030 四人の少女
◆
ルシードは意識を浮上させる。
いつの間に眠っていたのだろうか、と考え――
「アルマ!」
何があったかを思い出し、勢いよく上半身を起こす。
魔獣との戦闘後、何者かの足音が近づいていた。おそらくはあの黒い矢を放った者と同一人物だとルシードは推し量り、アルマリーゼの無事を確認しようと叫ぶが――
「あら、起きたの?」
アルマリーゼは何事もなかったかのように、ルシードの隣に座り、普段通りの返事をしてくるではないか。
「あ、あれ?」
ルシードはあたりを見渡す。隣にはアルマリーゼ。目の前には体が冷えないようにしてくれたのだろうか、焚き火があった。その焚き火の炎に揺れる人影が二つ。魔獣の死体を見ていたようだが、ルシードが叫んだことにより、目覚めたことに気づいたのか、ルシードたちの方へと近づいて来る。
「よ、よー。気分はどうだ?」
一人は引きつった笑みを浮かべ、ぎこちない動きで声をかける銀髪紫眼の少女。ショートの髪は、うしろ髪の一房だけを伸ばしているのか、一本に縛った髪がお尻のあたりまで伸びている。
「よかった、目が覚めたんですね。こちらの不手際で傷を負わせてしまい、申し訳ありませんでした。ほら、ルーファ! あなたのせいなのですから、ちゃんと謝ってください!」
もう一人は青髪に琥珀色の眼を持つ少女。肩まで伸ばした髪は、先端にウェーブがかかっている。
ルシードは少女たちが何者だろうかと考える。
ルーファと呼ばれた少女のせいと言うことは、彼女が黒い矢を放った本人で間違いないことはわかるが、そこまでだ。
「わ、わかってるって! ……その、アタシが悪かった! この通りだ許してくれ!」
申し訳なさそうに腰を折って謝る銀髪の少女。
そこでルシードは腹に受けた傷のことを思い出す。銀髪の少女が謝っているのは、そのことだろう。魔獣の爪を受けて、腹に裂傷を受けたのだ。あの時は夢中だったことからも無視をしたが、放っておくわけにはいかない。傷の具合を確かめるため、腹へと視線を移す――が、そこに傷はなかった。
服に切り裂かれた爪跡が残っているということは、少なくとも夢ではなかったはずだが……。
「魔法で傷の治癒と解毒を施したのですが、問題はありませんか?」
ルシードが腹の傷を確かめていることに気づいたのか、青髪の少女が言う。
「あ、ああ、魔法か。いや、ありがとう、傷も残ってないし、痛みもない。大丈夫だ」
「だろ!? セラフの治癒魔法があって助かったんだ、感謝し――ちょ、なんだよセラフ。ほっぺたを引っ張ろうとするな! 痛いだろ!」
銀髪の少女の頬を、セラフと呼ばれた青髪の少女が引っ張ろうとしているようだが、力で劣るためか、両手でブロックされ、不発に終わったようだ。
「いえ、どの口がそんなことを言えるのか、確かめてみようかと思いまして」
「わかってるよ、悪かった。アタシが悪かった。もう何度も謝ったじゃんか」
「私には反省しているように見えません!」
青髪の少女は、なおも詰めかかろうとするが、
「……あなたたち、そろそろ自己紹介くらいしたら?」
アルマリーゼがやれやれといった感じに、口を開いた。
ルシードもそろそろ何者か知りたいと思っていたところだ。この発言はありがたい。
「こ、これは大変失礼しました! 私はセラフ・トリスティアと申します」
青髪の少女――セラフが頭を軽く下げ、名乗る。
「アタシはルーファ。ルーファ・ヘルベルク。よろしくな」
次に銀髪の少女――ルーファが、胸を張って名乗った。セラフがまた何か言いたそうだったが、ジト目を向けるだけに止めたようだ。
「あ、ああ、よろしく。俺はルシードだ」
「私はもう名乗ったわよね?」
「おう、アルマリーゼだったよな?」
「ええ、間違っていないわ」
アルマリーゼはすでに少女たちと名乗りあっていたようだが、ルシードはそれよりも今の状況を知るべく、尋ねることにした。
「……それで、これはどういった状況なんだ?」
「そうね、簡単に言うと……ルーファがルシードを殺しかけて、それをセラフが助けたってところかしら」
「お、おい! 端折りすぎだろ! アタシは助けようとしたんだよ! それなのに、あの魔獣の体が思ってた以上に硬くて、腕を押し込む形になっちまったって言うか……。だいたい、魔獣に側でボーっと立ってた癖に、急に動いたお前も悪い。更に言えば硬い上に、毒を持ってた魔獣が一番悪い!」
アルマリーゼの言葉に、ルーファが慌てて反論する。
それを聞いたルシードも、ルーファの言いたいことを理解した。
ルシードは魔獣の攻撃を誘い、その攻撃に合わせて動こうとタイミングを計っていたわけだが、ルーファにはただ立っているだけに見えたのか、助けようと矢を放ったのようだ。
だが、止めようとした魔獣の腕は硬く、爪の軌道がズレた。魔獣は毒を持っており、ルシードは爪で傷つけられたことにより、その毒で倒れたということだろう。
「な、何を言っているんですか!? ルシードさんが魔獣を倒したことから考えても、ルーファが余計なことをしなければ、彼は無傷だったんですよ!」
「お、おまっ、言うなよ! 気づいてなかったかもしれないだろ!」
「たとえ気づいていなかったとしても、原因がこちらにあるなら、説明するのが筋でしょう!」
「そ、それは……そうかもしれないけどよ」
このままでは少女たちが言い合いを始めてしまいそうだと、ルシードは会話に割り込むことにする。
「大丈夫だよ。結果として俺は生きてるし、傷も残ってない。……まあ、服は破れてしまったけど、助けようとしてくれたなら責めるつもりはないよ。あの一撃がなかったにしても、そのあとどこかでかすり傷でも負っていたら死んでいたところだった。解毒薬も持ち合わせてなかったからね」
「ほ、ほら、こいつもこう言ってるしさ! いやー、お前良い奴だな!」
ルーファは満面の笑みで、ルシードの肩をバシバシと叩いてくる。痛い。
「もう! ルーファ! ……結果はどうであれ、本当に申し訳ありませんでした」
「いや、本当に気にしてないから、セラフさんも頭を上げて」
ルシードはなおも謝るセラフに言う。一方的に謝られることが、これほどくすぐったいものだとは思わなかった。
「本人もいいと言っているのだから、いいじゃない。このまま同じ話を続けても、仕方ないでしょう?」
「そう言っていただけるのは助かりますが……せめてダメにしてしまった服は弁償させてください」
「おう! 弁償するぜ! アタシに任せときな!」
セラフの言葉に、ルーファは胸を叩いて言う。
ルシードはそこまでしてもらうつもりはなかったが、服はカバンの中に着替えが一着あるだけだ。所持金が心もとないことからも、ここはお言葉に甘えておこうと思う。
「ありがとう、それは助かるよ。このあたりで、服が手に入る場所があるのかな?」
少女たちは軽装で、旅の荷物を持っているようには見えないが、腰に冒険者カバンをつけていることから考えて、冒険者なのだろう。理由はわからないが、近くの村か街から、この森に来ていたようだ。
「ああ、アタシたちは近くの街からここに来てたんだ。街まで戻れば店があるから、好きなの選べばいいよ。なんだったら、アタシが一番良いのを選んでやる」
ルーファの言葉に、ルシードは驚く。もしかしてメラーズ村どころかドノホー村さえも通り過ぎ、エンバリーの近くまで来ていたのだろうかと考え、まさかとは思うが、ダンヴァースの可能性もあることに、見当違いの方向へ足を進めていたのだろうかと苦悩する。
「街? それって――」
「おーい! ルーファ! セラフー!」
ルシードがどの街に近いのかと尋ねようとしたその時、乱入者が現れた。遠くからルーファたちを呼ぶ声が聞こえてくる。
ルシードはそちらへ目を向けると、新たな二人の少女がルシードたちの方へと呼びかけている姿があった。
「おー、ミラにサーシャ! こっちこっち!」
ルーファが応え、現れた二人はルシードたちの方へと歩いて来る。
「あれ!? あんたたち、もう魔獣倒しちゃったの? ってかこの魔獣、何? 依頼だとBランクのレイジングベアって話じゃなかったっけ? なんかこいつ、黒いんだけど」
「……ホントだ。新種の魔獣? それとも、レイジングベアの変種?」
二人はルシードたちの近くにある魔獣の死体を見て驚き、次にルシードたちにも気づいたようだ。
「ああ、こいつらは……あーっと、話すと長くなるんだけど、こっちがルシードで、こっちがアルマリーゼだ」
「よろしく、ルシードだ」
「アルマリーゼよ」
「よろしくね。私はミラ。ミラ・フォルギスよ。黒髪なんて珍しいわね、レヴィリアってわけでもなさそうだし……」
赤い髪に緑の瞳、長い髪を後頭部でまとめた少女の声に、黒髪とはそれほど珍しいだろうか、とルシードは考え、そういえば村を出てから黒髪の人物はいなかったな、と思い返す。ルシードにしてみれば、黒髪でないことの方が珍しいが、逆からすれば、黒髪は珍しいのだろう。
しかし、レヴィリアとはなんだろうか、と考える。それに、ミラの隣に立つ少女は黒髪だ。
「……サ、サーシャ・レヴィリア、です。よろしく……よろしくお願いします」
そう考えていると、小柄な少女が緊張した面持ちで名乗りを上げた。ルシードと同じ黒い髪に、こちらはルーファと同じ紫の瞳、ショートの一際小柄な少女。どうやらレヴィリアというのは、サーシャと名乗った少女の名前に関係するようだ。黒髪を持つということは、レヴィリアと名乗るものなのだろうか。いや、ミラはレヴィリアではないと言っていたことからも、彼女たちだけにわかる何かがあるのだろう。深く追求されないことからも、たいしたことではない可能性もある。
「で、どういった状況?」
ルシードの想像通り、ミラはそれ以上話題にする気はないようだ。周囲を見渡し、セラフとルーファに現状を確認している。
「え!? ……えーっと、簡単に言うとだな……アタシがルシードを殺しかけて、それをセラフが助けたってとこかな?」
ミラの問いに、ルーファはなんと説明していいのかわからなかったのか、アルマリーゼの言葉そのままに答えた。
「は!? あ、あんた何やってんの!?」
「ば、馬鹿ルーファ! なんてことを!」
「あ、ちがっ! 今のなし!」
「ルーファ、説明できないのでしたら黙ってて下さい。……それがですね――」
セラフが、ミラとサーシャにこれまでの経緯を説明する。
「ヘルベルク、トリスティア、フォルギス、レヴィリア。……なんだか怪しい雲行きになってきたわね」
「ん? 何が?」
「いいえ、こちらの話よ」
アルマリーゼが小声で呟いた彼女たちの名に、ルシードはなんのことかと返すが、反応は薄く、それ以上口を開く気配はない。
ルシードは四人組へと視線を向け、まだ話が続いていることを確認。少女たちがいない間に、アルマリーゼに確認しておきたいことがあったことから、声をひそめて話しかける。
「キュール村に行く途中で、アルマが言っていたことに関して話があるんだけど、今いいか? ……俺の体の話だ」
「……体に異常が?」
アルマリーゼはルシードの言葉に反応し、真剣な顔になる。
ルシードの体の話。それは野盗の頭、ヴィーノとの戦いでは、テーオバルトのイメージに追いつかず、満足に動けなかった体だが、アルマリーゼが言うには、野盗討伐時には十分に動けていたという話だ。
「いや、体のどこかに異常が見つかったわけじゃない。ただ、アルマの言うように、前回のトライホーン・ビートルも、今回の魔獣も、イメージ通りに動けたってことだ。正確にはテオじいの知識通り、力で敵を両断できるってわけじゃないけど、動きを合わせる分には問題なく戦える」
「それでも、驚異的な成長だわ。体のどこかに痛みがあるとかはないの?」
「ああ、すこぶる元気だ。どこかが痛むとかはない。けど、村を出てから移動続きで、毎日の訓練もろくにできていない。その分実戦は増えたけど、それだけで体が成長したとは思えない。アルマの能力や、補助ってことでもないのか?」
ルシードの言葉に、アルマリーゼは自身の能力について考えるが、自分の知る限り、そのような能力は持ち合わせてはいない。
「ええ、私は何も……っと話はここまでね。彼女たちの方も終わったみたい。体に異常がないなら、続きはまた今度にしましょう」
「そうだな」
ルシードはアルマリーゼの能力や補助でもないのなら、他に何か原因があるはずだと考えるが、いくら考えても答えは出ない。
それに、アルマリーゼの言うように、体に異常はないのだ。今は気にする必要もないだろうと、四人組へと意識を切り替えることにした。
「待たせてごめんなさい、話は聞かせてもらったわ。でも、すごいのね、ルーファの話じゃ、かなり強い魔獣だったんでしょ?」
「いや、運良く弱点を見つけられなかったら、俺もやばかったよ」
ミラの声に、ルシードは魔獣との戦いを思い出し、素直に感想を述べる。
「へへっ、謙遜すんなって! ありゃアタシたちでも厳しい相手だったかもしれねぇからな。つーか、お前らあの魔獣どうすんだ? 見たところ冒険者じゃないみたいだけどよ」
ルーファが親指で背後にある魔獣の死体を指差し、ルシードの腰――冒険者カバンを持っているかの確認をして言う。
「そうだな……なんなら、君たちが持って行ってくれないか? 冒険者カバンがあるなら収納できるだろ? アルマもいいよな?」
「ええ、いいわよ」
今の自分たちでは魔獣を処理することができないのだ。トライホーン・ビートルのように魔獣の死体を嗅ぎつけ、新たな魔獣が力をつけてはかなわないと、ルーファに持ち帰ってもらえないかと、ルシードは相談を持ちかけることにした。
「え? マジ? 新種ってことになると、結構な褒賞金が出るけど……いいのか?」
「ああ。俺も街に着いたら冒険者登録はするつもりだけど、流石にあの図体を担いで移動するには疲れそうだし、魔素が抜けて霧散してしまったら意味がないしな」
ルシードは街で冒険者になるつもりだが、三メートルはありそうな魔獣の巨体を持ち運ぶには無理がある。毒を持っているのなら、尚更だ。
「へー、太っ腹ね。けど、冒険者になるなら、街までの運搬費ってことで、少し分け前をもらえるだけでもいいわよ?」
ルシードはミラの提案に心動かされるが、男が一度口に出したことを、そう簡単には引っ込められるはずもない。
だが、代わりにお願いしたいことがある。
「いや、本当に君たちだけで分けてくれ。その代わりと言ってはなんだけど、何か食料を分けてくれないかな? 実は昨日の昼から、何も食べてないんだ」
空腹に加えて魔獣と戦ったこともあり、ルシードは別の意味で倒れそうだった。
「あら、そうだったんですか。私のでよければお分けしますよ」
「私も分ける」
「ん? 食いしん坊のサーシャが分けるなんて珍しいじゃねーか。どういった風の吹き回しだ?」
「……理由はある。けど内緒」
サーシャはルシードの方を見ると、ニヤリと笑った。
ルシードはサーシャとどこかで会っただろうかと思い出そうとするが、そもそも村を出てからまだ十一日だ。サーシャの特徴からも、一度見れば忘れたりはしない。では、他に何かあるのだろうかと考える。
「あんた、名前を名乗る時も変だったし、普段からたまに変な行動するけど、また占いじゃないでしょうね? 占いもいいけど、人に迷惑かけるようなことは止めときなさいよ」
だが、考えるまでもなく、ミラに思い当たるところがあったようだ。どうやらサーシャの占いとやらに、自分が関係しているようだと、ルシードは知る。
「食料の件は私もいいわよ。魔獣の引取額もわからないし、そっちは保留ってことにしときましょ。予定は狂ったけど、私たちもご飯にしましょうか」
「おっけー、魔獣はアタシがカバンに入れとくぜ」
「では、お互いの話でもしながら昼食にしますか」
「問題ない。加護を得るには貢ぎ物が必要。ふふふ、これで私も――」
サーシャの笑みに、ルシードは初めてアルマリーゼに出会った時以上の邪悪なものを感じ取る。
やはりサーシャとはどこかで出会っていたのだろうかと考えるが、心当たりはない。それともミラが言った占いとやらで、それほど重大な役割を担っているとでも言うのだろうか。ルシードは聞くのが怖くなる。
しかし気を失っていたが、今は昼食時のようだということはわかった。セラフの解毒がよかったのか、それほど気を失っていたわけではないことも理解する。
四人組はそれぞれ冒険者カバンから食べ物を出し、広げたシート上に昼食の準備をしている。
ルシードとアルマリーゼは出す物もないので、準備が終わるのを待たせてもらうことにした。
「んじゃ、いただくとするか。ルシードたちも、遠慮なく食ってくれよ」
準備が終わり、ルシードの向かいに座ったルーファがルシードたちへと勧める。
ルシードの左右にはアルマリーゼとサーシャ。ルーファの隣にミラとセラフだ。
「ああ、ありがとう」
「いただくわ」
ルシードとアルマリーゼは目の前のサンドイッチへと手を伸ばす。
「うん、美味しいよ」
「ええ、悪くないわね」
またアルマリーゼが酷評するのではとルシードは心配になったが、手に取る前から美味しそうに見えたのだ。余計な心配だったと肩の荷を降ろした。
「普通のパン屋で買ったものですけどね」
「あそこのパン屋、王都に移ってからなかなか寄る機会もなかったし、久々だったからって結構買い込んだけど、正解だったわね」
ルシードはミラの『王都』という言葉に反応して口を開く。
「王都? 君たちは王都から来たの?」
「アタシたちは王立トリニティ学園、魔法科の生徒なんだ。ここには魔法都市レーヴェがあるだろ? 昔は魔法の勉強でこっちに住んでたんだけどさ、レーヴェは自分の研究で引籠もってる上に、魔法を秘匿してるやつばっかなんだよ。で、今は学園で魔法の勉強をしつつ、冒険者になったってわけ。こう見えても、アタシたちのランクはBなんだぜ?」
ルーファたちの冒険者ランクはB。その事実に、ルシードは驚きを隠せない。
テオはD、セフィーリアたちでさえCランクだったのだ。彼女たちはそれ以上の実力があるということになる。素直に感心し、声に出す。
「へえ、それはすごいね」
「私たちなんて、まだまだよ。あなたも冒険者になるつもりなら知っておいた方がいいけど、Aランクに上がるのが難しいんだよね。AとBにはそれだけの差があるって言うかさー、一種の壁って言うの? そんな感じ。やっぱ上位魔法を覚えないとダメかなー」
ミラは難しい顔をして、物思いにふけっているようだ。
「Aランクでも上位魔法が使えない人も見かけますから、応用力の方が大事だと私は思いますけどね」
「うーん、それはそうなんだけどね」
セラフは朗らかに笑って言い、ミラはまだ納得していないながらも、それに賛同する。
「神様、何かお取りしましょうか? なんでも好きなものを言ってください」
その時、隣に座っていたサーシャは何かを期待するかのような目でルシードを見つめ、変なことを口走った。
ルシードは一瞬固まり、何事かと口を開く。
「……神様?」
「あっ、あっ、今のはなしです」
サーシャは慌てたように言う。
アルマリーゼを含めた他の四人も、不審に思っているようだ。
「えっと、なんで神様? 俺、何かしたかな?」
「あー、この子占いにはまってて、たぶん、それで変な思い込みをしてるんだと……街でもよく当たるからって、小さい子たちに人気なのよね」
「ふふふ、私の占いは当たる。これで私の悩みも解決」
占い。そんなものが当たるのだろうかとルシードは不思議に思うが、サーシャの感じを見るに、かなり良い結果だったと推測できる。
「へー、どんな結果が出たんだよ?」
「内緒。特にルーファには」
「は!? な、なんでだよ? いいじゃんか別に。なんか悩んでたんなら、このアタシが相談に乗るぜ?」
「ルーファは私と同じだと思ってたのに裏切った。ルーファには一生わからない悩み。それに……前に相談したけど、無駄だった」
「え!? なんか相談受けたっけ? ……んー? 思い出せねぇー」
頭を抱えて思い出そうとするルーファ。
しかし、サーシャさんの悩みとはなんだろうか、とルシードは考える。普段なら今日初めて出会った人の悩みなど気にすることはないが、サーシャがルシードを神様と呼ぶからには無関係ではいられない。すでに目の前の食事に手をつけてしまったこともあり、他人事ではいられなかった。
「俺も気になるな。サーシャさんの悩み」
ルシードは隣に座るサーシャへと顔を向けて、引きつりそうになる顔を、できるだけ笑顔に変えて話しかける。
サーシャはピクッと耳を動かしたが――
「神様には私の悩みは筒抜けのはず。みんなの前で言わせようとは、意地悪なお方です。それと、神様の僕である私に、敬称は必要ない……ありません。どうぞ、呼び捨てになさってください。それよりも、今は神様への貢ぎ物です。遠慮なく召し上がってください」
よほど言いたくないのか、誤魔化すようにしてルシードに食事を勧めてくる。
これにはルシードも困ったとばかりに苦笑い。サーシャはルシードに何かを期待しているようだが、ルシードにはサーシャの意図がわからず、悩みに関しても解決できるとは限らないのだ。
食事を遠慮したいところではあるが、空腹には勝てそうもない。
「ダメだ、いくら考えても思い出せねぇ。まあ、アタシが覚えてないくらいには、たいした悩みでもなかったんだろ。ルシードも気にせず食えよ。そんなことより、ルシードたちはなんでこの森にいたんだ? ああ、アタシたちのことも敬称はいらないからな。こっちは呼び捨てにしてるんだし、お前も気にしないだろ?」
そこへルーファの声が届き、ルシードはルーファを見ると、ルーファの隣に座る二人も頷いていた。彼女たちがそれでいいならそうさせてもらおうと、ルシードは呼び方を変えることにする。
しかし、ルーファはたいしたことはないと言うが、隣に座るサーシャの顔は、ルーファを見て『今に見ていろ』と言っているように見えるものだから、ルシードも気は抜けない。
「あ、ああ、俺も構わないよ。そうだな、ここにいた理由だけど――」
サーシャはルシードに期待の眼差しを向けている。このタイミングで王都に向かって旅をしているなどと言えば、おおいに期待を裏切りそうで怖いのだが、嘘をついても何も得られない。
「いや、王都の方にちょっとした用があって旅をしてるんだけど、ちょっぴり道に迷ったところで雨に降られて、森で雨宿りをしてたところを魔獣に襲われたわけなんだ……」
サーシャの様子を見ながら話すが、サーシャに変わったところは見られない。それどころか――
「なるほど。神様のお仕事は、我々人間に知られるわけにはいかない、ということですね。私に会うために雨を降らせ、魔獣まで倒し、偶然を装うとは、流石は神様」
まるでルシードが自身の行いを隠すように嘘をついたとばかりに言葉を受け取った。
だが、他の三人はわかってくれたようだ。ルシードも突っ込むような真似はせず、放っておくことにした。
「ふーん。王都……ねぇ。今ゴタゴタしてっから、あんまお勧めはしないんだけど、用があるなら仕方ないか」
ルーファが困ったように言う。
やはり王が病に伏し、王位争いが起こっているのは間違いなさそうだ。
「ルシードたちには関係ないし、いいんじゃない? 観光する分には良い街よ」
「ええ、住んでいる私たちでも、新しい発見があったりしますからね」
「みんなはなんにもわかってない。神様にはなんでもお見通し」
最後のは聞かなかったことにする。
「ああ、楽しみにしてるよ」
「そうね、私もどれだけ変わったか、楽しみだわ」
アルマリーゼは昔を懐かしんでいるのか、遠い目をしている。
「あれ? アルマリーゼは行ったことあるの?」
「ええ。まあ、滞在したわけではなく、通り過ぎただけだから、行ったことがあると言えば嘘になるけれど……」
「王都まで行って観光もせずに通り過ぎたんじゃ心残りだよな。へへっ、王都に着いたら、アタシが案内してやるよ。面白い穴場とか知ってるからな」
ルシードは王都に行って観光をしている余裕があるだろうかと考えるが、少しくらいはしてみたいものだと考え直す。
「神様が案内を必要とするなら、私がやる」
「それなら私が案内するわよ。私だって穴場くらい知ってるんだから」
「もう、みんな落ち着いてください。ルシードさんが困っているじゃありませんか」
「お、良い子ちゃんのセラフがポイント稼ぎにきたわね。これだから聖属性持ちは油断がならないのよ」
「な、なな、何を言うんですか!? 私はそんなつもりじゃありません! だいたい、私の生まれは水属性です! 聖属性はみんなが怪我などで困るからって覚えたんじゃないですか! 聖属性は関係ありません!」
「いやいや、覚えられたってことは、適性があったってことだろ? アタシは関係あるんじゃないかと思うな」
ルシードは属性に性格が関係するのか疑問に思いながらも、彼女たちの話についていけない。
どうして王都の案内だけで、こんなふうになってしまうのだろうかと疑問だ。
「昔から、聖属性は良い子ぶってる子が多いのよね。ただ単に、聖属性ってのが誉れに思わせて、本人をそういう性格にさせてるんだと、私は思うわ。属性が性格に反映されるなら、砂漠生まれは、みんな熱血ってことになる。そんな場所、暑苦しくって行きたくないわね」
「ああ、なるほどね」
アルマリーゼが属性と性格について説明してくれる。ルシードが知りたいのはそのことではなかったが、属性が性格に関係しているのかも気にはなっていたのでよしとしよう。
「もう! ごめんなさい。私たち男性と喋ることって少ないものですから、みんな興奮しているんです」
どうやらもう一つの方も解決しそうな流れになりそうだと、ルシードは嬉しく思う。
「そうなの? でも、男って珍しくないよね?」
「はい、幼いころは普通に育ちましたが、十歳から十二歳までレーヴェにおりまして……ご存知とは思いますが、レーヴェは女性ばかりの街ですから、男性と会う機会もなく……十二で王都に移り住んだ今でも学園の寮住まいですし、魔法科ということも加え、私たちの代には男性の魔法使いがいません。王都でも魔法使いは特別扱いされますので、普通科や騎士科の人たちも、私たちのことを遠巻きに見ているだけですから」
ルシードはセラフの話で理解する。まだルシードも少ししか見ていないが、魔法というのはかなり強力だ。幼いとはいえ、魔法を使えるというだけで特別視されてもおかしくはないだろう。
「そっか、それで……」
「はい、ですので、普通に接してくれる男性に、こちらも興味があると言うか……」
「セラフ、本音が出てるぞ。こりゃ魔属性の適性もありそうだな」
「もう、ルーファ! からかわないでください! 第一、魔属性を覚えてもルーファみたいに、がさつになったら、恥ずかしくて外も歩けません」
「お、おまっ、アタシが気にしてること言うなよ!」
「そう思ってたんなら少しは直したら? 私から見ても、ルーファはがさつで大雑把だし」
「ぐっ、ミラにまで言われるとは……」
「これでも直そうと鏡に向かって練習してるとこを見たことある」
「サ、サーシャ……なんで知ってんだよ!?」
これでなかなか良いメンバーなのだろう。話のネタにされたルーファも含め、全員が楽しそうだ。
「――ったく。まあ、そんなわけで、王都に来た時は、アタシたちが街の案内をしてやるよ」
ルーファが締めくくる。結論として、楽しいことは全員で。そういうことなのだろう。
「ああ、王都に行く楽しみが増えた」
「へへっ、期待して待ってろよな!」
ルシードは満面の笑みで言うルーファに心惹かれる。ルーファはその時を本当に楽しみにしているようなのだ。これはなんとしても王都にたどり着き、彼女たちに案内してもらいたいものである。
◆
「それじゃあ、そろそろ街に帰りましょうか。あんまりのんびりしてると夜になっちゃうしね」
昼食を終えてミラが言うが、ルシードには疑問――というより、聞き忘れていたことがあったことを思い出す。
「そういえば、みんなはどうしてこの森に? もう用事はすんだのか?」
ルシードの声に、四人は顔を見合わせて笑う。
「あー、いいんだ。アタシたちの用は、もう終わってた」
「私たちは森に強力な魔獣が出たと聞いて、討伐の依頼を受けて来ていたんですよ」
「まあ、私たちが来た時には終わってたわけだけどね」
「流石は神様。私たちの依頼を終わらせてくれてた」
ルシードは彼女たちの言葉に納得する。彼女たちは魔獣討伐に来たが、すでに終わっていたと言うことだ。
「私たちが別行動だったのは、ルーファがどっちが先に魔獣を見つけるかって言い出したからからだったんだけど、ルーファの言うように強い魔獣だったら危なかったかもね。次からはまとまって行動しましょ」
「あー、そうだな。確かにアタシたちより強い魔獣だったらヤバイよな。次からは自重すっか」
「でも、魔獣を先に見つけたのは私たちで間違いないですよね? 王都に帰ったら甘いもの奢りですよ?」
「天使のような顔をして、悪魔みたいなことを言うセラフには敵わない。約束は守る」
「ふふっ、よく知っているわね。悪魔は天使の顔をして近づいて来るのよ? 気をつけておきなさい」
「……アルマ。乗らなくていいから」
アルマリーゼも彼女たちと仲良くなったのだろうかとルシードは考える。アルマリーゼはいつも物静かなのに、面白そうな話になると微妙なラインで口を挟むので、心臓に悪いのだ。
だが、幸いなことにセラフも拗ねたような顔をしているが、アルマリーゼに見えないように笑っている。これが彼女たちの普段の調子なのかもしれない。
ルシードは考えすぎだったかと胸をなでおろすが、やはり女性の話にはついていけないと思う。
「それじゃあ、今度こそ街に帰るわよ。ほら、さっさと荷物をまとめる!」
今度は邪魔をする者もおらず、ミラの声に従って全員が荷物をまとめ始める。
結局どの街かは聞き忘れたが、着いてからのお楽しみにしておこうとルシードは決め、口には出さないことにした。




