032 魔法都市レーヴェ
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「ようこそ、魔法都市レーヴェへ!」
ルシードの反応がないせいだろう。四人娘は再び声を揃えて言う。
そんな四人をよそに、ルシードはアルマリーゼを見るが、何も言ってはこない。これはどういうことだろうかと考える。
確かアルマリーゼは、男は魔素酔いしやすいという理由から魔素量の多い場所には行くなと言っていたはずだ。そしてマーカスは地図の黒い場所は魔素が濃いと言い、魔法都市レーヴェはその中に存在していたはずである。
ルシードの今の状態は普段と変わらないはずだが、これでも魔素酔いしているというのだろうか。考えるが、酩酊状態とやらになっている感じはなく、体が思うように動かないわけでもない。
ルシードはそこで一度思考を断ち切り、再び四人娘の方へと視線を向ける。
四人娘はルシードの反応の悪さに、再び四人で顔を見合わせ――
「ようこそ、魔法都――」
「いや、それは二回も聞いたから」
流石に二度も聞けば、聞き間違いではないだろう、とルシードは四人に割り込む。三度も聞く必要はない。
「聞こえてたなら、返事しろよな!」
「そうよ、なんだかこっちが恥ずかしくなるじゃない!」
「きっと神様の試練」
「ま、まあまあ、落ち着いてください。きっとあまりの驚きに、声も出なかったんですよ」
セラフだけがルシードを弁護してくれる。
ルシードは確かに驚いたこともあるが、それよりも、何故レーヴェにいるのか理解できないでいた。もう一度アルマリーゼへと視線を送るも、アルマリーゼはニヤニヤと笑っているだけだ。
「本当にレーヴェ? 魔法都市の?」
「他に何があるのよ?」
ミラの返事に、ルシードはカバンから地図を取り出して確認する。
ルシードたちは地図の西に位置するキュール村から、真東にあるメラーズ村を目指して歩いていたはずだ。確かにメラーズ村の南東に魔法都市レーヴェはあるが、さっきまでいた森はない。
「なんだよ、地図に穴が開いてんじゃん。ルシードたちに会った森が、ここにあったんだぜ?」
「……え?」
ルシードは一度ルーファの顔を見て、地図に目を戻す。ルーファの言う通り、地図には穴が開いている。雨に濡れて破けてしまったところだ。
「ここに……森?」
「ああ、知らなかったのか?」
どうせレーヴェには行かないのだからと気にしていなかったが、言われてみれば森があったような気がしなくもない。
しかしそうなると、やはり今の状態が理解できなくなる。魔素の分解能力の低い自分が、魔素量が濃い場所で平然としていられる。その疑問だけが残り、もう一度アルマリーゼへと視線を送ると、アルマリーゼは声にこそ出さないが、まだ笑っていた。どうやらアルマリーゼはわかっているようだと推測するが、何も言ってこないところを見ると、彼女たちには知られたくない話が混ざっている可能性もあるのではないかという気がしてくる。ここでは聞かない方がいいのかもしれないとルシードは判断し、四人娘に向き直った。
「へ、へー、ここが魔法都市レーヴェか。すごいなー」
「いつまでもここにいるのもなんだし、さっさと中に入ろうぜ?」
「そうね。今日はもう遅いから、ギルドに報告するのは明日にしよっか」
「そうしましょうか。どこかで夕食を買って、拠点に帰るとしましょう」
棒読みで言ったのが悪かったのか、ルーファ、ミラ、セラフの三人は門を通り、街の中へと入って行ってしまった。
「いつまでも突っ立ってないで、早く来なさいよ」
ルシードへ一言だけ寄こし、アルマリーゼも三人の背中を追う。
「神様。私は神様の側にいる……います」
ルシードは小さな女の子に慰めてもらったようで情けなく思うが、今はサーシャの言葉が嬉しい。素直に受け取り、頭をなでる。
「ありがとう」
頭をなでられ、気持ちよさそうに目を細めるサーシャを見て、村長の家で飼われていた犬をルシードは思い出すが、流石に失礼だと思い、手を離す。
「それじゃあ、俺たちも行こうか」
「はい!」
ルシードはサーシャと並んで前の四人を追って歩き出す。
これでますますサーシャの悩みを解決しなければいけない雰囲気になってしまった気もするが、それもいいだろうと思い直す。
サーシャの身長を見るに、百四十センチあるかないかといったところだ。
セラフは自分たちのことを十歳から十二歳までレーヴェで育ち、その後王都へ移り住んだと言っていたが、サーシャはおそらく二桁もいっていないかもしれない。これで冒険者をしていると言うのだから驚きだが、ルシードはサーシャか、それより年下の悩みは村でも幾度となく聞いたことがあるのだ。
嫌いな食べ物が食べられない、とか、友だちと喧嘩したので仲直りの方法を知りたい、など、本人には重大でも、他人から見れば答えやすいものが多く、今回も気楽に構えておいて問題ないだろうと結論を出す。
まあ、結局のところ、初めての街を楽しみたいという気持ちが勝ったと言える。不安材料はあとにしようと、聞き出すことは止めたのだ。
ルシードはサーシャを横に、門の前まで足を運ぶが、これだけの街にもかかわらず、門番はいないようだった。
「門番はいないんだな」
「は、はい、この街はみんな、魔法の研究ばっかりやってるので、好き好んで門番になりたがる人はいません。ギルドの役員や、店を開くのに他から来る人はいますけど、街の守りにまで割く費用がないと言うより、全部研究費に消えてくので、雇う余裕もないと言うか……。でも、周りから見えないように結界が張られていますし、外から街は見えないけど、街から外は見えるので、外敵が近づけば門も閉めます。それに、魔法使いが多く、自衛力も高いから、敵が来たとなれば自分たちの研究を守るために街全体が立ち上がるので、基本的に門は開放されたままですよ! ……あ、あの、私の説明でわかりましたか?」
普段短い言葉しか言わないサーシャだが、ルシードに説明しようと頑張ってくれたようだ。
ルシードは小動物的な可愛さに、少し意地悪したくなる気持ちを抑える。
「ああ、わかったよ。ありがとう。そうそう、変に丁寧に話そうとしないでいいよ。普段のサーシャの方が、俺も嬉しいし」
ルシードの言葉に、サーシャは小さく笑って頷くと、頭を差し出してくる――なでろ、ということなのだろうか。
そこで、ルシードはサーシャのことを考える。
王都でも寮住まいだと言っていたことからも、家族と会う機会は少ないのだろう。冒険者とはいえ、サーシャも幼い少女だ。父親か、あるいは母親はサーシャの頭をなで、甘やかしていたに違いないと憶測し、先ほど頭をなでたことで家族を思い出させ、寂しい思いをさせてしまったなら、悪いことをしたかもしれないと気落ちする。
だが、癖にさせてはいけないが、せめて一緒にいられる間くらいは自分が代わりになれればいいと思い直し、再びサーシャの頭をなでてやると、サーシャも気持ちよさそうに目を細め、擦り寄ってくる。
「おーい! 何やってんだー? 先に行っちまうぞー?」
そうしている間にも先に行った四人と距離が離れていたのか、遠くからルーファの呼ぶ声が聞こえる。
「おっと、あんまり待たせちゃ悪いな……サーシャ」
「うん、今行く!」
サーシャは元気な返事とともに、ルシードの隣に並ぶ。ルシードも小さいころ、母に褒められ、なでてもらった日は、いつも以上に元気に感じられたものだ。サーシャもそう思ってくれたなら嬉しく思い、門をくぐって街へ入る。
先程は外壁もあったことで街の中まではよく見えなかったが、所狭しと建物が並んでいる景色は壮観だ。最初に一際大きな建物が目に入るが、目移りしている間にも気にならなくなるほどに目まぐるしい。
「これが街か……本当にすごいな」
ルシードは街の外で棒読みで言った感想そのままを口にする。できれば時間を戻し、やり直したい気分だった。
「もう、いつまで待たせるのよ」
そこへアルマリーゼの声が届いた。ルーファ、ミラ、セラフの三人もいる。また足を止めてしまったルシードのところへ、わざわざ全員で戻って来てくれたようだ。
「わ、悪い、街に驚いてた」
「へへっ、やっとこの街のすごさがわかったみたいだな」
「ああ、今は他の感想も出てこないよ……ここに来られてよかった」
「そう言っていただけたなら、私たちもここまで案内した甲斐がありましたね」
「まあ、この街は特殊だし、他の街に行けば、また違った驚きがあるでしょうけどね」
「そうなのか?」
「そうね、確かにこの街は特殊かしら。ほら、見てみなさい、今は私たち以外に人がいないでしょう?」
アルマリーゼに言われて周囲を見渡すが、街に驚くばかりで人がいないことに、ルシードは気づいていなかった。
「……本当だ。なんでいないんだ?」
「人はいるよ。ただ、単にこの街の生活スタイルって言うか……魔法の研究をしてる人は、自分の研究に必死で必要なものができた時くらいにしか出てこないし、魔法を使えない人も大勢住んでるんだけど、騒いで研究してる人の邪魔をしないように、表で集まったりはしないわけ。それがいつの間にか、人目に触れず生活するようになっただけよ。普段は夕方から次の日の昼ごろまでは、誰も見ないかもね」
ミラの言葉に、ルシードは魔法都市レーヴェのことを話す人全員が、あの街は引籠もりばかりだと言っていたことを思い出すが、どうやら実際には、一部の研究者が引籠もっているという噂話が先行しただけで、住民全員が引籠もっているはずもなく、研究者でない者たちは先駆者に習い、その土地に合わせて生活しているようだ。
「研究って、なんの研究をしてるんだ?」
「さあ?」
研究で引籠もっていると言ったミラ自身から知らないと聞かされ、ルシードは戸惑う。
「知らないのか?」
「んー、ギルドなんかは知ってるのかもしれないけど、基本的に全員が秘匿してるし、完成しても公開しない人もたくさんいるのよね。自分勝手って言うか、自己満足で魔法のことを研究してる人の方が多いのよ。そのせいで弟子にしてくれって言っても断る人ばっかだし、私たちも魔法都市ってことで魔法の勉強ができると思って来た時も、誰も相手にしてくれないから、魔法を覚えるにも苦労したもんよ。他の三人がいなければ、すぐにでも家に戻ってたかもね」
「な、なるほど」
「あー、あったあった。懐かしいな」
「ギルドに登録したおかげで寝泊りには困りませんでしたけど、同じような人が集まってましたから、ギルドでもなかなか斡旋してくれなくて大変でしたね」
「結局見つからなくって、自分たちで見よう見まねでやって覚えた」
「へえ、それで覚えたなんて、たいしたものじゃない」
四人娘の苦労話に、アルマリーゼは感心しているようだ。それだけ魔法を覚えるのは難しいということかと、ルシードも感心する。
「もう四年かー。あのころは若かったな」
「ちょっと、もう若くないみたいじゃないですか。止めてくださいよ」
「あはは。まあ、私たちの苦労話はまた今度ってことで。いつまで立ち話してるのもなんだし、行きましょ」
「あ、ああ、そうだな。そうしよう」
ルシードはいつまでも街に気圧されている場合ではないと思い、気を取り直して四人娘に続いて歩くが、見るものすべてが新鮮で、都会に憧れた子ども心を呼び起こされ、自然と口角が上がる。
◆
街をどう歩いたのかも忘れるほど、上の空で歩いていたに違いない。ルシードが案内された建物まで、一瞬に感じたほどだ。
「小さいところだけど、ここが私たちの拠点よ。私たちもこの街に来るのは久々だから、依頼を受けて森に行く前に、ギルドに掃除の依頼を出しておいて正解だったわ。もう業者がやってくれてるはずよ」
「掃除の業者?」
「この街は研究に籠って、自分で掃除しない人が多いから、掃除業者が活躍してるのよ」
「へえ、掃除を仕事にしてる人ってことか」
「そういうこと。さ、入りましょ。他の四人もすぐに戻ってくるでしょ」
そこでルシードは、ここには自分とミラ以外の四人がいないことに気づく。それほど上の空だったということか。
「……四人はどこへ?」
「ボーっと街を見てるように見えると思ったら、やっぱり聞いてなかったのね。四人ともそれぞれ夕飯の買い物と、あんたたちの日用品を買いに行ってもらったの」
「え!? 俺たちの!?」
「空き部屋はちょうど二つあるけど、寝るにもシーツとかないしね。夜は冷えるし、あった方がいいでしょ?」
「それは有難いけど……その、俺たち、お金がない」
スピリティア・ストーンを売るつもりでいたが、本物かどうかもわかっていないのだ。そもそもこの街で売れるのかという疑問も残る。
「ふふっ、そんなの気にしなくていいわよ。魔獣の死体の引取もまだだし、新種っぽいから今回の報酬も上乗せされて、かなりの額になると思うしね。この街にいる間に必要なものは、私たちで用意するわよ?」
「そういや、ギルドで魔獣を引き取ってくれるんだっけ? あの魔獣でどれくらいになるんだ?」
「そうねぇ、私の見積もりだと……」
ミラは目を瞑って考え、口を開く。
「今回の依頼はBランクだから、成功報酬が金貨一枚だけど、ルーファたちの見立てからしても、あの魔獣はAランクはあると思うのよね。それで自動的にAランク報酬になるから金貨五枚、それにAランクの新種報告で金貨五枚が上乗せされて、金貨十枚ね。更に、魔獣の素材を売れば合計で金貨十五から二十枚にはなりそうってところかしら。六人で割っても、しばらくは遊んで暮らせるわ。……まあ、Bランクだったらマイナスだけど、それでも気にしなくていいわよ? 私たちもBランクでやってるくらいには余裕があるし、お金に余裕があっても、遊んで暮らすほど実力があるわけでもないしね。今は強くなるために、色んな依頼を受けてるって感じだし」
ルシードはミラの説明に絶句する。マーカスの話では、スピリティア・ストーンがだいたい大銀貨二枚ほどだったはずだ。銀貨二枚で売れたとすれば、一般的な宿二十日分と計算していたので忘れてはいない。ミラはそれの十倍の金額になると言う。
「そ、そんなに高いんだ?」
「命がけの仕事でもあるしね。高ランクになると、報酬額も高くなるのよ。まあ、田舎暮らしだったなら驚く額でしょうけどね」
「今日は驚いてばかりだな……そういうことなら、今日のところは遠慮なく受け取っておくよ」
それだけの額になると言うのなら、遠慮する必要はないだろう。Bランクと判定されなければ、だが……。
「そうしてくれればこっちも助かるわ。遠慮しあうのって好きじゃないのよ」
ミラはさばさばした性格なのか、はっきりと物を言うようだ。そこで、ルシードは先程気になったこともついでに聞いておくことにする。
「ちなみに……強くなってどうするんだ?」
ミラはお金よりも実力が欲しいと言った。強くなることに、何か意味があるのだろうか、とルシードは気になって尋ねる。
聞かれたミラは再び目を瞑り、先ほどよりも深く考えているようだ。
「んー……うん。考えてみたけど、別にこれと言った理由はない……かな。ただ、自分がどれだけ強くなれるか知りたい。結局のところ、ここの研究者たちと同じ穴の狢なのよ」
そう言ってミラは苦笑するが、ルシードは素直に受け取ることができなかった。虚実とりまぜて話したように見えたのだ。
しかし、本人がそう言うのあれば、どうすることもできない。本当のことを話せ、と言う権利はルシードにはないのだから。
「……そうか。そういう考えもあるかもな」
「まあね。それじゃ、中に入りましょ」
ミラは冒険者カバンから鍵を取り出し、玄関の鍵を開けて、中へと入って行く。
ルシードもあとを追って家の中へと入ったところで、呆然とする。ミラは小さいところだと言ったが、謙遜だろうか。入ってすぐの広間は二階まで吹き抜けになっており、ルシードには小さい家には見えなかったのだ。
「二階の右側は手前からルーファ、セラフ。左側は手前から私、サーシャの部屋だから、左右の奥の部屋はどっちを使ってもらってもいいわよ。鍵は部屋の机の中、一番上の引き出しに入ってるはずだから、自由に使って」
「あ、ああ、ありがとう」
「それじゃあ、私も一度部屋に行くわ。何かあったら言ってね」
ミラが二階の部屋へと階段を上るのを見届け、ルシードも階段を上がったところで考える。
二階に部屋は六つあるようだ。玄関すぐの中央階段を上って、右の部屋か左の部屋、どちらに行ったものだろうか。右側はルーファとセラフ、左側はミラとサーシャ。そこまで深く考える必要もないだろうが、アルマリーゼはセラフと気が合うようだと考え、左側の三つ並んだ一番奥の部屋へと向かうことにする。
「ここだな。隣は……サーシャだったかな。悩み事もあるみたいだし、ちょうどいいかもな」
鍵のかかっていない扉を開けて中に入ると、机に椅子、ベッドがあり、壁には見かけない長方形の箱が取り付けられているのみだが、造りはキュール村の宿泊所より幾分しっかりしており、部屋も広い。ミラは掃除を頼んだと言っていたが、業者の腕が良いのか綺麗なものだ。
「ふむ……」
掃除。その単語に、ルシードは昔読んだ本の内容を思い出し、やにわに窓際に立つ。
指の腹で窓のへりをスーッとなぞり、指を裏返して指の腹を確認しようとひっくり返したところで――
「何をやっているの?」
背後からかかった声に驚き、慌てて振り向く。
「ア、アルマ!? 急に現れないでくれ、びっくりするだろ!」
初めての街で地に足がついていないのか、今日のルシードは注意力散漫だ。ミスをしないように気をつけねばならない。
「そんなに驚いて、どうしたのよ? 知りたいことがあるんじゃないかと思って、先に帰って来てあげたのに」
どうやらさっきの行動は見られてはいなかったようだと、ルシードは安堵する。別に悪いことをしていたわけではないが……いや、あの本の内容は、姑が嫁の掃除に文句をつけ、いびる小話だった。読む人が読めば、癇に障るかもしれない。癇に障らないにしても、その話の登場人物をなぞって行動していたと知られれば、笑われるのは間違いないだろう。
「そ、そうか。そうだったな。……それで、どうして俺は魔素の濃い場所にいても大丈夫なんだ? 普通、男は魔素酔いするものなんだろ?」
アルマリーゼの言う自分の知りたいこととは、このことだろうと、ルシードは当たりをつけて言う。
「……正直なところ、原因は私にもわからない。ただ、あなたがここで平気な理由はわかるわ」
アルマリーゼはおかしなことを言う。理由はわかるのに、原因はわからないと言うのだ。
「どういうことだ? できれば俺にもわかるように説明して欲しい」
「そうね。あなたが平気な理由――それは、あなたの魔力量が増えているってこと。けれど、原因――私にも何故、あなたの魔力量が増えているのかがわからない。村で調べた時のあなたの魔力量では、私の剣に流せる魔力はせいぜい一回だったわ。……気づいてる? あなた、村を出てから、すべての攻撃に魔力を流していたのよ?」
「……え?」
アルマリーゼの言葉に、ルシードは思い返す。そんなつもりではなかったとはいえ、言われてみればそうだったかもしれない。いつも夢中で剣を振っていたこともあり、気にはしていなかったのだ。思い出せない。
「やっぱり、気づいていなかったのね。……私も、本当は言おうか迷ったのだけれど、あなたの体の異常のことでもあるから言っておくわ」
体の異常。ルシードの身体能力が上がっていることと関係しているのだろうか。アルマリーゼは深刻な表情になると口を開く。
「これも理由はわからないけれど、あなたの魔力の回復速度は異常よ。剣に魔力を流して使ったと思ったら、回復している。でも、回復していない状況もあったの。その時のことを考えると、まるで――」
アルマリーゼは何か言ってはいけないことを言おうとしたかのように、ハッとした表情になると口を噤んだ。
おそらくアルマリーゼは言いたくないのだろうが、そこで区切られるとルシードも気になる。
「……まるで?」
「……なんでもないわ。私の勘違いよ」
勘違い。アルマリーゼはそう言うが、ルシードには嘘だとわかる。ルシードに知られてはいけないこと、もしくはルシードが知ると、ショック受ける内容なのかもしれない。
ルシードは身体能力が上がっていること、魔力の回復速度が高いこと、アルマリーゼが口に出せないでいることから、思い至った一つの仮説を口にする。
「身体能力の上昇、魔力の回復速度――」
ルシードの声に、アルマリーゼはルシードから外していた視線を戻す。
「もしかして――俺は、長く生きられないのか?」
ルシードは結論から口にする。アルマリーゼに変化はない。
「これからゆっくりとつけていくはずの力を、無理矢理引き出して使ってる。それなら、急速に成長していることにも理由がつく」
精霊と契約した弊害か恩恵かはわからない。だが、英雄レナードがそうでなかったというのなら、ルシードの能力値が低すぎるが故に、精霊の剣を使うに値する能力値まで成長を促されている。……もしくは、命を吸い上げられているのではないか、ルシードはそう考えたのだ。
ルシードの考えをじっと静かに聞いていたアルマリーゼは、少し考える素振りを見せるように一度目を閉じ、数瞬で目を開けると――
「それは私も考えたわ。けれど、あなたは成長しているわけではない。村を出た時から、さほど体格は変わっていないでしょう? 年齢から考えて、日々少しずつ成長はしているんでしょうね。でも、劇的な変化があるわけではない。あなたの考えだと、体も成長していないとおかしいわ。……まあ、あなたの成長がそこで止まると言うのなら、ありえない話ではないけれどね」
ルシードの答えを笑い飛ばした。
どうやらルシードの仮説はアルマリーゼの考えとは違ったようだが、この雰囲気では聞き出しづらい。
「ふふっ、あなたの仮説と一緒で、私の仮説にも穴があるの。だから私は言わないわ。私まで笑われたくはないもの」
さっきまでの表情はどこへやら、アルマリーゼの表情は明るい。まさか本当に笑われてしまうような突拍子もない話をしようか迷っていたのかもしれない。
「わかったよ、もう聞かない。それで、今の俺の魔力はどれくらいあるんだ?」
これ以上は無駄と諦め、ルシードは別の話をすることにすることにした。
「さあ?」
「さあって……」
「私にわかるのは、剣を使うために必要な魔力があるかないかだけよ。あなたの総魔力量まで測れるわけじゃないの」
「そうなのか」
「ええ」
そこで何か思い出したのか、アルマリーゼは続ける。
「魔力量を知りたいと言うのであれば、今のあなたは一般女性の魔力量か、それ以上はあると断言してもいいわ。もちろん、魔素毒の分解能力もね」
魔素毒の分解能力。アルマリーゼが以前に説明してくれていたはずだ。確か魔素には毒が含まれており、女性は分解能力が高く、魔素の濃い場所でも行動できるが、男性は分解能力が低く、酩酊状態になりやすい。
「今日入った森があったでしょう? 魔獣に襲われた森よ」
「ああ、それが?」
「あの森の中で聞いたでしょう? 平気かって」
言われてルシードは思い出す。森の中で何か食べる物がないかと探していた時に聞かれていたはずだ。アルマリーゼの返事に何か気になるものがあったが、ルシードは勘違いかと聞き返さなかった。
「そういえば、そんなこと聞かれたな」
「実は、あの時にはすでに魔素の濃い位置にいたのよ。私が平気かと聞いたのは、お腹が減っていないかってことではなく、魔素酔いしていないかってことだったの。けれど、あなたは平気そうだったから、私は何も言わなかった。そして、そのあとあの子たちに会って、近くに街があると聞いた時に、今いるのはレーヴェの近くだとわかったわ。あなたも平気そうだったし、驚くと思って、そのまま黙っていたのよ」
アルマリーゼの説明により、ルシードはやっと合点がいく。
「そういうことか。通りで物知り顔だと思ったよ」
「あら、そんな顔してたかしら。次からは気をつけるわ」
「気をつける前に、ネタばらしして欲しいね」
「ふふっ、それじゃあ、一つネタばらしするわ」
アルマリーゼが悪戯っぽい顔をしながら言う。ルシードは嫌な予感がするが、言えと言った手前、聞かなくてはならない。
「……まだ何かあるのか?」
「――窓のへりに、埃は見つかった?」
アルマリーゼの言葉に、ルシードは慌てる。
「み、見てっ、あ、いや、なんでもない……ま、まあ、掃除してくれた人の名誉のために言うなら、埃はなかった」
あの時アルマリーゼは『何をやっているのよ?』と言った。当然、見られていたわけだ。
「ね? 言った方がいいことと、言わない方がいいことがあるでしょう?」
アルマリーゼのしてやったりと言った顔に反論したいが、今のルシードにはできそうもない。
その時、部屋の扉を控えめに叩く音が聞こえ、ルシードは天の助けとばかりに扉の方へと声をかける。
「開いてるよ」
扉がゆっくりと開き、セラフが顔を出した。
「アルマリーゼさんも一緒でしたか、呼びに行く手間が省けました。夕食の準備ができましたよ、すぐに来られますか?」
「ありがとう、行くよ」
「ええ、私もいただくわ」
「はい、それでは、一階ホール正面の広間を食堂にしていますので、そちらへどうぞ」
「わかったよ」
セラフが部屋を扉を閉めて出て行ったのを確認して、ルシードはアルマリーゼに向き直る。
「アルマ」
「何かしら?」
ルシードが何を言おうとしているのか、すでにアルマリーゼはわかっているようだ。
「言わない方がいいこともある。そうだな?」
「ふふっ、そうね」
「それならいいんだ。行こう」
「ええ、行きましょう」
――今のルシードには、こう言うしかなかった。




