031 想像の力
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ルシードたちが街へ向けて歩き出し、森の切れ目へと差し掛かったが、雨はまだ降っている。
彼女たちは傘を持っているのだろうかとルシードは考え、自身が傘を持っていないことに、どうしたものかと悩む。
「そろそろ森を出るな。セラフ」
「私の出番ですね、ルシードさんたちも、私の側へ集まってください」
セラフが何やらやるようだ。ルシードたちを呼ぶ声に、ルシードはルーファたちに習い、セラフの側に立つ。するとセラフは空へ手をかざした。
ルシードはセラフが手をかざした場所を見上げるが、空には雨から守ってくれている木々が広がるばかりで何もない。
しかし――
「天の恩恵よ、ひと時の間、我らを守る天蓋と化せ」
セラフが何やら唱えたことで、ルシードは魔法を使っているのだろうと推測する。
「では、行きましょう。私の半径五メートルよりは離れないでくださいね」
とはいえ、何か目に見える変化が起こったわけではない。
ルシードが何をしたのだろうかと不思議に思っている間にも、セラフは歩き出す。ルシードは再びセラスが手をかざしていた場所を見るが、やはり目に見える範囲では何かが起こったようには見えない。
その間にも、離れて行くセラフの背中を、慌てて追いかける。
「今のは、何かやったのか?」
「ああ、そっか。ルシードたちは知らないんだっけ」
「ふふっ、まあ、見てのお楽しみってことで、このまま行きましょう」
「そうね」
セラフが先頭になり、雨の降りしきる場所へと躍り出る。
「おい、濡れ――え?」
だが、セラフは濡れてなどいなかった。セラフの頭上に降り注ぐ雨が水の防護膜となり、その防護膜はセラフから半径五メートルほど広がって傘のように、端から水を滴り落としている。
ルシードは目を疑ったが、目の錯覚ではない。
「私は水魔法が得意なんです。落ちてくる雨を制御して、ドーム状に広げて傘のようにしているんですよ」
「……なるほど」
言葉少なく、水魔法はこんなこともできるのかとルシードは感心し、以前も周囲を塗り潰すかのようなアルマリーゼの魔法に驚いたことを思い出す。セフィーリアは白い弓を出し、白い矢を放っていた。魔法は思っていた以上に万能に見える。セラフが魔法を使えるだけで特別視されると言うのも、あながち間違いではないと、ルシードは改めて思う。
「へへっ、アタシは魔属性、ミラが火属性、サーシャが土属性で、セラフが水属性と聖属性を使えるんだぜ」
「へえ、魔法を覚えるのは大変なんだろ? それなのに、セラフは二種類使えるのか」
「はい、水魔法だけでも大変なのに、聖魔法まで覚えるのは大変でしたよ。治癒魔法の聖魔法はパーティを組むにあたってどうしても欲しいものでしたが、他のメンバーが覚える気まったくゼロでしたからね」
セラフはその時のことを思い出しているのだろう、他のメンバーへとジト目を向けて言う。
「ほ、ほら、アタシは魔属性だから、反属性の聖魔法はちょっと無理があるって言うかさ……」
「わ、私の場合は水場や雨が降ってると威力が半減するから、威力の強化に集中したいって言うかさ……」
「正直めんどい」
最後に本音が聞こえた気がするが、誰も突っ込まないことからも、言わない方がいいのだろうと、ルシードも触れない。
「でも、すごいよ。それだけ、みんなのために頑張ったって証でもあるわけだしね」
「そ、そう言われると照れてしまいますね。頑張った甲斐がありました」
「む、アタシも他の属性に手を出してみっかな」
「うーむ、またセラフにポイントを稼がせてしまったか。これは私も他の属性を覚えるかな」
「神様のお告げとあらば、全属性だってマスターしてみせます」
やはりサーシャはどこかずれているが、みんながやる気を出したのは良いことだと、ルシードは笑う。
「ホントは風属性も仲間に欲しかったんだけどな。空を飛べたり、自分の周りに武器を浮かせて攻撃したりと、万能って感じするしな!」
「え? 風属性ってそんなこともできるの?」
ルーファの言葉に、ルシードは驚いてシャルニアのことを思い浮かべるが、魔眼とは別に、シャルニアが魔法を使っている瞬間を見た覚えがなかったことを思い出す。
「うーん、どうだろ? 風使いって数が少ないから、実際何やるのかわかんないしね。想像よ、想像。まあ、学園の教師でもやってるところは見たことないから無理かもだけど……こんなことができるかもって想像するのは自由でしょ?」
「ふふっ、魔法は想像力が大切ですしね。案外、本当にできたりするかもしれませんよ?」
想像力が大切。何事も基本は同じなのかもしれない、とルシードはテーオバルトを思い出し、今度シャルニアと話す機会があれば、伝えてみようと考える。
そこで、ふとセラフの作った水の防護膜を見上げる。こうやって下から眺めるというのは、なかなかに新鮮な景色だ。湖に張った氷の上から見た景色とは、一味違った面白さがある。しかし、この水の防護膜に穴が開いたら大変だな、と水の流れを見ながら思ったその時――
「セ、セラフ、穴! 穴!」
「はい?」
ルシードは慌ててセラフを呼ぶが――遅かった。ちょうどルシードの見ていた場所に穴が開き、雨が溜まっていた分の大量の水が降り注いだのだ。ルシードは一瞬にして、濡れ鼠になる。
「え!? あ、あれ!? わっ、わわっ、閉じて、閉じて!」
セラフが開いた穴に手を向けて、やっと穴が閉じる。
「ご、ごご、ごめんなさい!」
「い、いや、大丈夫。ちょっぴり濡れてしまっただけだ」
「もう、何やってるのよ。……まあ、私の出番ができたってことでもあるけどね」
ミラが楽しそうにルシードに近づくと、両手を伸ばした。右手でルシードの濡れた服、次に左手でルシードに直に触れ――
「火の加護を彼の者に、我が手を伝い、水の飛沫を払え」
詠唱する。
すると、見る見るうちに服が乾いていくではないか。おそらくはアルマリーゼが使っているものと同じような魔法なのだろう。
「……すごいな。ありがとう、助かったよ」
「本来の火魔法の使い方とはちょっと違うけど、便利でしょ?」
「ああ、これは便利だな。洗濯が楽になりそうだ」
「ふふっ、まあね」
ルシードは素直に感心する。寒い土地であり、なかなか洗濯物が乾かない自分の村に、一人はいて欲しい存在だった。
「しっかし、セラフがミスするなんて珍しいな」
「神様を濡らすとは罰当たり。セラフには神罰が下る」
「本当に申し訳ありませんでした。今日は人数が多かったのに、良いところを見せようと、防護膜を広げすぎちゃったのかもしれません! ……どうか、ご神罰はお許し下さい」
セラフは最後に笑いをこらえて言う。流石にこのメンバーにいるからか、彼女もなかなかに面白い子である。ここはルシードも付き合っておくことにした。
「いやいや、気にしないでいいよ。服もすぐに乾いたし……神罰は落とさないよ」
「ふふっ、神様ありがとうございます」
「神様は寛大。セラフも以降は、信徒二号として信仰を絶やさないように」
ルシードは、しまった、とサーシャを見る。
早くサーシャの誤解を解かねばならないのに、そのサーシャの前で取るべき言動ではなかっただろう。迂闊だったと反省する。
「はい、精進します」
などとルシードが考えていると、セラフが応えてしまう。
解決策を思案するが、良い案は浮かばない。この二人には誤解が広がらないためにも、これ以上、信徒を増やさないで欲しいとルシードは願う。
そこで聖、魔、火、水と魔法を見たことになるが、土魔法はまだ見ていないことに気づき、サーシャへと聞くことにした。
「サーシャは土魔法なんだろ? 土魔法はどんなことができるんだ?」
サーシャは聞かれるのを待ってましたとばかりに胸を張る。
「ふふふ、土属性こそが万能で最強。なんでもできる」
「なんでも?」
「……なんでも」
それはすごいとルシードが聞き返すと、サーシャは失敗したといった顔をして繰り返す。
「じゃあ――」
「ただ、私は修行中の身……できないこともある……あります」
それに気づかず、ルシードは何かリクエストしてみようと口にしようとしたところで、サーシャに少し気まずそうに目を逸らされながら遮られてしまう。
「でも、実際に土魔法は使い勝手良いよな。どこにでもあるし、魔力を素にして無から生み出す必要もないから、魔力の節約にもなるしさ」
「そうね。土で攻撃を防ぐ壁を作ったり、高いところへ行くのに階段を作ったり、一番応用が利く属性よね」
「野宿の時に、雨露をしのげる簡単な仮小屋も作れるのがいいですよね。私の防護膜は常に魔力を消費してますから、燃費が悪いですし」
三人のフォローに、ルシードはその場面を想像する。
確かに地面は土でできており、どこにでもある。石も土魔法の範囲内と考えると、なかなか万能に思えた。
「そういや、ルシードとアルマリーゼはなんの魔法を使うんだ?」
アルマリーゼだけならいざ知らず、どうしてルシードも魔法が使えると思ったのだろうか。今度はルーファが聞いてくる。
「いや、俺は魔法は使えないよ」
「私もよ」
テオたちの時もそうだったが、どうやらアルマリーゼはここでも魔法を使えることは内緒にするようだ。横で聞いていたルシードも、それならばと黙っていることにする。
「あれ? そうなのか?」
「ああ、俺は剣で戦うし、アルマは――付き添いみたいな感じかな」
「ふーん。素質ありそうなんだけどね」
素質。ここでミラの言う素質とは魔法のことだろうが、ルシードはテーオバルトに魔法の適性はないと言われたことを思い出し、次にアルマリーゼにも魔力量は少ないと言われたことを思い出したが、そこで自分が勘違いしていることに気づく。素質があると言ったのはアルマリーゼに対して言ったのだ。自分が考えてどうする、と。
「それはそうだけど、覚える覚えないも、本人の自由だしね」
「素質があるのにもったいねーな。アタシなんか、魔法の存在を聞いて、実際に見た時なんか、絶対魔法使いになってやるって決めたけどな」
「俺も初めて魔法のことを聞いた時は、胸が躍ったもんだけどな」
「……ん? まあ、魔法より剣の方が向いてるなら、小細工するより良いんだろうけど、それでも覚える気はないの?」
ミラがアルマリーゼに言ったであろう言葉に、ルシードはアルマリーゼの方を見るが、アルマリーゼはこちらの会話に興味がないのか、セラフと雑談している。
話しかけられているのに応えないのは失礼だ。そこでアルマリーゼの印象を下げまいと、ルシードは代わりに答えようと考える。
アルマリーゼは剣を使えるのだろうかと考え、アルマリーゼも剣の精霊ならば、使えない方がおかしいと考え直す。
「そうだな。剣が使えれば十分だしな」
微妙におかしな返事になってしまったが、良い返しが思い浮かばなかったのは仕方ない。それに、アルマリーゼが剣を振る代わりにルシードがいるのだ。アルマリーゼに剣を持たせる気はなかった。
「それでも、アタシなら魔法も剣も両方使いたいけどな。たぶんだけど、魔法を教えた人が教えるの下手だったんじゃね?」
「さっきも言ったけど、こればっかりは本人の意思がないとね」
「え? ああ、そうなんだけど……んん?」
なんだか微妙に会話が噛み合っていないのは気のせいか。ルシード、ルーファ、ミラの三人は、不思議そうに互いの顔を見るばかりだ。
「きっとそう。神様に魔法を教えた人がダメ。わ、わた、私が神様の師匠になる!」
「はぁ!? それならアタシが教えるってーの!」
「ルーファが一番向いてないと思うわ。ここは私の出番ね」
「そんなことないね! ミラはアタシより教えるの下手だね、絶対!」
「だから私が神様に教える。ルーファたちは必要ない」
どうしてアルマリーゼが魔法を覚える話から、自分が教わる話になっているのだろうかと、ルシードは考える。そもそも適性がないから無理なのだ。無駄な会話に思えた。
「お話中のところを申し訳ありませんが、街に着きましたよ」
そこで届いたセラフの声に、ルシードは足を止め、頭に疑問符を浮かべて周囲を見渡す。
いつしか雨も上がり、魔法の防護膜も消えていたが、街はどこにも見えない。ただ、かなりの時間を歩いていたのか、薄くなった雲の合間に夕日が見えるだけだ。
セラフとアルマリーゼは三歩ほど前。ルーファ、ミラ、サーシャはセラフの言葉に疑問を持った様子もなく、そこに並ぶようにして歩いて行く。
ルシードは再度周囲を確認するが、やはり何もない。見渡す限りの平原が続くだけだ。
「街? どこに?」
ルシードは声に出して聞くが、彼女たちは笑ってルシードを見ているだけだ。
「ほら、ここまで来なさいよ」
呆然とするルシードに痺れを切らしたのか、アルマリーゼに呼ばれ、ルシードは不思議に思いながらも歩く。
一歩、二歩、三歩――。
「……え?」
ルシードは彼女たちに並ぶと同時、視界に壁が立ち並んだことに驚愕する。
いや、外壁はあるが、その奥にあるものは壁ではなかった。大きなアーチ状の門は開かれ、その奥には建物という建物が眼前に聳え立ち、ルシードの視界を埋め尽くしていたのだ。
ルシードはこんな光景は見たことがなかった。村の建物の二倍か三倍はありそうなほど、一つ一つの大きさも桁違いだ。これが街というものだろうか。左右を見ても、どこまでも外壁は続き、街の端が見えない。
そのあまりの驚きに、一歩あとずさる。
「あ、あれ? 消えた!?」
今度は見えていた建物すべてが、一瞬にして視界から消えた。その意味がわからず、ルシードはうろたえる。
「へへっ、驚いただろ?」
「この街は、周囲を囲む結界により、外からは街が見えなくなっているんですよ」
「ルシードのが普通の反応よね。けど、アルマリーゼは驚いていなかったでしょ? その様子だと、知ってたの?」
「ここへ来るのは初めてだけれど、話には聞いていたから、私は少し驚いた程度ね」
「それは残念」
そこで再び足を踏み入れ、街を見上げていたルシードは、上着の袖をサーシャに引かれていることに気づき、視線を彼女たちへと戻す。
「神様、ここが私たちの第二の故郷」
サーシャは他の三人へと視線を送り、皆で顔を見合わせ、一度頷くと、
「ようこそ、魔法都市レーヴェへ!」
――声を揃えてそう言った。




