040 寄り道
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ルシードが店を出る際に時計を見ると、すでに十九時を回っており、外は陽が落ちてすっかり暗くなっていたが、流石は街といったところだろうか。いくつも並べられた外灯は、夜道を歩くのにも苦労はしない。
「ありがとう、明日から着させてもらうよ」
「大事にしてくれよ!」
「ああ、それじゃあ、俺からも――」
立ち止まるルシードに、ルーファも足を止めて振り返る。
ルーファが何事かと見ていると、ルシードは腰の冒険者カバンから紙袋を取り出し、ルーファへと差し出した。
「ん? なんだよこれ?」
「プレゼント。ルーファに受け取って欲しい」
「へ? ア、アタシに? な、なんだろ?」
ルーファは嬉しそうにしながらも、恐る恐る袋を覗き込む。
「……え? これ……な、なんで?」
中に入っていたのは、ルーファが試着した白のワンピースだ。アーニャが最初にオススメしていただけあってよくできており、ルーファも本当は欲しかったのか、しきりにチラチラと視線を送っていたのを、ルシードは見逃さなかった。
「本当に似合ってると思ったから、また着てるところを見たいと思ってね」
「で、でも、アタシ――」
「今すぐ着てくれってわけじゃないよ。アーニャさんも春から夏って言ってたし、それまでタンスの奥にしまっておいてもいいし、たまに隠れて鏡の前で着てみるのもいいと思う。もし、春になって、ルーファがもう一度着てみようと思った時には、俺にも見せてくれると嬉しいけどね」
ルシードの本心から出た言葉ではない。
彼女たちとは一期一会、別れることがあれば二度と会う機会がないかもしれないということは、ルシード自身が一番理解している。ならば、世話になった彼女たちに少しでも何かを返せればと思い、ルーファをあと押しするために紡いだ言葉だった。
だが、次の瞬間、ルーファは涙で頬を濡らしていた。
ルシードは嘘を口にしたことに気づかれてしまったのかと、慌てて取り繕おうとするが、
「……ありがと。約束する。春になったら、一番に見せるよ」
ルーファは涙を拭い、小さくお礼を言って、愛おしそうに紙袋を胸に抱いた。それを見て、ルシードは悲しくて泣いたのではないと知ると同時、やはり買って正解だったと安堵する。できることならば、本当にその時が来て欲しいものだ、とも。
実はルーファがルシードの服を選んで店内を動き回っている間に、ルシードはアーニャに言って買っておいたのだ。値段を見て驚いたのだが、最新技術を使っていることもあり、大銀貨五枚だった。当然、手持ちでは到底足りない。そこでアーニャに無理を言って手持ちの全額、大銀貨三枚と銀貨二枚にまけてもらったのだ。アーニャは、一言『頑張ってください』と言って、渋ることもなく値下げしてくれた。リリーには支度金を無駄遣いするなと言われていたが、この笑顔を見れば無駄遣いだったと思うはずもない。
ルシードがそう思っていた時、一軒の店が目に入る。すでにほとんどの店が閉まっているにもかかわらず、その店は明るい。あたりが暗いから明るく見えるというわけでもなく、光が何かに反射して明るさを増している感じだ。
「あの店はなんの店なんだ?」
ワンピースの入った紙袋を冒険者カバンに仕舞っていたルーファへとルシードが聞くと、ルーファもルシードの視線の先へと目を向けた。
「ん? ああ、あそこは宝石店だよ。宝石は魔法の補助や、魔道具を作るのにも使われるから、こんな時間でもやってんだ」
ルシードはルーファの説明で、マーカスの言っていた宝石の専門店とは、あの店のことだと理解する。
となれば、スピリティア・ストーンを買い取ってくれるかもしれない。ルーファの笑顔を見られて満足とはいえ、旅の資金が底をついたことには違いないのだ。寄って行きたいところではあるが、ルシードは荷物を家に置いたままであることもまた事実。ここは確認だけで、また明日出直しだろう。
「あの店って、宝石を買い取ってくれたりするのかな?」
「そりゃあ、買い取ってくれるけど、宝石持ってんのか?」
「スピリティア・ストーンって名前の宝石らしいんだけど、知ってるかな?」
ルシードがスピリティア・ストーンの名前を出したところでルーファは驚いた表情になり、半身になってルシードから視線を外すと、
「へ、へー、スピリティア・ストーンか。……あー、でも、店じゃ買い取ってくれないだろうなあ……」
何故かルシードと視線を合わせないようにして言った。
「最初に会った商人の人が専門店でなら買い取ってくれるって言ってたんだけど、無理なのか?」
「……あ、ああ、スピリティア・ストーンは買い取ってくれない」
少しばつの悪そうな顔で言うルーファは、やはりルシードと視線を合わせようとしない。
「……だ、だからアタシが買い取ってもいいぞ?」
今度はまるでルシードの様子を窺うかのように、横目でチラチラと見ながら言う。外灯に照らされる横顔は、どこか赤い。
「いや、それなら諦めるよ」
だが、ルシードはルーファの申し出を断った。ここまで色々と世話になっているのだ。店で買い取ってくれない物を売りつけるわけにはいかない。
そして、売れないとなると近いうちに簡単な依頼でも受けて旅の資金を工面する必要がありそうだと考える。後悔はしていないが、アルマリーゼから叱責を受けることは覚悟しておいた方がいいかもしれない。
「……あ、あれ? 売りたいんだよな? ちょ、ちょっとくらい高くても買うぞ?」
「本当に大丈夫だから、ルーファも忘れてくれ」
「金貨……いや、大金貨出すぞ!?」
ルシードはルーファの態度を訝しむ。金貨すら見たことがないというのに、その十倍の価値がある大金貨で買うと言うのだ。マーカスの話では大銀貨二枚程度の品を、どうして五十倍の値段を出してまで買おうというのだろうか……不思議でならない。
「余計売れないよ。それとも、欲しい理由があるのか?」
ここまで必死に言うのだ。ルシードはルーファたちにも機会を見て渡そうと考えていたが、どうせ売れない物だ。何かの役に立つと言うのなら、持っているすべてを要求されようとも、無償で提供するのもいいだろうと考える。
「り、理由!? えーっと、その……」
理由を聞かれたルーファは、顔を真っ赤にしてキョロキョロと落ち着きなくあたりを見渡し、
「あ! 雑貨屋寄ってこうぜ! ルシードも見ておきたいだろ!?」
あからさまに話題を変えた。まさかルーファに限って悪いことに使おうというのではないだろうが、理由を聞かれて困ることに使うとは、ルシードも考えたくはない。
「さ、先に行くぞ!」
ルーファは返事をしないルシードを置いて雑貨屋へと走って行ってしまう。欲しがる理由も気になるが、この街で依頼を受けて旅の資金を得るにしても、必要な物の値段は確認をしておいた方がいいだろうと、ルシードも足を雑貨屋へと向けて歩く。
雑貨屋に入ったところで、ルシードは足を止めた。アーニャの店を見た時から予想はしていたが、雑貨屋も所狭しと荷物が置かれ、何から見ていいかと迷うほどだ。ルーファはこの店の店主だろうか、店の入り口付近で椅子に腰掛ける老年の女性と話をしている。
「いらっしゃい、何が必要だい?」
店主らしき老年の女性は、ルシードが店に入ったことに気づいたのだろう。声をかけてくる。
「こいつはアタシの連れだ。この街は初めてだから、よくしてやってくれよ。こっちはこの店のばーちゃん」
「ほう、この街は初めてかい? よく来たね。ほっほっ、この店のババアだ、贔屓にしておくれよ」
冗談、だとは思うが、ルシードとしては名前を名乗って欲しかったところである。
「よ、よろしくお願いします、ルシードです」
「ほっほっ、男みたいな名前だね。で、何か欲しい物はあるのかい?」
アーニャの時もそうだったが、偽名でも使った方がいいのだろうかとルシードは考え、止める。アーニャもこの老婆も気にしている様子はない。それに、すでに二人に名乗ったのだ。次から偽名を使ったとしても、どこからか二人に偽名を使っていることが伝わってしまう方が面倒になりかねない。
ルシードは思考を切り替え、必要な物を思い出す。
「そうですね……食料とコンパス、武器もあれば見ておきたいですね」
「食料は置いてないね。料亭か食材屋に行けばあるから、そっちに行くといい。自分で料理をするなら、鍋とかはうちにあるよ」
ルシードは自分で料理をしたことがないことからも、できれば出来合いの物が欲しいところだ。名前の意味合いから料亭に行った方が良さそうだと、心に留め置く。
「わかりました。料亭に行ってみます」
「コンパスは普通の物でいいなら銀貨三枚だね。魔法の地図と、行き先を示してくれる魔法のコンパスが欲しければセットで金貨一枚だよ。ただ、この領内の地図しかないけどね」
魔法の地図と魔法のコンパス。行ったことのない場所へ行くなら便利そうではあるが、とても手が出ない品物だ。しかも、この領内でしか使えないのであれば、次の領土に移った際に、新たに購入しなくてはならないのも難点である。
「普通のコンパスで十分です」
しかし、村で貴重品であったコンパスも、それほど高価な物ではないようでルシードは一安心だ。……現在の所持金がゼロでないことを除けば、だが。
「そうかい。武器は店の奥の棚に並べてある。見ておいで」
「ありがとうございます」
「ほっほっ、礼儀正しい子じゃないか。ルーファも見習わんとな」
「……ばーちゃん、一言多い」
「ほっほっほっ」
ルシードは二人の会話を背に、店の奥へと進む。
店の奥には多種多様の武器が並んでおり、壮観だ。しかし、一本の剣を持ち上げて見るも、アルマリーゼの剣には遠く及ばないだろうと、棚に戻す。剣は間に合っている。ここは失ったナイフの補充が必要だ。
ナイフを探す途中で真新しい武器を見つけては持ち上げたりなどしてみるが、これではダメだと思い直し、武器を置く。それを幾度となく繰り返すが、止められない。初めての雑貨店ということもあり、見る物が本当に多く、時間を忘れてしまいそうだった。
やっとの思いでナイフの棚にたどり着き、目的の物を探すと、簡単に見つけることができた。マーカスの売っていた投げナイフと同じ物だ。値段は一本で銀貨一枚。四本補充するとなると銀貨四枚だ。ナイフホルダーも隣に置いてあるが、こちらも銀貨一枚。魔獣にナイフを折られた際にナイフホルダーもダメにしてしまったことからも、必要となるだろう。
コンパスも合わせ、ここまでで銀貨八枚。これからも旅は長く、食料もかなりの量が必要になる。食料の補充も考えれば最低でも大銀貨二枚は必要になりそうだ。先程まで見ていた武器はどれも大銀貨一枚ほどだった。ギルドから支給された額は大銀貨三枚。このあたりのことも考えた額だったのかもしれない。
そこで、ふとナイフの横に置かれている物が目に入る。
「なんだこれ? 箱からフックが……ん? フックの付け根に針金がついてるな」
ルシードはフックを引っ張り、針金を出して見るが、何に使うものかはわからない。
「……え、あ、あれ? どうやって戻したらいいんだ? もしかして使い切りで、一度出したら戻せないのか?」
奇妙な箱を調べていたルシードだったが、引き出した針金は伸びた状態で固定され、元の位置に戻らない。
慌てて値段を確認する。
「嘘……だろ!? 金貨五枚!? や、やばい、これって買い取らないといけないんじゃあ……」
「なんかいいの見つかったか?」
いきなりかかった声に、ルシードは手に持った商品を落としてしまいそうになり、お手玉しながらもなんとか持ち直す。
「ル、ルーファ……これなんだけど……」
「ん? ああ、ワイヤーか。まだ出回ったばっかで高いんだよな」
ワイヤー。どこかで聞いた単語だと思うが、ルシードの思考は停止し、思い出せない。
「……これって、使い切りなのか?」
「へ? いや、ワイヤーが切れるまでは何回でも使えるはずだぞ?」
ルーファの言葉に、ルシードは絶望する。使いきりでないのなら、ルシードが引っ張り出したせいで壊れてしまったのだ。壊してしまったのなら、買い取るしかないだろう。
「ん? あー、戻し方がわかんねぇのか。横にボタンついてるだろ? それ押してみろよ」
「……ボタン?」
言われて箱の横を調べると、確かにボタンらしきものがあった。ルシードはルーファに一度視線を送って頷いているのを確認し、ボタンを押す。
すると、箱から伸びていた針金は、時間を巻き戻すかのようにして箱の中へと戻っていった。
「よかった、壊れたわけじゃなかったんだな」
「へへっ、そのボタンを押すと自動で巻いてくれるんだよ。そこに置いてある投げナイフにフックを引っ掛けて使うんだろうな。投げてもすぐに回収できるってわけだ」
ルーファの説明で、ルシードはやっとどこで聞いたのか思い出す。マーカスがナイフをくれた時に、一緒に説明してくれたのだ。高くて買えなかったのだと言っていたものが、今手に持っている箱状の物のようである。
「確かにおいそれと仕入れることはできないよな」
「仕入れ?」
「悪い、こっちの話だ。前にこの投げナイフをくれた商人がワイヤーを買えなかったって話」
ルシードは陳列台から一本のナイフを持ち上げ、ルーファに見せながら説明する。
「へへっ、そういやばーちゃんも仕入れたはいいけど、売れないって嘆いてたな。でも、そのナイフ使ってるなら欲しい一品だよな」
「そうだけど、流石に手が出ないよ。ちなみにだけど、ギルドの依頼って、一回の報酬はどれくらいなんだ?」
どの程度働けば目標額に届くか知っておこうと、ルシードはルーファに尋ねる。
「んー、Gランクだと大銅貨五枚だったかな。Fで銀貨一枚だ」
「そ、そっか、ありがとう」
ルシードは甘く見ていた自分を恨む。ミラが報酬の話をしていた時に聞いた額はかなりのものだったことからも、すぐに貯まるだろうと軽く見ていたが、あれはAランクの話だ。Gランクともなれば報酬が低いのは当たり前だろう。
魔獣の鑑定が終わればルーファたちは街を去ってしまう。鑑定が終わるまで五日から一週間と言っていた。早くて残り四日。Fランクの依頼を一日に二件終わらせないことには、目標額に届かない計算だ。
しかし、ルーファたちが街を去れば、勝手に家を借りておくわけにもいかず、宿を取ることになる。一般的な宿で銀貨一枚。アルマリーゼのことも考えると、一日銀貨二枚だ。Fランクの依頼を一日二件終わらせたとしても、宿代だけで消えてしまうこととなる。
それに、その依頼でさえも毎日あるかもわからないのだ。早くランクアップできればいいが、そう簡単にランクアップできるようなものでもないだろう。冒険者カバンだけが目当てで、ベルのようにランクアップをしようとしなかった選択を、今になって悔やむしかない。
「どうした? 難しい顔して」
「ギルドでランクアップするには、どれくらいかかるもんかな?」
「ランクアップか……GからFだと、普通は一ヶ月くらいじゃねぇかな」
「い、一ヶ月か……長いな」
ルシードはルーファの言葉に顔が引きつる。日々の宿代だけで最悪一ヶ月はこの街で足止めをくらうことになるのだ。街の路地裏で寝泊りし、宿に泊まらなければすぐに資金は貯まりそうではあるが、アルマリーゼは我慢してくれるか怪しいだろう。ルシードの影の中の居心地が快適であることを願うばかりである。
「ホントにどうした? アタシもあんまり頭はよくねぇけど、悩み事なら一緒に考えてやるぞ?」
顔に出ていたのだろうか。ルシードは金で困っているなどと言えるはずもなく、誤魔化す。
「いや、大丈夫。考えはまとまったから問題ないよ」
「そ、そうか? それならいいんだけどよ……。それで、欲しい物は決まったのか?」
「そうだな。今のところはコンパスとナイフの補充が四本、それとナイフホルダーってとこだな。他にも必要な物が出るかもしれないけど……あとで考えるよ」
「ふーん。今買ってくか?」
「……えっ?」
「ん?」
「あ、いや、街を出る時にまとめて買おうかと考えてる。今買ってしまうと、他に欲しい物が出た時に考え直さないといけないしな」
ルシードもまさか無一文だとは言えるはずもない。
「んじゃ、帰るか。もうすぐ二十一時だ。ばーちゃんも店を閉めちまう」
「え? もうそんな時間?」
ルシードは店内の時計を探すが、ルーファの言った時間で間違いはなかった。武器を見ている間にそれだけ時間が経ってしまったようだ。
「へへっ、まあ、気持ちはわかるよ。アタシも最初はそうだったしな」
「それじゃあ、帰ろうか。みんな心配してるかもしれない」
「ああ……あ、いや、アタシはばーちゃんともう少し話してから帰るよ。ばーちゃんに会うのも久々だから、積もる話もあるしな。みんなには心配するなって伝えてくれ」
「一人で大丈夫か?」
「子どもじゃねぇんだから、大丈夫だよ」
言葉とは裏腹に、ルーファの笑顔は子どものようである。
「わかった。それなら先に出るよ」
しかし、それを言っても始まらない。ルシードは店の入り口へと戻り、老婆に別れを告げる。
「すみません、長居をしてしまって。申し訳ありませんが、今日は下見だけで帰ります。必要な物を買う時は、必ずこの店を使わせてもらいます」
「ほっほっ、いいんじゃよ。老後の道楽でやってるような店だ。暇な時にでもまたおいで」
「はい、ありがとうございます。……それじゃあ、ルーファ、またあとで」
「おう、またあとでな」
ルシードはルーファにも別れを告げ、店を出たところで、ほどよい壁に背を預ける。
『女性を夜一人で歩かせるものではない』と、何かの本で見たことがあったのだ。こちらの問いかけに『子どもじゃない』と返された場合は、自分は大人だと言い張る子どもだそうで、特に一人で帰らせてはいけないとか。……要領を得ないが、なんでもフラグとやらが立つらしい。現に、物語のヒロインも闇夜で襲われ、危ないところを主人公の活躍によって救われるのである。
ルシードは自分が物語の主人公になどなれるはずもないと思っているが、そのフラグとやらが回収されるのを黙って見ていられるものではない。この場でルーファが出て来るのを待つことにした。
待つこと十分といったところだろうか、十五分は経っていないはずだが、ルーファは思いのほかすぐに店から出てきた。積もる話とやらは終わったのだろう。
「サンキュー、ばーちゃん。また来るよ」
店内の老婆に手を振って別れを告げていたルーファは、すぐにルシードの存在に気づき、視線を絡ませる。
「……ルシード?」
「早かったな、もう話はいいのか?」
「あ、ああ……それより、なんでここに? 帰ったんじゃなかったのか?」
「言っただろ? 先に出るって。先に帰るとは言ってない。またあとでってのも言ったかな。先に店を出て、ここで待ってただけだ」
「へへっ、なんだよそれ。そういうのを屁理屈って言うんじゃねぇか?」
ルシードのもとへと歩くルーファは、言葉とは裏腹に嬉しそうだ。これなら待っていた甲斐もあるというものである。
「そうかな? ……いや、そうかもな。まあ、夜道の女性の一人歩きは危ないって言うし、大目に見てくれ。あとは街に来たばかりで、家の場所を忘れたってことにしとこうかな」
「ったく、まいったなあ……」
「ん? 何が?」
「なんでもねぇ、こっちの話だ。けど、ちょうどいいか……帰ってからじゃタイミングが難しいからな。他のやつらに冷やかされても面倒だし、今渡す」
言って、ルーファは冒険者カバンから袋を取り出し、ルシードへと突き出してくる。
「これは?」
「……アタシからのプレゼントってとこかな。服のお返しに」
ルーファは顔を赤らめて言うが、ルシードからすれば服を買ってもらったお礼のようなものだ。
「いや、ルーファには服を買ってもらったし」
「それは服を台無しにした詫びだよ。こっちはお礼。ほ、ほら、受け取れよ。こういうのは素直に受け取っとくもんだ」
「そ、そういうものか。ありがとう」
「へへっ、いいってことよ」
ルシードはルーファから袋を受け取り、中を確認して驚く。先程雑貨店で、ルシードが欲しいと言っていた物が入っていたのだ。
「ル――」
「おっと、それ以上言うな。金持ってねぇんだろ? ギルドに登録して間もない上に、村から出たばっかじゃ当たり前だよな。それでアタシに服をプレゼントしたんだ。すっからかんなんだろ?」
「そ――」
「はいはい、わかった、わかった。何を言いたいのかはわかったから、言わないでいいし、遠慮もするな。大事に使ってくれれば、それでいい」
ルーファは両手を伸ばし、言い返そうとするルシードの口を、仮面越しに押さえる形で塞ぐ。
ルシードがこれは何を言っても無駄だと諦めると、ルーファもそれがわかったのか、一度はにかんでから手を離した。
「わかった。ありがたく受け取るよ。もちろん、大事に使わせてもらう」
「おう、それでいい」
ルシードは袋から取り出したナイフホルダーを上着を脱いで付け替え、ナイフを収納しようとして気づく。小さな箱――見ていた物とは違うが、ワイヤーが収納されている箱が一番下に入っていたのだ。
「ルーファ……なんでワイヤーが」
「へへっ、さっき見てたやつより良い物なんだぜ? 中央のボタンでワイヤー回収。ワイヤーが出てるところのボタンはワイヤーを伸ばした長さで固定できる。横のボタンは、ナイフを引っ掛けたフックが開いてナイフを切り離せる。刺さったナイフが抜けねぇ時なんかにいいだろ?」
ルーファの説明に、ルシードは確かにすごいと思うが、先程見ていた物より上質なら、金貨五枚ではすむまい。
「流石にこれは受け取れないよ。高すぎる」
「おいおい、さっき受け取るって言っただろ?」
「それは、そうだけど……」
「アタシに恥をかかせないでくれよ。一度出した物は引っ込められない」
ルーファはにんまり笑って言うが、素直に受け取れる物ではない。ルシードは何か代わりになる物はないかと考え、あることを思い出す。うまくいけば、ワイヤーの代金にくらいなるかもしれない。
「わかった。なら、貸しておいてくれ。何かでお返しするよ」
「んー、アタシは別にいいんだけど……貸しを作っておくのも悪くないか。そうでも言わないと、受け取ってくれそうにないからな」
「そういうことだ」
お互いに納得し、ルシードはワイヤーの箱を装備しようとするが、どこへ装備していいのかがわからない。
「ああ、腰のベルトに通すんだよ」
「そ、そうか」
言われて、ルシードはベルトを外そうとするが――
「ほっほっ、仲が良いのはいいけど、そういうのは帰ってからやりなさい。夜とはいえ、人目がないわけではないからね。それに加えて冬は寒い。風邪を引かないとも限らないよ」
何と勘違いされたかはわからないが、店を閉めようとしたのだろう、老婆がルシードたちを見て笑っていた。
「ば、ばーちゃん!? い、いや、これは違ぇよ! そういうんじゃねぇ!」
「ほっほっ、そういうことにしとこうかね」
「すみません、店前で……そうですね、帰ってからにします」
「お、おい!」
ルーファはかなり焦っているが、口が回らないのか声に出ていない。
ルシードは今度こそ老婆に別れを告げ、ルーファを連れて家路を歩く。
「か、帰ったらするのか?」
「お婆さんもああ言ってたし、帰ってからの方がいいだろ?」
「そうだけど……そ、その、アタシ……初めてなんだ」
暗がりでもわかるほどに顔を赤く染めたルーファは、小さく呟く。
「ん? いや、俺も初めてだけど?」
その顔を見ても、外灯の灯りが反射しているのだろうと、ルシードはルーファの様子に気づかない。
「そっ、そうか! そうだよな! あっ、でもどうしよ。帰ったら他のやつらもいるし……」
「別に見られても問題ないだろ?」
そこで更に顔を赤くしたルーファは、目を丸くして明らかに動揺を表に出した。
「見られっ!? へ、平気なのか!?」
「ワイヤーの取り付けくらい見られたって平気だろ? そもそも自分の部屋でやるし、今使うわけでもない」
「…………へっ? あ、そ、そうだよな! ワイヤーだよな!」
何かと勘違いしたのだろうか。そこで初めて何かに気づいたように苦笑いを見せたルーファは、ルシードに顔が見えないよう背を向けて、頬をペチペチと叩いている。
その様子に、ルシードはルーファが勘違いしているのではなく、自分が勘違いしていることに気づくと同時、ルーファの真意を理解した。
ワイヤーは高価な物だ。ルシードが自分で購入できるはずもなく、手にしているところを見られただけで、入手した経緯を聞かれるだろう。贈ったルーファはもらった服のことを隠したい気持ちから、ルシードがワイヤーを所持しているところを見られたくないのだと。
そうとわかれば、ルシードもルーファがいずれ服を披露する時のために隠さねばならない。ワイヤーを誰にも知られることなく取り付けようと決めるのだった。
「あれ? このナイフ、形が違うな」
決意もほどほどに、ルシードは袋からナイフを取り出してナイフホルダーへと仕舞っていたが、四本のうち二本の形が若干違うことに気づいた。
「あ、ああ、それは手元のスイッチを押すか、当たった衝撃で返し刃が開くようになってる。ワイヤーを使うならあった方がいいと思ってな。そのワイヤーなら一トンは耐えられるはずだ。自分で持ち上げるのは無理でも、高いとこに登りたい時なんかに使えそうだろ」
「へえ、確かに便利そうだ。ありがとう」
「へへっ、喜んでくれるなら、アタシも選んだ甲斐があるってもんさ」
最後にコンパスを冒険者カバンに仕舞って家路を急ぐ。大通りの時計を見ると、もうすぐ二十二時を指し示そうとしていた。
何を書いたものかと迷っているうちに三週間、初めて活動報告というものに手を出してみました。
お暇な方は時間潰し程度にお付き合いください。




