方がいいのかもしれないと改めて考えるが、今はルーファが風呂に入っていることからも使うわけにはいかない。


「いや、待てよ。何も水を出すだけが魔力の使い道じゃないよな」


 ルシードはかつてテオが言っていた言葉を思い出す。仙気術のように魔力を全身に漲らせて身体強化ができると言っていたはずだ、と。それはベルの指導にもあったことから、間違いはない。今のルシードにはまだ気を操ることができないが、魔力は感じることができるようになった。ならば、同じ要領で使えるかもしれないと考えたのだ。


 ルシードは目を瞑り、体内に流れる魔力を感じようと集中する。

 魔力の元は心臓に感じる。おそらくはベルが言っていた通り、アルマリーゼと契約し、魔力の流れを扱えるようになっていたことから、魔力が血に溶け込んでいるのだろう。取り込んだ魔素を新鮮な魔力に変換し、全身に送るために心臓で作られているようだ。

 それならば、とルシードは心臓に集まっている魔力を自分の体内へ循環させるように変えていく。

 そこから左腕へと流し、次に左足、右足、右腕、頭へと順番に流し、最後に魔力の出発地点である心臓へと繋げる。


「できてる……よな?」


 ルシードは目を開き、自分の体を確認すると、全身に力が漲っているのが手に取るように理解できた。魔力の流れにも問題はない。足を力強く踏み出して前に出る。


「――ッ!」


 今までの比ではない速度に目がついていかず、ルシードは慌てて止まる。ベルの動きを目で追うことができたのも、遠目で見ていたからだ。自分が相対していれば見えなかっただろうし、今も自身の動きの急激な視界の変化に対応できなかったようだ。


「ははっ、すごいなこれは……。けど、これじゃあ、ダメだ。次は細かい場所にも魔力を流さないとな」


 言って、ルシードは目を瞑る。ベルの教えにあった目に魔力を流す方法を試してみることにしたのだ。

 しかし、ただ全身と目に魔力を流すのではなく、すべての指に至るまで通すイメージで流す。頭は更に細かく、耳に魔力を流すことも忘れない。


 ルシードは閉じていた目を開き、見張る。目を強化したおかげだろう、視力が上がっており、集中すれば木からこぼれ落ちる木の葉の葉脈までわかりそうだった。


「――いける」


 ルシードは確信を持って再び踏み込んで前へ出る。

 そして、今度は踏み込んで前に出た速度にも十分対応できたことに、自然と笑みを浮かべた。それと合わせて、指の一本一本にまで魔力を流しているせいだろうか、夜風の流れまでもを体で感じることができるようだった。

 試しにと転がっていた硬そうな石を握ると、まるで柔らかい物でも掴んだかのように、あっさりと握りつぶすことができてしまう。


「ここまで魔法使いと戦うことがなくてよかったな……こいつは反則だ」


 通常の約三倍から五倍。魔力を全身に流すだけで、それほどの違いがあるように感じたのだ。敵として出会っていたならば、勝てなかったかもしれないだろう。


 ◆


 ルシードが魔力を全身に流して三十分ほどが経った。


「うーん。しかし、これといって魔力が減ってる感じはしないな。それとも循環してるから、消費が少ないのか?」


 ベルの言った魔力の限界を知るためには、魔力を外へと放出しなければ意味がないのかもしれない。だとすれば、ますます魔力で身体強化するのは反則級の技である。

 次にルシードは放出系の魔法を考え、昨日街へ来る途中にセラフが使っていた魔法を思い浮かべる。セラフの魔法は雨を薄い膜へと変え、傘の代わりにしていたのだ。それならば、上方向ではなく、横方向に自分の生み出した水と合わせれば、盾にも使えるはずだ、と。

 そう思い、ルシードは庭の隅に移動すると、少しの水を生み出して固定させる。前方に水の球体が浮かび、ふわふわと揺れている様は面白いものがあるが、問題もある。


「できた……けど、ずっと手をかざしてるわけにもいかないよな。セラフは魔法を使ったあとは手を下ろしてたし……コツがあるのかな」


 水球は手をかざしていなければ維持できないのだ。試しに水球へとかざしていた手を下げると、水球は重力に従い、地面に落ちて弾けてしまう。


「……もう一度だ」


 今度は手で操るのではなく、目で操る方法へと変えてみる。手で水球を生み出し、目で水球を操るよう集中して手を下げると、今度は落ちることなく漂っている。しかし、


「こっちの方が問題があるか。戦闘中なのに目で追いかけるわけにもいかないよな……」


 常に水球を見ていなければ、水球はまたすぐに地面に落ちてしまうのだ。

 ルシードは唸って別の方法を考えることにする。セラフに聞けば早いのだろうが、ベルにも言われたことだ『できて当たり前』だと。人に聞いてしまえば、それが自分の限界になってしまうかもしれない。

 どうしたものかと考えていたその時、肌を刺すような冷たい夜風に、身を縮こまらせる。


「体に魔力を流しているからか、普段より冷たく……感じ……?」


 そこでルシードに一つの妙案が思い浮かぶ。これならいけるかもしれない。


 要は風を感じるように、水球の存在を感じ取ればいいのだ。自分で生み出した水球である。できないわけがない。

 ルシードは再び魔力の流れを感じようと、目を瞑って集中する。


「わかる……わかるぞ!」


 水球と自分を繋ぐ魔力の流れを理解しようとしたからだろうか。今まで見えていなかった魔力の流れがはっきりと理解できていた。体から出る魔力の流れは二本。一本は水球へと、もう一本は家の二階――おそらくアルマリーゼと繋がっているはずだ。


「これなら……」


 今はアルマリーゼを気にする必要はない。そう思い、ルシードは目を開き、かざしていた手を下げ、魔力の繋がりを通じて水球の存在を更に強く感じ取るように心がける。

 すると、まるで自分の手足のように水球を動かすことに成功した。風を操るようにして水球を動かし、体の周囲を回転させながら、展開させたい方へと瞬時に移動させ、盾状の氷に変質させては水へ戻す。


「なるほど、できて当たり前か。流石は賢者、言うことが的確だな」


 ルシードは今更のようにベルの言葉を噛みしめる。

 次は剣を取り出し、素振りをする。最近は旅をしていたこともあり、訓練を疎かにしてしまっていたからだ。旅の間は体力温存のために控えていたが、今は街におり、夜襲に気を配る必要もない。あとは風呂に入って寝るだけだ。それならば、ルーファが風呂から上がるまでの間無心になって剣を振るのも悪くない。そう思い、体を強化したまま素振りを続けた。


 ◆


「おーい、ルシードー? どこだー?」


 ルシードの強化された耳に、家の中から呼ぶルーファの声が届く。風呂から上がり、ルシードを捜しているのだろう。

 ルシードは全身の魔力を解き、家の中に戻る。


「ルーファ、こっちだ。悪いな、捜させて」


「おお、外にいたのか。風呂空いたぞ」


「ありがとう、俺もすぐに入るよ」


 ルシードの返事に、ルーファも自分の部屋に戻ると言い、ルシードはここでルーファと別れる。

 結果として魔力量の限界はわからなかったが、魔法の腕は上がったと見て間違いはないだろう。それに、せっかくの風呂場だ。このあと風呂場で水魔法を放出し続けて試してみるのもいいかもしれない。まだまだ工夫もできそうだ、とルシードはいつにも増して上機嫌で風呂へと向かうのだった。


 ◆


 風呂から上がり、体を拭いてパジャマに着替えたところで、ルシードはへたり込む。

 ルシードは風呂好きだったが、今までは誰かにお湯の番をしてもらわねばすぐにお湯が冷めてしまったのだ。しかし、もう誰かにお湯の番を任せる必要もない。嬉々として風呂に浸かりながら放出系の魔法を垂れ流し、水ではなく熱めのお湯にして桶代わりにと頭上に生み出し頭から被り、お湯が冷めては温めなおしたりと、魔力量を確かめるためとはいえ、ついつい長湯を楽しんでいた。

 しかし、だいたい一時間を過ぎたあたりで体調が悪くなってしまったのだ。顔は火照り、頭はボーっとし、体はだるく、気分も悪い。これが魔力が枯渇した状態なのだろうと、ルシードは身をもって痛感する。確かに戦闘中にこんな状態になってしまったなら、死も同然だろう、気をつけなければいけない。

 とはいえ、魔力量はどれくらいなのだろうかと考えるが、ボーっとする頭ではそれも億劫だ。色々な魔法を混ぜたせいで実際どれくらいなのかはわからないでいた。それでも、放水でだいたい一時間とでも覚えておけばいいだろうと、考えることを放棄する。


 ルシードは小さな氷を生み出し、口の中へと放り込む。火照った体に染み渡るようだ……口に広がる故郷の味も、感慨深いものがある。


「あ、馬鹿か俺は。魔力が枯渇してるのに、魔法を使ってどうするんだ……」


 つい魔法を使ってしまった自分に毒づくが、氷のおかげだろうか、幾分気分はよくなった気がする。これなら部屋へも戻れそうだった。


 ルシードは口の中の氷が溶けるまで体を休め、歯を磨いて部屋へと戻る。早く寝てしまたいところだが、ルーファからもらったワイヤーは今日中に装備してみたいという思いもある。脱いだズボンから抜き取ってきたベルトにワイヤーの箱を装着し、パジャマの上からベルトを巻く。勢いよく引っ張り、感触を確かめるのも忘れない。


「軽いな……何かに引っかかる感じもない。これならナイフに付けて投げても、変わりなく投げられそうだ」


 部屋の端まで伸ばしてから離れ、中央のボタンを押してワイヤーを巻き上げ、一瞬にして巻き戻るワイヤーのフックを掴む。思っていたよりも巻き上げる速度が速いが、今のルシードなら余裕をもって掴むことができるだろう。

 だが、自分のナイフで怪我を負ってしまっては元も子もない。ナイフを付けている時は注意しようと思うのだった。

 次に、巻き上げる途中で掴んだりして止めると、そこで巻き上げようとする力が止まるようで、腰から手に持ったフックの長さで停止している。そこから引き出すことはできるが、巻き戻ることはないようだ。

 では、固定のボタンも試してみようと、ワイヤーが出ている近くのボタンを押し、ワイヤーの長さが固定されていることを確認。もう一度押すと、固定が解除された。最後に中央のボタンを押して箱の位置まで巻き上げる。


「こんなところか。実際に使うのが楽しみだ」


 ワイヤーの確認を終えたルシードは、ベルトを外し、ルーファに買ってもらった服と一緒に机の上に置く。

 次に部屋に置いていた荷物を次々と冒険者カバンへと移し変え、ある物を手にしたところで手を止める。これが売れれば、ルーファに借りた代金も返せるかもしれない。今までぞんざいに扱っていたが、そういうわけにもいくまいと、布の袋で包み、冒険者カバンへと入れる。

 最後は今日の締めくくりにと、時計のネジを巻く。これで今日やることはすべて終わりだ。


「さて、寝るか」


 すでに時計の針は二十四時を過ぎている。

 早く寝なければ明日に響きそうだとルシードが布団に潜り込もうとしたその時、コンコンッと控えめに扉を叩く音が耳に届く。


「ん? 昨日もこんなことがあったような……」


 考えていても仕方がないと、ルシードは扉を開ける。そこには――


「神様。今日も一緒に寝たいです」


 枕を抱きしめたサーシャが、扉の前で眠そうに目を擦りながら立っていた。もしかするとルシードが風呂から出るまで待ち、タイミングを計っていたのかもしれない。

 しかし、ルシードも昨日までなら喜んで部屋へ招き入れたのだが、今日はそうもいかない。ここは心を鬼にして断る必要があった。


「サーシャ、今日は一人で寝なさい」


「……え、……どうして?」


 昨日許可が下りたことからも、断られるとは思っていなかったのだろう。サーシャは衝撃を受けたように二歩、三歩とあとずさる。


「サーシャはまだ子どもかい?」


 そんなサーシャに、ルシードは優しく問いかける。


「私は子どもじゃない。もう大人」


 それに対してサーシャは胸を張って言う。


「……なら、もう一人で寝られるよね?」


 そこでサーシャはルシードが言いたいことを理解したのか、ハッとした表情になり――


「神様、私が間違っていた」


 反省とばかりに自分の過ちを認めた。


「そうか、わかってくれたなら――」


「私はまだ子どもだった。だから一緒に寝てください」


 サーシャはルシードの考えていた答えとは別の答えを導き出したようだ。ここはなんと返したものかとルシードが考えた時、ふと思い出す。雑貨屋からの帰り、ルーファが『子どもじゃない』と言ったことだ。

 こちらの問いかけに『子どもじゃない』と返された場合は、自分は大人だと言い張る子どもなのだ。では、この場合もそうなのだろうか……それならば、ここは一緒に寝てあげるべきなのかもしれない。しかし、あれは夜道の場合で、安全な家でも同じだと言えるのだろうか……。

 ルシードは魔力が枯渇しているせいだろう、少しはマシになったが、まだ頭がボーっとしていることもあり、考えるのが億劫だ。第一、何故大人になると一緒に寝てはいけないのだろうか……寒い夜は一人で寝るより、二人で寝た方が人肌で温め合えるではないか。体を保温するパジャマも、やはりむき出しの手足は冷えるのだ。そのことからも、一緒に寝るという行為は、湯たんぽの代わりとしても最高である。利点はあれど、欠点はないのでは? とルシードは自問自答する。


「……神様?」


 だが、ルシードは正直なところ、早く寝てしまいたいという思いで一杯だ。これ以上頭を使いたくもない。そもそもカルロは女性と一緒に風呂に入ることはダメだと言ったが、一緒に寝てはダメだとは言わなかったではないか。ならば、欠点が見つかるまでは利点を優先した方がいいだろうと判断する。


「そうだね、一緒に寝ようか」


「えへへ」


 サーシャはルシードの脇をすり抜け、ベッドへと向かう。

 ルシードはこれでいいのだろうかと一度だけ自問するが、早く寝たいという答えが返ってきた。もはや考えるまい、一緒に寝たいと言うのであれば、断る必要もなかった。次からもそうしようと思い、ランプを持ってベッドへ向かう。

 そのランプを枕もとの台座へ置き――


「ランプ消すよ」


 サーシャに話しかける。


「うん。……おやすみ、神様」


「おやすみ、サーシャ」


 ルシードはランプを消してベッドに横になる。サーシャも限界だったのだろう、ルシードの肩に頭を乗せて引っつくように体を寄せると、すぐに寝てしまったようだ。今日もサーシャの持って来た枕は意味をなしてはいない。

 ルシードもすでに限界だ。そういえば、今日もサーシャの悩みを聞き忘れたな、などと今更ながらに思い、眠りに落ちていった。

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