039 とある少女の秘かな願い
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ルシードはルーファとともにレーヴェの街を歩く。通りには夕食の買い物だろうか、本当にまばらにだが、道行く人が姿を隠すようにして移動していた。
「そろそろ日が暮れそうだけど、店は何時までやってるんだ?」
「そうだな……このあたりじゃ十九時ってとこかな。雑貨店とかはもっと長い時間やってっけど、この街じゃあんま客が来ねぇってんで閉まるのも早い。まあ、この街は趣味で店を出してるやつが多いんだ。だから客の入りは気にしてないんだけどな。他の街じゃ二十一時ごろまで、どこも開いてるよ。大きい雑貨店なんかは二十四時間やってるとこもある。この街も魔法関係の店は二十四時間やってるよ」
「そうなのか、みんな長い時間働いてるんだな」
十七時を少し過ぎた今現在で陽が落ちそうなのだ。この季節に十九時だと完全に日も落ちているだろう。ミレット村ではすでに食事を終え、寝る準備をしている時間だ。
「ここがアタシ行きつけの服屋だ。ここなら男物もあるからな。好きなの選んでくれよ」
ルーファは一軒の店の前で立ち止まり、ルシードに説明すると中へ入っていった。今日はギルド、賢者の塔と立ち寄ったが、ルシードは普通の店に入るのが初めてだ。軽い緊張を覚えつつも店へと入る。
「……これが店か」
マーカスが出していた露店とは違い、店中が服で埋め尽くされている光景は圧倒される思いだ。
「よう、アーニャ、久しぶりだな」
「こんにちは、ルーファさん。お久しぶりですね、今日はお友だちを連れて来てくれたんですか?」
「へへっ、そんなとこだ。こいつの服を台無しにしちまってな。代わりの服を買ってやる約束をしたんだ。なんかいいのねぇか?」
「ふふっ、ありますよ。ちょっと待っててくださいね」
アーニャと呼ばれた女性は一度奥へ引っ込むと、一着の服を持って戻ってきた。
「これなんかどうでしょう? 作ったばかりの新作です。季節的には早いですが、春から夏にかけて着られますよ。ちゃんと新技術の伸縮布を使っていますから、春までに太ったとしてもサイズの心配はいりません!」
だが、アーニャが持ってきた服は白のワンピース。どこからどう見ても女物だ。この街に男はおらず、ルシードが仮面をつけ、服も冬物で体を隠していることからも、男だとわからなかったのだろう。
「来年は白が流行ると思うんですよねー。そう思うといても立ってもいられなくなって、ちょっと早いですが作ってしまいました」
嬉しそうに語るアーニャに気が引けるが、ルシードも女物を渡されては困る。そうでなくても今すぐ着れる服が欲しいのだ。
「あの、俺――」
「え? ……俺?」
言ってから失敗したと、ルシードは口を閉ざしたが遅かった。男だと隠すために仮面をつけているというのに、一人称が俺では男だと気づかれてしまったかもしれない。
「もしかして……」
アーニャは何かに気づいたように、ルシードの体を確認するかのごとく、下から上へと視線を動かす。ルーファもルシードの失言に気づいたのか慌てている様子だ。
あとはアーニャが男性排他主義でないことを祈るのみだが……。
「あ、いや、ルシードは――」
「最近流行りの男装趣味の方ですか? 口調から変える人も多いですよねー。お名前はルシードさんですか? お名前まで男性っぽい! ……あ、それともあれかな? 最近、増えましたよね。ふふっ、大丈夫ですよ。私もそういうのには理解がある方ですから」
「へ? ……あ、ああ、そう! そうなんだよ! ルシードもアタシと同じで男っぽい服が好きでさ!」
ルーファはルシードを擁護しようとして、うっかりルシードの名前を出してしまい、完全に気づかれたかと思われたが、どうやらアーニャはルシードのことを、女だが男の口調を使い、男の服を好んで着ているのだと勘違いしたようだ。名前も仮面同様、偽名を使って隠しているとでも思ったのか、気にする様子もなく、ルーファも話を合わせた。
ルシードは何故流行っているのかはわからないが、今は流行らせてくれた人に感謝する。
しかし、アーニャの言う『そういうの』とはなんのことだろうかと、ルシードは考える。ルーファもわかっていないようで気にはなったが、せっかくアーニャが勘違いしてくれたのだ。わざわざ聞いて墓穴を掘る必要もないだろうと、聞かないでおくことにした。
「は、はい、実はそうなんです。できれば女性物より男性物でお願いできませんか?」
ルシードも話を合わせ、男物を持ってきてもらえるようにお願いする。
「そうですか……それは残念です」
今日は他に客が来なかったのだろうか、傍から見るアーニャはすごい落ち込みようだ。そこで、ルシードは少しでも元気づけようと話を振る。
「俺より、ルーファの方が似合うと思うのですが、どうですかね?」
「はあ!? お、お前何言い出すんだよ! アタシに似合うわけないだろ!」
顔を真っ赤にして否定するルーファだが、アーニャが持ってきたワンピースを着ているところをルシードが想像しても、似合っているように思えたのだ。
「そうですよ! たまにはルーファさんもこういう服を着てみてはどうですか!?」
ルシードの言葉にすっかり気をよくしたアーニャは、ここぞとばかりにルーファに詰め寄った。
「だ、だからアタシには似合わねーって――」
「そうかな? 俺は似合うと思うけど……。着てみるだけ着てみたらどうだ? 確か試着ってのができるんですよね?」
ルシードは村を出ると決めた時に、都会での買い物の仕方も勉強済みだ。服を買える店では買う前に試着することができると、本から知識を得ている。すべてが物々交換ですませることができると思っていた過去を棚に上げ、いかにも知っていますとでも言いたげに切り出した。
「ええ、ええ! できますとも! 試着室はあちらですよ!」
「お、おい! 押すなって! アタシは着ないって言ってるだろ!」
アーニャに試着室まで背中を押されるルーファだったが、その抵抗は激しい。
「俺はルーファが着てるとこ見てみたいんだけど……それじゃダメかな?」
だが、ルシードの言葉にルーファは固まり――
「う、うう……お、お前がそこまで言うなら、ちょっとだけ……き、着てみるだけだかんな!」
可愛い服を着るのがよほど恥ずかしいのか、ルーファは更に顔を真っ赤にして俯き、笑顔のアーニャに背中を押されて試着室へと入っていった。
ルーファが試着室のカーテンを閉めたところで、アーニャはルシードに向かって無言で親指をぐっと立て、にんまりと笑った。よくやったということだろう。
◆
ルシードは店内の時計を見る。時計の針は十七時四十分を指している。ルーファが試着室に入って十五分になるが、ルーファが出てくる様子はない。続けてアーニャを見るも、困り顔だ。
「ルーファ?」
ルシードがどうしたのかと呼びかけるも返事はない。
「……ルーファ?」
もう一度声をかける。
「……お、おう」
二度目は反応があり、ルーファはカーテンから顔だけを出してくる。
「まだ着替え終わらないのか?」
「いや……もう着替えた」
ルーファはルシードから視線を逸らして言う。何故出てこないのだろうかと思ったその時、アーニャがルーファの掴むカーテンを強く引っ張り、試着室が開かれる。
「お、おい!」
「あらあら、似合ってるじゃないですか? ルシードさんもそう思われますよね?」
「似合ってるじゃないか、可愛いよ」
アーニャに聞かれ、ルシードは素直な感想を口から出す。
「……ホントに?」
「本当だよ」
「……そ、そっか。へへっ」
小さく笑うルーファは、なかなかにしおらしい。
「次はこっちの服なんかどうですか? あー、こっちなんかもいいですね。他にも色々あるので迷います……そうだ! せっかくですから、全部着てみましょう!」
「はぁ!? い、いや、アタシはもう――」
「遠慮しないで! さあ! さあ!」
ルーファはアーニャに押し切られる形で何着も服を押し付けられ、試着室へと戻っていく。
ルシードは止めるべきかと思ったが、ルーファが男勝りなのを気にしていたことを思い出し、次にそれを直そうと、鏡の前で練習もしていたとサーシャが言っていたことも思い出す。
それに、昨夜パジャマ姿を可愛いと言った時には、恥ずかしながらも嬉しいと言っていたのだ。自分の性格を知ってか、自分には似合わないと可愛い服を着ることに抵抗があるのかもしれない。ここは止めるより背中を押した方がいいだろうと、黙って着替えを待つ。
そこからはファッションショーと呼んでも差し障りない形となった。ルーファが着替える間にアーニャは次の服を用意し、着替えたルーファをルシードが褒める。これの繰り返し。
「どーよ!」
カーテンを勢いよく開けて姿を見せるルーファ。すでに恥じらいは吹っ切れたのか、ポーズまで取るようになっていた。
「うん、これも可愛いね」
「ええ、お似合いです! ああ、今日はなんて幸せな日なんでしょう! 私も服を作り続けた甲斐があったというものです!」
ルシードは可愛いの一点張りだが、ルーファは気づかないどころか喜ぶ一方だ。更にはアーニャも幸せに酔っているのか、ルシードの褒め方が単調なことに気づいていない。
「そ、そんな大げさな。ま、まあ、アタシもこんな服を着る機会なんかなかったし、ちょっと気持ちはわかるけどな」
ルーファもアーニャも楽しそうで何よりだ。ルシードも二人を見ていると嬉しい気持ちになる。
「それで、どれかお買い上げになりますか?」
だが、アーニャの言葉で、ルーファの表情は暗くなる。
「あー……いや、やっぱ、アタシには似合わねぇし、やめとく。ごめんな、色々着たのに……お世辞でも褒めてくれて嬉しかったよ」
「い、いえ、ルーファさんがそう仰るならいいんですよ。でも、私はお世辞で言ったわけじゃありませんからね!」
「俺もだよ。本当に可愛いと思った」
「へへっ、サンキューな」
はにかんで言うルーファの顔は、やはりどこか暗い。それを見て、ルシードの心が小さく痛む。
◆
ルーファが試着した服を片付け、次はルシードの服を選んでもらう流れとなった。ルーファは色々と見て回るが、ある場所で足を止めると、ルシードの方をチラチラと見て、最後に視線を外し、
「あー、やっぱアルマリーゼが黒い服着てるから、ルシードも黒がいいかなー」
何故か棒読みで言った。アーニャもその意味がわかっていないのか、不思議顔だ。
「こ、これが黒くていい感じかな」
ルーファは並ぶ服から一着を引き抜き、ルシードに突き出す。ルーファは黒と言うが、突き出された服は黒のシャツに赤い上着、黒いズボン。確かに黒の割合の方が多いが、上着が赤いので黒と言っていいものかルシードは迷う。それに――
「アルマというか、ルーファの服に似てないか? ってか、ルーファと同じやつだよな?」
今ルーファが着ている服と全く同じに見えたのだ。
「へ、へー。偶然だなー、たまたま選んだ服なんだけどなー」
「いいじゃないですか! ルーファさんがせっかく選んでくれたのですから、これにしましょう!」
アーニャは何かに気づいたのか、ルーファの選んだ服を勧めてくる。
ルシード一人がわかっていない顔だが、ルシードもルーファのセンスは嫌いではない。そもそも恥ずかしいことに、今の所持金はゼロなのだ。買ってくれるというのなら、喜びはすれど、文句を言える立場ではなかった。
「そうですね。俺もルーファの着てる服は良いと思うし、これにするかな」
「そ、そうか! じゃあ、決まりだな! アーニャさん、会計頼むよ!」
「はい! お会計はこちらまでどうぞ」
ルシードはルーファが金を支払い、戻ってくるのを待つ。
「また来てくださいねー」
手を振るアーニャに別れを告げ、ルシードはルーファと一緒に店を出た。




